第20話 事件はまだ終わらない

 化け鼠の権太達に偽りの沙汰を下した翌日。


 朝餉を終えた善右衛門はいつも通りの日々を送っているように、日課の見回りをしているように装いながら、町中を歩き回り、町中の隅々にまでその鋭い視線を巡らせていた。


 着流しの帯をきつく締め、草鞋の紐をきつく縛り、いつでも荒事に対処出来るよう、いつでも走り出せるように身体を緊張させて……そうしながら、表情は穏やかに、足取りは緩やかに、出来る限りなんでもない風を装う。


 傍目にはそうとは分からないものの握り込まれたその拳の中には寸鉄が握り込まれていて……その寸鉄を指と指で、骨と骨できつく挟み込むことで、善右衛門は他者を操るという妖術の備えとしていた。


 聞けば妖術により正気を失ってしまっていた権太達はこまに制圧されたことにより、地面に叩きつけられたことにより正気を取り戻したという。

 ならばこの痛みを、寸鉄をきつく挟んだ指から生まれるこの痛みを常に感じ続けていれば妖術の対策になるはずだと、そう考えたのだ。


 また物陰に潜みながら、家々に潜みながら、三匹の狸達が善右衛門の後を追いかけていて、何かあればその狸達が即座に動き、善右衛門のことを制圧する運びとなっている。


 そうした備えと共に、狸達と共に町の中を歩き回る善右衛門は、何か怪しいものはないか、怪しい者はいないかと視線を巡らせながら、


(……今日は妙に身体が軽いな。

 骨の芯から力が湧いてくるようだし……昨日嫌と言うほど食べた蜂の子のおかげか?)


 なんてことを胸中で呟く。


 滋養があるという蜂の子。

 それを山程……茶碗一杯どころではない量を食べたおかげなのか、善右衛門の身体は活力に満ち溢れていた。


(こういう調子の良い時に事が起きてくれるとありがたいのだが……。

 ……流石にそれは都合が良すぎるか)


 更にもう一つそんなことを胸中で呟いて……そうして善右衛門は事件が起きた現場へと足を運ぶ。


 町を貫く大通りと、家と家の間の路地が交差するその場所には、昨日の沙汰の前にも足を運んでおり、何か痕跡が無いか、足跡が無いかと散々調べたものの、それらしい物は何一つ見つかっていない。


 こうして再度足を運んだ所で何がある訳でも無いのだが……それでも何かないか、何かおかしな所はないかと視線を巡らせる善右衛門。


 すると事件現場のすぐ近くの路地。その奥の方で戯れる二匹の銀狐の姿が視界に入る。


 人の姿ではなく、狐の姿で戯れるその二匹を見て、事件現場という縁起の悪い場所で遊ぶとは……と善右衛門は訝しみ、そちらの方へと足を向ける。


 焦らず、じりじりとゆっくりと足を進めながら……さて、あそこに居るのは何者かと善右衛門が目を鋭くした―――その時だった。


 近付いてくる善右衛門に気付いた銀狐達が、善右衛門の方へとその顔を向けてくる。


 その狐達の顔を見た瞬間、善右衛門はその狐達の方へと駆け出し、大声を上げる。


「貴様達何者だ! 町の銀狐ではないな!!」


 その銀狐は身体の大きさからして大人のようである。

 銀狐十八名のうち、六名は子供なので、残り十二名。

 こまは今奉行屋敷で鼠達と賠償についての交渉をしているので残り十一名。

 ここまで来る途中、町中を歩いていたり働いていたりした狐達は八名……残り三名。


 善右衛門はその三名の顔をしっかりと、人の顔、狐の顔の両方を頭の中に浮かべていたのだが……いずれも目の前の銀狐達とは一致しなかったのだ。


 駆けながら大声を上げながら、その銀狐達を仔細に観察する善右衛門。


 銀狐の片割れの手には小さな石が握られていて……善右衛門が駆け出したのを見てなのか、銀狐がその石を天に向けて掲げ始める。


 それは何を目的とした行動なのか。

 あの石は一体何なのか。


 そんな疑問を抱きながら善右衛門は、咄嗟の判断で握り込んでいた寸鉄をその石目掛けて投擲する。


 以前あの洞窟で狐達と相対した時は油断をしてしまったせいで、判断が遅れてしまったせいで、狐達にまんまと逃げられてしまった。


 妖怪を相手にする場合、一手の遅れが致命的となる。


 寸鉄を投擲し、その結果を待たずに善右衛門は腰の刀へと手を伸ばし……そして居合の構えでもって狐達の元へと駆けていく。


 その刹那の後、石を掲げようとしていた銀狐の腕へと寸鉄がぶち当たる。


 舞い飛ぶ銀狐の体毛。

 銀狐の手から落ち転がる石。


 舞い飛ぶ体毛の中に、黄色い体毛を見つけた善右衛門は、目の前の銀狐達が銀狐では無いのだと悟る。


 灰を塗ったか、染料を塗ったか。

 そうして黄色い体毛を銀狐のそれに偽装していたのだろう。


「お前達はあの時の狐達か!!」


 そう叫んで善右衛門は、狐達の下へと全力で駆け込んで、そして刀を抜き放ち、そのまま容赦すること無く狐達目掛けて刀を振るう。


 ……が、今回も善右衛門の刀が狐達を斬ることはなかった。

 

 狐達はゆらめきながら姿を消し、その後にようやく刀が、剣閃がその場へと至る。


 油断は一切していなかった、体の調子も悪くなかった。

 だというのにこの始末か……と、歯噛みする善右衛門。


 しばしの間、そのままの体勢で悔やんでいた善右衛門は……深い溜め息を吐き、悔やむのを止めて、刀を鞘に納め、地面に転がっていた寸鉄と小さな石を拾い上げる。


 一体この石は何なのか、あの狐達は何をしようとしていたのか。


 そんな疑問を頭の中で渦巻かせながら、善右衛門は再び深い溜め息を吐くのだった。

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