第19話 鼠達による襲撃事件 その吟味 その4


「まず、権太、権郎、権三が、何者かに操られていたという点について。

 これについては確たる証拠は無いものの、権太達がこま達を襲撃する明らかな理由、動機が無い点からもそう怪しむに足るものとする……が、しかし明らかな証拠、証言が無いことから、真実とするには足りず、この沙汰においてはこの点を棚上げにするものとする。

 ……よって奉行暖才善右衛門は、今回の事件を起こしたのは権太、権郎、権三の三名であるとし、以下の沙汰を言い渡す」


 淡々と進められてしまう善右衛門による沙汰の言い渡し。


 けぇ子、こま、権太、権郎、権三のそれぞれが固く緊張した面持ちで見つめる中、善右衛門は、そうした一人一人の視線に向き合い、受け止め……そして言葉を続ける。


「権太、権郎、権三には被害者達に対する金品による賠償を科す。

 賠償の詳細な金額などについては権太達が被害者の代表であるこまとよく話し合って決めること。

 この話し合いの際、権太達はよくよくこま達の事情、心情に寄り添って話し合いを進めることを命じる。

 またこまも権太達の事情、心情についてをよく斟酌し、情けの心を忘れぬようにすること、今回の怪我が完治し得る軽傷であったこともよく考慮するように。

 そうして行われた話し合いがどうしてもまとまらない場合にのみ、奉行がこれを仲裁し、賠償程度を決めるものとする。

 尚、仮の話ではあるが……この賠償に関しては、権太達を操った真犯人が判明した場合、その真犯人に科すものとし、権太達が支払った金品は返還されるものとする。

 そして……」


 そう言って一旦言葉を切った善右衛門は、こまと権太達が、善右衛門の言葉の意味を飲み込み、しかと理解出来るに足る時を置いてから、こまと権太達の表情を確かめて……そうしてから続きを述べるべく口を開く。


「次に、権太、権郎、権三には賠償とはまた別に労役刑を科すものとする。

 具体的な年数を決めず、奉行が良しという時まで、奉行の下で、奉行の手足として働くように。

 この際、奉行は、権太達の事情にある程度の斟酌をするが、しかしだからといって甘い顔はしないので相応の覚悟を持って労役に挑むように。

 そしてもし、仮に真犯人が判明した際には、即時労役刑から解放するものとする。

 ……以上だ」


 そんな沙汰を受けて、けぇ子も、こまも、権太達も、こっそりと覗き見をしていた狐達、また山の目達すらもがその沙汰に驚き、ざわめいてしまい……奉行屋敷は一気に騒がしくなる。


 それで解決として良いのか、こんな沙汰で良いのか、そうした疑問の声が飛び交う中、善右衛門はただ涼しい顔をし続けて……そしてそのまま何も言わずにすっと立ち上がり、その場から立ち去ってしまう。


 それを見たけぇ子はすぐ様立ち上がり、善右衛門の後を追う形で屋敷の廊下を足早に進む。


 そうやって善右衛門を追い、廊下を進み……善右衛門の寝所へと入り、けぇ子が寝所へと入ったのを確認し、寝所の障子戸を閉めた善右衛門がけぇ子の方へと向き直る。


「……けぇ子、お前も俺の下した沙汰に不満か?」


 唐突にそんなことを言ってくる善右衛門に、けぇ子は驚き困惑しながらも……そうした感情を押し込めて、なんとか善右衛門へと言葉を返す。


「えっ、いやっ、その……。

 ……まぁ、はい、そうですね。

 今下せる沙汰としては妥当かもなんですけど、まだ色々と謎が残ってるんじゃないかなぁって思いますので……」


「……まぁ、そうだろうな、俺もそう思う」


「え……? 

 じゃ、じゃぁ一体どうしてあんな沙汰を……?」


「……あの沙汰は真犯人を炙り出す為の偽りのものだからな、けぇ子が疑問に思うのも当然のことだろう」


「……え? え? えぇぇぇぇ!?」


 そんな大声を出すけぇ子に、善右衛門は大声を出すなと小声で一喝し、けぇ子が落ち着くのを待ってから言葉を続ける。


「今回の事件は、それが妖術に起因するせいで、正直な所、妖術にも妖怪にも詳しくない俺には解決が難しいだろう。

 無論出来る限りの捜査はするつもりだが……それも上手くいくかは今の段階では何とも言えん。

 ……そこで俺なりに仕掛けをうってみてはどうかと考えてな。狸達の協力の下、今回の沙汰を下したのだ」


 と、善右衛門がそう言うと、寝所に置かれた家具の陰や、天上の梁などから狸達がひょっこりと顔を出し、けぇ子へと向けて手を振ってくる。


「真犯人が居るとした場合、権太達が犯人であるとの沙汰が下ったと聞けば、あるいは油断をしてくれるかもしれん。

 あるいはそれで迂闊な行動に打って出てくれるかもしれん。

 その為に既に狸達には、いつもの生活を送りながら、あるいはああやって物陰に潜みながら、真犯人らしき者がいないか、何かおかしな動きがないかを探って貰っている。

 また権太達が嘘を言っているとしたら、真犯人なのだとしたら、今回の沙汰を受けてなんらかの行動を起こすだろうと思うし……それは権太達の言葉や態度に滲み出てくることだろう。

 こまとの話し合いや、俺の下での労役を命じたのはそれを明らかにする為のもので……権太達の見張りについても、既に何人かの狸達やってくれているぞ」


 そんな善右衛門の言葉に、けぇ子は驚き、困惑し……そして周囲の狸達に何故自分にだけ黙っていたのだと、そんな嫉妬の滲んだ視線を飛ばしてしまう。


 そんなけぇ子を見た善右衛門は苦笑し……けぇ子を諭すような口調で言葉を続ける。


「……今回の件をけぇ子に黙っていたのは、俺の判断だ。

 そう狸達を責めてやるな」


 そう言われてけぇ子は、今度は善右衛門のことを強く睨み、そしてその頬をぷくうと膨らませる。


「黙っていたのは悪かったと思うが……けぇ子には少し素直過ぎる所があり、考えていることが顔に出すぎるのでな。

 あるいは、何も知らぬけぇ子がああして驚いてくれることで、真犯人達にあれが本当の沙汰であると信じ込ませることが出来たかもしれん。

 それとまぁ……俺は奉行としてこまに対しても疑いの目を向けているのでな、こまと仲の良いけぇ子に、迂闊なことを言う訳にはいかなかったのだ。

 ……許せ」


 善右衛門にそう言われてけぇ子は、善右衛門のしたことに怒り、その頬を目一杯に膨らませて……膨らませてから、ぷしゅうと息を吐き出す。


 こうして説明されてみれば確かに仕方ない部分もあり……また、善右衛門が、けぇ子や狸達には一切の疑いの目を向けず、信頼し、重要な仕事を任せてくれたことが嬉しく、またこうして事件が解決する前から事情を話してことが嬉しくて……自然と頬が緩んでしまったのだ。


 そんなけぇ子を見て善右衛門は、


「……今回の事件はこれからが本尊だ。

 仕掛けをただ打っただけでなく、本格的な捜査の方も進める必要がある。

 そうなればけぇ子にも協力して貰うことになるだろうし……その、なんだ、機嫌を治してくれると助かる」


 と、本音なのだろう、感情の滲み出た声を漏らす。


 そんな善右衛門を見て、そんな善右衛門の言葉を聞いてけぇ子は「分かりました」と一言口にしてから頷き、笑顔にり……そうして、けぇ子は、


「……今晩の夕餉は蜂の子だらけになりますので、お覚悟してくださいね?

 どうあれ、私に隠し事をしていたのは事実なのですから、このくらいはさせて頂きます」


 と、そう言って、笑顔のままそそくさと寝所から出て行ってしまう。


 そんなけぇ子を見送りながら善右衛門は、ぐうの音も出ないとはこの事かと、余計な、言い訳染みた言葉達を飲み込みながら、強く歯噛みするのであった。


 


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