第18話 鼠達による襲撃事件、その吟味 その3

「……まずはこま。

 子供達が襲われ、自らも怪我を負うことになり、憤ってしまう気持ちは理解するが、この場はその憤りを吐き出す為の場では無い。

 一体何が起こったのか、どうして起こったのか。そうした真実を明らかにし、正しき沙汰を下す為の場だ。

 辛いとは思うが心をしかと律して、勝手な発言は慎むように」


 しんと静まり返る中……諭すように、あるいは幼子に語りかけるかのようにして言葉をかけてくる善右衛門に、こまはぐっと言葉を、気持ちを呑み込み……静かに頷き返す。


「次に権太、権郎、権三。

 突然誹謗され、言葉を返したくなる気持ちは分かるが、この場が何故開かれているのか、相手どういう立場にあるのかをよく考えるように。

 理不尽に被害を受けた側が声を荒らげてしまうのはある意味当然のこと。

 それにいちいち言葉を返していては、自らの立場を悪くするばかり、よくよく自重するように」


 先程こまに語りかけた時とは違い、少し厳しさを含んだ固い口調でそう言う善右衛門に、権太達は平伏し「分かりやした」と声を返す。


 その様子を見て、しっかりと頷いた善右衛門は、再びけぇ子の方へと向き直り……突然の出来事に唖然とし、大口を開いてしまっていたけぇ子へと声をかける。


「さて……けぇ子、話の続きだ。

 妖術で他者を操るのは不可能では無い、だがその方法は失伝していて、簡単ではなく、けぇ子には不可能だ、とのことだったな。

 ……では、もし仮にそういった妖術が使われていたとして……その妖術によって操られたと、そのことを示す証拠になるような物、それかあるいは犯人が分かるような何か……物や手管、妖術の類に思い当たることは無いか?」


「は、はい……!

 え、えぇーっと……その術を使っている現場を抑える以外に、証拠や、犯人を探すのは……私達には難しいと思います。

 占術に通じた方がいらっしゃればもしかしたら犯人探し当てられるかもですけど……それでも胡乱な結果が出ることが多いのが占術ですし、確実な方法は無いんじゃないかなぁと……」


 けぇ子のその言葉に、分かったと頷いた善右衛門は正面に向き直り、こま、権太達の順に同様の質問をする。


 しかしこまも、権太達にも思い当たる物は無かったのか、良い答えは返ってこず……それを見た善右衛門はしばし瞑目し……そうしてから小さく頷いて、口を開く。


「ならば視点を変えてみよう。

 仮の話として、権太達が妖術に操られてなどおらず、自らの意思で子供達を、こまを傷つけたとしよう。

 では、その目的はなんだ、動機はなんだ。

 権太達にどんな利がある。利が無いとしたら利害を無視してまでそうした理由とは一体何だ。

 ……けぇ子、何か思い付くことはあるか?」


「……目的、動機ですかー。

 うーん……難しいですね。

 狐は鼠を好んで食べるので……むしろ立場が逆っていうか、子供達がふざけ半分で権太さん達を襲っちゃった、というなら分かるんですけど……。

 権太さんにせよ、子供達にせよ、山の目のある中、善右衛門様のお膝元でわざわざそんなことは……普通しないですよね……」


 と、そう言ってけぇ子は首を傾げて頭を悩ませて……そして何かを思いついたのか、はっとした表情となり、大きな声を上げる。


「あ、あとですね、もし本当にこまさん達を傷つけたかったのなら、妖術を使ったんじゃないかなって思うんですよ!

 鼠さん達の妖術は、土とか岩に穴を開ける程の威力があるので、噛むとか引っかくとかより妖術を使うのが普通なんじゃないかなって!」


 そのけぇ子の声を受けて、善右衛門は分かったと頷き……そしてこまの方へと向き直り、口を開く。


「こま。

 もし仮に先程のこまの言葉の通り、権太達の言葉が嘘で、襲撃が意図的なものであったと言うのであれば、やはりその動機が何であるのかが重要になるのだが……何か事件に関わり合いがありそうなことや、思い当たることはあるか?」


 善右衛門にそう問われてこまはしばし頭を悩ませ……そして思い当たることは無かったのだろう、無言のままただ首を横に振る。


 それを見た善右衛門は分かったと頷いて、またも瞑目し、しばし黙考し……そうしてから権太達へと声をかける。


「権太、権郎、権三。

 意図的な襲撃を否定しているお前達に、襲撃の動機を聞くのもおかしな話であるので、別のことを聞きたいと思う。

 仮に何者かがお前達に妖術をかけてこま達を襲わせたとしよう。

 それをして得をする者、あるいはそうまでしてお前達を害そうとする者に心当たりはあるか?」


 善右衛門のその言葉に権太達は、天を見上げて頭を悩ませ……そして首を傾げて、それから三匹であれやこれやと、心当たりはあるかなどと話し合いを始める。


 そんな話し合いがしばらくの間続いて……そして結論が出たのだろう、権太が鼠達を代表して声を上げる。


「色々と考えてはみたんですが……あっしらには全く心当たりがねぇというのが正直な所です。

 あっしらはまだ妖怪になったばかりの、皆様方の足元でちょろちょろと生きてるだけの小物でして……誰かにこれといった迷惑をかけたことも、誰かと喧嘩したとかも、誰かに嫌われているとかも全く心当たりがねぇんでさぁ。

 そんな大それた妖術を使える知り合いなんかもいねぇですし……今回の件は、全く訳がわからねぇというのがあっしらの正直な答えでさぁ……」


 権太がそう言うと善右衛門は分かったと頷いて、瞑目し、黙考し……そしてそのまま何も言わなくなってしまう。


 この吟味の最中、善右衛門がそうすることは何度かあったが、今回のそれは特別に長いものであり……また己の深い所で思考しているのか、そんな善右衛門の様子を心配したけぇ子やこまの声にも全く反応を示さない。


 そしてそのまま……四半刻程の時を黙考し続けた善右衛門は、突然かっと目を見開き……その口を開く。

 

「……これより、権太、権郎、権三の三名に、奉行暖才善右衛門が今回の襲撃事件の件についての沙汰を言い渡す。

 一同、心して聞くように」


 突然の、予想もしていなかったそんな善右衛門の一言に、けぇ子、こま、権太達は、まさかと驚愕し、それぞれ大口を開けるなり、目を見開くなりの反応を全力で示す。


 そして善右衛門はそんな一同に構うこと無く、今回の件への沙汰を下すべく言葉を続けるのだった。

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