第17話 鼠達による襲撃事件、その吟味 その2

「では、まずは事件のあらましから整理していこう」


 と、そう言いながら善右衛門は脇においておいた紙束を手に取り……その表紙を捲る。


 するとそこには善右衛門が事前に被害者であるこまと子供達と、加害者である鼠達から話を聞き、まとめておいた今回の事件の概要が書かれていて……善右衛門はそれを淡々と読み上げていく。



 道端で遊んでいた二人の子供。

 その子供達を三匹の鼠達が突然襲撃した。

 その際に子供達が上げた悲鳴を聞いたこまがその場に駆けつけ、助けに入った。


 こまによって取り押さえられた鼠達は、以後特に暴れもせず抵抗もせず、自らがしでかしたことを認めて、伏して許しを乞うている。


 負傷したのは子供二人と、こまの合計三人。


 子供もこまも傷は深くなく、既に狸達による薬草を使っての治療が行われており、数日のうちには完治するとのこと。


 犯人は化け鼠の権太、権郎、権三の三人。


 それぞれ自らがやったことを認めつつも、事件の原因は自分達に無く、別にあると主張している。



「―――ここまでで何か異議はあるか?

 無ければこれらを事実だとして確定し、それを基に話を先に進めることになるぞ」


 こまの目を見て、鼠達の目を見て、そう言う善右衛門に対し、こまからも鼠達からも特に異議は上がってこない。


 その様子を見て善右衛門は「分かった」と頷き……そして眉をひそめる。


 こうして改めて目を通してみると、非常にわかりやすい事件であり、また犯人達が罪を認めている為に簡単に片付きそうではあるのだが……しかし一つの『しこり』があるが為にそういう訳にもいかず……さて、どう吟味を進めたものかと唸る善右衛門。


 そうやってしばらくの間を唸り続けてから……小さく溜め息を吐いた善右衛門は鼠達へと声をかける。


「権太、権郎、権三。

 改めて事件の原因についての話を聞きたい。

 ……お前達は一体どうして子供達とこまを襲い、怪我までさせたというのだ?」


 そう言われて権太、権郎、権三はそれぞれおお互いの顔を見合い……そうしてから一番年上であるらしい権太が、鼠達を代表する形で声を返してくる。


「そ、それではあっし……権太がお話させて頂きやす。

 あ、あっしらはその、ちょいと前……何日か前から善右衛門様のことを、山の方から眺めさせて貰っていたんでさぁ。

 噂の暖才善右衛門様がどんなお方であるのかが気になってしまいやして……それと早速狐達を成敗したと聞いて興味が湧いたってのもございやした。

 そしたらですよ、ぼろぼろだったこの町があっちゅうまに綺麗になっちまうわ、狸達だけで無く狐達まで住み着いちまうわ、しかも楽しそうに毎日を送っているわで……。

 なんちゅうかあっしらは、そんな楽しそうな空気を味わいたくて、空気の中に混ざり込んでみたくなって山からこっちに降りてきたんでごぜぇます」


 両手をすり合わせて仏にでも祈るようにしながら、言葉を続ける権太のことをじぃっと見つめて、その所作、目の動き、また他の鼠達の細かい反応などにも気を配る。


 そこから察するに……恐らくは嘘をついていないだろうと判断する善右衛門。

 その姿はとても殊勝であり、真摯であり……嘘をついていないだけでなく鼠達の中には善右衛門に対する悪意や、騙そうなどといった邪な考えは無いように見えた。


「山から降りて、この町に近付いて……なんとも楽しげな子供達の声に惹かれて。

 さて、どんな遊びをしてるのかとあっしらは建物の陰からそぉっと遊んでいる子供達の様子を覗き込んだんでさ。

 そ、そしたらですよ……。急になんだかくらくらっと来ちゃいまして、頭ん中がぐるぐる回ったかと思ったら、目の前が真っ暗になって、そんで次には真っ赤になって……何も聞こえないっちゅうか、何も言えないっちゅうか……。

 自分が、自分では無いみたいな、そんな状況になっちまったんです。

 ……で、気がついたらあっしらは血まみれで……そこの姐さんに叩き伏せられてたって訳なんでさ。

 泣いてる子供の様子や、あっしらの身体や手や、牙なんかについた血から、あっしらがしでかした事だとは重々承知してはいやすが……し、しかし、決してあっしらが、やりたくて、悪意があってやったことじゃねぇとご理解頂きてぇんです!

 あれは絶対誰かが……何かがあっしらに怪しげな術でもかけてやらせたことなんでさぁ!!

 し、信じてくだせぇ、お奉行様!!!」


 権太がそう言うと、続いて権郎、権三も信じてくれとの声を上げて、その場に伏せてどうかどうかと懇願し始める。


 その様子を見てじっと観察して……、


(言い訳、言い逃れの類にしては、真に迫っているというか……嘘では無いように見えるが……さて、どうしたものか)


 と、胸中で呟く善右衛門。


 そうしてしばしの間、頭を悩ませてから善右衛門は背後のけぇ子へと振り返り、声をかける。


「けぇ子。

 妖術やそういった類の力で、誰かを支配し、誰かを襲わせるなんてことは本当に可能なのか?」


 事件の吟味という独特の空気の中で緊張し、その身を固くしていたけぇ子は、突然名を呼ばれたことで驚いてしまったのか、びくんと大げさにその身を震わせて……そうしてから居住まいを正して声を上げる。


「は、はい……!

 え、えぇーっと……権太さん達は二つ尾の妖怪変化ですよね?」


 けぇ子にそう言われて、権太達はすかさずぼふんと尻尾を二本に増やしてみせて「その通りでございやす」と頷く。


「二つ尾は妖怪に成り立ての、妖怪としては一番力が弱い頃ですから……格上の妖怪が悪意でもってそうすることは不可能では無い……のですけども……。

 ただなんと言いますか、そういった邪法、邪道の類はもう何百年も前に失伝したとされる妖術ですので……可能は可能なのですけど、やれと言われてそう簡単に出来ることじゃないと言いますか……私にはまず無理と言いますか……」


 そんな風になんとも歯切れ悪い様子でけぇ子が説明する中……黙って事の成り行きを見守っていたこまからいきなりの大声が上がる。


「善右衛門様!

 こんなやつらの言い分なんて全部が全部、嘘に決まっています!

 こいつら鼠はただただわたくし達を襲いたくて襲ったに違いありません!

 あの時のあの凶暴で邪悪な顔、声、やり方……どれをとったって不本意で出来ることではないはずです!!」


 そんなこまの声を受けて権太達も黙っていられなくなったのか、悲鳴のような声を上げ返す。


「ば、馬鹿言うんじゃねぇよ!

 襲うにしたって、なんだって自分達より身体も力も妖力も大きいあんたらを襲わなきゃならねぇんだ!!

 そんな自害みたいな馬鹿な真似、あっしらがする訳ねぇだろう!!」


「そうだ! そうだ!」


「狐なんか怖くて襲えねぇよぉ……!」


 権太達のそんな反論を受けてか、それとも元々耐えかねていたのか……激昂し、その表情を怒りの色で塗りつぶしたこまは、鼠達をぎろりと睨みつけ、更に大きな声……怒声を上げる。


「善右衛門様! 死罪を! 死罪をお願いします!!

 こ、こんな、反省の色も見せもしないで開き直るような愚かな連中、死んだって誰も困りません!!」


 そんなこまの言葉に今度は権太達が激昂し、冗談ではないぞと声を返そうとした……その時。



「双方静まれい!!」



 と、善右衛門の大声が、その大部屋に、屋敷中に、辺り一帯に響き渡る。


 普段は感情を顕にすることなく、淡々とした様子を見せている善右衛門からは想像も出来ないようなその大声を受けて、その場は一気に静まり返り……風の音、虫の音すらも消え去って、誰もが、何もかもがしんと静まり返る。



 そうして善右衛門は、こまと権太達のことを鋭く睨み……ゆっくりとその口を開くのだった。

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