第15話 そして次なる沙汰へ
狸達だけでなく狐達も町で暮らすようになって、宿場町は少しずつ元の宿場町としての活気を取り戻しつつあった。
道が綺麗に片付けられて、家々の屋根からごみが取り払われて、崩れ落ちていた家も狐達の妖術によって焼き払われ、跡形も無くその姿を消していたのだ。
火を、熱を操るという狐達の妖術は、善右衛門が驚き唖然としてしまう程に凄まじい代物で、長屋のように建ち並ぶ家の一画だけを焼き払い、隣家には火の粉一つすら飛ばさず、また焼き払った後には消火をするまでもなく瞬時に鎮火する……と、まさしく人智を越えた代物だった。
狸達の物作りも大概ではあるが、狐達のそれも尋常では無いなと善右衛門はその力の凄まじさに戦慄することになる。
これ程の力があるにも関わらず、こまは三つ尾。
……ならばそれ以上の八つ尾、九つ尾の妖怪とはどれ程の力をもっていたのか、またそんな妖怪を退治した人間とはどれ程の化物であったのか。
そんな妖怪と人すら越える力を持つ神とは一体どんな存在なのか……。
こま達の見せた力は、神仏妖怪を信じていなかった善右衛門に、そんな答えの出ない問いを巡らせる程のものだった。
とは言え善右衛門は、二、三日もするとこの問いは考えても答えの出ない、考えるだけ無駄なものなのだと悟り、それ以上深くは考えないようになっていた。
少なくとも現状、徳川の世は……太平の人の世は、無事に続いており、妖怪変化や神の類に乱されるようなことも起きていない。
けぇ子やこま達を見ても、その力を持って人の世をどうこうしようだとか、そういう考えや仕草は一切感じられない。
ならばあるがまま受け入れて、深く考えぬ方が良いだろうというのが善右衛門の出した結論だったのだ。
それでもいくらかのしこりと、妖怪という存在への警戒感が善右衛門の中に残ることになったのだが……善右衛門はそれらの一切を表に出さず口に出さず、ただただ胸の奥へとしまい込むのだった。
そうして時は流れ……善右衛門がこの町に来てから十日が過ぎた。
この町に来たばかりの頃は色々とやることのあった善右衛門だったが、最近はこれといった騒動も無く、すっかりと暇を持て余してしまっていた。
人別改帳は完成した。
防火に関しては火を操る狐達が居るおかげでそれ程気張らなくて良い。
善右衛門が心配していた狸達と狐達による摩擦や諍いなども一切起きていない。
こうなってしまうと町奉行としてはやるべきことが無かったのだ。
処理すべき文書も無く、書き仕事も無く……そもそも妖怪だらけの町でそういった事務仕事が必要なのかも分からない。
朝日と共に目覚め、朝餉を済ませ鍛錬をし……散歩がてらに町を見回って、屋敷に帰ったなら夕餉を済ませて温泉に入り、そして眠りに就く。
……ただそれだけの平穏な日々を善右衛門は送っていたのだ。
そしてこの日も、日課の散歩を終えて何事も無いまま、無事に一日を終えられる……はずだったのだが、玄関に腰かけ足を洗っている善右衛門の所に、こまが……生傷をその顔に作り、着物のそこかしこを斬り裂かれたなんとも痛々しい姿で駆け込んでくる。
「ぜ、善右衛門様、あ、悪漢が……悪漢共が暴れて、子供が怪我を……!」
駆け込んでくるなりこまがそう言うと、善右衛門は直ぐ様桶に入れていた足を抜き、手拭いでもって雑に水気を払い、そのまま……素足のまま地に立ち、刀の柄に手をやりながら声を返す。
「子供は何処だ! 悪漢は何人だ!
けぇ子! 狸達にも知らせて女子供達を避難させよ!」
眉を吊り上げ鬼気迫りながら屋敷の中にいるけぇ子に向かって叫ぶ善右衛門に、すかさずこまが言葉を返す。
「子供は今わたくしの家で怪我の治療をしています!
悪漢共は、ここに……ここでございます!」
そんなこまの言葉に、善右衛門がこことは何処だ、今からこの屋敷に悪漢共が押し入ってくるのかと神経を尖らせていると……こまがその手に持っていたらしい布包みを善右衛門の前に差し出してくる。
そしてこまがその包みを捲ると……その包みの中には土下座のような形で伏せる朱色の半纏を纏った三匹の鼠達がおり……その手にある長い爪を見ると赤く血に濡れていることが見て取れる。
そんな鼠達の姿を見て、それらがこまの言う悪漢であるらしいことを理解した善右衛門は……次は鼠かと大きな溜め息を吐くのだった。
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