第14話 満月の夜に
夜。
眠りの中でその身体と心を休めていた善右衛門は、ふいに己の瞼が光を感じていることに気付く。
もう陽が出たのか……とそう考えた善右衛門だったが、しかしまだまだ眠気は重く残っており、朝が来たにしては少しおかしい。
ならば一体何の光が……と、その正体が気になり、こんな風に気になったままでは安眠出来そうに無いと判断した善右衛門は、重い体に活を入れてゆっくりと瞼を開く。
そうして霞む視界をどうにかはっきりさせながら光を感じる方へと向けると……開け放たれた寝所の戸の向こうに、夜の中で輝く大きな満月の姿がある。
丸く大きく膨らみ、強い光を放っているその満月は、どういう事かいつもより美しく力強く見えて……妙に目が冴えてしまった善右衛門は、たまには月を楽しむのも風流かと身体を起こす。
起き上がり身なりを整え、蚊帳を出て寝所を出て、屋敷の庭に沿う縁側に立ち、夜空を眺める善右衛門。
そうやって夜風に当たりながら満月を楽しんでいた善右衛門は……ふいに庭の隅の方で何かが光ったということに気付き、一体何事だとそちらへと視線を移す
そこに居たのは屋敷の庭の隅、山を表現していると思われる大きな岩の上に立つ二つの影で……その影達はそれぞれに黄色い光と銀色の光を放っており、善右衛門はすぐにその影の正体がけぇ子とこまであることに気付く。
岩の上に仁王立ちになりながら、全身の毛を逆立てて黄色い光を放つけぇ子と、全身の毛を波打たせて銀色の光を放つこまは、それぞれ月の方へ向かってその両手を突き出していて……時が経つに連れて、放っている光の強さがどんどんと強くなっていく。
そうしてこれでもかと光を強くしたけぇ子は、ふさふさとその尻尾を揺らし始めて……突然ぼふんとその尻尾が二本に増える。
隣に立つこまの尻尾も同様にぼふんと二本に増えて……するとどういう訳だかけぇ子達が放っていた光が弱まって、そしてまた時が経つに連れて、けぇ子達の放つ光が強まっていく。
そんな風に、光を放ち、尻尾を増やし、また光を放ちと繰り返したけぇ子とこまは、けぇ子が四本、こまが三本まで尻尾を増やしたところで、二人が同時にふぅーと息を吐き、光るのを止めてのそのそと岩から降り始める。
「……流石けぇ子さんです、まだまだ敵いませんね」
「うふふ、流石にこればかりは年の功ですよ」
岩から降り、そんなことを言い合いながら、増えた尻尾を揺らしながら屋敷に向かって歩き始めたけぇ子とこまは、そこでようやく縁側で自分達のことを眺めていたであろう善右衛門に気付き、
「きゃぁぁぁぁぁぁ!?
ぜ、善右衛門様!? ふ、不埒です! いやらしいです!! 慮外千万です!!」
「善右衛門様!?
ど、ど、ど、ど、どうしてこんな夜遅くにお目覚めを!?」
と、こま、けぇ子の順で悲鳴を上げる。
そして悲鳴を上げたと同時に、増えていたけぇ子達の尻尾が重なり合うようにして一本に戻り……そんな光景を目にした善右衛門は何も言わずに自らの顎を撫で、
「面白いこともあるものだ」
と小さく声を漏らす。
けぇ子とこまは、そんな善右衛門の態度に……けぇ子達の悲鳴やら何やらを全く意に介さない善右衛門の態度に、小さく腹を立てぷくぅと頬を膨らませるが、善右衛門はそのことに気付きもせずに、けぇ子達に声をかけてくる。
「今のは何がしかの儀式か?」
そんな善右衛門の一言に、こまは深い溜息を吐き……そしてけぇ子は言葉を返す。
「えぇっと……まぁ、はい。そのようなものです。
ああやって月の光を浴びることで妖力を溜め込んでいたんです」
「ふむ……。ならば増えた尻尾は溜め込んだ妖力の化身か何かか?」
「はい、その通りです。
多くの妖力を溜め込めば溜め込む程、尻尾の数が増えて……顕現せられる尻尾の数がその妖怪の、妖怪としての格を表すと言われています。
有名所では、古の九尾の狐がその名の通り九本。
神にもなられました団三郎様 芝右衛門様、太三郎様の三大狸様方がそれぞれ八本。
同じく神になられました頼豪鼠様が七本という感じですね」
「なるほどな……。
月の光を浴びて力を溜め込んだということは、妖力の源は月にあるのか?」
「……月だけ、という訳ではないです。
霊山の頂上、龍穴の真上……それこそ神社のある場所なら大体何処も力に満ち溢れています。
聞いた話ですが、西のかしこき辺りは龍穴が多く、龍脈が複雑に入り乱れていて、それはもう力の奔流が凄まじいんだそうで……そういう関係であの辺りは妖怪変化が生まれやすく、事変が起きやすいんだそうですよ。
後は温泉の中にも僅かですが力が溶け込んでいたりしますね」
「……なるほど」
そんなけぇ子の説明を受けて、色々と聞いてはいけなかったことを聞いてしまったような気分になった善右衛門は、そこについては深く触れず適当な一言で話題を流す。
そうして戻って来た眠気の為にあくびをし、寝所の方へと向き直る善右衛門。
「……まぁ、光るのも尻尾を増やすのも程々にして早く寝るように。
眠らずは大病の元だからな、おやすみ」
そう言って寝所へと戻っていく善右衛門に、けぇ子はぺこりと頭を下げ、こまは不埒な真似をしたことせめて一言詫びて欲しいと頬を大きく膨らませる。
しかしそんなことに気付くこと無く善右衛門は、寝所へと戻り、寝床へと潜り込み、再びの眠りにつき……そうしてこの日の夜は静かに更けていくのだった。
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