妖怪変化のあれこれ

第11話 妖術のあれこれ


 

 銀狐のこまと、こまの一族を受け入れると決めた翌日。


 こまに率いられてやって来た、こまと同じ毛色をした銀狐達は、狸達が暮らす大旅籠の向かいに位置する、大きな店蔵たなぐらを構える商家屋敷に住むことを決め、そのことを善右衛門に報告するなり早速、屋敷の大掃除を始めていた。


 人に化けた銀狐達が忙しそうに懸命に屋敷の内外を掃除しているところに、これまた人に化けた狸達が次々と、妖術で作ったらしい箒だとか、はたきだとか、水桶だとか雑巾だとかを運んで来て……それらの品々を受け取った銀狐達は、器用にそれらを使いこなしながら掃除を進めていく。


 そうして屋敷の掃除がある程度落ち着くと、今度は狸達がこれまた妖術で作ったらしい真新しい畳だとか障子戸だとかを運んで来て、それらを受け取った銀狐達は、畳を張替え、障子戸を入れ替え、とぼろぼろで情けない姿だった屋敷を、真新しい、立派な姿へと生まれ変わらせていく。


 商家屋敷の前の街道で、そんな銀狐達と狸達の様子を見ていた善右衛門は、


「銀狐達はどうして自分達で畳だとかを作らないんだ? 何故わざわざ狸達の手を借りている?」


 と、一言呟き、小首をかしげる。


 銀狐達も妖術を使えるはずで、木の葉から畳を作れるはずで……だというのに、何故狸に作って貰っているのだろうと、そんな疑問を善右衛門が懐いていると、善右衛門の隣に立つけぇ子が、


「あ、実はですね……その妖怪によって妖術で出来ること、出来ないことがあるんですよ。

 狐さん達は草木からの油作りとか火とか熱を操れるのですけど、草木からの物作りとかは出来なくて……なので私達、狸達がああしてお手伝いしているんです」


 と、善右衛門の疑問に答える。


 それから始まったけぇ子の説明によると、傍目には滅茶苦茶なことをしているように見える妖術だが……実はいくつかの決まりごとのようなものがあり、そこまで滅茶苦茶なものでも、万能なものでもないのだそうだ。

 

 決まりごとその一。


 その妖怪によって出来ること、出来ないことがはっきりと分かれていて、その壁を越えることは何者であろうとも絶対に不可能である。


 狐達に物作りが出来ないのと同様、狸達にも狐達が得意とする油作りなどが出来ないのだそうだ。


 決まりごとその二。


 大きなことを成そうとすればする程、世の道理を曲げようとすればする程、相応の力と代償が必要になり、やりすぎればたちまち天罰が下る。


 無理、無茶、出鱈目は禁物、あくまで世の道理に従い、道理によって起きうる現象を妖力でもって起こすのが妖術である。


 得意げな顔のけぇ子によって進められるそんな説明の途中で、それまで静かに聞き入っていた善右衛門から「いやいや、ちょっとまってくれ」と声が上がる。

 

「木の葉なんかを、畳やら障子戸やら着物やらに変化させるのは、世の道理を大きく捻じ曲げる行為のように思えるのだが……それについてはどうなんだ?」


「畳も障子戸も着物もどれもこれも、もとを正せば全て草木から作られたものでしょう?

 木綿や麻の繊維を編み上げ、草木の汁で染め上げたものが着物ですし、干した井草を編んだものが畳ですし、木の繊維を溶かし固めたものが障子紙じゃないですか。

 人の手でそうするか、妖術でそうするかという違いはあるだけで、やっていることそれ自体はそんなに変わらないんですよ」


 そんなけぇ子の言葉に対し、善右衛門としては色々と納得しがたい、理解しがたいものがあったのだが……そもそもの妖怪の存在それ自体が、納得と理解に遠い存在だったので、まぁそういうものかと、けぇ子の言葉を……半ば無理矢理に飲み込む。


 ……と、丁度その時、どうやら屋敷内の掃除が終わったらしく、屋敷の中から掃除を手伝っていた狸達と、こま率いる銀狐達がぞろぞろと出てくる。


 銀狐はこまを含めて全部で十八名。

 その全員が善右衛門の前に横一列に並び、丁寧な……やや固い仕草でもって頭を下げる。


「暖才善右衛門様。

 本日よりわたくし達銀狐の一族、善右衛門様のご好意により、この地にて―――」


 仕草と同様、固い言葉で始まったこまの挨拶はそれからしばらく……長々と続き、そんな挨拶を黙って聞き、受け入れた善右衛門は、狐達に顔を上げるように言い、そうしてから口を開く。


「俺はあくまで町奉行、これからこの町を動かしていく主役は俺では無く、この町で暮らしていくことになるお前達だ。

 けぇ子とその一族、こまとその一族、それぞれ協力し合い、協調し合い、問題を起こすこと無く日々を暮らしてくれたならそれに勝る願いは無い、よろしく頼むぞ」


 昨日の様子を見るに、けぇ子とこまの仲に問題は無いようだ。

 また屋敷の掃除にあたってちゃんと協力し合えた様子を見るに、狸達と銀狐達の仲もそう悪くは無いようだ。


 だがしかし、異種族は異種族。

 きっといつかどこかで、なんらかの摩擦が起き、問題が起きることだろう。


 出来ることならば白洲の場など開きたくはないし、開くことのないようにしてくれと、そんな思いを込めての善右衛門の言葉は、けぇ子達、こま達にどう伝わったのか、けぇ子達、こま達はどんな思いで受け入れたのか。



 ともあれこうして、僻地の宿場町に新たな町人達が増えたのだった。

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