第10話 新たな町人

 狐を連れて屋敷に戻った善右衛門は、一旦狐を玄関で待たせて屋敷に上がり、屋敷で家事に勤しんでいたけぇ子に事情を話し同席を頼む。


 まだまだ自分は妖怪変化の事情に明るく無く、何かあれば助言して欲しいとの善右衛門の言葉に、けぇ子は笑顔で了承し……そうして善右衛門とけぇ子は、居間にて狐と相対することになった。


 居間で善右衛門とけぇ子が並んで座り、その向かいに狐が座るという形で話が始まり、始まるなり早速狐が畳に手を付き頭を下げて、


「この度は同族がとんだご迷惑を―――」


 と、謝罪の言葉を口にする。


 その様子を見た善右衛門は、まず狐に頭を上げるようにと言い、狐が顔を上げ居住まいを正したのを見てから言葉を続ける。


「……その謝罪を受け入れる前にまず聞きたいことがある。

 お前は件の狐の……親類縁者の者なのか? 同族とのことだったが……」


「いいえ、親類縁者という程の繋がりはございません。

 同じ山に住み、同じ姿をしているという以外にあの者達との繋がりは一切ございません」


「ならばお前がそうまでして謝罪する必要は無い。

 あの件に関して責があるのは、責められるべきなのはあくまであの場に居たあの狐達だ。

 それ以外の狐達に対し、俺は何の悪感情も持っていないし、八つ当たりをする気など毛頭無い。

 一線を超えれば他の狐達も黙っていまいと、そういった話をけぇ子から聞いたこともあり大体の事情は察している。

 ……それでも一族の面目、尊厳の為というならばその謝罪を受け入れはするが、それはあくまでお前達の為、あの件を起こした狐達を免ずるという訳では無いぞ」


「……はい、それで十分でございます。

 お心遣い頂きありがとうございます」


 と、そう言って頭を下げようとする狐に対し、善右衛門は「止せ」と一言発する。


 それを受け再び居住まいを正した狐は、いくらかその表情を柔らかくしてから、口を開く。


「善右衛門様、けぇ子様。

 山の目達からの厳しい目もあり、辛い立場でありましたが、おかげで肩の荷が降りたような気分で御座います。

 銀狐のこま、この御恩を忘れることはないでしょう。

 ……そして謝罪のついでのようで誠に恐縮なのですが、わたくし共のお願いを一つ聞き届けて頂けないでしょうか?」


 そんなこまの言葉に善右衛門は、ちらりと横に座るけぇ子へと視線をやり、けぇ子が「話を聞くだけ聞いてみては」と小さく漏らしたのを受けて、


「まずはその願いとやらがどんなものであるかを聞かせて貰おう」


 と、言葉を返す。


「はい……。

 実は先程も言いました通り、今わたくし達には山の目達から厳しい目を向けられておりまして……そうした山の目の一部の者達による嫌がらせにより、住処を奪われつつあるのです。

 ……そこで、その、どうかわたくし達をけぇ子様達のようにこの町に住まわせて頂けないでしょうか。

 そうすれば住処を得ることが出来るだけでなく、善右衛門様と悪い仲では無いのだと山の目達に見せることが出来、山の目達の誤解を解くことが出来るかと思うのです」


 そんなこまの願いに、善右衛門はうぅむと唸る。

 

 こまの仕草、表情を見るに嘘は言ってないように思える。

 本当に住処を失いつつあるのであれば……町に家は十分に余っているのだし住まわせてやっても問題無いようにも思える。


 しかしこまを、狐達を町に迎え入れたならば、同時にいくつかの面倒事も迎え入れてしまいそうな予感がして、その予感が善右衛門を迷わせる。


 そうして迷いに迷った善右衛門がけぇ子へと視線をやると、けぇ子はにっこりと微笑み、


「私は賛成です。

 こまさんは悪い方では無いようですし……狐さん達は油の扱いが上手なので、色々助かることも多いと思いますよ」


 と、先程とは違うはっきりとした大きな声を漏らす。


 どうやらけぇ子はこまを、狐達を迎え入れることに前向きであるらしい。


 現状この町で暮らすこの町の主役はけぇ子達だ。

 そのけぇ子が良いと言うのであれば、否もないなと頷いた善右衛門は、こまへ向き直り、口を開く。


「分かった、こま達がこの町に住むのを許そう。

 どの家に住むかは自分達の目で見て、けぇ子達と相談の上決めると良い。

 俺からああしろ、こうしろとは特には言わん。

 ただし、決まった際には報告を忘れないように」


 そんな善右衛門の言葉を受けて、こまはまた一段と表情を柔らかくし、ほっと安堵の息を吐く。

 そうして緊張からか、固く締め、上げていた肩を、今度こそ本当に荷が降りたと下げて……それからはっとした表情となって、何やら慌てた様子で口を開く。


「い、いけません、いけません、善右衛門様にお伝えしておかなければならないことがあるのを忘れていました。

 あの狐達が何故あんなことをやらかしたかのおおよその予想についてと、善右衛門様のこれからのことについてのお話があるのでございます……!」


 そんな言葉を枕にこまは、その予想とやらについてを話し始める。


 曰く、件の狐達はここ数年になって神になろう、神になろうと異様なまでに焦っていたらしい。

 何がそこまで件の狐達を焦らせたのかは謎だが、その為にあんなことをしでかしたのではないかと山の目達は予想し、噂しているそうだ。


 あの洞窟をけぇ子達から奪い、傍目には洞窟には見えないあの洞窟を、自らの住処だと、山神から賜ったものだという嘘を善右衛門に信じ込ませ……更にそこから自分達を神使、あるいは神の端くれだと信じ込ませる方向に持っていって、かの暖才善右衛門に神として崇められたとして神の座に至ろうとしたのではないか。


 件の狐達は未だ行方知らずの為、それが真実であるかは未だはっきりしていないが……その予想は山の目達の中で確かなものとして広まりつつあり、そして……、


「そして、善右衛門様と共にあれば神に至れるのではないかとそんなことを考えている者達まで出てきている始末でして……わたくしがこれを言うのもおかしな話ではございますが、そういった理由で善右衛門様と共にあろうと、この町に住もうとやってくる山の目達が、これから増えるのではないかと、ご忠告を申し上げたく……」


 こまのその話を受けて、善右衛門は、こま、お前がそれを言うのは本当におかしな話だぞと大きな溜め息を吐く。


 こまを受け入れていなければ、これから来るであろう山の目達への対処も楽だったろうに……。


 ……いや、もしかしたらけぇ子達をこの町に住まわせた時点で、妖怪変化と関わろうとした時点で、あるいは江戸を追いやられた時点で、全ては手遅れだったのかもしれない。


 

 そんな考えに至り善右衛門は、またも大きな、それはそれな大きな溜め息を吐いてしまうのだった。


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