第5話 新たな日々の始まり

 狐達が起こした騒動の後、善右衛門は洞窟を、住処を失いすっかりと意気消沈してしまったけぇ子達を連れて宿場町へと戻っていた。


 あの洞窟の中に住んでいたけぇ子の家族である狸達は総勢で三十四名。


 意気消沈し、歩くのも億劫だと言わんばかりに落ち込む狸達を半ば無理矢理に宿場町へと連れて来た善右衛門は……そんな狸達を道の途中で休ませて、何も言わずに何の説明もせずに宿場町の家々を見て回り始める。


 家の中に足を踏み入れ……家の中を見るのもそこそこに庭の方へと足を運び、庭を一目見るなり次の家へ。


 そうしてその宿場町一番の大きな家……恐らくは大旅籠だったと思われる家へと入り、そこの庭を見て……小さく頷いた善右衛門は、それで家を巡るのを止めにしてけぇ子達の下へと足を向ける。


「けぇ子。

 俺なんかが此処に来てしまったせいで、お前達には余計な迷惑をかけてしまったな。

 その詫び……という訳でも無いが、町奉行、暖才善右衛門の名において、お前達一族があそこにある家に住むことを許したいと思うのだがどうだろうか?」


 善右衛門にそう言われて……耳も尻尾もしょんぼりと垂らしていたけぇ子は「……は?」 との一言と共に小首を傾げる。


「間接的にだが、俺はお前達の住処を奪ってしまった、その上洞窟に入ろうとした際にはどうやら俺はお前達に命を助けられたようだ。

 ならば代わりの住処をお前達に用意してやるのが筋というものだろう。

 あそこの家はあの洞窟程快適では無いかもしれないが……立派な柿の木が何本か庭にあるようだし、あの柿を食べていれば飢えることは無いだろうと思う」


 と、善右衛門に言われて……けぇ子の耳がちょこんと立ち上がる。

 

 この町に住める? しかもあんなに立派なお屋敷に? その上柿の木まで?


 善右衛門の言葉を理解し、そんなことを考えたけぇ子は居ても立ってもいられずに、思わずといった様子で駆け出して、その家の中へと飛び込んで行く。


 そうして家の中を駆けて、庭へとたどり着くと、荒れ放題の庭の中に枝を大きく広げ、青々とした葉を付けた柿の木が一本だけでなく四本もあり……それを見たけぇ子の尻尾がふっさふっさと揺られ始める。


「まぁ……あの奉行屋敷をあそこまで綺麗にしたお前達であればここいらの家に勝手に住みつくことも容易いのであろうが……町奉行として、この町を預かる役人として許可を出すというのは決して無意味なことではないはずだ。

 その上で、例の山の目とやら共にこう言ってやれば良い。

 今日からここは自分達の……あの暖才善右衛門に正式な認可を貰った自分達の家なのだとな」


 けぇ子の後を追いかけて来た善右衛門のそんな言葉に、けぇ子だけで無く、善右衛門と共にけぇ子の後を追いかけて来た狸達全ての耳が立ち上がり、その尻尾がなんとも嬉しげに揺られ始める。


 善右衛門はそんな狸達の様子を、無表情ながら優しい目で見やり……更に言葉を続ける。


「更にもう一つ……これも山の目達に言っておけ。

 この家だけでなく、この宿場町は、この暖才善右衛門の管理するものであり、あの洞窟のように、この宿場町を害するのであれは、それは人間を……この暖才善右衛門を害するも同義である……とな」


 その善右衛門の一言で狸達は一斉に湧き上がる。


 そうして口々に善右衛門への礼を口にし、善右衛門に向かって平伏し、それからすぐにけぇ子からの号令があって……その号令を受けて一斉に狸達は庭に飛び込み、庭に散らばる木の葉を持って頭に乗せ、そうして人の姿へと变化し始める。


 間抜けにも狸の耳を頭に乗せたままの、着物の裾から狸の尻尾をはみ出させた化け損ねとも言える姿へとなった狸達は……屋敷を、自分達が今日から住む屋敷を、人の姿を借りながら元気よく楽しげに、歌なんかを歌いながら掃除し始める。



 そんな狸達の中には全くどうやっているのか庭に落ちていた木の葉を編んで真新しい畳を作り出している者が居たかと思えば似たような手法で障子戸や着物やらを作り出している者まで居て……善右衛門はそうしたなんとも言えない不思議な、楽しげな光景を見て自らでも気付かぬうちに優しげな微笑みを浮かべてしまう。


 そうやって微笑みながら狸達の姿を見続けること半刻。


 善右衛門はいつの間にやらあの酷いまでに悪化していた頭痛が綺麗さっぱりと無くなっていることに気が付く。


 全くいつの間に治ったのやらと思い返そうとしてみても、今日は色々なことがあり過ぎてそちらの方ばかりが思い出されてしまう。


 

 そうして今日一日の出来事をつらつらと思い浮かべた善右衛門は、なんとも不思議な狸達に囲まれた、不可思議な生活を送るというのも、中々刺激的で悪くないかと思い至り、今度は自分でもはっきりと自覚しながらの大きな笑みを浮かべるのだった。

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