第4話 山の目

『あーーーーー!?』


 善右衛門が証文を破り捨てたのを見てけぇ子達、狐達からそんな悲鳴のような声が上がる中、善右衛門は顔を上げ、天に向かって睨みを効かせて……そうして大声を張り上げる。


「この証文を書いたという山神とやら!

 それが本当のことであるならば、こうして証文を破いてしまった俺に天罰を下すが良い!

 もしこの狐達の言うことが虚偽で、証文が偽造であるならば、そこの狐達に天罰を下すが良い!」


 そんな善右衛門の大声を受けて、けぇ子達ははらはらと心配そうにしながら善右衛門のことをじっと見つめ、狐達はがたがたと体を震わせながら、どこかに逃げられやしないかと隠れられやしないかと視線を泳がせる。


 その態度を見て、これは決着したな、と善右衛門は静かに頷く。


 山神が居るのか居ないのか、妖怪を前にした後であってもいまいち確信を得られなかったが、けぇ子と狐達の様子を見るに本当に居るのだろう。

 そしてあの態度を見れば分かる、狐達が嘘を吐き、偽物の証文を用意していたということが。



 この方法は一種の神頼み、一種の賭けでしかない全くの愚策だった。


 証文が仮に本物であれば、善右衛門に天罰が下るかもしれず、その天罰で善右衛門の命が失われるかもしれず、全く理に合わず、善右衛門にとって利になることは一つも無い愚策だった。


 だというのに善右衛門はそうなったらそうなったで、善右衛門を騙した形になるけぇ子達も同様に天罰を食らったことだろうし、悪は裁かれ正しい沙汰が下されたことにはなる、と半ば自棄混じりの考えでその愚策に頼ったのだった。



 まさかこの俺が神頼みの方法で沙汰を下すことになるとはな……と善右衛門が内心で自嘲していると、崖の上の方からがこんがこんと何かがぶつかるような音が聞こえてくる。


 一体何が? と善右衛門達が一斉に顔を上げ、視線をそちらへと向けると一つの石が善右衛門達の居る場に向かって落ちてくる様子が視界に入る。


 その石は、崖につぶかり右へ左へと跳ねながらも善右衛門達の方へ……狐達の方へとめがけて落ちていって、あわや狐達にその石が命中するという瞬間、狐達は颯爽と身を躱し石を見事に避けることに成功する。


 そうしてがんっという音と共に地面に落ちたその石は、どういう訳だか大きく跳ねて、不自然としか言えない動きで狐達へと向かって跳び、大狐の顔面にがつんと命中する。


 

 ま、まさか本当に天罰が下るとは……。



 と、善右衛門が戦慄していると、石を受けて気絶し、倒れてしまった大狐以外の狐達が狐火を激しく揺らし、分かりやすくらいに動揺し始めて……何やら仲間内でこの場をどう切り抜けようかとの話し合いをし始める。


 頭目を失った為か、くどくどと、ぐだぐだと纏まりの無い、終わりの見え無い話し合いをし続ける狐達。


 そんな狐達の口から漏れ聞こえてくる内容によると……どうやら狐達は善右衛門とけぇ子達を、その妖力でもって排除しようと、殺そうと企んでいるようなのだが、何匹かの狐達が『山神にバレてしまった』『山の目達の前でそんなことは出来ない』などといった単語を口にしながら頑固なまでに反対しているせいで、上手く意見が纏まらないでいるようだ。


 そうした狐達の様子を、さてどうしたものかと見やりながら……刀をに手をやりながら善右衛門は、


「山神はともかく、山の目とは一体何のことだ……」


 と、思わずといった感じで頭に浮かんだ疑問を口にする。


 すると、善右衛門の足元にいたけぇ子が、くいくいと善右衛門の旅装の袴を引いた後に、その問いに答えてくれる。



 けぇ子曰く、山の目とは鳥やら鼠やら、山に住む者達の目のことであるらしい。


 周囲を善右衛門が見渡してみても全く見当たらず、僅かな気配もしないが、けぇ子から見ると相当な数の目が、まさに今、この場を見ているんだそうだ。


 ここ最近、特に江戸の世になってからは、狸、狐だけで無く、様々な動物達が人間の手によって神として奉じられ、神の座に至っている。


 そうしたことから、山の目こと山に住む動物達は人間への感謝と敬意の気持ちを特別に深めているのだそうだ。


 人の世のことを詳しく知り、人の世の噂を口々にするようになり……そうした山の目達は、江戸からやって来た噂の奉行、暖才善右衛門のことを、この山の近くに来た辺りからずっとその目で見ていたらしい。


「―――そんな状況で噂に名高き善右衛門様を害せば、狐達はたちまち悪妖怪とみなされて、山の目達より命を狙われるようになってしまいます。

 それこそ仲間であるはずの他の狐達にさえ襲われてしまうことでしょう」


 とのけぇ子の説明を受けて、善右衛門は得心する。


 恐らく狐達はそうした状況を利用することを考え付き……善右衛門を騙し、上手いこと自分達の味方に引き込むことで、山の目という証人達の前でそうすることで、この洞窟をけぇ子達から奪おうと企んだのだろう。


 だが、その企みは見事なまでに失敗してしまって……挙げ句山神からの天罰まで食らってしまって、そうしてあのように動揺していると、そういうことであるようだ。


 所詮は狐、この程度か。


 と、善右衛門が失笑を漏らした折、気絶していた大狐が目を覚まし、きぇぇぇぇぇぇ! との奇声を上げる。


 その奇声を受けてか狐達は相談を止め、焦った様子で何やらの呪文を唱え仕草を練り……そうして周囲の狐火がうねり、燃え盛り始めて……その様子に、猛烈に嫌な予感が走った善右衛門は、地面を蹴り、駆け出して狐達目掛けて抜き放った刀を振るう。


 が、その時にはもう手遅れであったらしい。


 刀は宙を斬り……そのままゆらりと狐達の姿が消える。


 一体狐達は何処へ行ったと考え、周囲を見回し……洞窟の中でうねる狐火を見つけた善右衛門が、洞窟の中か! と駆け出した……その時だった。


 けぇ子を始めとした狸達が、善右衛門に飛びつき……そのまま不思議な力でもって善右衛門を洞窟から距離を取る形で押し飛ばす。


 次の瞬間。何かが破裂したような音が洞窟内から響いて来て……狐火が周囲を、洞窟の周囲を舞って、洞窟の近くにある柿の木を焼き払っていく。


 一体何が起きたと、尻もちをついた狸まみれの善右衛門が驚いていると、洞窟の中から更に破裂音がしてきて……洞窟の壁が、天井が、がらがらと崩れ始める。



 策が失敗し、追い詰められ、自棄になった狐達の仕業なのだろう。



 ……そうしてけぇ子達の住処である洞窟は、見るも無残に崩れ去ってしまうのだった。

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