第3話 化け狸と化け狐

 二本の足でとことこ歩くけぇ子と、けぇ子の率いる狸達に先導されて洞窟で向かう途中、何度も何度も振り返っては笑顔のような……嬉しそうな表情を見せてくるけぇ子に、善右衛門は少し悩んでから声をかける。


「……そんなに洞窟に帰れるのが嬉しいのか?」


「へ……?

 あ、あぁ、はい、あの洞窟に帰れるのは勿論嬉しいことです……!」


 善右衛門に問いかけられたけぇ子はなんとも意外そうな顔をし、そしてそんな答えを返してくる。


 どうやら自分の問いは的外れだったらしいと善右衛門が僅かに口元をしかめていると、それを見たけぇ子が慌てた様子で言葉を続ける。


「そ、その、なんと言いましょうか……まさかあの暖才様に会えるとは思ってもおりませんでしたので……!

 その上私達の話を聞いて、信じてくれて、こうして力を貸してくださっているのが……夢のようであり、嬉しくて嬉しくてしょうがないのです!」


 慌てながらも善右衛門のことをしっかりと、まっすぐに見てそう言ってくるけぇ子を見て、善右衛門はふぅむと唸る。


 化け狸というとあまり良い噂を聞かないというか、下品な噂にまみれた妖怪変化であるのだが、どうやらけぇ子を見るにその噂は間違いであるったようだ。


 少し卑屈ではあるものの、言葉、振る舞い、態度に気品、教養が見られ……そんなけぇ子の態度には好感を持つことが出来る。


 その上、素直でもあり、正直でもあるようだ。


 と、そんなことを善右衛門が考えていると、件のものと思われる洞窟が善右衛門の視界に入ってくる。



 崖の途中をくり抜いて作られたようなその洞窟は……思わぬ程の立派な造りの空間となっていた。


 入り口には灯籠が立っており、その周囲には行儀良く一列に並び植えられた柿の木があり、洞窟の中も壁や天井が木々で補強されているだけで無く、ちょっとした小屋などが建てられていたのだ。


 これが妖怪の棲家なのか?

 全くそうとは思えない風情ではないか。

 まさか、生きているうちに、こんな訳の分からぬ光景を目にすることになろうとは……と、善右衛門はその頭痛を悪化させる。


 そうして善右衛門が痛む頭を抱えていると、善右衛門達の気配を感じ取ってか、洞窟の中から……揺れる青い狐火を左右に従えた狐達が二本の脚で歩きながらぞろそろとやってくる。


 何やら偉そうに、あるいは自信満々に、胸を張ってけぇ子達を見下した狐達は、ふんっと鼻息を荒く吐いてから……善右衛門に向かって頭を下げる。


「ようこそいらっしゃいました、暖才善右衛門様……。

 貴方様のお噂はかねがね聞き及んでおります。

 勝手ながらに察する所、狸達にあれこれと、わたくし共の悪い話を聞いてここへとやって来たのでしょうが……それは嘘でございます、間違いでございます。

 この場は遥か古の時代よりわたくし共の土地でありますので……そこの醜い狸共が嘘を吐いているだけのです」


 なんとも優雅に綺麗に頭を下げた狐達の先頭に立つ一際大きな体を持つ狐がそんなことを言い始める。


 善右衛門が何も言わずにその大狐の言い分に耳を貸していると、善右衛門の側に立つけぇ子達は狐達への怒りのせいか、その体毛を総毛立たせながらわっふわっふと声を荒らげ始める。


「黙るが良い! この嘘つき狸共!

 ここは山神様より賜ったわたくし達、狐変化の土地!

 その証拠にほれ! この土地の所有権がわたくし共に有ると示す証文もしっかりとあるのだぞ!!」


 騒ぐけぇ子達にそう言って大狐は懐……というか、その体毛の中から1枚の折り畳まれた白い紙を取り出す。


 その紙の端を持ち、仰々しい仕草で、ばさりと広げた大狐は、それを善右衛門の前に確認してくださいと差し出して……善右衛門はその紙を受け取り、その中身に目を通し始める。


「そ、そんな!!

 証文だなんて……! そ、そんなの偽物に決まっていますよ!

 だって、ここは、私達化け狸が、麓の人間様達より頂いた、私達の―――」


「偽物な訳があるかい、このくそ狸!!

 この証文はね、あんた達、くそ狸共がこんな騒ぎを起こすんじゃないかと思ってわざわざ山神様の下に参って頂戴して来たものなんだよ……!

 この山の主である山神様の印がある以上、あんた達が何を言おうと何をしようと無駄! 無駄なんだよ!!」


「うっ、ううっ……。

 し、信じてください、暖才様、ここはかつての大水発生の折、私達の祖父母達が助けた人間様達が、祖父母達の為にと用意してくれた……大事な大事な住処なのです!!」


「嘘ばっかり言ってるんじゃないよ!

 ここは神代の頃に、山神様がわたくし達の祖先様の為に用意してくれた洞窟さ!

 だってのに工作好きのあんた達が勝手にこんな小屋やらをこしらえた挙げ句に勝手に住み着いたんだろうが!!」


 と、そんなことをけぇ子と狐が言い合う中……善右衛門は証文に、随分と異様なまでに綺麗な文字達の姿と、これまた鮮やか過ぎる程の色を放つ朱印の押された証文に目に通し……そうしてゆっくりと口を開く。


「……俺にはこれが本物なのかどうなのか判別が付かん。

 双方、他に何か証拠になる物か……あるいは証言をしてくれる者は居ないのか?」


 そんな善右衛門の言葉に、まずけぇ子が首を横に振り……そして次に大狐が首を横に振る。


 そんなけぇ子と大狐を見て、善右衛門は大きなため息を吐き……さて、一体どうしたものかと、頭を悩ませる。


 けぇ子はこれが偽物であると言い、大狐は本物であると言う。


 ならばこれの真贋がはっきりさえすればこの事態は解決するのだが……一体どうやって真贋を見極めれば良いのだろうか。


 書かれている文字や印に問題は無いように見える……が、しかして本当に山神が書いたものという確証も無い。


 そもそもこれまでの人生で、山神が……神仏が本当に居るとは思っていなかった善右衛門には、神やら山神に関する知識は全く無く、判断が付けられるはずが無かったのだ。

 


 所詮狸と狐の諍いだろうと、簡単に話が付くだろうと高をくくっていた善右衛門は、まさかここまでしっかりとした証文が出てくるとは思いもよらなかったと唸り、痛む頭を悩ませ続ける。

 

 この騒動、一体どんな裁きを付けるべきか、どんな沙汰を下すべきか。

 どんな方法で、どんな道筋で真実を見極めるべきか……。


 ああ、いっそ、この場に山神が現れて自分の代わりに沙汰を下してくれれば楽なものを……と考えて、しばし悩んでから、善右衛門はある方法を思いつき……そうして意を決する。



 善右衛門の頭に浮かんだ、その方法に問題が……欠点があるとすればそれはただの一つだけ。



 善右衛門の身に危険が及ぶ可能性がある、ということだが……どうせ遠からず命絶える身、構うものかと善右衛門は手にした証文をびりびりに破り、投げ捨てるのだった。



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