第7話 最低の夕暮れ

 図書室でバイトしていても、どうにも精神的にまったく落ち着かない。


 そりゃさっきコンビニでの銃撃戦はあるし、そこで飛び交った銃弾で死にかけたのが今になって、後から後から沸き起こる恐怖になっているし、その結果・顛末も結局よくわからない。

 そのうえその当事者のカルさんは相変わらず絶好調に不機嫌極まりないので、ぼくは心を落ち着ける場所がどこにもないのだ。


 それでも無理にと図書室バイトに専念しようとする。専念すれば落ち着くかもしれない、と。

 いつものように本の返却と貸出事務、そしてコピーサービスの領収書書きをする。この図書室は蔵書整理事務でもうしばらくしたら忙しくなるのだが、そのときはベテランの先輩が助けてくれる。そうむりに落ち着けようとカウンターの席に座っている。利用者に『ありがとうございました』と挨拶する顔が引きつるが、19時の閉館まであと2時間。あと2時間の辛抱だ。がんばれぼく。

 利用者さんがつぎつぎと、この図書室をあとにしていく。


 そうしている間のカルさんはというと、さっきまで光学迷彩みたいなもので身を隠していたはずなのに、いつのまにかこの図書室の利用者と一緒になって暇そうに雑誌を読んでいる。スラリと長い脚を組んで閲覧コーナーのソファーに陣取って、あくびまでしてる。


 ひどいな。なんなんだよ……そんな余裕だったらいろいろ説明してほしいよ。

 そう泣きそうになるぼくを向いた彼女の顔は、またしても冷たく吊目をさらに吊った不機嫌顔だった。


 お姉さんが事件に巻き込まれてるせいでそんな不機嫌なのか。

 いや、ぼくもそれに巻き込まれてるわけで。すでにたまんないわけで。

 でも、なんでカルさん、やっぱりなんでここまでいつも不機嫌なんだろう。

 機嫌がこれで良ければ、ものすごい非の打ち所のない美人なのになあ。

 ほんと、もったいないよ。残念すぎるよ。


 その時、図書室で使うとある伝票におかしなところを発見してしまった。どれか一つを選ぶべき項目が全部選ばれている。なんでこんな誤解を招く書式にしちゃったのかと思いながら、しかたなくその伝票を書いた利用者さんに外線電話をかけた。

 電話は相変わらず苦手なのだが、それでもかけた。

 その結果真相がわかった。利用者さんは悪くなかった。


 ため息を付きながら図書室の業務システムにその真相をどう入力するか考え込んだ。この図書室は業務システムを結局入れても効率化には遠い。日本の職場は生産性を軽視しひたすら『流した汗』を礼賛し苦労を尊ぶ。それでどういうサービスや製品ができるかはあまり重視されない。でも業務システムに文句を言っても改善されない。システム担当者に改善するよう要望しようにもその要望を整えるための時間は無給のサービス残業になってしまう。

 仕方なくそのデータベースシステムに苦労して、曲芸のように、他の臨時職員にわかるようになんとか記入した。設計が甘くてレコードが足りず記入のしようがないのだが、それを他のレコード、備考欄や引き継ぎ欄などの項目に入れ込む。

 こんなことで苦労してどうするんだ、ぼく。


 その途端に悲しくなった。

 こうやって苦労しても、職場では「あ、そう」の声もかけられない。というか苦労するのが馬鹿にすらされる。底辺の臨時職員同士で貶め合うこの職場。

 それでも、この街の利用者さんにとって、この図書室を素敵でいい図書室にしたいと頑張ってる。

 だが、そんなことに、何の意味があるんだろう。

 ぼくの代わりはいくらでもいる。臨時職員は最低時給しかもらえなくても、いくらでも募集すれば応募する人がいるのだ。それぐらいこの世の中は経済的にもひどくなっていた。

 そのことを思い出した。

 そして今、望みをかけてやっている10万字10万円の安い買いきりの小説。とびきり悪い条件なのに、ぼくはほんとうに頑張って気持ちを込めようとしていた。

 どんなに頑張っても10万円にしかならない。それでやったところで小説コンペの枯れ木の賑わいにしかならない。

 そういうのがいやだ、と今流行りの小説投稿サイトに投稿しても、書いたものはひたすら埋もれるばかり。『いいね』もページビューも微々たる数。

 それなのに投稿サイトはいまだに増え続け、それに振り回されても1円の収入ににもならない。かといって懸賞小説にもいい感触がない。

 気づけば自分より若い書き手がどんどん流行っていく。書籍化、アニメ化、賞の受賞。技術がそれほどと思えない若手だったのがいつのまにかベテランになって、技術を教える先生になり、書き方の指南書まで出し、さらにはぼくが目指す賞の審査員になる。

 それに引き換え、どんなに苦労しても、どんなに頑張っても、何も良くならないばかりか、蔑まれる上に苦しくなる一方のぼくの生活。

 低収入で結婚どころか恋をする余裕もない。

 その上に、このところの不安定になるしかない精神状態。


 ぼくはもう自分を止められなくなった。


「なんなんだよ」

 彼女、カルさんがぼくのその声に振り返った。

 相変わらず不機嫌な顔だった。

「だから、なんなんだよ」

 ぼくはこの不条理の山盛りに、ついにキレた。

「いったいなんなんだよ!!」

 ぼくの怒声が、ぼくとカルさんのほか誰もいない、うつろな夕暮れの図書室にがんと響いた。

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カルチャロイド・カウンターアタック 蕨 葉花(わらび ようか) @youka_warabi

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