③
「ずっと裁判の回想見ていて思ったの。この人このままひとりっきりで煉獄にいたら、どうなっちゃうんだろうって。そもそもこの人がこんなにおかしなことになったのは、孤独だったからなんじゃないかって……」
うつむきながらなんとか言葉を紡ぐ彼女。俺は鼻で笑った。
「なんとお優しい皇后様だ。でも孤独なのはあんたも同じだったはずだろ?俺だけ特別じゃない」
王族として背負った重責・使命・志……ゆえに課せられた「孤独」はどれだけのものだったか。俺はよく知っているはずだった。なんなら本当は俺が知っている以上だったのかもしれない。
「俺をどうしたいんだ?あんたは何がしたいんだ?言いたいことがあるならもうここで全部話してくれ」
もう綺麗事を聞く気になんかなれなかった。俺がここまで本音を暴露したんだ、こいつにも本音を吐かせないと気がすまない。
「わかった……」
エリザベートは俯いていた顔を上げ、こちらを向く。
が、なんだかさっきと様子がおかしい。あの青空のように澄みきっていたはずの瞳に……ぎらっとした光が見えた気がした。落ち着いてはいるけれど奥になにか熱いものを秘めている。覚悟を決めているとでも言えばいいのだろうか。見てはいけない気もするし、でも見ていたい気もする、不思議な感覚。そんな光だった。
俺の知ってるエリザベートじゃない。でも、こんな目をした奴を、俺は知っている……
次の瞬間、エリザベートは俺の懐に向かって飛び込んでくる。あの暗殺実行日の俺のように、まっすぐに。
反応の遅れた俺の足元はぐらつき、尻餅をついてしまった。顔をあげた瞬間、唇に強くて熱く、柔らかいものが押し付けられる。唇から全身に雷に撃たれたような痺れと、日に照らされたような熱が伝わってくる。だが俺は拒むことなくそれを受け入れた。
なんて激しく乱暴で、けれどまっすぐなキスなんだろう。ずっと欲しかったエリザベートのキスは、想像以上の痛みと刺激と、苦さと甘さを俺に与えてくれた。
唇を離すと、俺たちはお互い呼吸が乱れて、しばらくどちらも声が出せずにいた。はぁはぁと息を整えるエリザベートはいつの間にか編み込みの髪が乱れ、ウエーブのかかった長髪になる。そのシルエットとあの瞳の恐ろしい眼差しに俺はゾッとした。こんなやつを俺は知っている……
トートがいる……エリザベートが……トートになっている……!?
しかしそれは一瞬の幻で、実際には髪が乱れたエリザベートが、涙をボタボタ流しながら俺の体に覆い被さっていた。彼女の涙は俺の頬やボーダーシャツにまで流れ落ち染み込んでいく。
顔を歪めながら大粒の涙を拭わず流す姿は……美しかった。涙というマイナス感情の代名詞だとしても、こんなにも生々しい感情をぶつけられているからこそ、心が揺さぶられた。
「……私は知ってしまったの。知らなかった頃には戻れないの」
「知った……?」
「……必死であがいて、愛に狂ったあなたが……こんなにも……美しいことを……」
「!?」
俺は耳を疑った。嘘だろ?あのエリザベートが、美貌の皇后が、暗殺者の俺を……「美しい」って……
呆然とする俺なんかおかまいなしに、彼女は子供のように泣きわめいて、一気に思いの丈をぶつけてきた。
「裁判の回想ははっきり言ってあなたのひとりよがりな妄想よ。バカじゃないのって率直に思った。いくら死が間際にあっても私の人生は私が決めたかったのにあなたが狂わせてしまったんだもの。すごく悔しかったし憎んだわ。だからこそ裁判は何度も何度も傍聴したのよ。主張したい言葉を全部抑えて。あなたの胸の内や頭の中を全部見てやろうって決めていたの。
でも……見れば見るほどなぜか惹かれてしまうの。この男にもし別の形で出会っていたら、私はなにかしらの関わりをもって……あるいは一線を越えたかもしれないって。そんなことないと言い切れない自分がどんどん存在感を強くしていった。
あるときからついに私の目にあなたの回想の中のトートはいなくなった。トートのいる場面はすべてあなたに成り変わって見えるようになった。全部あなたが私を暗殺して愛を確かめるためにここまで仕組んだんじゃないかって思えて仕方なくなった。そう思いたかった。
こんな粗暴で野蛮なあなたなのに……語る姿もそれぞれの場面で生きるあなたも……美しくて……こんな美しい人に愛されたい、この人を愛したいと強く願った。あなたが私に執着したように、私もあなたに執着するようになったのよ。
そのためにはまずはあそこからあなたが出てこないとこうして話すことも触れることも出来ない。でもあなたは譲歩なんかしない。だから私はあなたを引き取ることにした。裁判官さまに一方的に宣言して、あちらの意見なんか聞かずに!!フランツに手紙を書いて自由を勝ち取ったときよりはずっとずっと簡単だったわ!!」
涙声で話しながらエリザベートは俺を両手でぎゅっと抱きしめてくる。温かくて力強くて柔らかいその手つきに、思わずうっとりと身を寄せる。あぁ、今俺は確かに愛でられているのだな、この美しくも脆く、そして荒々しい皇后に。
「さっきあなたがはっきりと、私を愛していた、って言葉にしてくれて……どれだけ嬉しかったか!!ずっと美しいあなたをこの手で抱きしめたかった!!私があなたのすべてを受け止めたい!!」
ここまで言われて俺も黙っていられない。掠れ声で絞り出すように、胸から込み上げるこの想いを、そのままぶつける。
「……俺だって、同じだよ。あんたのすべてがほしかった。知りたかった。俺だけのものにしたかったんだ。この100年近くずっと変わっていない。エリザベート、俺は、あんた……いや、君を、愛している。本当だ!!美しい君そのものが、俺のグランデ・アモーレだ!!」
「……ルキーニ……!!」
俺を抱きしめていたエリザベートの両手は、今度は俺の頬を包み込むと、再び熱く乱暴な、しかし柔らかくみずみずしい唇を俺の唇に押し付ける。今度は俺も彼女の後頭部に手を添えてより強く口づけをする。
元々生まれからして貧しかったので、大したものも食せず死んだ人生だったが、今まで口にした中で一番美味なものは、この皇后の唇だ。断言できる。俺だけのためにこの美しい皇后が差し出してくれた最高の食材なのだ。遠慮せず恥知らずにしっかり味わってやろう。そして、エリザベートにも気取らずにこんな俺の唇を味わってもらおう。
互いにまた呼吸が苦しくなるまで、俺たちは舌を絡めて、深く深くキスをした。
「互いが憎かったから、互いが美しかったから、だからこそ、愛し合ってしまった」
あの裁判官殿の前で今のこの俺たちの姿を見せて、そのままそっくりこの言葉を証言として発言したらどうなるんだろう。憤慨するか?混乱するか?どんな判決を下す?けれどもうどうだっていい。愛し合うことはあのお偉い裁判官殿でも止められない。夢物語なんかじゃなく、生々しくいびつな形でも、これが真実__これこそ、グランデ・アモーレだ!!
100年近くもの間、懲りず曲げずに俺が証言し主張してきたことが、顔の見えない裁判官殿ではなく、この愛する存在に認められたのが、本当に嬉しい。勝利はこの俺が掴んだんだ!!
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