第4話 幸せへの第一歩

 

 夜も深くなってきた頃、シゲちゃんが推奨するガールズバーに入りました。

 出迎えたのは若い女の子ではなく、どう見ても50歳は過ぎている年配の女性でした。

 髪はサラリと長く、細身の身体に紺色のタイトなスーツはよく似合っていて、営業スマイルでしたが満面の笑みで、僕たちを気持ちよく迎えてくれます。


「シゲちゃんいらっしゃい、今日、女の子が少ないけどいい?」

 おそらくこの店のママさん、なのでしょう。

「いいよ!」


 シゲちゃんに続いて店に入りますと、よくあるスナックでした。

 スナックという言い方を今風に”ガールズバー”と呼んでいるような気がします。

 

 テーブル席では3人1組のサラリーマンの方々が、日頃のうっぷんを晴らすかのように騒いでいて、大きな声で楽しそうにカラオケを歌っていました。


 女の子はバーカウンターの向こうに若い女の子が一人いるだけで、あとは先程の年配の経営者がいるだけでした。

 僕たちはその若い女の子のいる前、言わばこの店の特等席であるカウンター席に座ります。その子ははにかんだ笑顔を僕たちに見せました。


 僕達はそれぞれ生ビールを頼み、シゲちゃんはいつものお調子者っぷりを発揮して、女の子に話かけますが「はい」「そうですね」「そうなんですか」と簡単に答えるだけで、

僕ら二人に関心を示す気配はなく、注文されてたお酒を、ただマニュアル通りにグラスに注いでいるだけでした。


 シゲちゃんは女の子に絡むのを諦めて、視線を僕に移します。そして先日、彼女ではない、知り合いの2人の女の子、3人で某テーマパーク遊びにいった事を話したのです。


「お化け屋敷入ったら、二人ともびびちゃってさ!俺の腕を両方からぎゅって引っ張って来るんだよ。おっぱいなんか当たっちゃって、両手に花ってまさにこの事だね!あんまり怖がるから、あのお化けさんもこんな暗いところでバイトなんて大変だね、なんて言ったら怯えながら笑ってるんだよ。あははは、泊ったのは安いホテルだったけど、片方の子が俺の部屋に来てさ。お!イケルかな!?と思ってたらやっぱりイケタね!」

 

 シゲちゃんにスマホを渡した時、旅行に連れていってあげると約束しました。

 女の子を紹介するとも言いました。

 毎月ちゃんと使用料は払うと約束しました。


 しかし「今月ピンチなんだよね」と言い訳をして、結局月々の使用料金は最初の3ヶ月分しか返してもらってません。

 それなのに某テーマパークへ、しかも泊まりで行けるお金はあるようです。

 

 スマホを紛失した理由がキャバクラで酔っぱらったからなのに、謝罪の言葉は一切ありません。

 何故、子供の頃か教えられてきた”謝る”という事をしないのでしょうか。シゲちゃんも菜奈も、謝罪をしないというのはこの二人の共通点のようです。


「ねえ、シゲちゃん」

「なに?」

「女の子紹介してよ」


 別に女の子を紹介してくれなくてもよかったのです。自分自身、うつ病を患っているので、恋人を作る気はありませんでした。


 ただ、シゲちゃんの誠意が見たかったのです。

 

 今日、お酒を飲みながら話してみて、正直、シゲちゃんに新しいスマホを渡そうか迷っているのです。

 

 なんだかシゲちゃんからずっと良くない雰囲気というか、犯罪の臭いさえも漂っています。

”このままシゲちゃんと付き合っていたら、自分が駄目なるんじゃないか”という思いを払拭したいのです。

 何かの縁で折角仲良くなった相手ですから、か細くてもいい、ただ僕はシゲちゃんの誠意を見たかったのです。


「ごめん、マサト君、本当は紹介できる女の子なんていないんだ……」

 急に遠いところを見るシゲちゃんは悲しそうな顔をしました。


「僕の友達は皆、東日本大震災で死んじゃったんだ」


 シゲちゃんへの信用を完全にぶち壊した一言でした。


 うつ病と酔いでバカになっている僕の頭でも、シゲちゃんの嘘はわかります。


 理由は具体的な地名は言えませんが、ただ単に被災地から物理的にかなりの距離がひらいているからです。

 僕たちが住んでいる地域で被災された方の話や、地震で大きな被害を受けた話も、聞いていません。

 またシゲちゃんが被災地の方にいたという話も聞いてません。生まれも育ちもこの街なのです。


 僕はこの作品に嘘は書いていません。

 多少の脚色や、記憶が抜けている所があるので、話の辻褄を合わせる為、一部フィクションで補完した部分はあります。


 しかし体験した事、感じた事は全て素直に記述している事を、改めて宣言します。


 また地震の話を書くのを止めようか迷った事も、同時に記載させていただきます。

 

 なにせ東日本大震災という大きな災害を、僕のような半端な人間が扱うべきではないと、十分理解しています。

 しかし僕は事実をありのまま、見聞きした事を書きたいのです。

 

 嘘つきは大災害さえも嘘の出汁に使うのです。


「マサト君、俺だって辛いんだ!友達皆死んじゃってさ」

 さっきまで話していた某テーマパークに行った女の子達は幽霊だと言うのですか。


「俺だって心療内科に通ってるよ!けどね医者は薬をだすだけで、カウンセラーは話を聞くだけで何もしてはくれないんだ」

 シゲちゃんは”保険証がないから病院へ行けない”って言っていました。何処の病院へ行っているんでしょうか?

「テレビを点ければ殺人事件に政治家の汚職、世の中は嫌な事ばかりだ。俺が辛いのはね、世の中が間違っているからなんだ。だから俺はキャバクラに行くんだ!じゃないとテンションが上がらない!さあキャバクラに行こう。きっとマサト君の気も晴れる!」

 

 僕は首を横に振りました。

 やっぱり僕はキャバクラでお酒を飲むより、心療内科が処方してれる薬を飲んでいた方が遥かに健全に思われます。

「嫌な世の中で、本当に生きづらい」

 シゲちゃんは自傷の痕を覗かせながら言いました。


 僕、シゲちゃん、菜奈はきっと溺れているのです。

 

 シゲちゃんは酒と女に……。

 

 菜奈はお金と物に……。


 なら僕は……きっと愛と人に溺れていたのです。

 

 NOと断れず言われるがまま、今日まで流されてきたのは、きっと自尊心を大切にして、ちゃんと育んでいなかったからです。

 

 本来自尊心が入るべき心の核に、虚栄心を詰め込んで、承認欲求が膨らましていただけだったのです。


 人を見下し利用していたのは、シゲちゃんや菜奈じゃなくて、僕の方だと気づきました。

 彼らを甲斐甲斐しく世話をして、自分に依存させて”人の為”という大義名分の裏には、ただ承認欲求を満足させたいだけだったのです。


 なんという偽りの優しさ……それは悲しい愛。


 生きる姿勢を間違えているから、僕はうつ病なんていう病気になってしまったのです。

 自分の苦しみを人のせい、世の中のせいにしていても、死ぬまで苦しむだけです。

 

 その甘えを捨て、自己の行動に責任を持たなければ、幸せにはなれないのです。


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 僕とシゲちゃんが店を帰る時、出口までママさんが見送に来てくれました。

 終始笑顔を絶やさなかった、ママさんの丁寧な接客が今日の唯一の救いです。


 余談ですが例の200万円の友達の行方が情報が、ママさんから入ります。


 シゲちゃんが200万円の友達の事を、ママさんに尋ねると「一昨日かな。店にふらっと来た時ね。シゲちゃんと一緒じゃないから。一人で珍しいわね、どうしたの?って聞いたら。今から最終の新幹線で○○市に行くって言ってたわ」

「○○市かあ」

 シゲちゃんは困った顔をして言いました。


「あいつ、連絡取れなくなっちゃってさ、仕事場にもいないみたいだし、どうしたのかな」

 どうしたもこうしたも、シゲちゃんも一緒になって浪費していた、例の200万円が原因だと思います。

「本当に!?それは心配ね」

 ママさんは大きな皺を顔に作って、本当に心配そうな顔をするのでした。


「あと、紹介するね。この人はマサト君。本当に”いい人”なんだ。今度、店に来たら良くしてやってよ」

「よろくしく、お願いします」

 ママさんはまたあの、気持ちのいい営業スマイルを作って、握手を求めてきたので握り返しました。


 ママさんに別れを告げてから、タクシーに乗るまで何人かのキャッチのお兄さんに声を掛けられました。

 フラフラとついて行きそうなシゲちゃんを引っ張って、タクシーに逃げるように乗り込み、駅まで送ってもらいました。


 僕はもうシゲちゃんと会うことはないでしょう。

 そう決心したからです。


 そして同時に復讐してやろうと決意しました。

 

 その方法は、病気を治し、真っ当な生活を送り、そして健全で健康に、自分の人生を生き、シゲちゃんや菜奈よりも幸せになる事でした。

 

 お金は人生の授業料として払ったつもりですから請求しません。それよりも、もう関わりたくありませんでした。


 酔っぱらってテンションの高いシゲちゃんは、タクシーに揺られながら何か喋っていましたが、もうこれ以上記憶にありません。

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アドラー心理学が提唱する「課題の分離」とは


 自己啓発で有名なアドラー心理学では「課題の分離」という考え方を、提唱しています。

 どういう事かと言うと、「これは誰の課題なのか?」という視点から「他者の課」と、「自分の課題」を分離して物事を見て他者の課題には踏み込まない、という考えかたです。


 アドラー心理学を世に広めた岸見一郎氏の著作「嫌われる勇気」では、対人関係のトラブルは「他者の課題に土足で踏み込む事」、もしくは「自分の課題に土足で踏み込まれる事」が原因で引き起こされる、と書かれています。


 作品を書きなが過去の振り返ると、自分がしていたのは「他人の課題に土足で踏み込む事」でした。


 シゲちゃんがスマホを持っていおらず、携帯会社と契約出来ないのは、シゲちゃん自身の問題です。

 菜奈が借金を背負っているのも、理由はどうであれ菜奈自身の問題です。


 マサトがしていた事は「課題の分離」とは真逆の「他者の課題への介入」です。

 しかもそうした理由は「それは人の為」ではなく、見栄や支配欲を満たしたいというエゴがから出たものでしかありません。

 この『悲しい愛』に書いた対人関係のトラブルにマサトは巻き込まますが、「他者の課題へ介入」してしまったのが原因です。

 

 他者と自分の課題を見分ける方法はとてもシンプルで「その責任を最終的に引き受けるのは誰か?」と考えるだけです。


 例えばシゲちゃんがスマホを持てず、携帯会社と契約が出来ない状況が続いて、最終的に困るのは、言うまでもなくマサトではなくシゲちゃんです。

 このまま歳をとっていけば、どんどん社会的立場をより悪化させるだけです。。

 かと言ってシゲちゃんがマサトに頼んで自分の代わり携帯会社に契約してもらい、スマホを手に入れたとしても「スマホも契約出来ない、自分の社会的立場」という状況は進展しないのです。


 シゲちゃんは社会的立場を向上させ自分の力でスマホを手入れなければ、自身の成長にならず、他人に依存していても「スマホも契約できない、自分の社会的立場」という課題は、ずっとついて回り、これが原因で同じ問題が起こり続けます。


 菜奈に関しても同じです。

 理由はどうであれ自分で作った借金です。

 自力で借金を返済し自身の経済観念を固めなけば、例え他の人が借金を払ってくれたとしても、自分の経済観念は危ういままなので、また借金を背負う事になります。


 マサトがしていた「他者への課題の介入」とは、二人成長の機会を摘み取っていただけなのです。


「嫌われる勇気」では「課題の分離」が出来た時、本当の対人関係の入り口に立てた、と書いてあります。

 私達人間、一人一人というのは「他人の期待を満たす」ために生きているのではありません。

 また、他人も「私の期待を満たす」ために生きているのではありません。


「他者の期待を満たす」ために生きるという事は「他人の人生を生きる」る羽目になります。

 また「他人に私の期待を満たしてもらう」というのは「他人に自分の人生を生きてもらう」という事です。

 

 それは一見楽そうに思えますが、想像以上に不自由で苦しい茨の道です。なぜなら自分の意思では、自分の行きたい所へ行けないからです。


 本当は大阪に行きたいのに、東京へ行く人の車に乗ったとしても、最終的に到着するのは大阪ではなく東京です。

 道中の運転は他人がしてくれるから楽です。

 居眠りをして夢を見ていても、勝手に進みますが、現実には大阪から遠ざかっています。


 そして目が覚めれば、そこは東京です。


 大阪に行きたいという自分の期待満たされず、泣きわめいたり、残念がっても、本当の目的地である大阪からは大きく離れています。

 また、東京でもいいや、と妥協し無理矢理自分を納得させても、自分が本行きたかった大阪から遠い所にいて、本当の意味で自分を満たす事は出来ないのです。


 

 私自身も「課題の分離」という考え方を覚えるまで、とても不自由な生き方をしていました。

 私がうつ病になったのは、不自由な生き方に気づかない自分へ、心が発した悲鳴だったのかもしれません。

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悲しい愛 東樹 @itukiazuma33

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