それでもやっぱり紺ソックス!

fumire

第1話 タイツは40デニール

 この世には数え切れないほどの装飾品があるが、その中でも至極なのは黒タイツ。異論は認めない。中でも40デニール。この世の常識ではあるが念のため説明しておくと、デニールとはタイツの厚さを示す単位である。極厚の120デニールや少し触れただけで破れてしまいそうな20デニールなどその種類は様々であるが、中でも40デニールは抜群のバランスだ。膝を曲げた時に向こう側が透けて現れる肌、足首などはキュッと締まりがあるし太ももがうっすらと透けているのもたまらないしさわり心地もさらさらとそれでいてしつこくない絶妙な塩梅なのだ。80デニールが主流ではあるが個人的にはやはり40デニールを世の美少女たちには推していきたい。裏起毛でもこつく冬の姿もまたたまらないものではあるが…とにかく美少女の足には黒タイツが絶対!


 と、思っていた頃もあった。桜の舞う季節にこの美少女に出会うまでは。透けるような白い肌、何よりも黒く艶めく長い髪、長いまつげ、目元のほくろ、どう頑張っても似合ってしまう制服、動くたびにふわりふわりと甘い香りがするし、完璧な美少女だ!と鼻息を荒くしたのだがこの女…紺ソックスを履いている。季節は春。たしかにこの暖かさでタイツを履くということはとんでもない寒がりか肌を露出するのが苦手なタイプ。生足というのも嫌いではないしこの世の美少女の足は全て愛するべきだ。幸い同じクラスになったわけだし冬になるまでのお楽しみにしようと決めたのだった。


 天は人に二物を与えずというのは大嘘で美少女こと「あまねみこと」は成績優秀、運動神経抜群、抜群のルックスで男子人気が高いと思いきや意外とくだけた人柄で女子人気も高く友達も多い。欠点という欠点が見当たらずもし欠点があったとしてもそれをチャームポイントにしてしまうような神に選ばれし人間だった。だが俺はそんな彼女のどうにもチャームポイントにすることのできない絶望的な欠点と対峙することになる。


 「1年A組学級委員長を務めることになりました。あまねみことです」

一通りの抱負を語り頭を下げると歓声のような拍手が巻き起こる。完全無欠の美少女が学級委員を務めるクラスにいるなんて、俺はとてつもない幸せ者だ。

「では、副委員長をしたい人は?」

進行の声で男子生徒たちがハッとする。もし副委員長に名乗り出ればあまねみことと接する機会が増えついに…なんてこともあり得なくはない。考えてることは皆同じのはずだ。我先にと挙手をするが立候補者多数で選びきれず結局じゃんけんで決めることになった。我がクラスは意欲的な生徒が多いと来年で定年を迎える刈谷先生は自慢の髭を撫でながら微笑ましそうにこちらを見つめていた。

 手を繰り出すたびに雄叫びがこだまする。勝利の喜びで教室を飛び回る者、敗者の断末魔、教室はまさに世紀末だった。そんな戦いもついに決勝戦。眼鏡の奥で怯えている加藤と、入部早々レギュラー入りの決まったスポーツ少年の永山、そして足フェチの底力を見せなんとか勝ち上がった俺の三つ巴の戦い。負けるわけにはいけない。あの足を一番近くで拝むのはこの俺だ!

「じゃん!」

拳を堅く握り皆が構えに入る。

「けん!」

力強く振り上げた拳に願いを込めた。

「ぽおおおおおぉぉん!!!!」

長い沈黙の後に俺の断末魔がこだました。


 敗北とはこんなにも心が空っぽになってしまうものなのか。俺の生き甲斐が風に舞う砂のようにどこかへ行ってしまった。

「元気だせよ~」

と中等部から腐れ縁の杉田が肩を叩いてくる。俺は悲しみのあまり机に突っ伏した。

「ほっといてくれ…俺はもう終わりだ…」

それでもしつこく肩を叩き続ける杉田の方に勢いよく振り返ると驚いた顔の杉田と俺の肩を叩く美少女が立っていた。

「こんなに意欲があるなら君を推薦すればよかった!風紀委員でもよろしくね、あまねみことです」

あんぐりと空いた口が塞がらない。

「風紀委員の高島和音です…よろ…しく」

歩き出した彼女の黒い髪が揺れる。甘い匂いと長い足にしっかり伸ばされた紺ソックス。

「よろしくね!」

駆け足でどこかへ消えてしまった彼女は妖精かなにかに違いない。紺ソックス、最高。

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