第9話 空を駆ける

まず感じるのは視界を白く塗りつぶし機能を奪うほどの光。次は頬を撫で、髪を焦がす熱。


そして、物理的な圧力さえ伴った轟音。


それが収まるとあれだけ居た世界の敵の眷属は文字通り跡形もなく消え去った。


残ったのは痛いほどの静寂と黒く焦げた地面、それとアタシとラムフィリルだけだ。


「はははは、確かに最大最強ですね。あの数の眷属を前にしても動じないことを不思議に思っていましたが・・・まさかこんな魔法を使えるなんて」


「凄いでしょ」


「ええ、天使にもここまでのことが出来るのは多くありません」


「当然よ、あたしは雷の魔帝セラ・ルルーム。殲滅魔法ならアタシは世界一よ」


そして二人同時に笑った。緊張の糸が途切れ、何でもないのに笑ってしまった。


そうして笑っていると、不意に洞窟全体が揺れ、天井が崩れ始めた。


「あ、やば。少し威力が強すぎたみたい」


「え、じゃあこの揺れって・・・」


「この場所が崩れる前兆ね」


久々に使ったことと、ラムフィリルの奮戦を見せられたことで少し加減が効かなかったみたいだ。これだけ全力をつぎ込んで撃ったのは久しぶりだ。


「とにかく脱出——」


身体の力が抜けて、立っていることが出来なくなった。杖で身体を支えるも耐えきれずに地面に倒れ込んだ。


固い地面が目の前に迫り、ぶつかる直前にラムフィリルが身体を支えた。


「セラさん⁉大丈夫ですか!」


「だい、じょうぶ。ただの魔力切れ」


久々の感覚だ。まさかここまで加減せずに撃ってしまうとは思ってもいなかった。


急いで脱出しなくてはいけないのに魔力切れで魔法も使えず、歩くことすらできない。まぁ、この程度では死なないからそこまで問題ではないけれど。


「アタシを、置いてさっさと行きなさい」


「お断りします」


そう言ってラムフィリルは動けないアタシを横抱きに抱える。


「アンタのその怪我じゃ、人を抱えて飛ぶのは無理よ。アタシのことはいいから——」


「僕は神の使徒である天使です。人を、誰かを救うもの。それを名乗る以上、魔女一人救えないなんて情けない。天使失格ですから」


そして、血が滲む翼を広げ、飛ぶ。


「そこまで言うなら、絶対にアタシを外に連れて行きなさい」


「もちろん」


ラムフィリルが口の端を持ち上げて、いかにも自信満々といった表情をして言った。

なんとなくミョルニルを放つときにこいつに向かって見せたアタシの表情に似ている気がしてムカついた。


幸いなことに洞窟内の広場から外に続く道は高さも幅もあるので天使が羽を広げても十分飛べる。


しかし、自分で魔法を使って飛ぶのと違って、他人に飛ばれていることに恐怖を感じてしまう。思わずラムフィリルの服を強く握ってしまうほど。自然と表情が強張ってしまうのがわかる。


ほどなくして視線を感じた。誰のかは考えるまでもなくラムフィリルのものだ。


「…何よ」


「…いえ、貴方がそんな表情もできるとは思ってもいませんでした。貴方が魔力切れになってよかった。詠唱完了までの護衛を引き受けた者だけの役得ですねー」


「…アタシの魔力が戻ったら覚えてなさいよ。絶対に焼き鳥にして———わっ、前、前」


「——おっと」


天井の一部が崩れ、道の半分を塞いでしまった。ラムフィリルが慌てることなく岩と壁の間を通り抜ける。


「少し飛ばします。しっかり捕まっててください!」


言葉通り急加速して、先程までの倍の速度で道を進んでいく。


落石や、道を塞いだ岩を除け、ようやく外の明かりが見えた。


蒼い空が視界いっぱいに広がった。


そして、外に出た瞬間と洞窟が崩れるのは同時だった。よく見ると洞窟だけでなく、山全体が崩れている。


少しやりすぎた、と反省しておく。


「さて、洞窟は無事に脱出できたことだし、ここら辺で下ろしなさい」


他人の力で空を飛んでいるのは我慢の限界だ。どうにも落ち着かない。


だからこその提案だったが、ラムフィリルはにっこりと、それはもう満面の笑みを浮かべて高度を上げた。


「ちょっと、なんで下がるんじゃなくて上がってるのよ?」


「ここは眷属たちの巣だった山の近くじゃないですか。僕らは消耗してて今襲われたら抵抗できないんで、このまま安全な街まで飛んでいきます」


「はぁ⁉ふざけんじゃないわよ!クソ天使!」


「あー、あー、風がうるさくて聞こえません。すみません」


そんなやり取りをしながら近くの街までアタシは運ばれることになった。


次からは魔力回復薬を多めに持ってくると固く決意した。

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噛み合わせの悪い比翼 くろね @kameneko

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