第8話 雷の魔帝
「ぐおぉぉぉぉぉ」
「蒼天を駆ける雷よ、穿て」
近づいて来ていた獣型の眷属の頭を貫く。
「ほおおぉぉぉぉ」
考えることに意識を割いていたせいでもう一体の眷属に対する反応が遅れた。
人型のそいつは木の幹のように太い腕を振り上げる。防御魔法は間に合わない。一か八か杖で受けようと覚悟を決めた瞬間、白い影が眷属とアタシの間に割って入って来た。
「光よ、闇を払え!」
掲げた盾を勢いよく眷属に叩きつけるとそいつの黒い身体に白い亀裂が走っていき、砕け散った。
「大丈夫ですか、セラ・ルルームさん」
街での戦いであった時よりも血や土で白かったキトンは汚れている。前の方はこっちよりも襲撃が激しかったのだろう。それでも、ラムフィリルの目には強い意志が宿っている。
「あんたに、頼みがあるの。ラムフィリル」
「もしかして、何かこの状況をひっくり返してしまう方法があるんですか?」
「ええ、そのためには他の人間が邪魔なの。だから、アンタが外に誘導して。アタシが一瞬だけ、全員の注意を引く。その時にあんたが指示を出せば全員従うはずよ」
「なるほど。全員を外に、この部屋から出せばいいんですね?」
「そう、頼めるかしら。それともこの程度のこともできない?」
「まさか。任せてください」
ラムフィリルがそう答えたのを見て、素早く詠唱を開始した。
「移ろい、虚ろい・・・惑わせ!」
杖を天井に向け、先端から光弾を放つ。それは天井付近で弾けると、一瞬だけ視界を白く塗りつぶした。
「今よ!」
ラムフィリルは大きく息を吸って洞窟内すべてに聞こえるような声で指示を出す。
「全員、洞窟の外まで撤退するんだ!周囲の人間で固まっていてくれ!僕が道を開く」
光が収まると、時間が動き出した散り散りになり、それぞれ戦っていた人間が近くの者と集まって戦い始めた。
あとは彼らを一か所に集め、洞窟の出口への道を作ればいい。
「彼らをここに集めて」
「わかった」
翼をはためかせ、滑らかな動きで集団の方に向かっていく。
「触れるものは、動きを縛られ、打ち砕かれる、何人たりとも、我が道に立ちふさがることは出来ず、我が前にその骸を晒すのみ」
残り一節まで唱え、中断する。残りは道を作るべき時に唱える。
「あとはここに人が集まれるように掃除しとかないとね!」
杖を地面に突き立てる。
「ここはアタシの陣地、これはアタシのモノ、だから要らないものは、消えてしまえ!」
適当に詠唱する。地面に突き立てた杖から手を離すと、杖が雷を纏い、それを周囲に無差別に振りまく。
その雷はアタシの制御を完全に離れている。わざと暴走を起こすことで消費する魔力は少なく済むが威力は破格だ。
制御してない分、範囲が狭く味方も巻き込んでしまうが更地にするために使うならばもってこいの魔法だ。
そうして、何度か魔法を放っていると、大きな集団がこちらに向かってきた。
共通して鎧はボロボロ、差はあれど怪我をしている。集団の戦闘にいたのはグレルト総司令だった。
彼は私の姿を見るなり、信じられないものを見たかのように目を見開く。
口を開きかけたがすぐに閉じた。賢明な判断だ。
「これから道を開く。開いたら死ぬ気で走りなさい!」
有無を言わさずに命令して、構築していた魔法の最後の一節を唱える。
「道を拓け!」
二つの雷が洞窟の出口に向かって進み、途中にいた眷属たちを貫き、塵に変えていく。そして、雷の矢が通った跡の外側には断続的に雷が降り、眷属を近づけさせない。短い時間しか持続しないが雷系の最上位の結界魔法だ。
「全員、遅れるな!進め‼」
グレルトの号令に従って結界の中を集団が駆けて行く。丁度、最後尾にいた二人の天使が広場の出口を潜ったところで雷が止んだ。
これでこの広場にいるのはアタシと世界の敵の眷属たち、そして———
「なんでアンタがいるのよ。取り巻きの天使はどうしたの」
「彼らは討伐軍の方々を守るよう言いました。僕は呪文詠唱中のセラ・ルルームさんを守るために」
こんな場所でも爽やかな笑顔を浮かべてラムフィリルが言った。それに意地の悪い微笑みを返す。
「なら、精々アタシの魔法に巻き込まれないよう気を付けなさいな。準備ができたら撃つから」
「…なるほど、後ろにも警戒する必要がありそうですね。っと、無駄口はこれくらいにして、詠唱お願いします」
ラムフィリルの剣と盾に浄化の光が宿り淡い燐光を放つ。
「はあぁぁっ!」
気合の声と共に一直線に眷属に向かっていく。その背中を見送りながらアタシは最大最強の魔法の詠唱を開始した。
「雷の魔帝が告げる、我は天の鉄槌、雷の代行者、我は人の身でありながら、神話を再現する者」
起句を告げると周囲に魔力が集まり始める。
ラムフィリルはアタシに眷属を近づけさせないように奮戦している。
次に細かい調整をするための呪文を唱える。あと半分。
眷属たちの攻撃の勢いは苛烈になっていく。ラムフィリルはそれを全て捌いている。
それも少しずつできなくなり、次第に攻撃を盾で受ける頻度の方が多くなっていく。
「天の怒りは、山を崩し、川を分かつ、空飛ぶ鳥は失墜し、地を這う亡者は砕かれる」
ついに眷属の攻撃がラムフィリルの肩を捉えた。攻撃を受け、彼は態勢を崩される。
そこに追い打ちとばかりに眷属の攻撃が降り注ぐ。それは大木のような腕で繰り出される打撃であったり、鋭い爪による斬撃であったり、鞭のようにしなるしっぽでの攻撃だった。
「理は覆され、歯車は回り、天秤は壊される」
態勢が崩されているのにも関わらず彼はその半分を盾と剣で防ぎきり、残りの半分は身体を掠める程度にとどめた。しかし、すでに限界近いことは明白だ。剣と盾に宿っている浄化の力弱まってきている。
「空を支配し、我は大いなる蛮勇を編む」
人型の眷属の振り下ろされた腕を盾で受け止めるが勢いを殺しきれずにアタシの方に向かって後退させられる。
もう踏ん張る力もほとんど残っていないだろうに、ラムフィリルはそれでも戦おうとする。
「———もういいわ、ラムフィリル」
ラムフィリルの横で声を掛ける。すると彼は表情を明るくさせた。
「よかった。そろそろ限界だったんですよ。———あとはお願いします。セラ・ルルームさん」
「…セラでいいわ。アタシの詠唱が終るまで守ってくれたお礼」
「では、セラさん。あとお願いします!」
唇の端を吊り上げて自信満々の微笑みを浮かべ言う。
「特等席でアタシの最大最強の魔法を見ていなさい」
杖を頭上、高く掲げる。
「地上の全てを焼き払い、打ち砕け!」
眷属たちが右から前から左から後ろから、波の様の押し寄せてくる。
「
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