19KHz

稲荷 古丹

19KHz

 ある男子学生が学校に向かって歩いているとどこからか声が聞こえてきた。

「おはよう。」

 友達だと思い振り返ったが後ろには誰もいなかった。


 不思議に思い周りを見渡して見ると目の前の電信柱の影からこっそりと真っ黒な子猫が顔を覗かせていた。

「まさかお前じゃないだろうね。」

 冗談めかして子猫の前を通り過ぎようとすると今度は足元から、

「おはよう。」

 今度ははっきりと聞こえた。


 見下ろすとさっきの黒い子猫がこちらを見上げていた。

 男子学生は飛び上がって驚いたが、その拍子に子猫も驚いて路地裏にさっと引っこんでしまった。


「これは一体どういうことだ!?」

 急いで学校へ走り教室に入ると、彼の親友をひっ捕まえて今朝あったことを忠実に話した。

 だが親友は首を捻って、

「いやいや何をバカなことを言ってるのさ。」

 と笑いながら相手にしなかった。


 次によく遊ぶ仲のいい仲間達にも同じことを話したが、

「おいおい気味悪いこと言うなよ。」

「そうだぜ、頭でも打ったんじゃないのか?」

 と、まともに取り合おうともしなかった。


 やがて教室に先生が入ってくると、男子学生は彼女にも同じことを話した。この女性教師は生徒の話を良く聞いてくれると評判の先生だったのだ。

「ううん、どういうことかな?」

 ところが彼女もまたきちんと話を聞くつもりはないようだった。男子学生も流石にあれは何かの勘違いだったのではないかと落胆して席に戻ろうとした時、


「おはよう。」

 再び、あの声が聞こえて慌てて周りを見渡すと教室の窓の近くの木の枝に真っ黒な子猫がうずくまる様に座ってこちらを見ていた。


 男子学生は嬉しそうに窓を指差すと、

「ほら!アイツだよ!聞こえただろう?幻でも夢でも何でもない!はっきりと聞こえたはずだ皆にも!あの猫が喋ったんだ!」

 大声でそう叫んだ。




「…なあ、あの患者、まだ退院できないのかい?」

「だって何言ってるか分からないんだもの。まるで猫みたいな声しか出さないもんだからさ。」

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19KHz 稲荷 古丹 @Kotan_Inary

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