一夜のキリトリセン[Aug.]



百合華ゆりか」「なに?」

返すと同時にあなたの右腕

大きな黒竜こくりゅうの墨を指でなぞった

最初からわたし達二人に

始まりなんかなかったことを確かめるように

だって、他に何もない


触れられた黒竜はえているように見えた


黒竜を飼うあなたは

きもなびきもしないわたしを

憎むのでしょうか


“さよなら”は

言わなくても分かるでしょう?

艶やかな長い黒髪を揺らし

凜とした背を向けて

するりと離れる間際

振り返って

「誕生日、パーティー来てくれてありがとう」

そう告げた


あなたはいつも

ゆっくり飲むだけだったね


また、ひとつキリトリセンが切られた

客のひとりと店のキャスト

その関係でしかない


白いドレスをまとったわたしは

ボーイに案内されテーブルを移動して


ゆるやかに談笑を交わしながら

お酒を用意する


そして――

移動する度“ここでは”最後だと思い知る


十八のわたしに「百合華」と名付けて

育ててくれたママ

最後に見せたかった

白いドレス姿


いつまでも甘えたままの自分では納得出来ない

昨日仕上がった左腰の蝶のタトゥーは

見世物にするつもりはなく

今もドレスの中でわたしに覚悟をうなが


日付が変わるとわたしは二十になる

明日は飛行機の中で遠ざかる故郷を思い泣くのだろうか


――「百合華ちゃん! HappyBirthday!!」――

ぽんぽんぽんぽんぽんっ!!!


日付が変わると同時

大勢の人の声と共に無数のコルクが開く音が聞こえた

飛行機の中で二日酔いかもな、と考えながら

思い切り笑顔を振り撒くのだった


一夜いちや、ほんの少し鱗粉りんぷんをおとした

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一夜のキリトリセン 『同題異話SR』 灯生すずな @sz90

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