音声記録2-3:『店長とは、ステーションに配属……』

 店長とは、ステーションに配属されて初めて知り合ったんだ。

 入社歴48年。成人済みのお子さんが二人いて、ステーション併設の居住区に奥さんと一緒に引越してきた。もともとは営業の人で、系内コロニーや隣の星間港との取引業務に就いてたみたい。

 宇宙を渡らない仕事は初めてだって言ってたけど、彼はとても喜んでいたよ。郷土愛の強い人でね――惑星の真上で、毎日地表を眺めながら働けることが心底嬉しい、って言ってたことがある。そういう嗜好は、どう見ても彼のルーツに関連してた。

 うちの店のスタッフだけじゃなくて、近所にも有名な話だったんだけどさ。わざわざ飲み会なんか開かなくても、日常的に彼はよく喋ってたから。自分が人類の起源の星、地球の古い古い民族の血を引いてるってことを。

 その人たちは原野に暮して、自然の現象を神様や精霊の魔法の力と考えて、崇めていたんだって。原始的で素朴な文化は、わたしたちの母星ホーム人類接触コンタクト前に滅んでしまった原星民族のものとよく似ていたみたい。

 店長の考古学講義が誰にも嫌がられなかったのは、あの人が本当に良い人で、知識を喋るにしても絶対に押しつけがましくしなかったから。博識で、ユーモアがあって、頭の回転が速い人だった。

 店長の話は、商品に紐付けて、お客さんに売りこむ小話としても役立ったしね。遠いエリアから、わざわざ教えを請いに来る他店スタッフもいたくらいだよ。店長の語る不思議な神話や信仰や、古い遺跡の物語は、どこか心に残るすてきな魅力を持っていた。

 そんな店長に言わせると、ワラガンダみたいな人工知性体は「影から人間を見守ってくれる、精霊といったところだろう?」だった。

「五万年前に滅んだ原星民は、虹を重要な信仰対象にしていたんだよ」

 あれは何の記念だったっけ? 何かのイベントで、第二環の広告柱が虹の画像だらけになったことがあってさ。そのとき店長が、そう教えてくれたんだよね。

「地上のすべての生き物は、命が尽きると、雨のあとの虹を昇って天空に掛かるガス惑星――我らが母星ホームの外側を周る〈楽園〉へと渡っていく。原星民が死後の世界と見なしたあの星で、魂を清められてから、神や精霊の姿となって再び地上に降りてくるんだそうだ。そうして今を生きる子孫の耳元で、有益な報せや危険を囁いて教えてくれる」

 AIは、人類が生み出した機械の最高傑作。その開発には何千何万という過去の研究者たち、技術者たち――我々の先祖の知恵と努力が結晶されている。そう考えればAIの思考はご先祖の思考、AIの声は彼らの声の集大成のようなものじゃないか。――って、それが店長の持論だった。

 原星民の偉大な精霊の名前を借りて、物販部門AI-γを店長がワラガンダと呼び始めたときも、わざわざ反論するスタッフはいなかったわ。実際AIは神話の精霊みたいに万能の相棒だったし、愛称をつけてみるとわたしたちもなんとなく挨拶しやすくなった。

 渋い顔してたのは、第二環の堅物システム管理長だけだったかな……。でも今思えば、彼女は優秀な技術者だったんだよね。なにせあの人だけは以前からワラガンダの挙動に不審を感じていて、きちんと注意してたんだから。

『物販部門AI-γに関する評価報告を、これまでの24時間に一度から、各シフトごとの8時間に一度に変更します』

 システム部からメッセージが入ったときは、皆ぶうぶう文句を言ったよ。問題なんか何もないのに、手間が増えるだけだってさ。

 といっても評価は手持ちのデバイスで二、三のアンケートに答えるだけなんだけど。AIの言動に異常や不審を感じたか。感じたとしたら、どんなものか……。

 みんな毎日『異常なし』の項目にチェックを入れてたんだと思う。些細なことで管理官に呼び出されて、質問攻めにあうのはごめんだもの。

 そう――たとえ店長の誕生日に、誰も指示していなかったのに、店の照明がイベント仕様に鮮やかに明滅したりしても。店長が複雑時計店を訪ねていたとき、音楽家をおどけて振った指揮に合わせて、店中のカラクリ時計が見事なオーケストラを奏でたとしても。

 みんな面白がって拍手をするか、一時的なエラーを疑うだけだった。心の中で、たぶんイタズラ犯であるワラガンダに親しみと、少しの不安を感じながら……。

 わたしたちは毎シフト終業時、『異常なし』にチェックを入れた。

 ある日、店長が亡くなって、寒気がするほどワラガンダが、たびたびスタッフに干渉するようになるまでは……。



 言っとくけど、店長は病死だったんだよ。

 嘘ばっかりのゴシップニュースが報じてる、AI制御のドアに挟まれたとか、悪意ある偽サインに導かれてゴミ用シュートに落とされたとか、そんな話じゃありませんから。

 誰にだって、ちょっとは心当たりがあるんじゃない? もちろん会社は、毎年きっちり従業員に健康診断を受けさせてるよ。でも本人がやろうと頑張らないかぎり、生活習慣って改善しないものでしょう。

 店長は身体のどこかに血栓ができて、それが肺動脈を詰まらせたってことだった。前から危険は診断されてたみたいだけど、彼はとても楽天家なうえ、体力に自信のある病院嫌いだったから……。

 亡くなったのは仕事中。わたしが救急チームに連絡したの。思い出すと今でもちょっと胸がざわめくよ――わたしたちは心肺蘇生を試みたし、救急隊も頑張ってくれたんだけどね。

 みんなが彼の死を悼んだよ。うちの店は数日臨時休業して、人手不足のまま営業を再開した。そして多少店が落ち着いた頃、同僚や知り合いと一緒にお通夜をやろうって話になったの。

 ステーションは24時間稼働だからさ。バーも時間帯に関わらず、だいたいいつも賑わってる。ただ、ここのバーのほとんどはうちのお得意先だから。知り合いのマスターが気を利かせて、奥の静かなボックス席をわたしたちのため確保してくれた。

 そこはステーションでも人気のお店でね。半個室席の床も天井も、銀河に面した外壁も、全面が透きとおったガラス張りになってるの。高所恐怖症の人には、だからちょっと辛いかもね。お通夜を始めたのは夜で――足下には、都市の灯火を綺麗な傷跡みたいに輝かせた地表が黒く広がっていた。そして頭上には、母星ホームに接近しつつある薄紅色のガス惑星〈楽園〉が、主星からの光を受けて明るく浮かんでいたよ。

 十七年に一回、わざわざ航宙機で飛んでかなくても鑑賞できる楽園の姿は、母星の誇る絶景の一つなんだ。よく薔薇の蕾に例えられる惑星表層の大渦巻とか、謎めいた峡谷みたいに翳る青紫色の雲の縞を眺めながら――わたしたちの話は、自然と店長の考古趣味の話題になった。

 楽園と母星が最接近すると、地表からでも縞模様が見分けられるようになる。科学のかの字も知らなかった原星民には、決まったリズムで空に現れては遠ざかる天体が、さぞ神秘的で偉大な存在に思えたんだろうね。あっちこっちの遺跡によると、彼らは惑星の縞一本一本に名前をつけて、死後、自分たちの魂が昇っていくそこがどんな場所なのか思い馳せたみたい。

 学者の再現した原星民の姿かたちは、わたしたち人類とはだいぶ異なってる。でも店長は、

「心は、きっと僕ら人類と変わらなかったのじゃあないかな」

 そうしみじみ語ってたって、わたしはお通夜の仲間に話したよ。

「暗い色の縞に、原星民は罪人の行く地獄みたいな場所を考えたんだって。だけど楽園のほとんどは明るい縞で、美しい意味の名前がつけられてる。店長は言ってたわ。きっと彼らにとっても、人生は苦しいものだったんだろうって。人間が平和な天国を信じたみたいに、彼らも来世には救いがあると信じたのよ」

「あの人が、そんなことを言っていたとはねえ……」

 席の一人がそう言って、みんな感慨深げにしてた。

 なにしろ店長は前向きで、人一倍活力に溢れていたから。そんな彼でも人生を苦痛と感じるような苦労があったのか、って。みんな黙って生前の彼を親しく思い起こしてた。

「店長は、その神話が好きでしたね。母星で死んだ生き物の魂は、虹を渡って〈楽園〉に昇るって」

「今頃は彼の魂も虹を渡り終えて、あっちで愉快にやっていそうだな」

 誰もが温かく笑って、穏やかな気持ちでガス惑星を見上げたよ。

 でも、そのときだった。全員の仕事用デバイスがいっせいにメッセージの着信を報せたの。

 ナノセカンドもずれず同時だったから、それぞれ小音設定だったのにアラームはぎょっとするほどけたたましく聞こえたわ。いぶかりながらデバイスを確認して、わたしは更に首をかしげることになった。

 送信者欄に名前は無かった。内容はただ一言。

『人生とは苦しみ。楽園に渡ることのできる死者とは、魂を持つものすべて?』

 わたしは顔を上げた。通夜の仲間全員が、互いに顔を見合わせてた。

 みんなが同じメッセージを受信してたの。それが始まりだったんだ。

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