音声記録2-4:『翌日、向かいの店の販売員が……』

 翌日、向かいの店の販売員が妙なことを尋ねてきたわ。

「おたくの亡くなった店長さん、ツアー会社のCMに出演してたの?」

 ステーションでは、コンコースのホロディスプレイや通廊電車トラムの窓、構造を支える柱なんかに2Dの一般広告が流れてる。彼は、そういうデジタル広告に店長の姿を見かけたと言った。もちろん店長にモデル業の経歴なんてないよ。通販の解説員としてもメディア出演したことはなかった。

 だから他人のそら似だと思ってたら、数日でうちのスタッフの中にも目撃者が出てきた。やがてクレーム処理部にも、おかしな文句が舞いこむようになったわ。

 いわく、一年前ステーションで亡くなった旅客が、勝手に広告内出演者として使われているのを見たとか。連絡してきたのは故人の家族で、合成立体ホロ像の無断作成・利用は犯罪行為だって激怒していた。

 その後も次々とおかしなことが明らかになっていった。被害は店長とその人だけに収まってなかったんだ。複数の広告で、オリジナルの出演者が異なる人物に置き換えられていたの。

 ぞっとしたのは、彼らが全員生者ではなかったことだよ。目撃された人たちは、数年前の大改修以来、いろんな理由でステーション内で亡くなった旅客や従業員、訪問者たちだった。彼らを低解像度のカメラ――たぶん、ステーション内の警備カメラで撮影した画像を、機械的に合成した補完像だと判明したんだ。

 そうこうするうち、ひと月で異常は拡大していった。警備カメラのライブ映像にCMのと同じ幽霊が映り込んだり、店舗エリアでは、あちこちで発注したおぼえのない品が届けられるようになったりね。

 たとえば小さな土産用生花店には、葬祭場用の白百合の束が大量入荷されたそうよ。あるブランド服飾店の仕入れ品は、どういうわけか服も小物もぜんぶの色が黒になって届いたとか。エリア内BGMには頻繁に鎮魂歌レクイエムが混じるようになったし、飲料品店のうちの前には、なぜか映画館シアター用の3Dプロジェクタが誤配送されてきて、管理部に問い合わせる暇もなく設置されてしまったわ。

 そしてそのあいだ店舗エリアで働く全従業員は、ほとんど毎日、自分の業務用デバイスの着信に脅かされるようになっていた。

『人生とは苦しみ。楽園に渡ることのできる死者とは、魂を持つものすべて?』

 ――ワラガンダの発狂は、今や明らかだった。

 意図せずに、疑似人格を宿したAIの起こした事故って悲惨でしょう? あんまり過去に例はないっていっても、コロニー一つ滅んだり、船の乗客が丸々消えてしまった事件とかを、わたしも聞いたことがある。システム管理官たちは半狂乱になってたよ。原因究明に血眼で、かわいそうなくらいに。

 特定に時間がかかったのは、調査を邪魔して罪を隠蔽しようとする悪人たちがいたからよ。ステーションの大規模改修のとき、AIコアの手配を請け負った仲介業者がいたんだけど。彼らは完全な新品を納入するはずだったのに、中央星域からの中古品を偽って売りつけてたの。

 不正の中心人物は、差額を懐に入れてとっくに退職。遠い星系へ高飛びして、指名手配されたけどまだ捕まってない。

 ワラガンダは、稼働当初からすでに耐用年数を大きく超えてたってことが判明したんだ。

「AI-γの前身が、何に使われていたコアなのかは不明だ」

 店を通りかかったエンジニアは、青くなって言ってたよ。

「あの型の思考領域は有機脳と同じカオス系だから、完全な初期化は不可能なんだ。今までよく正気を保っていたよ。どうも製造から少なくとも20年は経っていそうだ。ありえないことだが、もしかすると軍事用かも」

 ワラガンダの異常が確定されてすぐ、AI-γのコアはただちに物理的に隔離されたと聞いていた。それなのにまだ奇妙な事件は続発してて、わたしたちの不安は消えなかった。

 システム管理官によると、ワラガンダはコアのアクセス切断と最終的な廃棄を当然、見越していたって話だった。AIは自分のプログラム・コピーをあらかじめ大量に作っていて、それをステーション内のいろんな電子機器の内側に分散して潜ませたらしいの。

「状況はかなり悪い」管理官の表情はすごく固かったよ。「こういう高度な論理思考を維持したまま疑似人格を得たAIは、いつ人間にとって危険な行動を取りはじめてもおかしくないんだ」

 管理官たちにせっつかれて、上層部もやっと重い腰を上げた。でも上の連中ったら政府にも頼るべきだったのに、体面とかなんとか言って、そうはしなかったのよ。

 彼らは、ステーションは自力で対処可能だと自信満々に内外へアピールしたわ。

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