2.虹の行方
音声記録2-1:『ええと、これでいいのかしら?……』
ええと、これでいいのかしら? あー、ああー、……聞こえますか?
そっか、通話じゃないものね。自動受付音声もないのかな。壊れていたら困るけど……。でも、もともと管理者のいない幽霊チャンネルって言ってたし。ランプはグリーンだから、たぶん大丈夫じゃない?
うん、録音されているはず。じゃあ、さっそく話さなくちゃ。
……ふふっ。改めて話そうとしても、けっこう緊張するものねえ。コミュニケーションは仕事だし、慣れているつもりだったけれど。これは独り言みたいなものだし――でもわたし、誰か一人にでも真実を知ってほしくて。一人っていうか、なるべく多くの人に。
マスメディアは面白がって、あることないこと騒ぎ立てるでしょう。うちの星系が田舎だからって、きちんと現地で調べもせずに、
何より腹が立ったのは、わたしたちの亡くなった店長と、まるで同僚みたいだったステーションAIを、被害者と狂人みたいに面白おかしく報道するゴシップ・チャンネルの多いこと! それを怒っていたら、彼が――恋人の航宙士が教えてくれたのよね、このチャンネルの話。
古い回線だから、繋がらないかもって言ってた。でも繋がったんだから、やっぱりうちの星系って正真正銘の田舎なのねえ。まぁ実際そのとおりだし、わたしは古いことの全部が全部、悪いとは思ってないの。
わたしたちのステーションAIも、人格が――魂が宿っていたのは本当なんだ。だけど絶対に悪い子じゃなかった。それだけは断言できる。
事件や事故があったときって、わたしもついパッと見で目立つ情報だけ追って納得して、忘れちゃいがちだけど。でも実際に何が起きたか知るには、当事者の声を聞いたほうがいいんだよね。このチャンネルの保存音声だって――もし他で聞いたら信じられないような話ばかりだったけど、きっと真実だろうと思えたもの。
語っている人の声が教えてくれるのかなあ。息づかいとか、言葉を探す迷いとか。躊躇うみたいに途切れる声、真剣な声が……。
彼氏には言われてる。あの出来事を本気で大勢に知ってもらいたいなら、もっと別の方法があるんじゃないかって。でも――そうね、多くの人に聞いてほしいって、わたしがさっき言ったのは、騒いでほしいって意味じゃない。わかる人にだけ届いてほしい。そして胸の片隅にでも留めておいてほしい、っていう感じかな。信じがたい話だからさ。それは自分でもわかってる。
そもそもこのチャンネルって、そういう人のためにあるんでしょ? 妙な話を抱えてる人の――あ、昔は普通の伝言用局番だったのか。そう、それも大事な要素だったのよ。このチャンネル回線は、広域・深宇宙用のものなんでしょう。それでこの電波に声を乗せれば、もしかしたらわたしの元同僚にも届くかもしれないって、思ったんだった。
わたしの元同僚っていうのは――わたしたちの、先代のステーション管理AIのこと。わたしたちの星系内にある、楽園という名のガス惑星に去ってしまった知性体なんだ。
あー、やっぱり、って思わないでね。AIに疑似人格を持たせるのは違法なことだよ。でも、誰かが意図的に組み込んだのじゃなかったし――とにかく、感想はわたしの話を聞いてから考えてみて。そんなに長い話にはしないつもりだから。
このチャンネルを開いてる人は、跳躍航路を長く飛ぶ人か、亜光速路線の系内航宙士なんでしょう。だからもし、ちょっと時間があるようなら――あなたが今、計器を眺める以外にすることがないのなら、少しのあいだ、付き合ってくれたら嬉しいです。
大丈夫、原稿は作ってある。じゃあ、始めますね。わたしの働く宇宙港で起こった、ちょっと不思議な事故の話。
怖い思いもしたけれど、たぶん、彼にそんなつもりはなかった。
あの日見た鮮やかな虹の光景を、わたしは一生忘れないんじゃないかな……。
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