第十七話 「蒼龍」被弾!

 空母「ヨークタウン」のマクスウエル・レスリー少佐率いるドーントレス爆撃機一七機は空母「加賀」をめざして突入を開始した。実際は「加賀」ではなく「蒼龍」であったとされる。空母「加賀」は飛行甲板の長さ約二四八メートル、幅三十・五メートル。「蒼龍」は約二一七メートル、二六メートルと一回り違う。ヨークタウンより若干小さいぐらいである。一説には「ヨークタウン」隊が爆撃したのが「加賀」であり、「エンタープライズ」隊が爆撃したのが「蒼龍」であるとするものもあるが、ほとんどは「蒼龍」説をとっている。レスリー少佐も「加賀」であると主張する一人である。


 「加賀」を爆撃したのはヨークタウン隊がエンタープライズ隊か、その判別は難しかったという判断である。両隊とも戦闘報告書には正確には記載されておらず、蒼龍の文字はないのである。だが、実際は爆撃され被弾している。蒼龍を爆撃した可能性が高いのはヨークタウンの艦爆隊であるとされる。ブランケ氏も「ミッドウェーの奇跡」の中でこのように述べている。


『事実において、高空から両艦を識別するのはほとんど不可能であったばかりでなく、攻撃に移ってからも回避運動を続ける両艦を見分ける余裕などは全くなかった。眼下の目標に対して、指揮官機について遮二無二に突っ込んでいったからであった。』


 両隊の爆撃は数分の間に始まったし、三空母の被弾もそれこそあっというまに起きた出来事であった。


 レスリー少佐指揮のドーントレス一七機は「ヨークタウン」を発艦した。発艦後しばらくして、爆弾を起爆状態にして投下する装置のレバーを押した。レバーを引いたとたん、レスリー少佐は機体がフワリを軽くなるのを覚えた。列機のホームバーグ中尉は、少佐の機体から一〇〇〇ポンド爆弾が洋上に落下していくのを見た。おなじく、ロイ・アイザマン少尉機、チャールズ・レイン少尉機、バッド・メリル少尉機の爆弾も洋上に落下していった。装置を新しいものに替えた一部が不良であったのだ。爆弾を搭載している機体は十三機となっていた。


 レスリー少佐の手記を引用しよう。

『高度一万フィート。私は来たるべき攻撃にそなえ、隊員に爆弾の起爆装置を働かせるよう指示した。

 これは、アメリカ海軍ごじまんの最新装置で、座席からの電気スイッチによって、爆弾の信管が起爆状態になるもので、わたしも気にいっているもののひとつだった。

 私が起爆装置のスイッチをいれた時、機体に軽いショックが走り、急激に加速した。いったに何がおこったのか私にはわからなかった。いったい何がおこったのか私にはわからなかった。

 二番機のポール・ホームバーグ中尉が私に近づいてきた。風防は開いたままで彼はさかんに手を振っている。はじめは何のことやらさっぱりわからなかったが、やがて、彼は私の一〇〇〇ポンド爆弾が起爆装置の事故で落下してしまったことを知らせようとしていることがわかった。これはエライことになった。(中略)

 私がホームバーグに「安心しろ。攻撃は続行する」と手で合図すると、彼は白い歯をみせて定位置にもどっていった。

 いよいよ日本艦隊は近い。私は編隊を二万フィートまで引き下げた。日本戦闘機に対する警戒と、より広い視界がほしかったからだ。

 早朝からのたび重なる攻撃で、日本軍も相当に注意していることは容易に想像できるし、やはり、零戦はわれわれにとっては恐るべき相手である。

 その効果あって、ついに、私は前方に日本艦隊を発見した。

 それは、実にすばらしい光景だった。大小さまざまな艦隊が、アメリカ機の攻撃にそなえ、回避運動を行なっている。まるで魚の群のようだ。その中でずば抜けて大きいのは、たぶん、空母加賀だろう。私は瞬間的に、攻撃目標をこれに決めた。ほかの艦に用はない。

 周囲を見まわたすが、日本機の影はない。これは幸運だ。日本の戦闘機は、つぎの出撃にそなえて着艦しているのだろうか?

 私は主翼を振って攻撃命令を下した。いまや全機が日本艦隊を認めたにちがいない。

 十時二十分ー。いまや攻撃のときだ。しかもラストチャンス。われわれが、ミスすればアメリカ海軍の空母群は、おそらく全滅することだろう。

 加賀は、やはり大きい。近くを別の空母が航行しているが、ずっと小型に感じられる。たぶん、蒼龍だろう。

 私は機械的に操縦桿、フットバー、スロットルを操作し、機首を下げた。ドーントレスの急降下角度は七〇度。乗っている人間にとっては、確実に直角に感ずる。つまり、身体が海面に正対しているわけだ。

 速度計はグングン回転し、いまや二八〇ノット。機体をきる風音がすさまじい。

 一瞬、ふり返ると、列機もそれぞれの目標をもとめてダイブにはいっている。ホームバーグは、私と適当な間隔をたもってつづいている。実質的には彼が一番機で、私はツユ払いのようなものだ。

 機銃はチャージされ、親指が発射ボタンにかかっている。

 空母の甲板はグングン大きくなって来る。もはや、機銃の照準など無用なくらいだ。甲板上には、日本機がビッシリとならび、日の丸の一つひとつがはっきり見える。さらに、その周囲を走りまわっている日本兵の姿。先頭の日本機は、すでに発進せんとしている状態だ。

 今まで気づかなかったが、対空砲火がはげしく私たちをつつんでいる。オレンジ色の曳光弾が、信じられないくらいゆっくりと上昇して来る。

 私は機銃掃射で、一時的でもよいから飛行甲板を使えなくすることを考えた。そうできれば、後続の列機が、空母そのものに損傷を与えることが可能になるからだ。

 列線の日本機から、先頭でプロペラをまわしている機体をねらって、私は掃射をくわえた。

 二挺の五〇口径機銃は、機体をはげしくゆさぶり、曳光弾は飛行甲板に吸い込まれて行く。

 一万フィートを過ぎてから、私は機銃を撃ちっ放しにして直進した。

 対空砲火はますますはげしく、私の機銃も負けじと撃ち返す。このなかを、二度攻撃することは不可能である。機銃がこわれるまで私は撃ちつづけた。(中略)

 四〇〇〇フィートまできたとき、機銃はついに過熱のために回転不良を生じた。もう、私には何もできない。

 操縦桿を引き、身体中の血が逆流するような意識にかられつつ、機体を引き起こす。エアブレーキが、不気味に減速してくれる。(中略)

 ホームバーグの攻撃は、ほぼ完全にちかかった。私と同じ角度から、甲板をねらって投弾。最初の一撃を加賀にくわえ、そこに大混乱を生じせしめた。

 さらに後続のドーントレスが、追加の一撃をくわえ、この効果は、決定的なものとなって、甲板上の日本機のなかに命中した。』

(マックスウェル・レスリー著「ヨークタウン艦爆隊「加賀」に突入せよ」丸エキストラ版第六十四集所収 潮書房)


 レスリー少佐はホームベルグ中尉の方を見ると、自分のヘルメットをポンポンと叩いた。少佐は空母めがけて急降下にはいった。つづいてホームベルグ中尉機、シルゲル少尉機と続いた。レスリー少佐には爆弾がない。空母の甲板に描かれた日の丸を真ざして機銃を射ちながら急降下し、途中で弾が出なくなったので、機首を引き起こして離脱した。ホームベルグは少佐の後を追うように降下していけばよかった。空母の回避は遅れていた。爆弾を投下した。爆弾は日の丸めがけて落下し命中爆発した。シルゲル少尉はその爆弾が破裂し甲板が裂けて飛散するのを目撃した。空母加賀には一七機のうち十一機が急降下爆撃を実施。うち、三機は爆弾を持っていないので、八機が爆弾を投下。うち、四発の爆弾が加賀に命中した。(蒼龍に爆弾を投下したことになっている場合は三発が命中)残る六機は加賀の被爆状況を確認して、目標を戦艦と巡洋艦に変更した。

 両隊の攻撃リポートが「加賀」になっているために、こうなるのだが、戦史上では「蒼龍」がヨークタウンの艦爆隊により炎上したことになっている。事実は不確実だが、蒼龍であれば三発命中、加賀であれば四発命中ということになる。

 どちらにしても、両空母とも大損害を受けたことには違いない。

 

 空母「蒼龍」の砲術長金尾滝一少佐の手記より。

『私は目を皿にして空を見まわしていた。密雲のところどころに青空はのぞいていたが、あいにく上空直衛機も見当たらず、凄愴の気が天地にみなぎっていた。

 そのとき、右前方、高角四十度の雲の下辺をぬって、見慣れぬ一機が左方向に向かって飛んでいく。

(こいつはいかん!)

 いや、その後方、五百メートルのところにもまた一機見える。距離は五千メートルほどもあったろうか。

「あれを撃て!」

 と私は反射的に高射装置に指さして怒鳴り、全機銃群にも号令した。高射装置や各砲はすばやくその方へ向いた。

「撃ち方はじめ」

 早く弾が出んかなあと焦る気持ちでいると、右舷の砲は急に艦首死角に近づく。

「取舵一杯とってください」

 私は艦橋伝声管に怒鳴ったが、敵機は艦首高角五十度、距離およそ四千ぐらいのところで、急に本艦に向きを変えた。翼がギラギラ光り、敵ながらあざやかな急降下態勢である。

 高角砲はまだ出なかったが、前部機銃群八挺が猛烈に火を吹きだした。無数の白糸を引いた曳痕弾が、雨のように見事な抛物線を描いた。しかし、まだ三千メートルも離れているためか、機銃弾は届かない。目標はきわめて小さく細い。われに正向する敵機は鉛筆ほどに見える。

 それがぐんぐん太ってくる。すごい勢いで近進して、二千、千五百、千・・・。舷側の機銃も加わって、曳痕弾は猛烈にその機めがけて吸い込まれてゆく。私はこれで当たらないはずはないと思った。それなのに、敵は依然として突っ込んでくる。

 八百、五百。いや、パイロットの風貌がはっきりと見えるくらいの三百、二百・・・。危ない!敵は私にぶち当たり来るのではないか。それにしても、どうして弾が当たらないのか。私がいらいらいているうちに、敵機はグンと頭を持ち上げた。

(参ったなあ)

 と思っていると、何か黒いものが放たれた。それは小さな毬のようにも見えた。ぐんぐん頭の上に落ちて来る。

「アッ、爆弾だ!」

 私は無意識に首を抱えてそこに伏せた。

(当たるなッ、当たるなッ)

 と祈ったのに、ドーンと轟音がして、やっぱり当たった。鈍い大きな音、猛烈なショック、バアーンと音を立てて襲った紅の炎。そしてゴオーッという断末魔のウメキ声。私は、首を抱えていた両手の先が、生皮を剥ぎとられるような痛さを感じた。

 後ろ首は、氷の刀で切りとられるような刺戟を感じた。焼けたのである。頭は幸い、鉄兜で助かった。ちょっと眼を開けかけると、瞼に真っ赤なものを感じたので、また強く閉じた。私は露天にあり、艦は全速であったので、私が炎につつまれていた時間は十秒もなかったであろうが、私ば茫然と立ち上がったときには、私のそばにいた伝令と見張員など数人は、どこへ行ったのか誰もいない。

 先ほどの爆風に吹き飛ばされたのであろう。あのときの断末魔のウメキ声は、彼らの最後の声だったのだ。それどころか、付近の構造物から射撃指揮装置のいっさいが、破壊しつくされている。私がただひとりそこに生きていたことが不思議である。』

(金尾滝一著『空母「蒼龍」艦上の惨劇」丸別冊太平洋戦争証言シリーズ⑦「運命の海戦」所収 潮書房)


 「蒼龍」搭乗員でミッドウェー攻撃に参加して帰投着艦した森拾三一飛曹は手記でこう綴っている。森一飛曹は搭乗員控室で用意されていた塩むすびにかぶりついていた。

『塩むすびに、夢中になってかぶりついていると、とつぜん、ドカーンと、大きな音響が艦内にとどろきわたった。そして、艦は大きく左に傾いた。

「あっ、やられたらしいぞ!」

 一瞬、みんなの顔に緊張の色がはしった。私は、食いかけの塩むすびを、口の中に押しこむようにして、ほおばった。

 ドカン、ドカン・・・

 爆発音がつづく。地震のような揺れかたである。

「こいつはいかんぞ!」

「だめらしいぞ!」

 そんな声が聞こえてきた。と、とたんに待機室の一角を破って、火の玉が飛びこんできた。そして、黒煙がもうもうと噴きこんできた。飛行帽が吹きとんだ。いちばん奥のソファに腰かけていた私は、煙で息がつまりそうになってきた。苦しい。みんないっせいにドアのところに向かってひしめきあった。先を争って殺到したので、四尺のドアは人であふれ、もみあっている。

「おい、早く出ろ!」

 どなってみても、だれの耳にもはいらないらしい。しかたがないので、ただ黙々と、ドアとのところで押しくらまんじゅうだ。いまにも窒息しそうだ。

(こんなところで死ぬなんてまっぴらだ。おれたちの死場所は大空なんだぞ!)』


 森一飛曹はもみくちゃになりながら短艇甲板へと脱出したが、各所から燃え上がる火の粉が身にふりかかってくるので、それを払うのに必死だった。甲板は身動きもとれないほどの人で、大爆発の火災をどうしてよいかまったくわからない情況であった。

「蒼龍」は瀕死の状態になっていた。命中した爆弾は三発でも、艦内や艦爆に搭載されていた爆弾が誘爆をおこすにつれ、被害は拡大するばかりであった。


  ドーントレス急降下爆撃機の損失はエンタープライズが十八機(十三機の人員を喪失)、四機(二機の人員を喪失)

 空母 エンタープライズ  十三機喪失

   パイロット 大尉  Ware Charles R.

         中尉  Van Buren John J.

         少尉  Lough John C.

         少尉  Shelton James A.

         少尉  Weber Frederick T.

         少尉  Roberts John Q.

         少尉  Peiffer Carl D.

         少尉  O’Flaherty Frank W.

         少尉  Green Eugene A.

         少尉  Vandivier Norman F.

         少尉  Varian Bertram S Jr.

         少尉  Halsey Pelbort W.

         少尉  Vammen Clarence E.

空母 ヨークタウン  二機喪失

   パイロット 中尉  Wiseman Osborn B.

         少尉  Butler John C.

(澤地久枝著「記録 ミッドウェー海戦」、AAIR DATABESES、エンタープライズアクションリポートより参照)


 日本側の機動部隊上空での直衛戦闘で戦死未帰還となったのは

  空母 赤城 

    佐野信平   一飛

    羽生十一郎  三飛曹

  空母 加賀 

    高橋英一市  一飛

    澤野繁人   二飛曹

    平山 巌   一飛曹

    山口弘行   特務少尉

  空母 飛龍

    新田春雄   二飛曹

    酒井一郎   二飛曹

    日野正人   一飛曹

    徳田道助   一飛曹

    児玉義美   飛曹長

  空母 蒼龍

    川俣輝男   三飛曹

    長沢源造   三飛曹

    高島武雄   二飛曹

 の十四名にのぼった。それ以外に被弾等で落下傘降下及不時着救助された搭乗員は次の通りである。

 赤城  谷口正夫 二飛曹

     指宿正信 大尉

     大森茂高 一飛曹

     白根斐夫 大尉

 加賀  豊田一義 一飛曹

 飛龍  佐藤隆亮 一飛曹

     中村一夫 一飛曹

 蒼龍  藤田怡与蔵 大尉


 南雲機動部隊は四空母のうち三隻までが瞬く間に被弾炎上して戦闘能力を失い、残された「飛龍」だけで米空母に立ち向かうことになる。

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