第十六話 「加賀」「赤城」被弾!
南雲司令部にとっては、発見した敵艦隊に空母がいるかいないかが焦点であった。空母がいないならば、陸上基地を叩くのが先だ。しかし〇五三〇になって、
「敵ハ其ノ後方ニ空母ラシキモノ一隻伴フ 〇五二〇」
と打電してきたのだ。だが、らしきものとは何だ?であったが、〇五四〇に
「更ニ敵巡洋艦ラシキモノ二隻見ユ ミッドウェイヨリノ方位八度二五〇浬敵針一五〇度速力二〇節 〇五三〇」
と追加情報が入った。南雲中将はここに至って敵空母の存在は確実と判断し、この海上の敵を攻撃することを決断した。
しかし、状況は最悪ともいえた。兵装転換により、折角の魚雷装備から八百キロ陸用爆弾への搭載を終えようとしていたのだ。再び早急に魚雷装備へと戻さなくてはならない。
南雲中将は、敵空母の飛行甲板を叩くのは、山口少将の「飛龍」「蒼龍」の艦上で発進命令を待つ艦爆隊を先発して発進させることが機先を制する意味でも正解といえ、山口少将も「発進必要あり」と催促の信号を送ってきていた。では、艦攻隊は八百キロ爆弾を搭載したまま発進させればよいのか。
そこで必要なのが掩護の戦闘機である。だが、現状はほとんどの戦闘機が上空の敵機邀撃のために発進しており、まにあう戦闘機は各空母三機の十二機しか配分できないのだ。当然時間が必要であった。ならばと、南雲司令部はふたたび艦攻隊に対し魚雷装備へと変更命令を出した。ふたたび赤城と加賀の格納庫は大騒ぎの忙しさとなった。さらに、雷撃隊の攻撃もほぼ終わりを告げており、まだ一部上空で待機している第一次攻撃隊の収容作業も始まったのである。
収容が終わると、空母群は攻撃隊の発進準備のために北上を開始した。敵艦隊との間合いをとるためでもある。こちらの攻撃隊の航続距離は長いが、米の艦載機の航続距離は短いことは承知のことだったからだ。
「エンタープライズ」のドーントレス爆撃隊の指揮官クレーランス・マックラスキー少佐は、戦闘機の護衛のないまま飛行していたが、一時間半が経過しても、眼下には太平洋の波間が見えるだけで、日本艦隊の航跡は発見できなかった。少佐はさらに飛行してから北へと針路を変更した。すると、一隻の駆逐艦が見えた。この駆逐艦は「嵐」で米潜水艦「ノーチラス」への爆雷攻撃を行っていたため、本隊に合流するために北上していたのだった。少佐はこの先に本隊ありと判断して駆逐艦の針路に従うと、日本の空母の姿が見えた。ついに発見したのだった。空母発見の報告はフレッチャー少将の手元に届いた。その参謀長ブローニング大佐はすぐさま命じた。
「攻撃せよ!攻撃せよ!」
マックラスキー少佐は敵部隊の様子を伺うと、雷撃隊の攻撃によりその陣形は回避運動により乱れていることを認めた。
西端に「赤城」その右舷斜め後方に「加賀」、そして「赤城」の右舷側に小型の「蒼龍」の姿を確認した。その北方のかなり離れたところに「飛龍」の姿があった。
少佐はウイリアム・ギャラハー大尉の中隊にたいして、「加賀」を攻撃するよう命じ、リチャード・ベスト大尉の中隊に対しては「赤城」を攻撃するよう命じた。
ギャラハー大尉の中隊は五〇〇ポンド爆弾を搭載し、ベスト大尉の中隊は一〇〇〇ポンド爆弾を搭載していた。これはギャラハー大尉の中隊は一番最初に発艦しており、飛行甲板の距離からして五〇〇ポンドしか搭載できなかったからである。
この点は日本の空母とは発艦順序が異なる。日本の空母は搭載が少ない機体の順に発艦する。滑走の距離が短かければ速度が出ず、揚力不足で墜落するからである。米空母はのちに油圧式カタパルト発進の装備を進めて、この問題を解決している。
「赤城」も「加賀」もドーントレスの急降下爆撃に気がついたときには、もう遅かった。
「赤城」の飛行甲板は攻撃隊に発艦にむけ、準備が完了しており先頭の零戦はプロペラを回していつでも発艦OKであった。当時赤城の搭乗員であった木村一飛曹は手記で次のように記している。
『乗組員一同がはるか彼方の水平線の戦果に酔っていたそのとき、いきなり赤城のすぐ近くにに爆弾が落ちて来て炸裂した。真っ黒な水煙が見上げるほど高く伸びていく。
はっとして空を仰ぐと、青々と澄み渡った大空に敵艦爆が三列の単縦陣で、わが機動部隊上空に散開しているではないか。しかも味方戦闘機は一機もいない。早くも一列目の三番機が、突入態勢に入っている。
左側方にいた加賀が左旋回をはじめると同時に、パッパッと黄色い閃光を発して、猛烈に対空砲火を撃ち出した。
見る間に加賀前後左右に大きな水煙が何本も立ち上った。そして次の瞬間、艦橋のあたりが黄色に光ったかと思うと、赤黒い炎に全艦包まれてしまった。蒼龍へも敵機が急降下に入っている。
丸いずんぐりとした敵艦爆SBDドーントレスである。蒼龍の対空砲火の曳光弾が、赤い尾を引きながら飛びかって行く。しかし、敵機の胴体から爆弾が離れた。何秒か後には蒼龍も全艦、火の海となってしまった。
赤城の上空では三列目の一番機は、まだ急降下に入っていない。甲板を見ると、ようやく攻撃隊の用意ができて、発動機が起動している。先頭の戦闘機隊長機Aー一〇一号に整備員が乗っている。
「隊長は?」
とにかくみな、頭のなかが大混乱を起こしている。上を見ると、一番機が急降下に入った。艦が風に立ちはじめた。指揮所に合図して隊長機に飛び乗る。
整備員にチョークをはずさせ、まだ風に立っていないが、エンジン全開で艦首近くにしてやっと風に立ち、無事発艦した。
高度五十メートル近くで母艦を見ると、私の乗った機の位置に爆弾が落ち、黒煙がもうもうと出ているではないか。私の次の戦闘機であろう一機が、甲板前部で逆立ちになって燃えていた。
他は黒煙で何も見えない。全力で上昇し、敵の一機を前方に発見する。赤城を攻撃した奴だろう。やっと追いつき一撃を浴びせる。
二撃目にやっと煙を出したが、落ちない。カチンと音がして、エルロンが効かなくなった。仕方なく、方向舵で左右のバランスを取りながら味方上空に来ると、加賀、蒼龍は全艦火だるまになって、断末魔の様相である。
赤城は、甲板の真ん中から黒煙が一本まっすぐに立ち昇っている。自分の機の自由は効かぬ。戦意が急になくなり、茫然と飛行した。』
木村一飛曹の手記を見ると、攻撃隊は発艦を始めたところをやられたように見えたが、実際は指揮官はまだ搭乗前で、木村一飛曹が敵艦爆の急降下爆撃を見て、機転を効かせて隊長機に飛び乗り発艦していたことがわかる。
マックラスキー少佐は、「おれに続け!」と命じると「加賀」目掛けて急降下に入った。部下たちは隊長に続けとばかりに急降下に入った。空母「加賀」の艦橋では、ようやく敵の急降下爆撃に気づいて高角砲そして機銃が射撃を開始した。マックラスキー少佐の小隊三機が次々と爆弾を投下したが、命中せず至近弾となって水柱をあげた。つづくギャラファー大尉機は若干修正して投下し今度は「加賀」の飛行甲板後部に命中し破片をまき散らして黒煙を上げた。そして立て続けに第二弾、第三弾第四弾が前部から中央部にかけて命中し、特に艦橋付近に命中した第三弾は燃料補給車を爆発させ、その炎はまたたくまに岡田艦長以下の艦橋を襲い首脳部は全滅した。
艦の指揮は発着艦指揮所にいた天野飛行長がとることになるのだが、消火栓全開を命じたものの、格納庫内の機体や爆弾魚雷の誘爆が激しく処置の施しようがなかった。
「加賀」の艦爆搭乗員山口三飛曹の手記より。
『上空に異様な爆音が聞こえた。驚いて上空を見上げると、敵の急降下爆撃機であった。すでに雲間を縫って突入体勢をつくり、一番機ははや急降下態勢に入って、機首を加賀に向けていた。
わが加賀が目標であることは、同じ艦爆搭乗員としてひと目でわかる。二番機、三番機と、後続機がつぎつぎにつづく。
一番機が頭上に迫り、爆弾が投下された。シュルッ、シュルッ、シュルッと異様な、不気味な音を立てながら、目前に迫る。
「南無さん・・・」
目をつむる。
投下した一番機は、機銃掃射をあびせながら加賀上空、手の届くような超低空で、斜めに横切って避退した。
ようやく危険を感じた私は、観戦していた左舷のポケットから、頭を抱えて、脱兎のごとく艦橋めがけて走った。バラバラバラと私の走る前後を、機銃弾が甲板を貫いて通る。
一番機の爆弾は左舷後方の海中に、二番機のは右舷後方に、水柱を高く上げて炸裂した。
ようやく艦橋近くの手すりに手をかけたとたん、三番機が目前に迫っていた。
「危ない」
とっさにラッタルを駆け下りる。バーン、百雷の落ちたごとくの炸裂音と異様な震動音が、後甲板の方にこだました。爆弾が命中したのだ。
人は死に直面したとき、本能的の安楽地を求めるものらしい。気がついたときは、艦橋下の上甲板に降り立っていた。
後部飛行甲板、格納庫付近では間断なく、炸裂音がする。艦攻も艦爆も魚雷か爆弾を装備していたであろう。ガソリンも満杯であったはずだ。誘爆で大火災となり、手がつけられない状態になることが想像された。
今度は頭上の艦橋付近に、大音響をたてて爆発した。数人、いな数十人の人が、爆風に吹き飛ばされて、頭上を越えて落ちていく。
艦はまだ走りつづけていた。炸裂音は絶え間なくつづく。』
空母「赤城」もドーントレスの目標になっていた。マックラスキー少佐はベスト大尉に目標を別の空母「赤城」に向かうよう指示した。が、その命令は不徹底で、ベスト大尉の小隊三機だけが赤城を攻撃した。だが、赤城の発見遅れにより、爆弾は回避できず、ベスト大尉の投下した爆弾は、甲板中央部エレベーター付近に命中した。他の二機の爆弾は至近弾となった。
淵田・奥宮両氏著述の「ミッドウェー」より。
『午前七時二十四分。
艦橋から「発艦はじめ」の号令が、伝声管で伝えられた。飛行長は白旗を振った。
飛行甲板の先頭に並べてあった戦闘機の第一機が、ブーッと飛び上がった。
その瞬間であった。突如、
「急降下!」
と見張員が叫んだ。
私は振り仰いだ。真っ黒な急降下爆撃機が三機、赤城に向かって逆落としに、突っ込んできた。
「しまった!これはいかん!」
と直感した。全くの奇襲であった。それでも、
ダダダダッ!
と、ともかく、機銃が応戦発砲した。しかし、もう遅い。この黒い、ずんぐり太ったSBD(ドーントレス)の機体は、見る見る大きくなったと見るうちに、黒いものがフワリと離れた。
爆弾!
アッ、私のへそに向かってくる。これは当たると、感じると同時に、私は発着艦指揮所の防護のため、つり床でつくったマントレットのかげに、とっさに身を伏せた。
ブーン、ガーッという爆音と敵機の過ぎ去るひびき。
続いて
ガン!
と音がした。当たりやがったな、と思っていると、続いてまた、ブーン、バーッという敵機のひびきがして、もう一つ
ガン!
とひびいた。こんどは前より大きかった。伏せている目の前が、パッと明るく感じた。そして、爆風の生暖かい感じがして、体をガサガサち揺さぶられた。また、当たったな、と思った。
三度目は小さい。海中だ。当たっていない、と判断した。あとはシーンと静かになった。銃撃もやんだ。
起き上がって、まず空を仰いで見る。敵機はもういない。やれやれ、三機だけだったのかと思いながら、飛行甲板に目をやった。
一五メートルほど後方にある中部エレベーターの後方に、破孔ができている。エレベーターはアメのように曲がって、格納庫に垂れ下がっている。その後方の甲板も、めくれ上がっていた。その横の飛行機は、逆立ちして、真っ赤な炎を吹いている。穴のなかからも、ドス黒い煙がもうもうと吹き出している。ときどこメラメラと炎がまざって立ち昇った。』
「赤城」にあった司令部付杉山主計中尉の手記より。
『加賀の右舷に、ものすごい水柱が二、三本立ち上った。そのとき、加賀は赤城の左九十度、四、五千メートルぐらいの距離にあった。
一瞬、加賀はこの水柱で赤城から見えなくなった。いつものうように、またゆっくり水柱をくぐり抜けて艦首から見えはじめるだろうと期待していたが、今度はどうも様子がおかしい。真っ黒い煙が立ちはじめ、赤黒い無気味な炎がちらちらと見えてきた。
味方艦艇のこんな姿を見るのは、いまはじめてである。黒煙がだんだん大きくなる。やられたのか、ついに命中弾をくったか。それにしても先ほど、敵雷撃機を見事に回避したばかりではないか。赤城のトップデッキにひとり立っていて、まだ信じられない気持ちであったが、とっさに直感した。こりゃ、敵艦爆による急降下爆撃の仕業にちかいない、と。
反射的に私の顔は真上の空にむけられていた。いままでの敵機の大部分は、低空でやってくる雷撃機だったので、われわれの目線はおおむね水平線だった。空を見上げてみれば、何も見えない。ただ白いちぎれ雲が空一杯に覆っていた。
ところが、どうしてどうして、高度四千メートルほどの雲の間に、チラッチラッと米粒ほどの小さい飛行機が何機も瞬間的に見えるではないか。この米粒が命とりになりかねない。一瞬、戦闘の記録を記注していた私の手は止まっていた。その瞬間、斜め左上空の雲間から米粒一個が、まっすぐ赤城に向かって降ってきた。ずいぶん急角度に思えた。
おそらく、六十度ぐらいだった。ぐんぐん機体が大きくなってきたと思ったとたんに、肉眼でやっと見えるほどの一点の黒いものが目にとまった。同時に機体は嘘のように、もう視界から消えていた。五百メートルぐらいの高さだったろうか。
このまん丸い小さい黒点は、みるみる大きくなってくる。(中略)最初、中天に静止しているように見えたこの小さいまん丸い粒は、猛烈な勢いで大きくなり、爆弾とわかる正体を見せてきた。左下の一角が太陽に照らされて、キラキラ光った瞬間、私の股間に吸い込まれるような感じで落下した。
とたんに、周囲が一寸先も見えなくなった。しかし、意識はたしかである。目を開けているのに何もみえないそのなかで、ドスーンというにぶい動揺を感じ、しばらくしてまた艦が妙な震動をした。なにもかもはじめての経験ゆえに、直感的な想像力がない。
そのうち、艦橋の下の方からメラメラと燃える音が聞こえ、ついに心配していた赤い炎の舌がチラチラと見えだした。
気がつくと、紺の軍帽と軍装が水でビショビショになっており、首のカラーがグニャグニャになって冷たい感じだ。これでやっとわれに返った。
つまり、股間に突き刺さったような感じの第一弾は、赤城の左舷中央部に落ちた至近弾であり、爆弾の大きさからいって、二百五十キロから五百キロぐらいのものだ。これが、ものすごい量の海水を吹き上げて赤城の艦橋を包み、しばらく何も見えなくなった。ひきつづいて落とされた爆弾二発が、赤城に直撃して震動をおこし、飛行甲板に出してあった攻撃機のガソリンに引火して火災となった。』
報道班員牧島貞一氏の手記より。
『飛行長は、おおきな眼鏡で、水平線上をじっとみつめている。私は飛行長の顔をみつめた。この顔の表情が、いまの戦況を知る、一番てっとり早い方法だったからだ。
深刻な顔が、かすかにほころびた。
「あア、あちらの雷撃機はおおむね片づけた」
と、飛行長はいった。私はこれを聞いて、ホット一安心した。
ドカーン!
いきなり、赤城のすぐ近くに、爆弾が落ちてきて炸裂した。真っ黒な水煙が、みあげるほど高く伸びていく。
ドカーン!
つづいて、また一発落ちてきた。蒼龍の近くにも落ちた。
敵機は、頭の上まできているらしい。空を仰ぐと、青々と澄みわたった大空のなかで、豆粒のような影が、点々とみえた。彼我の区別はつかないが、くるくるとまわるたびに、ジュラルミンの翼が太陽光線を反射してキラリキラリと光った。
空では死闘がくりひろげられているらしいが、青空とのコントラストが、あまりにも美しく、カラー映画の一コマのようで、なんだか空中戦といった感じがしなかった。
そのとき、赤城の左前方を走っていた加賀が、急に左旋回を始めると同時に、パッパッパッと黄色い閃光を発して、対空砲火を射ち出した。と、みる間に、加賀前後左右に、大きな黒い水煙が、むくむくと何本も立った。
艦橋のあたりが、パッと黄色に光ったかと思うと、真っ黒な煙が、ふとくたくましい拳骨を突きだしたようにでた。
「加賀がやられたぞ!」
だれかが叫んだ。加賀は、黒煙に包まれて海上をのたうちまわった。
とうとうやられたか・・と思って、私は時計を見た。一〇時二五分だった。
小さな、ずんぐりとふとった敵の急降下爆撃機が、目にもとまらぬ速さで、海面すれすれのところを逃げていった。
それから五分ののち、
タカタカタッタッター
いらだたしい対空戦闘のラッパが、ふたたび鳴りわたった。
きたぞ!と思って、空を仰ぐと、真っ黒な敵の急降下爆撃機が三機、赤城に向かってまっさかさまに突っ込んできた。
そのとき、赤城は、攻撃隊を出発させるために、風に向かって一直線に走っていた。隊長機が離艦して、いままさに、二番機が出発するところだった。
みるみる敵機は、大きくクローズアップされてきた。黒い太い胴体が、むくむくとふとくなってまっすぐ赤城に向かってくる。わが、対空砲火の曳光弾が、赤い尾を引きながら、これに向かって飛びかかってゆくが、そのなかを敵機は、一直線に逆落としに突っ込んでくる。丸い胴体と、翼の前端だけしかみえない。かみついてくるようだ。黒い丸いものが、胴体から離れた。爆弾だ。
「危い!」
みんないっせいに身を伏せた。私は発着艦指揮所のマンドレットのかげに、うつぶせになった。兵隊が二、三人、つづいて私によりそって伏せた。呼吸がとまった。全身の血が逆流した。
ガン!
もう音ではなかった。この肉体も、艦も一ペンにはね飛ばされるような震動だった。いっさいが裂けた。ちぎれ飛んだ。
ガン!
今度は、さらに大きかった。パッと明るい黄色いものが目に入った。私は伏せたままの姿勢で、鉄の壁にたたきつけられた。熱い重い爆風が、からだの半面を力いっぱいたたきつけた。骨と肉がバラバラに離れていくようだった。力の限り、なにかにしがみつきたかったが、それもできなかった。私の周囲の人が五、六人バタバタと倒れた。
「ヤラレタ」
と思った。
ガン!
三度目は少し小さかった。あとはシーンと静かになってしまった。
なにも聞こえない。深夜の静けさだった。
これで終わりだった。いっさいの終わりだった。
私は、どこか負傷したな、と思った。かって支那事変のときに、南京城外で戦車に乗って進撃して行く途中、砲弾を射ち込まれて負傷した経験があるが、そのときは、パッと目のまえが赤くなった。からだは痛くもなんともなかったのに、気がついてみると、顔や手から血がむくむくと吹きだしていた。それで、はじめて自分が負傷したことに気がついた。ーそのときのことが、チラッと頭に浮かんだ。
私は恐る恐る手を動かしてみた。動いた。首へ手をやってみた。もしかしたら、血がついてくるかもしれない。玉手箱でもあげるように、そろそろとやってみた。だいじょうぶだった。ただ、首へ巻いていたタオルだけは、どこかへ飛ばされてなかった。足を動かしてみた。りっぱに動いた。どこにも故障はないのだ。生きているのだーと思った。
私の横に伏せていた兵隊が身をおこした。私も起きあがった。
みると、私のいたところから一五、六メートル後方の、甲板の真ん中に、大きな穴があいていた。エレベーターは裂けて、鉄板があめのように曲がっていた。いたるところから、メラメラと、赤い炎が立ちあがっていた。格納庫のなかから、黒い煙が、もうもうとこの大きな穴を通してでてきた。』
「赤城」「加賀」はもともと戦艦からの改造であり、船体は強靭であり、巨艦でもあったので、爆弾の三発や四発では沈むことはないと誰もが信じていた。魚雷であれば、水線下に破孔があき浸水のため沈没する可能性は増大するが、爆弾はあくまで艦内であり、消火できると思っていたが、さすがに爆弾や魚雷、そして燃料満載の機体が次々と炎上するにあたり、手の施しようにない状況となっていった。
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