第十四話 米軍基地攻撃隊の襲来

 ミッドウェー基地を発進したカタリナ飛行艇のうち、アディ大尉が操縦する飛行艇は、途中に日本軍の水上偵察機を発見した。これにより大尉は日本の艦隊が付近にいるものと判断した。そして〇五三〇頃、周辺の空が明るくなりつつなる頃、断雲の間に二隻の空母が見えたのである。大尉はその後、日本の戦闘機の姿を認めたために、雲のなかに隠れるように接触をはかった。〇五四〇に大尉は無電を発した。


「〇五四〇。ミッドウェーからの距離一八〇海里、方位三二〇度」、さらに〇五五二に

「二隻の空母とほかの艦船見ゆ、空母が前方。針路一三五度、速力二五ノット」

 と報告した。電文を受け取ったミッドウェー基地は、自軍の艦船部隊がこの電文が届いていない可能性を考え、〇六三〇に全軍にむけて日本軍部隊の情報を発信した。

 米機動部隊は、事実飛行艇からの電文は受信されておらず、基地通信隊の機転が米軍に希望と好転をもたらした。


 〇二三四アディ機を日本の戦艦「榛名」が認め、敵機発見の煙幕を張った。そして〇二四二「一六六度四〇粁ニ敵大艇一機ヲ認ム」と通知した。


 日本の第一次攻撃隊がミッドウェーに迫る中、米軍は邀撃する戦闘機隊を上空にあげたが、そのあと、第八雷撃隊フィーバリング大尉指揮の六機のTBFアヴェンジャー雷撃機、つづいてコリンズ大尉指揮の魚雷装備のB26マローダー双発爆撃機四機が発進、さらにノーリス少佐指揮のSB2Uヴィンディケーター爆撃機十一機、ヘンダーソン少佐指揮のSBDドーントレス爆撃機十六機が発進した。掩護する戦闘機は、基地上空に全機を充当したため全くなかった。これが、基地航空隊の損害を大きくした要因の一つとなった。イースタン島からは陸軍の「空の要塞」B17爆撃機十五機が飛びたった。


 南雲機動部隊は第一次攻撃隊の発艦と同じくして、上空に援護哨戒する戦闘機を各空母から発進していた。

 「赤城」からは三機

   田中克視一飛曹

   大原廣司二飛曹

   佐野信平一飛

 「加賀」からは二機

   山本旭一飛曹

   平山巌一飛曹

 「飛龍」からは三機

   森茂大尉

   山本亨二飛曹

   坂井一郎三飛曹

 「蒼龍」からは三機

   原田要一飛曹

   岡元高志一飛曹

   長沢源造三飛曹


 〇二五一「利根」が敵飛行艇を左四五度高角三二粁に認めたが、二分後には雲間に見失った。

「赤城」より第二直の援護零戦三機が飛び立った。

  小山内末吉飛曹長

  谷口正夫一飛曹

  高須賀満美三飛曹

「飛龍」からはその三〇分まえには

  日野正人一飛曹

  佐々木斉一飛曹

  小谷賢治一飛

 の三機が上空へと飛び立った。さらに〇三一二に

  児玉義美飛曹長

  戸高昇三飛曹

  由本末吉一飛

 の三機が上がった。

「蒼龍」からは〇三五〇に

  小田喜一一飛曹

  田中二郎一飛曹

  高島武雄三飛曹

 が上がり、〇三五五には「赤城」より

  指宿正信大尉

  岩城芳雄一飛曹

  羽生十一郎三飛曹

 の三機が発進した。「加賀」からも

  澤野繁人三飛曹

  甲斐巧三飛曹

 の二機が飛び立った。

 上空に舞い上がった零戦は複数のカタリナ飛行艇を撃墜せんと向かったが、雲に隠れながら飛行する飛行艇をなかなか発見攻撃することは難しかった。


「赤城」の前方を行く駆逐艦が煙幕を張った。敵機襲来である。

「敵六機、左四十五度、水平線、向かってきます」

 見張員が叫ぶ。対空戦闘のラッパが鳴り響く。各艦から対空射撃が開始され、上空に黒い斑点が浮かぶ。敵機に上空を掩護する零戦が群がり、六機のうち五機を撃墜してしまった。これはアベンジャー雷撃機である。かろうじて生き残ったのはアーネスト少尉機であったが、零戦の射撃と対空砲火で損傷した機を操り基地に滑りこんだ。機には七四箇所もの孔があいていたという。

 

 前掲書「ミッドウェー」にはこうある。

『午前四時四十分。

「タタタッ、タタタッー」

 あわただしく対空戦闘のラッパが鳴った。

「ソレ来た!」

 と、発着艦指揮所の連中は、南東の空に目をやった。私も起き上がって空を見上げた。 

 雲高二〇〇〇メートル、雲量は相当あるが、空気は澄んでいて視界は良好、まず上々の攻撃日和である。

 輪形陣前端の駆逐艦が「敵機見ゆ」の信号機を掲げ、これも敵機発見を意味する真っ黒な煙幕を吐いて、走っている。その駆逐艦はもう、発砲をはじめていた。

「敵機はどこだ」

 上空ばかり眺めていた私は、見つからないので、そばの見張員に聞いた。

「左二〇度。水平線のちょっと上です。四機見えます」

「ウン、あれか」

 私は雷撃だなと直感した。小型機であった。しかし機種を確かめられるほど、近接しないうちに、味方の直衛戦闘機数機が、飛びかかっていた。そして見ているうちに、三機を撃墜した。

「ワーッ」

 と歓声があがる。

 残りの一機は、避退して行く。戦闘機が追う。しかし間もなく視界から消えた。』

 

 撃墜された五機は次の通りである。

   パイロット 大尉 Fieberling Langdon K.

     同   少尉 Brannon Charles E.

     同   少尉 Gaynier Osward J.

     同   少尉 Lewis Victor A.

     同   少尉 Wilke Jack W.

(氏名は澤地久枝著「記録 ミッドウェー海戦」と AAIR DATABESES USNAVY USN OVERSEAS Loss list from 1941-1945 より照合)


 艦攻は三名乗りであるから五機十五名が散華したことになる。空母「ホーネット」からミッドウェー島に分遣されていた第八雷撃隊の六機は戦果をあげることなく五機を失っていた。


 双発のマローダー雷撃機は、空母「赤城」を目標にして降下を開始した。上空の零戦がせまったが、マローダーは高速であり、零戦を振り切って進んだ。しかし、一機が撃墜され三機となった。編隊長のコリンズ大尉は距離七〇〇メートルで魚雷を投下。続行するミューリー中尉機は、魚雷投下装置が対空砲火により損傷したために魚雷が投下されたかどうか確認できなかった。ミューリー機は赤城の飛行甲板上を飛び去りながら、機銃を発射した。そのため赤城は損傷した。三番高角砲と左舷の無線用空中線が使用不能となり、重傷者二名をだした。後続するメイズ中尉機が魚雷を投下するのをメイズ中尉は横目で見た。この距離であるならば空母に命中するだろうと思った。メイズ中尉機は「赤城」の上空をとびこえると、対空砲火にやられたのかそのまま海面に突っ込んで飛散した。生き残ったコリンズ大尉機とミューリー中尉機はかろうじて帰還に成功したが、基地到着後調べてみると、ミューリー機には五百箇所以上の孔が空いていた。彼らは、空母に魚雷一本命中という戦果報告を行った。が、実際は命中していなかった。


 艦橋にあった杉山績主計中尉の手記からその時の様子をみてみよう。

『今度は右前方の水平線すれすれに、鳥とも飛行機ともわからぬ小さい黒点が見えてきた。敵機ならば、高度が低いから雷撃機であろう。

「敵双発雷撃機四機、こちらに向かってきます」

 さっそく、見張員が叫んだ。遠くでチラチラしていた小さい黒点が、だんだん近づくにつれえて、その正体がはっきり見えてきた。なんと機体をどす黒く塗った双発雷撃機ではないか。またもや零戦が、何機もよってたかって二十ミリ機銃を浴びせかける。

 赤城からも高角砲を撃つ。近づくにつれて二十五ミリ機銃も火を吹く。なにしろ赤城は十六門の高角砲と三十門の二十五ミリ機銃を装備している。これらが一斉に火を吐き出すと、壮観、いや壮絶といった方がよい。

 耳に錐でも揉み込まれるような痛さをおぼえる複雑音。赤城のすぐ上空で炸裂する高角砲の無数の真っ黒い弾幕と、各種機銃の曳光弾が織りなす光景。いやはや、まさに想像を絶する。

 海上には小さい水しぶきの列が一直線に幾筋も立ちならぶ。零戦の撃った機銃弾が海面につきささっているのである。

 はじめは何が何だかわからなかったが、赤城の飛行甲板を縦に横にバリバリバリと嫌な音を立てて走るものがある。これも空中戦をやっている飛行機からの機銃弾であった。

 敵四機のなかの一機が、赤城の右千メートル近くにきて魚雷を落とした。後にも先にも赤城が、正面切って敵から雷撃されたのはこれがはじめてである。

 ずいぶん高いところから落としたように見えた。かなり高い水煙が上がった。赤城はすかさず面舵一杯。赤城のような大艦は、舵の利いてくるのが遅く、気が気でない。幸い、敵雷撃機の攻撃はわが艦攻の場合とちがって、遠くから魚雷を発射するため、魚雷回避運動には時間的余裕がある。

 やっと舵が利きてきた。艦は左に大きく傾きながら、敵機に向かって右の方に回りはじめる。しばらくして雷跡が見えてきた。しかし、魚雷は赤城の右舷近くをすれちがって、後方に直進して潜っていった。見事な赤城の魚雷回避運動である。  

 他の一機は真っ黒い煙の尾をひき、高い水しぶきを上げて海に激突した。やったと思っていると、もう一機が赤城の右前方からまっすぐに突っ込んでくる。敵もさるもの、勇敢にも体当たりしてくるかと思いきや、飛行甲板すれすれに飛び抜け、艦橋直前を通って海に突入した。操縦士が機上戦死していたらしい。』


(杉山績著『旗艦「赤城」と南雲司令部』太平洋戦争証言シリーズ⑦運命の海戦、丸別冊、潮書房)


 最初に撃墜されたのがワトソン少尉機で、これがおそらくメイズ中尉機であったであろう。


 報道班員の牧島貞一氏の手記からもその緊迫した状況が手に取るようにわかる。

『「双発爆撃機六機、こちらに向かってきます」

 見張りの兵隊が、大声を出した。

 今度は反対側から、やってきた。はさみうちにするつもりらしい。駆逐艦は、もう発砲をはじめた。みるみるうちに、黒い煙のかたまりが、ポカポカポカと空いっぱいにできていく。駆逐艦や巡洋艦は、パッパッを火を吐きつづけている。

 右側を走っていた戦艦霧島が、だしぬけに、大きな火を吐いた。軍艦全体が火災になったような、大きな黄色い火のかたまりだった。

 瞬間、戦艦がやられたーと思ったが、黄褐色の煙がもうもうと立ちのぼったので、やっといまのは主砲を射ったのだとわかった。つづいて戦艦の舷側から、パッパッパッと黄色い閃光がいっせいにほとばしりでた。高角砲と、高射機銃を射ちだしたのだ。

(中略)

 みると、戦艦の艦首の方向にあたって、真っ黒な双発爆撃機が、六機一団となって、突っ込んできた。

 海上一五、六メートルの低空で突っ込んでくる。もうそのあたりは、真っ黒な弾幕でいっぱいだ。赤い火を引いた曳光弾が流星のように何本も何本も集中していく。

(中略)

 敵機はそのなかを、一直線に突進してきた。

 海上に、見なれない形の水煙が立ちのぼった。五、六本の白い水煙は、じつにまの抜けたほどのスローモーションで立ちのぼった。ちょうど高速度撮影の映画をみているように、じつにゆっくりと立ちのぼった。三角形の水煙だ、そして立ちのぼったまま、いつまでも同じ形をしている。常識では、ちょっと想像もできないほどのまの抜けた水煙だ。

「アッ!魚雷を落としたぞ!」

 村田少佐が大きな声で叫んだ。雷撃隊の隊長がいったのだからたしかだ。

 零戦が、その一団の敵機に向かって飛びかかっていった。

「コリャ無茶苦茶だ。味方を射っちまうぞ」

 飛行長が叫んだが、零戦は、弾幕と曳光弾でいっぱいになっているなかへ飛び込んでいった。それにもかかわらず戦艦も、駆逐艦も、巡洋艦も、射撃を止めるどころか、ますます気ちがいのように射ちまくった。敵機は、サッと散開した。撃墜されてザンブと海に突っ込むもの、海面すれすれにもときた方向に逃げるのもあった。が、先頭に進んできた一機だけは、逃げようともせず、一直線に赤城に向かって突っ込んできた。

 みるみるうちに、この真っ黒な双発爆撃機は、大きくクローズ・アップされてきた。

 (中略)

 雨霰とふりそそぐ曳光弾は、さながら火の雨のごとく敵機に集中していった。そのなかを黒い双発機は、勇敢に赤城の艦橋めがけて突っ込んでくる。その後から零戦が、ちょうどハチが巣にたかるように、ワンワンと追いかけてきた。

 敵機はぐんぐん突き進んでくる。

「危い!」

 だれかが叫んだ。

「艦橋に自爆するぞ!」

 数名の兵隊が私のいるほうに逃げてきた。ハッとして、背筋に冷たいものが流れた。

 つぎの瞬間、ガーと大きな爆音を響かせて、敵機は艦橋すれすれに飛び越えた。艦橋と翼とのあいだは、ほんの一〇メートルくらいしか離れていなかった。

 濃青色に塗られた胴体には、真っ白な星のマークが、大きく鮮やかに浮き出された。私はカメラのファインダーをのぞいていたが、いきなりこの白い星のマークだけが、画面いっぱいに入ってしまったので、ハッと驚いた。

 敵機は、そのまま一直線に、飛竜に向かって飛んでいったが、五、六百メートルも飛んだかと思うと、突如キューッと右に傾斜して、アッと思うまに、海の中に突っ込んでしまった。大きな水煙が、真っ白にパッと花のように飛び散った。白いボタンの花のような形だった。水煙がおさまったあとには、もう一片の破片する残らなかった。』

 (牧島貞一著「ミッドウェー海戦:太平洋戦記」河出書房)


 対爆撃機戦闘で弾薬と燃料を消費した零戦は、補給のため次々と空母に収容されていったが、代わりに他の戦闘機も空中に上がっていった。

 しかし、艦隊は休むまもなく、新たな爆撃を受けた。

 「赤城」に見張員は叫んでいる。

「敵の水平爆撃編隊、飛龍を攻撃した」

 飛龍の方に目をやると、飛龍の周囲一帯に海水の柱がおびただしく立っていて、飛龍の姿が消えた。水柱が崩れるように消えると、飛龍が艦首から姿を現した。無傷であった。今度は「蒼龍」が水柱に包まれた。


「蒼龍」砲術長金尾少佐の手記より。

『魚雷回避運動中、つぎの挑戦者B17十五機がやって来た。高度は四千メートルもあろうか。銀色に輝く大きなやつで、

「撃ち方はじめ」

 をかけた。十二門の高角砲は、四秒ごとにうなりを立てた。私にとっても、敵に向かっての初めての弾である。

 髀肉の歎をかこっていた砲員たちも喜んだことであろう。各艦はそれぞれに選んだ目標に向かってどんどん撃っている。大空には無数の百合の花が咲いたようにみえた。この弾が敵にあたったどうかはわからない。

 本艦は射撃よりも回避が大事だ。右に左に勝手に急回頭するので、なかなか思うようには撃てなかった。油を流したような水面にブスーッと針のようなものが立ち込まれたかと思う瞬間、表面がピリッと割れひろがって、裂けるような大音響とともに数十メートルの水柱が立ち昇る。

 本艦の後方百メートルの所に点々と四、五発の爆弾が投下されたのだ。あれが当たったら、ひどい目に遭うところだった。お隣の飛龍の方にも散々と水柱が立っている。一時は飛龍は沈んでしまったかと思われたが、水煙が消えると、そのなかから飛龍はスーッと浮かび上がるので、ホッと胸をなれおろした。

「アラッ、飛龍が火災だ!」

 三十ノットの高速で走る飛龍は、煙こそ長く尾を引いていたが、左舷の四番砲塔付近から白煙が渦巻いて噴き出している。全軍息を呑んで見守っていたが、やがて飛龍から「被害なし」という信号が来た。まことにテキパキした報告である。間もなく、煙は出なくなった。敵の至近弾だったらしい。』

(金尾滝一著『空母「蒼龍」艦上の惨劇』太平洋戦争証言シリーズ⑦「運命の海戦」潮書房)


 高空を飛ぶB17からの爆撃であった。ウオルター・C・スウィーニー陸軍中佐指揮の「空の要塞」はミッドウェー基地から日本の攻略部隊の船団に向けて飛び立ったが、途中目標を日本の機動部隊への変更命令を受けた。搭載しているのは各機五〇〇ポンド爆弾八発である。十五機であるから百二十発にもおよぶ量である、日本の艦爆が一発しか搭載できなから、百二十機にも達する攻撃量である。そして、「空の要塞」のごとく、二万フィート(約六千六百メートル)の高度から、空母めがけて爆弾を投下した。さすがに、中低高度で敵機と渡りあった零戦がそう簡単にはこの高度までは上昇できない。この高度で長時間戦闘するには酸素ボンベが必要だからだ。それでも数機が果敢に攻撃を試みたが、かすり傷を与えた程度であった。かろうじて対空砲火により二機を撃墜している。

 米陸軍機は、命中したと誤認して少なくとも二隻の空母に四発の命中弾を与えたと報告したが、まったく命中などしていなかった。


 この戦闘中に利根偵察機よりの無電が入ってきた。時に五時頃にであるが、利根には〇四二八には受け取っていたから、約三〇分のロスを生じていたことにもなる。この時間は貴重であったといえる。

「敵らしきもの十隻見ゆ、ミッドウェー島よりの方位十度、二百四十浬、針路百五十度、速力二十ノット」

 この敵艦隊発見に南雲司令部は慌てた。といっても、肝心の空母はいないのか。この敵艦隊発見の位置から小野情報参謀は海図に記入しながら、

「彼我の距離は二〇〇浬です」

 と告げた。

「敵らしきものとは何だ?」

 草鹿参謀長は訊ねた。

「どこの偵察機からだ?」

「利根四号機からのものです」

 しかし、利根が受けたのは〇四二八でそれにしては伝達に時間がかかりすぎている。

「利根機に艦種を報告するように伝えよ」

 利根四号機に艦種を確かめて通知するよう伝えた。

〇五〇九になって利根機より報告が入った。

「敵兵力は巡洋艦五隻、駆逐艦五隻」

「やはり、空母はいないようです」

 空母がいないとなれば、この艦隊は後にまわして先にミッドウェー島を叩いてしまう方がよいと考えていたが、それも束の間、〇五二〇に

「敵はその後方に空母らしきもの一隻をともなう。〇五二〇」

 と再び入電したのである。


 この報告に南雲司令部は再度慌てることになる。空母らしきものとは、ほんとにいるのかいないのか疑心暗鬼になるのも当然の報告といえた。本来であるならば、魚雷装備の艦攻と艦船用爆弾装備の艦爆が準備されていたので、この敵部隊に対し発艦攻撃命令を出せばよいのであったが、友永大尉の「第二次攻撃の必要あり」との報告と敵艦隊の動向不明により、魚雷装備から爆弾装備へと変更命令を出しており、格納庫内ではその準備で大変であった。最初の敵らしきもの発見後、装備変更準備は一時そのまま待機とされ、その後魚雷装備となり、格納庫内は八〇〇キロ爆弾と航空魚雷で溢れている格好になった。

 

 そして、再びミッドウェー島からの爆撃隊の攻撃がはじまった。米軍は一斉の攻撃態勢はとらず、援護する戦闘機もいないため、各攻撃隊によるバラバラの攻撃であった。これが逆に幸いしたともいえる。

 ヘンダーソン少佐率いるドーントレス爆撃機十六機である。ドーントレスは大戦全般に亘って活躍する米軍の誇る急降下爆撃機である。ただ、不運なのはこの爆撃隊のパイロットの練度は低くて急降下爆撃は無理なため、緩降下爆撃での攻撃しかできなかったことだ。

各空母からは慌てて零戦を発進させた。出撃した搭乗員は二回目となるものがほとんどだった。搭乗員たちも休む間もなく発艦すると敵機に向かった。

 ヘンダーソン少佐は左前方に見える空母二隻を攻撃するよう命令し、降下を開始した。しかし、零戦が殺到してドーントレスに機銃弾を浴びせた。次々とヘンダーソン少佐機をはじめ六機が撃墜された。代わりに指揮をとったグリッデン大尉は、雲の中にとびこんで零戦の攻撃をかわしながら空母「飛龍」を発見すると降下爆撃を開始した。十機が次々と爆弾を投下し、空母の周辺が水柱に覆われるのを見た。大尉は、二発が命中しさらに至近弾を与えたと判断した。だが実際は損害は皆無であった。ドーントレスはさらに二機を失った。

 八機が帰投したものの、六機は被弾がひどく修理不能と判定された。

 七機が撃墜され一機が不時着した。

  パイロット  少佐 Anderson Lofton R.

    同    大尉 Fleming Richard E.

    同    少尉 Hagedorn Bruno P.

    同    少尉 Ward Maurice A.

    同    少尉 Gratzek thomas J.

    同    少尉 EK.Bruce H.

    同    少尉 Tweedy Albert W. Jr

不時着 同    少尉 Harold G.Schlendering  救助

    砲手  上等兵 Smith Edward I.     死亡


 牧島貞一氏の前掲書より、

『もう、そろそろミッドウェー攻撃にいった味方機が帰ってきそうなものだと思っていると、やがて、それらしい小型機の編隊が、はるか水平線上に姿を現した。

「やア、帰ってきたぞ」

 歓声があがったが、ほとんど同時に、意外にもその下にいた駆逐艦が黒煙をあげた。

「駆逐艦の野郎、敵と味方と、まちがえていやがるぞッ」

 飛行長がいった。しかし、駆逐艦は、どんどん発砲を始めた。

「変だぞ。敵の艦載機じゃねえか」

 村田少佐が首をかしげた。

 近づいてきたのを見ると、やっぱり、それは敵機の一群だった。たちまち、空は弾幕で、真っ黒となり、零戦は敵に食いついて、つぎつぎと撃墜していったが、敵小型機はぐんぐん突進をつづけて、われわれが、あれよあれよというまに、飛竜の上空にまできてしまった。飛竜の甲板は、高角砲と機銃の閃光で、仕掛花火みたいにパッパッパッと光った。それにもかまわず、真っ黒な小型機は、飛竜をねらって急降下をはじめた。黒い小さなやつがスーッとおりてくるかとみると、軽々と体をかわし舞いあがる。つぎの瞬間、海上でピカッと黄色い光がするかと思うと、真っ黒な煙がサッと立ちのぼっていく。

 黒煙が、さながら何百年もたったスギの大木のような形に立ちのぼった。それが軍艦の高さの三倍くらいも延びていく。そしていつまでも同じ形をしている。つぎからつぎと黒煙は立っていった。みるみるうちに海上いっぱいの黒い林となって、飛竜の姿を押し包んでしまった。その黒煙のなかで、飛竜のいたと思われるあたりでピカッ!と光るものがみえた。

「アッ!飛竜がやられたぞ!」

 皆、いっせいに叫んだ。

 しかし、爆撃が終わったとき、飛竜は、白波を蹴立てて煙の林の中から踊りだしてきた。カスリ傷一つ負わず、元気いっぱいおどりだしてきた。』


 そして、淵田・奥宮共著の「ミッドウェー」より。

『この小型機群は飛龍に向かって、緩降下で一直線に飛んでいく。この編隊は全部で十六機であるが、ひどくバラバラである。ようやく味方の戦闘機十数機が、飛びかかっていった。アレヨと見るうちに、ボロボロと敵機は火を吐いて落ちていく。敵ながら悲壮で、面をそむけたいほどである。

 しかし、赤城の艦上では、眼前に展開されたこの活劇に、みんな見とれて、そのつど、「ワーッ、ワーッ」と拍手とかっさいで、みんなおどり上がって喜んでいる。

 半数は落ちた。それでも残りの敵は果敢に飛龍に肉薄し投弾した。直撃弾はなかった。しかし、相当数の至近弾があった模様である。スキップ・ボンビングでは直撃がねらいでないから、喜ぶのはまだ早いと、私は瞳をこらして飛龍の変化を注視していた。

 やがて、爆煙が収まると、煙のなかから飛龍は白浪を蹴立てて、元気よく走りだしてきた。

 ハテ、スキップ・ボンビングというわけでもなかったのか。すると、一体あれはなんだろう。立派なヘルダイバーをもちながら、急降下で突っ込まないとは腑に落ちない。

 こうして一応、敵の雷撃、水平爆撃、急降下爆撃のテストはすんだみたいだったが、敵というハンディキャップを除いて、いくら公平に採点しても、その術力には、とても四十点以上は差し上げられないと私は思った。』


 ドーントレス爆撃機のあと到着したのは、鈍足のヴィンディケーターっ爆撃機十一機であった。ノーリス少佐は、空母への攻撃はあきらめて、至近距離にある戦艦「榛名」を目標とした。爆撃機は高度六百メートルから百五十メートルまで降下して爆弾を投下し、二発の爆弾が命中したのを認めた。しかし、実際は「榛名」は爆弾を回避し、六発の至近弾を受けたにすぎず、損害は軽微であった。爆撃隊は零戦の追尾攻撃をうけて二機が撃墜された。鈍重な爆撃機が二機の損害で済んだのは奇跡的ともいえた。

  パイロット 少佐 Norrir Benjamin W.

    同   少尉 Canpion Kemeth O.


 各空母では空襲の合間をみて、帰投してくる第一次攻撃隊の収容にかかった。かつ、艦隊上空掩護の零戦の補給のための着艦そして補給後の発艦と、飛行甲板上の作業もごった返していた。

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