第七話 南雲機動部隊出撃す

 五月二十七日〇四〇〇南雲長官率いる第一機動部隊は柱島泊地を出撃した。この日は海軍記念日、すなわち日露戦争時に東郷平八郎率いる連合艦隊がロシアバルチック艦隊を打ち破った記念すべき日であった。

 瀬戸内海柱島錨地、岩国市の南東方の位置する泊地であり、四方を十数個の小さな島で囲まれている。一般の航路からは見えないが、泊地の面積は広く、大艦隊を収容できる場所であった。第一戦隊の戦艦大和、長門、陸奥の三大戦艦が係留され、第二戦隊の戦艦四隻があった。この戦艦群を守るように魚雷防御網が張りめぐらされていた。日本海軍としては、雷撃機そして特殊潜航艇のことがあるから、防備に注意を払うのは当然といえた。


 ミッドウェー・アリューシャン作戦に参加する潜水艦は行動を開始したが、作戦海域での展開は遅れる結果となり、米機動部隊が通過したあとに展開することとなってしまった。

 第六艦隊に発令されたのは五月八日であった。


  指揮官  第六艦隊司令長官

  兵力   第六艦隊、第五潜水戦隊

  主任務  ⑴敵艦隊攻撃、要地監視

       ⑵哨戒偵察

       ⑶K作戦

       ⑷敵海上交通破壊

  作戦要領

一、Nー五日頃迄に第三、第五潜水戦隊は「ミッドウェー」「ハワイ」間に配備し攻

 略部隊の作戦に協力す

 第一、第三、第五潜水戦隊は攻略要地の防備概成する迄同地を基地とし敵の機動(奪回)部隊の捕捉攻撃に任ず

二、潜水艦一隻はNー五日迄に「ミッドウェー」「キューア」島を偵察し爾後「ミッ

 ドウェー」東方付近に在りて上陸迄天候偵察報告に任ず

三、第十三潜水隊の二隻は「フレンチフリゲートショール」へ一隻は「レイサン」島

 泊地に在りて飛行艇及水偵の補給に任ず

四、潜水艦の一部を印度よう、南阿、濠洲、新西蘭に配備し敵艦艇の奇襲、海上交通

 破壊を行う

備考 特令に依り印度洋に作戦する部隊を南方部隊に編入す

 一潜戦は北方部隊に編入され、次のように示されている。

 ① 第一潜水隊の一部は「アリューシャン」方面要地を偵察しNー五日頃迄に「シ

  ャトル」方面監視配備に就くものとす

 ② 第一潜水戦隊はN+七日令なくして先遣部隊に復帰す


 連合艦隊司令部は潜水艦の散開線を四箇所定めた。

 甲  二三度〇分 一六六度四〇分ー

             一九度一〇分  一六六度三〇分

 乙  二八度〇分 一六三度一〇分ー

             二六度〇分   一六五度三〇分

 丙  三七度三〇分 一六八度四〇分ー

              二七度〇分  一六八度四〇分

 丁  四六度三〇分 一六八度四〇分

              四二度三〇分 一六八度四〇分


 各潜水戦隊の潜水艦の一部は修理やクエゼリン進出の遅れなどから所定の展開日時には間に合わない状況であったし、そもそも各潜水戦隊へのミッドウェー作戦参加の件も通知が不徹底であった。それでも先遣部隊は二十一日になって作戦命令を伝えた。


   先遣部隊電令作第七六号

 第三潜水部隊、第五潜水部隊、第十三潜水隊は左に依り「ミッドウェー」作戦に任ずべし

一、第三潜水部隊はNー五日迄に甲散開線に、第五潜水部隊は成し得る限り速なる期

 日に乙散開線に就き敵艦船の邀撃奇襲に任じ攻略部隊の作戦に協力す

二、第十三潜水隊はK作戦終了後二隻は「フレンチフリゲートショール」一隻は「レ

 イサン」島付近に在りて味方飛行艇又は水偵の補給に任ず

三、伊一六八は修理完成次第呉発Nー五日迄に「キューア」島及「ミッドウェー」島

 を偵察したる後「ミッドウェー」東方に機宜行動し天候偵察竝に敵艦船に対する奇

 襲に任ず

四、第一潜水部隊及第三、第五潜水部隊は「ミッドウェー」攻略後特令に依り防備概

 成迄同地を基地として敵の機動部隊の捕捉攻撃に任ず、之が配備竝に行動は後令す


 真珠湾の偵察についての第二次K作戦は五月十九日にその作戦要領が成立した。真珠湾を事前に偵察し、米軍機動部隊の有無を知る事が、ミッドウェー作戦の鍵ともなることでの処置であった。


 この第二次K作戦についての骨子は戦闘詳報に次のように記されている。

『機密基地航空部隊命令作第二号第二段作戦第二兵力部署によるときは「適時に二式大艇を以て潜水艦と協同AIを奇襲軍事施設及敵兵力を撃破し併せて敵情を偵察す」と攻撃主偵察副と定められあるも、機密連合艦隊命令作第一二号第二段作戦第二期兵力部署には「五月下旬乃至六月上旬(六月三日頃迄に)真珠港在泊敵兵力を偵察す」と偵察を主として定められあるを以て今次K作戦は偵察を主とし攻撃を副目的とすることとし

五月十九日香取(「クエゼリン」在泊)に於て六艦隊及当戦隊間に於て第二次K作戦の実施に関する件を左の如く協定せり

  第二次K作戦に関する協定

一、偵察実施期日

 P日(五月三十一日)

 情況不良なるときは順延し六月三日迄に実施し得ざるときは取止む

二、使用飛行艇及協同潜水艦

 イ、二式二機(Wー四五、Wー四六)

 ロ、潜水艦 S×3(第一三潜水隊)

       S×3(第三潜水戦隊)

三、飛行艇の行動

 P日〇〇〇PW発 一四三〇AFH着

 補給潜水艦より各機約十噸補給の上一六〇〇頃AFH発二〇四五乃至二一一五AK

 偵察(攻撃)P+一日〇九三〇頃PW着

四、潜水艦の任務及配備

 イ、対飛行艇補給

  ⑴ 補給艦

   伊一二一、伊一二三 予備 伊一二二

  ⑵ 補給点

   第一 「ペロウス」島の三三〇度 一・七浬

   第二 「ペロウス」島の一七〇度 二・五浬

   第三 「ペロウス」島の二六〇度 六・五浬

 ロ、無線誘導

  伊七一(N19−01 W174ー20)

 ハ、応急艦(不時着機人員の収容)

  伊七四(布哇島カハラ岬の二〇〇度二〇浬)

 ニ、AK監視(気象通報)

  伊七五(オアフ島の南西八〇浬)

五、潜水艦の協同要領

 イ、無線誘導

 飛行艇M点通過(〇八三〇頃の予定)三十分前より三十分後

 迄所定の誘導電波を送信す

 ロ、敵の防火等に依りAFHに於て予定通補給を実施し能わざる時の対策は当時の

 飛行艇保有燃料に従い左の三案に依るものとし飛行艇指揮官之を決定し関係潜水艦

 に通知す

 第一案 攻撃実施後再びAFHに於て潜水艦より補給の上PWに帰投す

 第二案 攻撃実施後応急艦にて人員収容

 第三案 AFH到着の際敵襲等の為補給不能となり現有量にてAKを偵察しN点到

  達の見込なき場合は同夜又は翌朝M点の潜水艦に対し無線誘導を要求し人員を救

  助す

 ハ、天候の通報

   (省略)

六、AFHの敵の警戒厳重にして補給の見込なきときは本作戦を取止む

七、P日の変更は24sf司令官決定実施前日二一〇〇迄に関係の向に通報す

八、(省略)


 五月十九日伊百二十三潜はクエゼリンを出撃、二十一日に伊百二十一潜は同地を出撃し、フレンチフリゲート礁の配備点に向かったが、伊百二十三潜は二十九日に米水上艦艇二隻を発見し、三十日「警戒厳重見込ナシ 敵水上艦艇二隻見ユ 一五四四」を発した。二十四航戦は作戦を一日ずらし六月一日実施としたが、三十一日夕刻には敵飛行艇一機を報じたため、結局はK作戦の遂行は困難と判断し、作戦実施を取りやめた。米軍の警戒が厳しくなったのは、第一次K作戦にあたり、米軍はこの環礁を利用したであろうと推測したのと、MI作戦の暗号解読による警戒を強化したためでもあった。

 もし、この偵察任務が遂行されたいたならば、二式大艇が米軍機動部隊を発見していたかもしれないし、または、米軍側はレーダーで発見して撃墜していたかもしれない。


 五月二十七日、柱島では先行して出港する第一機動部隊の各艦が準備を整えていた。

 午前六時錨を揚げ出港開始、波はなく穏やかな天候の日であった。先頭は第十戦隊の旗艦軽巡「長良」で、所属の駆逐艦十二隻が一列で続く。その後を第八戦隊の「利根」と「筑摩」が進む。続くのは第三戦隊の高速戦艦「榛名」と「霧島」である。その後を一航戦の「赤城」そして「加賀」が続き、二航戦の「飛龍」「蒼龍」が続く。「赤城」の信号マストには南雲中将の将旗が靡いている。各艦の距離は千メートル。ちょっとした観艦式である。付近には多くの漁船の姿があり、漁師たちが手を振って見送っている。

 

 駆逐艦「谷風」信号員の柴田正三等兵曹は出撃時のことを次のように語る。


『第十戦隊の駆逐艦十二隻は広島湾を出撃した。・・第一七駆逐隊の僚艦は二番艦浦風、三番艦磯風、四番艦浜風で、この四隻が姉妹艦である。

艦長より号令。

「出航用意、錨をあげ」

 直ちに、「出航用意」の勇ましいラッパの音が、艦内に響き渡る。乗組員はそれぞれ全員配置について、張り切っている。

「さあ、やるぞ」

と気合をいれる。なかには出航用意の号令とともに、急に気分の悪くなる船酔い型もいる。

「両舷前進微速、面舵十五度二七〇度」

艦長の号令がつづく。

「二七〇度、ヨーソロ」

と操舵室から伝声管で報告が上がる。(中略)

 点々と浮かぶ瀬戸内の小島は美しい。松の緑と麦秋の段々畑では、お百姓の方が手や鍬をふって激励してくれた。十二センチの大型眼鏡で見ると、除虫菊の白い花が咲き乱れ、海岸に集った五、六人の子供たちが、日の丸の小旗をふっている。その小旗が私の胸を強く打った。』

 

 前掲の従軍記者であった牧島貞一氏の著書からの引用。

『五月二十七日(昭和十七年)、海軍記念日。

 このめでたい日を期して、機動部隊は柱島を出発した。

 朝食は終わって甲板へでてみると、艦はもう動きだしていた。

 赤城、加賀、飛龍、蒼龍の四空母が、一列に並んで、朝もやにかすむ小島のあいだを出ていった。それにつづいて、榛名、霧島の二戦艦、利根、筑摩の重巡の順にならんだ。軽巡長良は、駆逐艦一二隻をつれてはるか前方を走っていった。

 威風堂々たる出撃だった。

 点々と浮かぶ小島は、美しいマツの緑と、白い砂に彩られて、さながら日本画の墨絵だった。

 海岸で、こどもが五、六人集まって、日の丸の小旗をふっていた。

 山本五十六大将は、旗艦大和以下の戦艦部隊を引きつれて、二九日に出港するという。

 陸軍部隊は、サイパン島に集結して、同じくグァム島に集結した七戦隊とともに、すでに二十五日に出撃していた。

 アリューシャン列島を攻撃して、アッツ、キスカの両島を占領する予定の、北方部隊は、青森県の大湊から、もう出撃したという。

 きょうは、海軍記念日だから、なにか式があるだろう、と思っていると、九時ごろ「総員後甲板に集合!」と号令がかかった。艦長の訓示があるというので、私もいってみた。皇居の遥拝があってから、艦長は日露戦争が終わった明治三八年十二月に、東郷元帥が、部下の将兵に訓示した「連合艦隊解散にあたっての訓示」を読みあげたあと、ごく簡単なあいさつをして、それで終りだった。軍艦の儀式というやつは、いつも簡単で、あっけないほど早かった。

 九州と四国の狭い海峡を通過すると、艦隊は、警戒航行序列と呼ばれている隊形を作った。二隻の駆逐艦が、水平線に半分かくれるくらいにまで、前方に出た。長良が本隊の先頭にたった。それを中心として〝へ〟の字型に駆逐艦がならんだ。その中央に、赤城を先頭にして空母四隻と、戦艦二隻が一列に並んだ。利根と筑摩は、艦隊の両側をはるかに遠く離れて走ってゆく。インド洋へ行ったときと同じ隊形だった。そして、南へ南へと、航行していった。敵潜水艦の目をくらますためだ。そして夜になってから。東へコースをかえるらしい。各空母は、交代で、対潜警戒の飛行機を飛ばした。』


 陸影が遠くなった頃、艦橋から源田実航空参謀が発着指揮所に降りてきた。淵田中佐がいた。二人は同期であったから、話はしやすい立場でもあった。


「貴様、鹿児島基地では、ご不例だったそうだが、もういいのかい?」

 と源田は淵田に話しかけながら、いすに腰を下ろして、煙草を吸い出した。

「うん、どうもまだはっきりせん。ときどき腹が痛むので弱ったよ」

「軍医長はなんと言っている?」

「きのう、艦に帰ってから、出撃準備でごたごたしていたので、まだ診てもらってないがね。基地では軍医中尉が鹿児島の陸軍病院に依託してくれてね、診察を受けたよ」

「陸軍病院ではなんといった?」

「酒はお好きでしょうとか聞いてね、どうやら、胃潰瘍と見当をつけたらしい。白い壁土みたいなものを飲ましながら、レントゲンで腹をのぞいていたよ」

「それで、ほんとうに胃潰瘍かい?」

「うむ、まだそうはっきりともいわなかったがね、当分食事療法専一とあってね、まず第一に禁酒の宣言を受けたのには参ったよ」

「それで基地では、おとなしくしていたわけだな」

「大事な場合だでね。お医者さまのいう通りにしていたんだが、まだときどき、腹全体が、シクシクするんだ。がんばってはいるものの、どうも元気がでないよ」

「そいつは弱ったな」

「しかし、基地訓練の方は、十分自信のつくところまで仕上げてきたよ。時日が短くて忙しい思いをしたよ。艦隊の出撃準備も忙しかったろうな」

「足が地につかないというふうだったよ。なにしろ第一段作戦の後始末とこんがらがってね。じっくりと、この作戦を討議検討する暇もなかった。参謀長なんか、ハワイ作戦の戦死搭乗員の二段進級問題で折衝にかけまわるだけで、手いっぱいのようだったよ」

 ・・・・・

 淵田中佐の腹痛は翌日になってさらに悪化し、結局玉井軍医長は盲腸炎と診断して手術を行なった。淵田中佐は病室内でしばらく安静を言い渡された。

 淵田総指揮官がしばらく安静ということで、搭乗員たちの士気に影響を与えないか雷撃隊指揮官の村田少佐も心配をしていた。

 実際、ミッドウェー空襲にあたって指揮官となった友永大尉の指揮官としての行為がその後に影響を与えたのか、論議されるところでもある。それは後述する。

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