第十七話 空母ヨークタウン炎上

一方、「ヨークタウン」の方はどのような状況だったのか。


 再び江草大尉の手記より。

『敵輪型陣の中央に、前後に並んだ大型空母二隻、これこそ今日の目標である。われわれの右方にある翔鶴の艦爆隊が後のレキシントン型を指向しているので、左方の私たち瑞鶴の艦爆隊は、前のヨークタウン型を指向した。

 高速接敵をつづけながら、見れば早くも翔鶴の艦爆隊は一機一機、飛鳥の如く目標の空母めがけて急降下していっている。敵艦上に突入するかと思われるころ、爆弾が投下され機は艦上すれすれに離脱してゆく。と同時に空母の甲板にパッと閃光がひらめいて爆発し或いは至近弾となって海中から高く水柱が立つ。私はしばしその状況を視認していた。

「よし」

 いよいよ急降下だ。私はヨークタウン型に向ってまっしぐらに突きこんでいった。一方上空では戦闘機同志の空戦もはじまっている。敵艦上からは高角砲の外に機銃も交えて猛烈に撃ち上げてくる。急降下しながら狙っている私の照準器に向って、敵の焼夷弾や曳痕弾が、ことごとく集中してくるような気がする。とんで来る敵弾はアイスキャンディのような形をしていてそれがことごとく自分の方に向って飛んで来るような気がする。弾は自分に近づいてからはじめてパッとそれてゆく。

 はじめのうちは自分の飛行機の爆音の外は何も聞こえないが、やがてヒュンヒュンという機銃弾の音が聞こえてくる。この音では未だ自分に命中しない。やがてこれがガンガンという音になると極く近くを機銃弾が通ることを意味し、機体の一部に命中すればブスッという音と同時に自分の身体にもやられた、という手ごたえが伝わってくる。

「千五百ー」

 と偵察員が報じたとき、バンという音がして敵弾命中のショックを受けた。右翼に被弾したらしい。だが、機はぐんぐん降下してゆく。

 六百メートルで偵察員が

「ヨーイ」

 と報ずる。

 九九艦爆は爆弾を投下して、機を引き起すときの沈下量は、二百五十メートル乃至三百メートルであった。計器のおくれもあるので敵艦にぶっつからないで引き起し得る限度は四百五十メートルであった。訓練のときは六百五十乃至七百五十でやっていた。五十メートルという端数は計器のおくれをみる。実戦ではギリギリの四百五十まで降下する。

 高度四百五十、偵察員が

「テイ」

 と報ずる。

 それまでぢっと照準器で狙い続けてきた操縦員は、瞬間必中を心に念じながら爆弾投下の把柄をひく、と同時に機を引き起す操作に移る。

 機を引き起せば、ひとときも早く輪型陣を離脱しようとする。

 投下した爆弾が命中したかしないかは、操縦員は見ることができないので、偵察員にまかせるほかはない。

 機が水平になったとき、

「アタッタ」

 と偵察員が言った。尤も操縦員としても、当ったか当たらぬかは、投下する瞬間の手応えで大てい判断はつくのである。

 爆撃を終った艦爆は、海面をすれすれに匍いながら避退する。敵艦からの砲と機銃の弾着が、逃げてゆく機の右に左に飛沫を立てる。

 避退しながら見ると、後のレキシントン型は猛火に包まれていた。やがて、私たちが攻撃したヨークタウンの甲板も火災を起した。敵戦闘機の攻撃を受ける惧れがあったので戦果を充分たのしむわけにはゆかなかった。前上方を見張っていると、敵の艦上偵察兼爆撃機が前方から一機近づいてくる。敵はただの一機でそれも戦闘機でなかったので気は楽だった。艦爆同志は近づくや一機討ちの巴戦となった。私は敵の顔の見えるところまで近づいていって、一撃を加えてさっと避退した。敵と反航になったまま深追い禁物とそのまま集合点に向った。』


 「ヨークタウン」側から日本機の攻撃の模様をみてみよう。


『アーニー・でいヴィス砲術長の声が拡声器をとおして響く。

「飛行科下がれ。砲術科上がれ!」

 二〇浬に迫っている、と報告した。五分後「ヨークタウン」の見張員は、眼鏡で日本雷撃隊を一五浬で発見した。機関長デラネイ少佐指揮の機関科員は汗だくになって「ヨークタウン」の四個の巨大なプロぺラを、この大艦が三〇ノットで海面をナイフのように切り裂くまでまわした。

 「ヨークタウン」も「レキシントン」も南東に向けて航走していた。しかし「ヨークタウン」の方がだいぶ南にいた。「ヨークタウン」は、トン数の大きい「レキシントン」よりも早く増速することができたから、先に進めたのだ。

 「ヨークタウン」の艦橋のキャット・ウォークに沿って配備されている一二・七ミリと七・七ミリ機銃では、それぞれの機銃員が潮しぶきから銃身を守るために挿している銃口栓を抜きはじめた。十一時十七分、雷撃機群は「ヨークタウン」に向けて回頭をはじめた。一分後、別の一隊が「ヨークタウン」に向ってきた。

 (中略)

 「ヨークタウン」に随伴している重巡が八インチ主砲射撃を開始した。近距離の海面を照準しているのだ。砲弾の炸裂が高い水柱を上げている。第五偵察隊の機長の一人ネロ・タフィが回想している。

「一隻の巡洋艦が射弾を一機の日本雷撃機の直前に撃ちこんだら、おおきな水柱が噴き上がった。雷撃機はその水柱にぶつかって、完全にとんぼ返りしてさかさになって海に墜落した」

「ヨークタウン」一番の名操舵員ハワード・カイザー操舵兵曹は襲撃がはじまった時、舵輪を握っていた。カイザーは命じられれば「面舵、取舵を指示されないで操舵」することができ、、その技倆にかなう者は艦内に一人もいないくらいだった。攻撃がはじまった時、カイザーは「ヨークタウン」の装甲操舵室の中で、バックマスター艦長の操舵号令を受けていた。艦長もまた、この安全な操舵室の中にいて、装甲板に細く切り抜かれた展望窓から外を眺めていてもよかったのだが、そうはしなかった。

「雷撃や爆撃を回避するためには、ひろい視界を持つことが不可欠であると思ったからだ」と、バックマスターは戦闘後に語っている。

 艦長は露天艦橋から装甲板の切れ目をとをして、カイザーに操舵号令や機関指揮号令をどなりながら戦った。艦長の電話伝令員ナタン・オグドン無章兵は「ヨークタウン」のアイランドの片舷から反対舷を艦長について走りまわったし、戦闘記録係のヘンリイ・スタチェン庶務上曹も、最良の戦闘記録をとるために艦長にへばりついて走りまわった。この艦橋にはほかに三人の電話員がいたが、自分たちの電話線がもつれ合わないようにほぐすのにひと苦労した。

 三機が「ヨークタウン」の右後方から迫り、艦尾をかすめたと見るや魚雷を発射した。魚雷は左後方から「ヨークタウン」の左舷後部を狙って走って来た。バックマスター艦長は、装甲板の窓の一つに号令をどなりこんだ。カイザー操舵員が舵輪を右にいっぱいまわす。これに、約四〇〇フィートも離れた艦尾の舵機室の中にある巨大な操舵モーターが連動する。巨大なピストンの一本が引っ込み、別の一本が突き出した巨大な舵軸が回転して、巨大な舵翼が右舷にまわった。「ヨークタウン」の艦尾が海水を蹴立て左に振れるにつれて艦首が右にまわる。魚雷は「ヨークタウン」の後方を過ぎ去った。

 九七艦攻四機が魚雷を投下し、さらに別の二機がつづいて投下した。第四二戦闘機のミルト・ウェスター上曹は、格納庫甲板で担当の戦闘機の世話をするために待機していたが、日本の魚雷が一本、右舷から二〇フィートほどのところを「ヨークタウン」と並行して走っているのを発見した。

「あの魚雷を艦橋に知らせろーっ」とウェスターは、近くにいた電話員をつかまえて命令した。報告はバックマスター艦長に伝えられた。艦長は自分の電話員に応答させた。

「左舷に、もう一本くる」

 ミルク・バーでアイスクリームを盛ることが平常の勤務であるエド・キャヴァーノは、左舷のキャット・ウオーク最後部の一二・七ミリ機銃に配置されていた。その戦闘部署は、着艦信号指揮官の配置の真下だった。戦闘がはじめると着艦信号指揮官のノーウッド・キャンベル大尉は、片手をエドに支えられた跳び下りた。キャンベルは、キャヴァーノに跳ばせてもらいながら目標を指示した。しかし、キャヴァーノが敵機にむけて射撃を開始するたびに「ヨークタウン」の五インチ砲が先にその目標を叩き落とした。後部の連装五インチ砲が日本機を四機撃墜し、前部の連装五インチ砲が三機以上を撃墜したころキャヴァーノは、やっと適切な射撃ができるようになった。一機の九七艦攻が、どうにか五インチ砲の弾幕をくぐり抜けてキャヴァーノの照準器のど真ん中に飛来した。

「私はずいぶん長い射弾を送りこんだ。そしたら敵機は『レキシントン』の方に向きを変えた」

 その敵機は突然、二回急回転して「レキシントン」の舷側近くの海面に突っ込んで水しぶきを上げた。

(中略)

 午前十一時二十四分、雷撃機の攻撃が終わって爆撃機が攻撃を開始した。まだ露天艦橋にがんばって「ヨークタウン」を操艦していたバックマスター艦長は、爆弾が投下されたのを見定めるや、そのつど装甲操舵室の窓をとおして操舵員に操舵号令をどなった。こうして「ヨークタウン」は、まるで駆逐艦のように旋回しながら全弾をかわした。戦闘がはじまるころバックマスター艦長は、機関長ジャック・デラネイ少佐に電話で命令した。

「君のできることは、何でもみんなおれにくれ」

「承知しました」とデラネイ機関長は速力を三二・七ノットまで上げて艦長の要求に応じていた。

(中略)

 爆弾が周囲に落ちて来た。三七ミリ機銃の装填に当たっていたジョン・ギン無章兵が作業の途中、ふとそれを見た。

「仰天したもんだ。ジャっプのパイロットめが爆弾を投下して、それが真っすぐにおれに向かって落ちてくるように見えるじゃないか。われを忘れて砲身にしがみついたもんだ。砲員の一人が足を蹴りながら、砲から離れろ、とどなりつづけていたが、奴が離れるまで長いことたったように思えた。その爆弾が頭の上を通りこした途端に、おれはわれに返って砲身から離れた。爆弾は直下で爆発した。海の中でだ」とギンは回想している。

 海兵隊伍長エミール・マトコフスキーも、同じように縮みあたった一人だった。飛行甲板の反対側から来襲する敵機を射撃していると、その目標が五〇〇キロ爆弾を投下した。その爆弾はマトコフスキーに向かって真っ直ぐに落ちてきて、その爆弾でマッチをすることができた、と誓うほど近くを通り抜けた。その爆弾はマトコフスキーの配置から、わずか一フィートしか離れていない通路の命綱を半分引ちぎって通り抜け、海にとび込んだ。

 爆弾は海に落ちて爆発し、「ヨークタウン」の全甲板に水しぶきと鉄の破片を打ち上げた。この海中から吹き上がった弾片で、少なくとも十数人の乗員が傷ついた。

(中略)

 マーリン・ブロック電信兵曹は、自分の配置からほど遠くないところでドシンという時ならぬ音を聞いた。それにつづいてヘッド・レシーバーに興奮した声がとびこんできた。

「爆弾命中ーっ。煙突の後部ーっ。二番リフトの真ん中ーっ」

 バックマスター艦長は、その敵機が突っこんでくるのを見ていた。投下された爆弾も、よく見ていた。こう報告している。

「わが対空射撃は、その敵機を二つに引き裂いた。その機の破片が、本艦の両舷に落下してきた」

 しかし爆弾は、その飛行機、九九艦爆が空中分解する数秒前に機を離れていた。

 (中略)

 爆弾は飛行甲板を貫通して、第五爆撃隊の待機室に達した。そこは戦闘のはじまる前にパイロットたちが戦闘要領説明を受ける部屋だ。第五爆撃隊の飛行機は大部分、空中にいたから待機室はほとんど無人だった。バッド・ベイステル計器整備兵曹がたった一人、ヘッド・フォーンをつけて、そこに配置されていた。兵曹は魅入られたように、爆弾がその区画を貫通し鋼製書庫を打ち、そこから内側へ次に下方にかすめて行くのを見た。ベイステルは電話のボタンを押して、ためらいながら艦橋に報告した。

「今、ここを爆弾を通り抜けたように思います」

 待機室の下方は格納庫甲板である。そこには、第七応急班と呼ぶ一群が待機していた。この一群は、ほかの応急班と同じように風がわりな職種の乗員からなっていた。その中には軍楽兵や庶務兵もいた。また、練度の高い電機兵や工作兵や掌機兵もいた。任務は敵から受けたいかなる損傷も、発生後の数分間で応急修理することだった。

「その爆弾は頭の上を通り、私から約四フィートのところでデッキを貫通して行った」と第七応急班の一員エミール・パクサー無章兵は回想する。

 しかし爆弾は、さらに艦のヴァイタル・パートに突き進んで行くまでにパット・パザンボー無章兵の頭蓋を半分持って行った。搭乗員以外の乗員のうちに戦死第一号だった。

 第七応急班の数人は、爆弾が格納庫をぶち破った後どうなったかを見ようという好奇心で爆弾孔に駆けよってのぞきこんだ。その瞬間、噴き上げた爆発でウォルター・クラピンスキー無章兵が即死、フレッド・シニモスが負傷、エド・ペティパスが一眼を失った。爆弾孔に近づかなかったビル・ジョセン航空機器整備兵曹も、噴き上げられた弾片で戦死した。その同じ弾片はアート・パウワー上等兵曹が尻のポケットに入れていた財布を貫き、身体のうちで最も敏感な部分を突き抜けた。

 航空母艦の格納庫甲板はメインデッキ、つまり第一甲板である。以下順々に番号がつけられ、最後は二重艦底にいたる。日本の爆弾が格納庫甲板から下にたどった経路は、第二甲板の海兵隊居住区、第三甲板の倉庫、そして第四甲板の飛行機用補用品倉庫だった。第四甲板は分厚い装甲板でできていて、その下部は主機械室である。

 爆弾は飛行甲板、搭乗員待機室(格納庫甲板)、海兵隊居住区、倉庫を貫通し、最後に飛行科倉庫の装甲甲板に突き当たって炸裂した。それは一直線に機関長デラネイ少佐の真上で爆発している。

 爆発は第四甲板の飛行科倉庫の内部をめちゃくちゃにした。幸いにもその時、そこには誰もいなかった。第二甲板では海兵隊居住区のロッカーと小銃が破壊されたが、ここにも誰もいなかった。第三甲板の倉庫はひろい区画で、ほとんど艦の幅いっぱいにまたがっていたが、ここには第五応急班のメンバー五十四人が待機していた。甲板の下で爆発した爆弾は、この区画を引き裂いて、待機していた第五応急班の人員を殺傷した。四十一人が瞬時に戦死した。

(中略)

 ちょっとした損傷が飛行甲板から、はっきり見えた。一発の至近弾が「ヨークタウン」をひどく震動させたので、水面高一〇〇フィートに装備してあるレーダー・アンテナが壊れていた。応急修理が迅速に行われた。下部甲板では衝動によって過熱式ボイラーを納める第七、八、九缶室の排気煙路が損傷を受けた。ボイラーからの煙が煙路を通って煙突に上がらなくなったため、煙が缶室に逆流して、そこの連中は中にいられなくなった。決死隊が煙をおかして奮闘し、煙路を切り開いた。煙路が機能を発揮しなくても「ヨークタウン」は二四ノットの速力を維持していた。

 キーファー副長が発見した最も大きな損傷は、二発の至近弾によって生じたもので、左舷舷側にあった。爆弾が水中で爆発して爆雷と同じように作用し、左舷燃料タンクの溶接部を開き、空母の〝生き血〟が割れ目から噴き出していた。油槽船「ネオショー」が撃沈されているので「ヨークタウン」は、この次いつ燃料補給ができるかわからない。このまま走っていれば、救いがたい浮かべる廃艦になってしまうだろう。』


 これだけの出来事を知れば、相当な被害であったと想像できるが、飛行機の発着は可能となり、上空にあったレキシントンの航空機を含めて収容していった。さらなる日本機の攻撃があれば、ヨークタウンももっと大きな損害もしくは撃沈されたかもしれないが、日本機の攻撃は終了していた。


 ヨークタウンとレキシントンは日本空母攻撃と空母上空での防空戦闘で合計三十三機を喪失していた。

 日本側は翔鶴隊が九七式艦攻五機を喪失、五機が被弾。九九艦爆は指揮官高橋少佐機を含め七機を喪失、三機が被弾。零戦は被弾五機に達した。

 瑞鶴隊は九七式艦攻三機喪失、一機不時着、三機が被弾。九九艦爆は二機を喪失、六機が被弾。零戦は一機不時着、四機が被弾した。帰投した日本機は翔鶴隊は母艦が被弾炎上して着艦不能のために瑞鶴に収容された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る