第八話 K作戦(真珠湾攻撃)発動

 真珠湾攻撃によって米太平洋艦隊に甚大な損害を与えたが、真珠湾の港湾施設は大方健在であることが、潜水艦の偵察などにより推察できた。その復旧作業の妨害と精神的打撃を与えるために、真珠湾を奇襲攻撃すべき手段がないか論議になった。幸い二式飛行艇が昭和十七年二月に正式採用された。その性能はすぐれたものであった。昭和十三年に正式採用された九七式飛行艇があり、こちらも最高速度三四〇キロ、航続距離四千八百キロ以上というものであったが、それをさらに性能を引き上げ最高速度四三〇キロ、航続距離七千キロにも及ぶ世界最高ともいえる飛行艇であった。これに二五〇キロ爆弾八発あるいは八〇〇キロ魚雷二発を搭載可能であった。これを利用すれば、マーシャルから飛び立ち、途中一回の給油をおこなえば、ハワイ攻撃が可能であることが判明したため、その計画は一気に作戦計画立案へとすすむことになった。このK作戦は一般の戦史には欠落している場合が多い。


 連合艦隊司令部は一月十七日に機密八一番電をもって、南洋部隊航空部隊司令部に対し真珠湾夜間空襲に関する予備研究を行うよう命じた。

 南洋部隊第二十四航空戦隊の戦闘詳報には次のように記録されている。


 K作戦計画の経緯

一、一月十七日発令を以て

 イ、GF参謀長より

 「オアフ」島に於ける敵復旧作業阻止の為二月下旬以降「オアフ」の夜間空襲

 (「オアフ」島西方島嶼に於て6F潜水艦より補給)を実施せしめらるる内意

 なるに付予め研究準備し置くべき旨及十三試大艇は二月上旬頃当隊に二機配属

 の予定なる旨通報ありたるを以て直ちに之が研究を開始す

 ロ、右研究の結果当隊に於ては別紙第一「オアフ」島攻撃計画案を樹て飛行機

 潜水艦及訓練に対する各種要求案を提出すると共に精神力効果に加うるに極力

 実効果を期待せんとし若干の時日遷延するも五機乃至六機以上を以て実行する

 を希望せり

 ハ、時は偶々四空新編成の時機に在しを以て全要務を兼ね一月二十五日「トラ

 ック」発、首席参謀を上京せしめ軍令部、連合艦隊参謀と打合せせしむ

打合要旨左の通

⑴ 三月一日より開始し二回実施するを目標として研究す。第二回実施不可能の場

 合は「ジョンストン」攻撃を計画す

 (「ジョンストン」の攻撃は以後詳細研究の結果性能上実施不可能なること判

 明す)

⑵ 兵力(二機を使用す)

  三月下旬となるも一機増すのみにして五機以上を使用せんとする当隊意見に

 依る時は実施時期は七月乃至八月頃となり時機甚だ遷延する以て主として精神

 的効果を期待し速に復旧状況の偵察を実施せんとするを目的とする今次計画は

 三月上旬二機にて実施することに意見一致せり

⑶  潜水艦は三隻(イ15、イ16、イ26)外に一隻「ジョンストン」の北西「フレ

 ンチゲート」より五〇〇浬付近に配備す

⑷ 6F長官は二月十日「クエゼリン」発、横須賀に帰還の予定に付其の以前に

 於て打合を行う

⑸ K作戦関係係員

  横空飛行隊長内田少佐 24sf司令部付(各部との連絡に当る)打合に出席

 の為二月五日付発令

 搭乗員二組の外に操縦員偵察員電信員(若干の予備)配員す整備員所要数

 戦死の場合等の処理を複雑ならしめざる為横浜空に転勤のこととす

⑹ 計画

  本計画は始めての実施なるを以て飛行機の性能潜水艦との協同等に若干の疑

 問の点もあり 最も安全なる方法を選ぶこととし横空第一案(当隊第一案「但

 半攻撃兵装」)即ち「ウオッヂェ」を基点とし半攻撃状態(弾量は研究の上極

 力増大の努む)往航「フレンチフリゲート」に於て補給攻撃の上直航帰投する

 案を採択す

⑺ 攻撃目標及使用爆弾

 復旧工事妨害を目標とし工廠及船渠(艦船に命中せる場合も考慮し二五番通爆

 四とす)

⑻ 訓練

 ① 四号艇を二月十三日以後潜水艦の工事完成前に空輸主として潜水艦乗員に対

  する補給訓練を行う

 三、五号艇を二月二十日頃空輸 潜水艦は二月十八日工事完成出港前参加飛行

  艇と配備潜水艦との間に補給訓練を行う

 ② 横須賀に於て飛行中、空輸時及「マーシャル」方面到着後に亘り潜水艦間

  に通信訓練を行う

⑼ 基地物件及基地員の輸送

 二月十日前横須賀発の輸送船便を設定す

⑽ 其の他

 ① 大型照明弾を使用する偵察訓練を実施し成算を得るに至らば之を使用す

 ② 小型爆弾の艇内増載法を研究す

⑾ 兵要資料を調査せるに中央に於ても特に詳細なるものなし

 「ウエーキ」にて押収せる「Air Pilot」の資料は「フレンチフリゲート」の情況

 を知るに最良のものなりき


 二月八日第六艦隊司令部と第四艦隊司令部との間にて詳細な打合せが行われた。

    

    K作戦に関する打合覚

一、攻撃実施期日

  第一回  P日(三月二日)

  第二回  Q日(三月七日)

二、使用飛行艇及協同潜水艦

 十三試大艇二(三号艇及五号艇)

 イ九、イ一五、イ一九、イ二三、イ二六

三、fdの行動

 P日(Q日)〇一四五PW発 一四〇〇AFH着

 補給潜水艦より各機約一〇噸補給の上一六三〇頃AFH発 

 二〇一五乃至二〇四五AK攻撃P+一日(Q+一日)〇九〇〇

 頃帰着

四、潜水艦の任務及配備

 イ、対fd補給

   第一回 イ一五、イ一九、イ二六(予備)

   第二回 イ二六、イ二三、イ一五(予備)

 ロ、無線誘導  イ九 19−02N,174ー20W(M点)

 ハ、応急艦(不時着飛行艇に対する補給又は人員の収容)

   第一回 イ二三  第二回 イ一九

   ハワイ島   °二〇〇 °一五(N点)

 ニ、第二回攻撃実施に関し25g司令は行動配備に付イ二三を区処す

五、協同要領

   (以下省略)


 二月十七日、南洋部隊指揮官は電令作第九一号にて作戦の実施を命じた。

  南洋部隊電令作第九十一号  二月十七日

一 作戦方針

  第二十四航空戦隊司令官は飛行艇隊を以て先遣部隊第一潜水部隊(一部欠)

 と協同「オアフ」島の空襲を決行 敵の復旧作業を阻止すべし

二 作戦要領

 ⑴ 第一次攻撃期日(P日)を三月二日とす 第二次攻撃期日(Q日)を特令な

  ければ三月七日と予定す

 ⑵ 使用艇 二式大艇 二

 ⑶ 攻撃目標 真珠湾海軍工廠

 ⑷ 基地 「マーシャル」方面第二十四航空戦隊司令官所定

 ⑸ 行動概要及作戦并に協同要領

   第四艦隊、第六艦隊間「K作戦に関する打合覚」

 ⑹ 「マーシャル」所在部隊は本作戦に関し第二十四航空戦隊司令官に協力す

  べし

三 第二十四航空戦隊司令官及第六根拠地隊司令官は本作戦中所要の警戒艦并に

 飛行機を派出すべし

四 先遣部隊は「K作戦に関する打合覚」に依り本作戦に協力す

五 第二十四航空戦隊司令官は敵情并に気象状況に依り攻撃期日を変更すること

 を得 之場合所要の向に報告すべし

六 「ウオッゼ」より概ね六〇〇浬圏内に在る場合

 警戒のため飛行艇は(タヒ八八六)にて「ウオッチェ」と通信することを得


 作戦に協力する潜水艦部隊は、ラバウル東方海面に米機動部隊が出現したことをうけて、イ一五、イ一九、イ二六の三隻はクエゼリンを出撃して、米機動部隊の行方を捜索した。しかし、敵情はなく反転したものと判断して、出撃した三潜水艦をハワイ諸島方面に進出するよう考えたが、先遣部隊司令官はマーシャル諸島への攻撃を考え、ヤルート方面からマーシャ諸島海面を捜索するよう命じた。だが、米機動部隊は二月二十四日にウエーク島を攻撃したことをうけ、敵部隊はミッドウエー島方面を経由して真珠湾に帰投すると判断して、三潜水艦にたいし、フレンチゲート南西方に配備する命令を下した。このために、K作戦の実施の延期が必要となり、南洋部隊は指揮官はP日を三月四日に変更した。


 元々三潜水艦は二月に二式大艇との補給に対して飛行機格納筒と後部上甲板、上構内の航空燃料補給工事と補給パイプ取り付けなどが行われ、二式大艇に必要な一万五千リットルを積載できるように改造工事をおこない、燃料補給訓練も順調に完了していた。

 二式大艇については、その航続距離から航法訓練が必要であり、ましては夜間の行動となるため、航法誤差を生じないことであった。訓練では当初航法誤差を生じていたが、羅針盤の磁差の大きさと方位測定装置の読み取りに錯誤があったことが判明し、航法への自信をもったのである。

 大艇隊は二月二十六日までに訓練を完了し、整備を行った上で、三月二日ウオッゼで待機のため移動を完了した。


 三月一日、二四航空戦隊司令官は横浜空宛に次の訓示電を送った。


『  K作戦決行に当り訓示

K作戦は決死の壮行なり其の敵に与うる有形無形の影響は極めて大にして之に参加する各員の名誉之に過ぐるものなし

今や周到の準備成り将に其の壮途に上らんとす 各員は協心戮力細心大胆事に当り其の威力を十全に発揮し此壮挙を完遂せんことを期すべし 終りに各員の栄誉ある成功と武運とを祈る』


 三日伊九潜より報告が入電した。


「伊九潜機密第一六二番電

M点(北緯十九度西経一七四度二〇分)付近天候晴、雲量二、雲高一五〇〇、風向八〇度、風速十二米、視界四十粁、海上模様波浪四、気圧七六五粍 一二〇〇」


 真珠湾、ジョンストン、ミッドウェー各方面の敵側放送から解析しても天候は良好であろうと判断できた。


 三日二三〇〇 搭乗員整列し、第四艦隊司令長官の訓示の伝達、航空部隊司令の訓示を行い、搭乗員は乗艇準備に入り、四日〇〇二五、一番機橋爪寿雄大尉機が離水、つづいて二番機笹生庄助特務少尉機も無事に離水に成功し、北東へと飛びたっていった。

 二式飛行艇は順調に飛行を続け四日の〇八三五ころからM点にある伊九潜の輻射する長波の方位を測定しながら、〇九一〇に同潜水艦を認め、フレンチフリゲートに向首し、一三〇〇頃同地上空に達した。しかし、補給の潜水艦は地点への途中であったために上空で旋回待機し、約一時間後潜水艦からの吹き流しを認めた為、一三五〇に着水して潜水艦からの補給を開始したが、風速十四米、波高二米というギリギリの所での着水であった。一時間ほどで約一万二千リットルの補給を無事済ませ、再び無事に離水に成功し、真珠湾へと向かった。


 一六〇〇離水した飛行艇は一六五七ネッカー島、一八二五にニホア島を、一九三五カウアイ島を通過し、二一一〇オアフ島上空に到着した。カエナ岬の灯火を認め、上空は晴れつつありと判断して北方から真珠湾に突入したが、上空は雲に覆われ地上の視認は困難であったが、どうにかヒッカム飛行場、フォード島を確認できて爆撃コースに入った。二一二〇に一番機は爆弾を投下したが、二番機は投下できないまま真珠湾南方へと退避した。一番機は二番機が爆弾を投下していないことを確認して二番機は分離して単機再び真珠湾上空へと向かった。だが、湾内はさらに雲に覆われて地上確認ができないまま、推測爆撃にて爆弾を投下して帰路についた。


 一番機は帰路、搭乗員がタンク内を検査したところ、艇底に幅一〇センチ、長さ四〇センチの破孔があるのを発見したため、帰投先をウオッゼからイミエジに変更して、〇九二〇到着。二番機はウオッゼに〇九一〇到着した。

 奇襲爆撃には成功したものの、その成果については判然としなかった。ただ、外電より推測するしかなかった。

 

 リスボン三月四日同盟発

ホノルル電によれば、ハワイ防衛軍司令部は四日夜ホノルル地区に対し爆撃が行われた旨、左のごとく公表した。

「四日午前二時頃、ホノルル地区を震動せしめた爆発は、ホノルル市郊外に飛行機が投下した中型爆弾の炸裂によるものである。損害並びに死傷者はなかったが、これは十二月七日の真珠湾空襲以来初めてのホノルル空襲である。敵機は一機でオアフ島の上空を飛翔し、午前二時十五分中型爆弾三箇を投下した。右飛行機がどこから飛来したか判明しない。なお、官辺筋は同機は日本巡洋艦の艦載機であろう」


 米軍は侵入した日本軍機がどういうものであったか、皆目わからず巡洋艦はら発進した艦載機であろうと推測した。まさか巨大な新式の水上偵察機で、ウオッゼから飛来したものだとは想像してもなかった。

 横浜空司令は戦闘内容から判断して今後の米軍の警戒、給油地点の海上模様などから第二回目の実施は困難であると判断し、上層部にその旨を上申して、結局連合艦隊司令長官は第二回の攻撃を中止した。

 しかし、ミッドウェー攻略作戦の実施状況から、ミッドウエー、ジョンストンの偵察を行うよう命じた。

 横浜空はすぐさま計画を立案し、三月十日一番機「ミッドウェー」、二番機「ジョンストン」偵察を計画した。

 一〇日二一五〇一番機橋爪機が離水、つづいて二番機笹生機が離水し、それぞれの目標に向かったが、十一日〇七四〇笹生機は偵察が終わり帰途に就いたが、橋爪機は〇八三五同機からの電波輻射を基地にて聴取したが、其の後消息不明となり、未帰還となった。笹生機は一四四〇無事基地に帰還した。

 三月十五日、横浜空は今回の隠密偵察についての所見を提出している。

 その中で

「二式飛行艇を以てするも此の種遠距離偵察は極めて困難なる作業なるを以て事前研究調査計画の為充分の時日を与え且成し得れば事前潜水艦等を以て一応隠密に洋上より敵の哨戒情況のみにても偵察する等の考慮を緊要と認む。」

 とし、飛行艇をもってする隠密偵察に関して

「望遠写真又は赤外線写真を以て昼間写真偵察を実施するか然らざれば夜間撮影可能なる写真器の実現を俟って夜間偵察を実施するに非らざれば本艇を以てしては眼鏡を以て見取図を作製する程度の偵察にて満足せざる限り一般的には所謂隠密偵察は先づ不可能」

 との見解を出している。夜間では撮影器具では映らず、肉眼でもって確認したことを手書することの不合理なことを指摘している。

 これをもってK作戦に関する一連の任務は完了した。其の後第二次K作戦が立案されるが、燃料給油地であるフレンチフリゲートにての使用が困難となり、計画は中止となっている。

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