第七話 米空母 ウエーク島と南鳥島の攻撃

 日本海軍はクェゼリンにあった第一潜水戦隊の伊号潜水艦七隻に対して、出撃して米機動部隊を追撃するよう命じたが、敵部隊までは約一〇〇浬の距離があり、捕捉できる確率は皆無であった。むしろ、ハワイ方面で作戦行動中の第二十潜水隊の伊号七十一潜と伊七十二潜に監視させた方が会敵する公算が大きかったが、でも全く敵の情報を得ることはできなかった。

 連合艦隊司令部は、マーシャル方面の航空部隊の増強のために、急遽高雄航空隊から陸攻二十一機を南洋部隊への編入を決めた。マレー、フィリピン方面の戦況が順調だったから、一部を移動させても問題ないとの判断からだった。


 大本営は米海軍部隊の傍受した情報から判断して、ニュージーランド方面へ米機動部隊は移動していると判断した。が、またその後、敵機動部隊が真珠湾を出撃したとの情報を得たために、ウエーク、内南洋方面に出現する可能性があると

みて、各部隊に警戒するよう通知した。

 二月二十日日本海軍南洋部隊指揮官は、次期作戦へ備えての兵力配備を行った。ラエ・サラモア方面作戦、通称SR作戦への配備であった。


 米海軍はというと、一月末真珠湾にあった空母「レキシントン」を基幹とする第十一任務部隊(指揮官ウイルソン・ブラウン中将)は、ニミッツ司令長官から八隻の輸送を依頼されていた。二隻はクリスマス島へ、二隻はカントン島へ、四隻はニューカレドニア島のヌーメアへである。そのために、一月三十一日真珠湾を出港した。

 一方、マーシャル諸島方面空襲から真珠湾に帰港した第八任務部隊の空母「エンタープライズ」は整備休養後、第一六任務部隊とされ、二月十四日再び真珠湾を出港した。


 第一六任務部隊

    指揮官 ハルゼー中将

     空母 エンタープライズ

     駆逐艦 ブルー、ダンラップ、クラベン、

         ラルフ・タルボット

   支援隊 

    指揮官 スプルーアンス中将

     重巡 ソルトレーク・シティ、ナザンプトン

     駆逐艦 バルク、マウリー

    油槽船  一


 ウエーク島が空襲をうける二月二十四日、島には横浜航空隊の飛行艇四機、第一七航空隊の水上偵察機三機があり、海軍陸戦隊の第六十五警備隊が守備していた。海上東方五〇浬付近に監視艇三隻と第二十六潜水隊の呂六十一潜、呂六十二潜が監視哨戒任務についていた。

 敵発見の第一報は水偵からのもので、

「〇四二〇 ウエーク島に敵上陸部隊の敵襲あり交戦中」

 というもので、つづいて〇四三〇に

「敵巡洋艦四隻見ゆ」

 と警備隊より報告がはいった。さらに偵察機は

「〇四四五 敵空母一隻見ゆ 地点A 針路西方速力十節」

 横浜航空隊は敵機編隊を発見したので、飛行艇三機は離水した。二番機はその後「機動部隊らしき敵襲あり 交戦中〇四五〇」の無電を発したのちに連絡を絶った。他の二機は索敵に務め、一番機がウエーク島の六〇度三〇浬に重巡二、駆逐艦二からなる敵艦隊を発見し、接触を続けた。


 タロア基地の千歳空の陸攻隊は哨戒任務についていたが、敵艦艇発見には至っていなかったが、横浜空飛行艇からの敵機動部隊来襲の電報をうけ、ルオットに着陸して爆撃の準備をすすめ、九六式陸攻隊九機は〇九二〇発進、一式陸攻二機は〇九四〇発進して、敵艦隊めざした。

 九六式陸攻隊は敵影を見ずむなしく帰投したが、一式陸攻隊の二機は一四五五に敵巡洋艦四隻からなる艦隊を発見し、高度四千メートルから爆撃し、一弾命中を得て帰投した。

 米艦船の損傷記録には損害は記録されていない。

 一方、トラックからルオットへ移動中の千歳空の一六機と、第一航空隊の陸攻一〇機は午後三時過ぎにルオットに到着したが、攻撃には間に合わなかった。


 警戒警報が出る中、ウエーク島の海岸砲台は、米軍巡洋艦および駆逐艦からの艦砲射撃をうけた。ウイルクスの砲台はまもなく破壊され、ピール島砲台とピール岬砲台が砲撃を浴びた。ただ、着弾の散布界がひろく正確とはいえなかったし、のちに判明したことだが、半数が不発弾と思われ、逆にその処理に日時を要した。

 その後、エンタープライズを発進したドーントレス三七機、デバステーター九機、ワイルドキャット七機からなる攻撃隊がウエーキ島を爆撃した。米軍側はドーントレス一機を失ったが、その搭乗員は不時着後日本軍の捕虜となった。

 空母機は、監視艇二隻を撃沈、飛行艇三機破壊、燃料タンク七基、弾薬庫、格納庫、飛行場その他施設を破壊したと報告した。


 ハルゼー中将は獲物も少なくこれ以上の攻撃は必要ないと考えて退避行動に移ったが、二十五日、新たに追加で南鳥島(マーカス島)攻撃の命令を受けた。

 南鳥島は北緯二四度三四分、東経一五四度にある孤島で、明治二九年(一八九六)水谷新六により発見され、一八九八年七月二十四日正式に日本領土となった。面積は三平方キロという小さな島である。

 ウエーク島から八〇〇浬、トラックから一〇二〇浬、サイパンから七二〇浬、硫黄島から八〇〇浬の距離にある。

 

 三月四日ドーントレス三一機、F4F六機からなる攻撃隊を発進した。攻撃目標となるものはほとんどなく、地上施設数カ所と燃料タンクだけであり、爆撃を終えると帰還していったが、対空砲火によりドーントレス一機を失った。


 連合艦隊参謀長宇垣纏中将の日記「戦藻録」には、マーシャル諸島への攻撃とウエーキ島への来襲について次のように記している。


『二月一日 日曜日 雨後曇

七時前マーシャル群島空襲されましたと報告し来る。来たか矢張り彼も相当なものなり。〇四〇〇頃より敵空母一隻巡洋艦三隻駆逐艦若干よりなる機動部隊はウオッジェ、エニウエタツク、クエゼリン、ヤルート等を空襲し、尚之を砲撃せり。最初戦艦二隻とも報告し、敵兵力に就て判然せず、第四艦隊は更に他の空母ある様にも云う。敵位置に就ても亦正確ならず、暗号電文は作れども作製の誤あり。攻撃を受くる身にならば布哇奇襲時の敵の狼狽決して笑えるものにあらず、ラボール方面作戦の為、トラックに在りし中攻及飛行艇等を急遽東進せしめ、第六戦隊にも東航を命じ、第六艦隊の潜水艦数隻は急速出港配備に就けり。機動部隊は恰もトラックに在りて待機中なりしが、十一時出撃、東方に向えり。之等は全て当面の長官に於て指令せり。

南方を打つ時北方即本州東岸に対し警戒の要あり。第五艦隊に警戒を令し、正午過対米国艦隊第三配備軍隊区分現在の通を下令す。作戦の重点が南西方面に集中せられ「マーシャル」亦手薄なりしに乗じ、敵の此挙は時機を得たるもの、効果相当大なる上我兵力の牽制目的を達したり。空母も至近なれば大巡の砲撃も思切ったる大胆不敵の行動と云わざるべからず。少し馬鹿にされた観あり。之に酬ゆるに僅に大巡一隻に爆弾若干中部炎上し一時速力を減じたるに過ぎず。トラックよりの飛行機の果して速なりしならば、今夜の満月を利用し相当攻撃を加え得んも残念なる事なり。明朝再来の公算寡く折角の獲物を逸す。彼之を以て奏功を大々的に吹聴すると共に、更に此種の奇襲を反覆すべし。布哇海戦は全くの奇襲なり。開戦後の此被襲撃は寝首をかかえたりと云うを得ず、之程近く接近せらるる迄何事も知らざりし迂闊さは残念なり。尤も第六通信隊は昨日正午頃、敵は何事か積極的行動を企図しありと警告したるも本朝受信せる次第にて後の祭たり。作戦の順調とレキシントン撃沈の結果に酔うて敵の空襲を全くやり得ざるものとしたる人々に対し尤も適切なる教訓を与えたるものと云うべし。如何にも先般来米首脳部の議会に於ける言、諜者報に依る作戦部情報等により或は「マーシャル」方面敵潜水艦の集中等より敵は何か企図し居る様な感胸中にひらめきつつありしが正に実現せり。大に考えざるべからず。』


 と敵の行動を誉めるとともに、我が軍の油断があったことに反省している。

 さらに二十四日のウエーキ島来襲に関しては、


『二月廿四日 火曜日 雨後曇

本朝五時過ウエーキ島哨戒機は其至近十浬に大巡二、軽巡二、空母一隻及駆逐艦四を発見せり。例に依りて艦と云い空母と云い或は又駆逐艦と云い正体を捕捉するに容易ならず。敵は艦戦七機艦爆五十機を以て空襲して且巡洋艦を以て砲撃せり。我は陸上砲台を以て敵機二撃墜、敵巡洋艦に火災を生ぜしめたるが敵は四十度乃至六十度方向に高速にて避退せり。』


とあり、三月四日の項には


『本朝、南鳥島敵空母を伴う機動部隊の空襲を受け、電信所破壊、ガソリン缶燃焼、死傷若干生じたるの電、遅れ馳せに入手、一時此話にて持つ。東京湾には此足ではよもや来ますまいが。』

 と東京空襲の怖れも感じざるをえなかったようだ。


 南洋部隊は敵襲来に備えて三月五日次のように命令を下した。

 機密南洋部隊基地航空部隊命令作第七号

一 作戦方針

 ⑴ 「ウエーク」「マーシャル」「ギルバート」「ソロモン」「ニューギニヤ」

  及「トラック」に対する敵の機動に備う

 ⑵ 「ニューギニヤ」方面、次いで「ケープヨークペニンシュラ」方面の敵航空

  兵力を撃滅す

 ⑶ 適宜「ハウランド」方面を偵察し所要に応じ攻撃す

 ⑷ 一部兵力を以てK作戦を実施す

 ⑸ 敵の進攻艦隊に対しては独力又は連合艦隊配備に依り之を撃滅す

 ⑹ 陸上基地を「ラエ」、次で「ポートモレスビー」に転進し飛行艇基地を「ツ

  ラギ」方面に転進す

二 軍隊区分

 第四軍隊区分を左の通り定む

西方空襲部隊

 第二空襲部隊  四空    ブナカナウ、ラバウル

 第五空襲部隊  一空の半数 ブナカナウ

 第四空襲部隊  横浜空の半数  ラバウル

東方空襲部隊

 第三空襲部隊  横浜空の半数  イミエジ、マキン

 第一空襲部隊  千歳空   ルオット、ウエーク、

               ウオッゼ、タロア

         一空の半数 タロア

特務隊  神威、五州丸、最上川丸、朧

 (神威は飛行艇母艦、五州丸、最上川丸は航空機運搬船、朧は吹雪型駆逐艦)

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