第五話 米空母マーシャル諸島への反撃

 一月七日、エンタープライズをもつ第八任務部隊が補給のために真珠湾に入港した。指揮官のハルゼー中将は、八日午前八時、ニミッツ長官の定例会議に出席きた。同席していたのは、レイモンド・スプルーアンス少将である。


 その会議の席上で提案されたのは、空母部隊によるマーシャル諸島にたいする奇襲攻撃だった。ハルゼーは大賛成の言葉を述べた。

「私が自らエンタープライズを率いて基地を叩いてやる」

と宣言し、

「危険はあるであろう。だが敵を攻撃することが重要なのだ。戦いに危険はつきものではないか。」

 とテーブルを叩いて周りを鼓舞したのである。消極であった司令部の連中を叱咤したのである。


 潜水艦部隊からの情報と、日本海軍機動部隊のラバウル方面への動勢を考えると、マーシャル諸島の防備は手薄と考え、日本軍に一泡吹かせる絶好の好機と捉え、ニミッツ長官は作戦計画を下令した。


一、作戦方針

 サモア島が適当の増援されたのちに、ウエーキ島ならびにマーシャル諸島に対する航空母艦による空襲を敢行し、南太平洋方面に対する進攻作戦を阻止する。

二、部隊区分

 a、第八任務部隊

   指揮官  ハルゼー中将

     空母 エンタープライズ

     駆逐艦 三

   巡洋艦部隊 

     指揮官 レイモンド・A・スプルーアンス少将

     重巡洋艦 ノーザンプトン、ソートレークシティ

     駆逐艦  二

   巡洋艦部隊

     指揮官 トーマス・M・ショック大佐

       重巡洋艦 チェスター

       駆逐艦  二

   タンカー 一

 b、第一七任務部隊

   指揮官  フレッチャー少将

     空母 ヨークタウン

     重巡洋艦 ルイスビル、セントルイス

     駆逐艦  四

     タンカー 一

 c、第一一任務部隊

   指揮官  ブラウン中将

     空母 レキシントン

     タンカー  一

三、作戦要領

 a、第一一任務部隊は一月二十三日真珠湾を出撃、ウエーク島爆撃をもってこ

  の作戦を開始する。

 b、第八、第一七各任務部隊はサモア諸島増援後、第八任務部隊はウオッゼ環

  礁とマロエラップ環礁に対して母艦機による攻撃および砲撃を支援する。

   第一七任務部隊は、マキン、ミレ、ヤルートを攻撃する。

 c、二月一日、各任務部隊は次の位置から一斉に攻撃を開始する。

   第八任務部隊   北緯一〇度、東経一七〇度

   第一七任務部隊  北緯五度、東経一七一度五〇分


 しかし作戦計画は当初断念せざるを得なくなった。

 一月六日、サモア島への海兵隊増援部隊の輸送船四隻と貨物船一隻は、給兵艦一隻と油槽船一隻とともに、サンディエゴ港を出港し、その護衛にはエンタープライズの機動部隊と大西洋から回航されたヨークタウンの機動部隊によって守られ、二十三日サモア島に上陸した。


 サモアに対する増援成功により、キング大将が望んでいたウエーク島攻撃に対することが実現できることとなった。しかし、新たなる問題が起きた。ウイルソン・ブラウン中将が指揮する空母レキシントンの機動部隊に随伴する油槽船「ニーチス」が一月二十三日日本潜水艦イ七二潜(艦長戸上一郎少佐)の雷撃により撃沈(北緯一二度〇〇、東経一〇九度〇〇)されてしまったのである。油槽船を喪失しては機動部隊にウエーキ島攻撃は不可能となった。レキシントンや巡洋艦は往復できても、駆逐艦が随伴できなかったからだ。さらにこの機動部隊に随伴できる油槽船の手持ちはゼロになってしまったことだった。これは致命的であった。

 十一日、空母「サラトガ」が雷撃されて戦列を離れたも悲報であったが、機動部隊に随伴する油槽船が一時皆無になったことも大きな悲報で、最初の作戦を断念せざるを得なくなった。

 

 それでも米側は作戦計画を続行した。

 先々には不安も一杯であった。エンタープライズの艦上機のパイロットの練度は平均的に高いとは言えなかった。日本の空母機に比べれば劣ることは明白であった。パールハーバーでSBD五機、F4F四機を失ったことも大きく響いていた。新米のパイロットが多くいたことも、作戦遂行に疑問を持たざるを得なかった。


 第六偵察隊のSBDの一機はニュージーランド空軍の四発飛行艇を間違えて撃墜するところであったし、一月十三日には、無線封止を破る禁を犯したために、首脳部は行動がばれやしないか怖れもした。十六日には着艦しようとしたドーントレスが着艦拘束ワイヤーを引きちぎり飛行甲板を飛び出し、キャットウオークに突っ込み水兵一人が重傷を負うとともに、パイロットも死亡した。同じ日、雷撃隊のデバステーター一機が行方不明となり、同機は海上に不時着して、ハロルド・ディクソン、トニー・パスチュラ、ジーン・アルドリッチの三名は救命ボートで三十四日漂流したあげく、七五〇マイルはなれたプカプカ島に漂着した。


 ハルゼー中将は一月二十五日、「エンタープライズ」機動部隊を率いてサモアを出港しマーシャル諸島のウオッゼ環礁とマロエラップ環礁に対して航空攻撃ならびに砲撃を加えるべしとの命令を受け取った。

 ハルゼー中将は、潜水艦「ドルフィン」による偵察報告、つまりはマーシャル諸島の防備が手薄であること、日本軍の飛行機および艦船の多くはクエゼリン環礁にあることをうけ、こちらも攻撃目標に加えることを決め、第八任務部隊の攻撃目標を三部隊にそれぞれ分けた。


 一、「エンタープライズ」は駆逐艦三隻を伴い、ウオッゼ、マロエロップ、ク

  エゼリン環礁の航空攻撃を行う

 二、スプルーアンス少将は、旗艦重巡「ノーザンプトン」で、重巡「ソルトレ

  イクシティ」、駆逐艦一を率いて、ウオッゼ環礁を砲撃する

 三、ショック海軍大佐は重巡「チェスター」、駆逐艦二隻を率いてマロエラッ

  プ環礁を砲撃する


 これに対してマーシャル方面の防備は二月一日次のような状況であった。日本海軍は十二月から一月にかけて、潜水艦の出没状況と米空母の動きから、マーシャル方面への攻撃を注視していたが、その後潜水艦の出没が減少したため、警戒体制を緩めていた。

  

 クエゼリン海面防備部隊

  第一九戦隊(常盤)、八海山丸、

  第一六掃海隊(第三玉丸、第五玉丸、第七昭和丸、第八昭和丸)、

  第六三駆潜隊(第三寿丸、第三昭南丸、第三文丸)

 クエゼリン陸上防備隊

  第六防備隊(本隊、ルオット分遣隊)、第四砲台、

  特設駆潜隊(一号、三号、十三号)

  徴傭舟艇(第五日出丸、第二清寿丸、第二不動丸)

 ヤルート海面防備部隊

  第八砲艦隊(生田丸、大同丸)

  第六五駆潜隊(宇治丸、第六京丸、第七京丸)

 ヤルート陸上防備部隊

  第五一警備隊特設見張所(エボン)、

  特設監視艇(五号、六号、十四号)

  補助監視艇(第三大洋丸、第一和崎丸、第三和崎丸)

  徴傭舟艇(第一事民丸)

 タロア海面防備部隊

  光島丸、

  第六二駆潜隊(口桂丸、第六拓南丸、第七拓南丸)

 タロア陸上防備部隊

  第五二警備隊

  第六防備隊(第二砲台)

  特設監視艇(八号、九号、一五号)

  徴傭舟艇(第五千代丸)

 ウオッゼ海上防備部隊

  豊津丸

  第六四駆潜隊(鹿島丸、第十昭南丸、第十一昭南丸)

 ウオッゼ陸上防備部隊

  第五三警備隊

  第六防備隊(第三砲台)

  特設監視艇(十号、十一号、十二号)

  補助監視艇(静海丸、第五光洋丸、瑞那丸)

 ウエーク部隊

  第六五警備隊

  第四根拠地隊

  第十七航空隊の一部

  第三二号、第三三号哨戒艇

  特設監視艇(三号、四号、十六号、十七号)

 航空部隊 

  第十九航空隊

 潜水部隊

   第二十六潜水隊(呂六一、呂六二)

  通信部隊

   第六通信隊、特設見張所(ビキニ、エボン、メジテ)

   望楼(ロンゴラップ、エニワトック、クサイ、ミエ、

      ウトロック)

   エニブージ分遣隊、エニボル分遣隊

  補給部隊

   大宝丸、第一あまかす丸、第九東洋丸、相洋丸、かろりん丸

 南洋部隊航空部隊

  タロア  千歳航空隊派遣隊

  ルオット 千歳航空隊本隊

  イミエジ 浜空派遣隊

  マキン  浜空派遣隊

(常盤は明治三十二年竣工の装甲巡洋艦で、日本海海戦にも参加した歴戦艦で、機雷敷設艦として活躍。日本軍の艦船はほとんど徴傭船であり。陸上部隊も海軍の警備隊で、防衛体制は貧弱である。航空部隊も陸攻隊は九六式陸攻、戦闘機は九六式であり、零戦は配備されていない。)


 一月二十八日の夜間、エンタープライズは五時間以上の時間を費やして、給油を完了した。司令部はこの間何事もないことを祈るしかなかった。

 二十九日、第八任務部隊と第一七任務部隊は分離し、翌朝日付変更線を越えて三十一日となった。


 作戦開始まで二十四時間を切っていた。ワイルドキャットでは座席の後ろに自家製の装甲板を取り付ける作業を行なっていた。航海長は、古びた地図に目をとおして、岩礁がないか気を配っていた。十八時三十分、第八任務部隊は発進地点に急ぐべく速度を三〇ノットにあげて向かっていた。

 米空母の反撃の一戦が始まろうとしていた。

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