第四話 マキン・タラワの占領

 マキン島

 マキン島はリトル・マキン島、メアング島、ビット島とも呼ばれ、中部太平洋、北緯三度一〇分、東経一七二度五八分に位置し、ギルバート諸島に属する環礁である。長径四・五粁、短径〇・八粁で、中央に小舟の入れる程度の浅い珊瑚礁を抱き、面積七・三平方粁、人口一、八〇〇(一九四七)。行政上は英国のギルバート・エリス直轄植民地に属し、主にコプラを産する。わが南洋興発貿易会社のギルバート支店が、このマキン島にあった。


 タラワ島

 タラワ島は、ノックス島、クック島とも呼ばれ、太平洋中部の北緯一度三〇分、東経一七三度にあり、ギルバート諸島中の主島、島を北を頂点とする三角形の環礁であるが、西側の一辺は暗礁となっており、南、東の二辺が顕礁で、後者の延長は三六粁ある。この上に七個の集落があり、人口約三、五〇〇(一九四七)英国のギルバート・エリス直轄植民地の中心として、政治、軍事、教育、厚生などの諸施設がある。珊瑚礁にかこまれた礁湖は良港となっている。


 タラワ島占領に関する命令は以下の通りである。

 機密「タラワ」島占領部隊命令作第一号

   昭和十六年十二月四日「ヤルート」夕凪

      「タラワ」島占領部隊指揮官  山下正男

  「タラワ」島占領部隊命令

一、「タラワ」島内は状況左の如し

 ㋑ 武器としては小銃約二十挺の外機銃あるものの如し

 ㋺ 電信所は政府桟橋付近の郵便局に在り

   「マキン」「ノヌチ」各無線電信所と連絡するの外大洋島と無線連絡す

 ㋩ 島民人口約三千名欧人員数不明

二、2D|29dgはX+二日天明前「タラワ」島に陸戦隊を揚陸し速かに同島を

 占領し主として同島の通信及交通機関を破壊したる後速かに「マキン」付近

 に於て19S(津軽、常盤欠)に合同せんとす

三〜五 (省略)

六、「タラワ」島占領要領

 ㋑ 陸戦隊は上陸後速に無線電信所を占領破壊し外部との連絡を杜絶せしむ

 ㋺ 陸戦隊は島内を偵察捜索し之を確保す

 ㋩ 同島にある欧人はこれを一ヶ所に監禁せし後之が家宅役所会社倉庫等の

  捜索を行い凶器竝に公共資材は没収す

 ㋥ 同島にある船舶は「カヌー」を除き総て之を没収し「マキン」に回航す 

  回航不能のものは破壊沈没せしむ

 ㋭ 島民にたいしては尓後の作戦を有利ならしむる如く無用の毀害を加えず別

  紙宣伝文を各所に貼付し極力恐怖心除去に努む

七 (以降省略)


 八日一一三〇、二番隊の「夕凪」「朝凪」がヤルートの南東水道から出撃して対潜哨戒配備につき、一三三〇、一番隊の「沖島」、天洋丸、長田丸が同水道から出撃した。一番隊はマキン島へ、二番隊はタラワに向かった。


 一番隊は九日二三四〇、六〇度方向約一〇浬にマキン島を確認し、十日〇〇四五漂泊、〇一三〇陸戦隊を発進させた。陸戦隊は一七八名からなる第一部隊で、十日〇二〇〇上陸を完了して進撃を開始し、〇四一五電信所を占領、〇五一五全島を占領した。第一中隊は帰艦準備にかかり、第二中隊(第五十一警備隊)は駐留準備にかかり、〇八三〇には基地設営準備の段取りを完了。一一五〇第一中隊は全員帰艦した。同島のウイリアム行政長官は捕虜として連行していた。

 この間に第十九戦隊は、マキン島環礁内に入り、一三〇〇までには飛行艇係留の浮標の設置をして、水上機基地としての設営を完了した。


 翌十一日、「沖島」は、二十四名の陸戦隊を編成して、「ビカチ」島に上陸させ、無線電信所にいた白人三名を捕虜として午後「沖島」に帰感した。

 別の二十四名からなる陸戦隊は「小マキン」島にむかい、同島の村長と電信書員三名を投降させて二一三〇帰艦した。


 

 タラワの模様を十九戦隊の「戦闘詳報」の報告からみてみよう。


〇〇〇〇甲案上陸点より揚陸開始短艇到達点は岩石多き「リーフ」にて浅深甚だしきも風波殆どなき為比較的容易に上陸し得たり

上陸後は概ね計画通の各隊区処に依り無線電信所、島の中枢機関及白人宅を隠密に包囲し〇一三〇無線電信所の破壊と同時に役所、BP商会、各倉庫を占領し白人を逮捕せり

〇四三〇陸戦隊は無線電信所に集合し人員を調査せし後島内の掃蕩を開始残部の白人を逮捕島内の武器軍用資財を没収せり

島民を一所に集め(約五〇〇名)白人及島民に同島の占領を宣し日本帝国に対し忠節を誓わしむ

白人男十八名、女十名を逮捕、小銃六十二、機銃二、拳銃三外を没収し〇六〇〇島内掃蕩を終了せり

〇七〇〇島内の船舶の没収破壊を開始BP商会所有の八〇トンの機関付帆船一没収、「リーフ」に坐礁しありし政府用優秀船一五〇トンを爆破其の他小船舶二六隻を破壊使用不能に陥らしめたり


 捕虜として七名の名前が記載されており、植民地行政事務見習官のヘンリ・チャールズ・ウイリアム他、兵卒四名、無線電信官二名が掲げられている。(ニュージーランド兵)


 さて、米国は真珠湾攻撃による惨劇のあと、統帥部の刷新が行われた。ハズバンド・キンメル大将が解任され、後任として海軍少将であったチェスター・ウイリアム・ニミッツが飛び級して大将となり第二代太平洋艦隊司令長官に任命された。さらに合衆国艦隊司令長官には、キンメルからアーネスト・ジョゼフ・キング大将が任命された。

 キング大将はクリスマスの前夜に次の声明を発表した。


 勝利への道は遠く

 その行程は多難であろう。

 我々は我々の現在有するものを以て、我々の為し得る最善を尽くすであろう。

 我々は即時ーより多数の飛行機と軍艦を持たねばならぬ。

 しからば我々の攻撃すべき順番となるであろう。

 我々は時機を失せずー勝ち抜くであろう。


 キング大将はニミッツ大将に対して、ミッドウェー島からサモア島、フィジー島、オーストラリア東岸のブリスベンに至る一線を絶対に確保すべきと命じたとされる。

 ニミッツ大将もまた、ハワイ諸島、ミッドウエー島、ジョンストン島の三角形地域と、ハワイ諸島からサモア島、フィジー島に至る航路を確保維持する重要性を認識していた。

 日本海軍がマーシャル諸島からギルバート諸島への進出を果たし、航空基地を建設したことは、この方面への脅威を感じないわけにはいかなかった。


 米太平洋艦隊の戦艦群は、真珠湾で大打撃を受けたが、幸いにも二隻の空母、「エンタープライズ」と「レキシントン」は無傷であり、空母と随伴できる多くの巡洋艦があったことは、今後の作戦に大きな希望と計画をもたせるものであった。


 昭和十七年初頭、キング大将はニミッツに対し、米空母群の動向に不満を感じていることを述べ、米空母群に対し、ギルバート諸島とマーシャル諸島の日本軍航空基地を叩いて潰すよう命じた。

 ニミッツ大将はこの件について幕僚たちと検討した。当然反対意見も出た。今虎の子の空母を喪失すれことがあれば、ハワイ防衛の壁が崩れる恐れがあると畏怖したからだ。それというのも、日本海軍が保有する百機の双発爆撃機が、米空母が日本軍基地の攻撃圏内に入るまえに撃破される可能性があるからだった。双発爆撃機による雷爆でイギリスの不沈戦艦二隻が海底に葬られたからだった。このような飛行機による攻撃で戦艦が沈められたのは初めてだったから。真珠湾では米戦艦は係留されていたし、相手は空母機だったからこそ、まるで情況が違ったものだったのも、米空母の積極的使用を控えていた。


 しかし、キング大将は、日本機動部隊の太平洋東西南北の躍動とその破壊力に、新たなる空母による艦隊使用法を見出そうとしていた。そしてその可能性をニミッツに託した。

 実際米空母をギルバート、マーシャル攻撃に使用したとして、どれだけの戦果を挙げ得るのだろうか疑問であったし、米海軍としてもこれらの地域は謎だらけの島々であったともいえた。日本海軍もギルバート諸島を得るために、多くの情報と飛行機による偵察を繰り返して得たものだ。米海軍はその事前の情報は全くない。まさに手探りの本番スタートであった。

 陸上基地は爆弾で穴を開けられても補修がきく。しばらく使用不能となるだけである。もし、米艦船が撃沈されれば、取り返したつかないことも明らかであった。

 だが、米空母は西海岸に空母「サラトガ」があり、空母三隻と巡洋艦群を縦横無尽に太平洋を走り回せれば、日本軍に一泡も二泡も吹かせることは十分に考えられた。


 しかし、米海軍に不運が襲った。一月十一日、オアフ島の約五百浬南方で日本潜水艦伊六号の魚雷二本を受けてしまったのである。(魚雷一本命中の記載が多いが、艦長の報告、サラトガ乗員の報告を照合すると、偶然にも同じ箇所に命中したため被害が拡大したものと思われる)巨艦だけに沈没することはなく、自力で真珠湾までいったが、損傷もはげしく修理のためにピュージェット・サウンドまで戻る必要があった。五ヶ月間を要する修理であった。


 伊六号潜水艦の艦長であった稲葉通宗少佐は戦後手記(「針路東へ」鯰書房)として残しているので、その一部を抜粋してみてみたい。


『「哨戒艇ッ!右三十度!」

 天蓋の上に立った見張員の一人が、絶叫した。それは頭のてっぺんから出たような、悲鳴に似た叫び声であった。

ーまたか?

 と私は、うんざりした。

 何と思ったか、徳永中尉は、すぐ「潜航急げ」の号令をかけずに、「待て待て」というと、自分も天蓋に飛び上がって、双眼鏡の視線を、その敵に向けた。

「・・・?」

 私が怪訝な顔を徳永中尉に向けた途端に、

「艦長ッ!・・・レキシントンです・・・っ」

 砲術長の張りのある若い声が、確信に弾んで、私の耳にひびいた。

ーそら来たッ!

 艦橋当直員は、もうハッチから、艦内に飛び込みはじめていた。

「潜航急げ!」

 砲術長の報告と同時に、私は、そう号令して、皆につづいて艦内へ入った。

 司令塔へのラッタルを踏んだ時に、

「ベント開け」と私は叫んだ。

 バタンと艦橋ハッチが閉まった時には、艦内はすでに上甲板を水中に没しかけていた。

 このとき、私は、潜望鏡を上げて、初めてその空母を確認した。

 南方に向って進んでいるレキシントンの、マストとあの特異な煙突の上端だけが見えていた。世界第一の航空母艦!三万三千トンの巨体。今それを眼前に望み見たのだ。

 疲労も寝不足も一瞬にけし飛んだ。戦場で敵に出喰わした者が、誰でも、そうであるように、ただ本能的の闘志のみが、荒々しく息をしていた。私はくい入るように、潜望鏡を覗いていた。

 艦が普通の潜航深度につく頃、私はようやく平静を取り戻して、それを艦内に知らせた。

「レキシントン発見。魚雷戦用意・・・」

(中略)

 敵空母発見は、ちょうど、日没後十一分たった時であった。正確には、日本時間の一四時四一分である。

 幸運に女神が、命の岐路ともいうべき、ぎりぎりの土壇場にさしかかっている人間に、不思議な運命の波を打ち当てて、幸運へ幸運へと辿らせることがある。考えてみると、「あれよ、あれよ」といっている間に、私は、そのような波に意識せずして乗せられていたようであった。

 しかし、その私自身が、「俺は運がよいぞ」と自分で感ずるような状態では、決してなかったのである。ただ、私たちの欲深かで、身勝手な願望が、偶然にも的中して、求める空母を発見したというに過ぎなかった。

 刻々変化してゆく情勢の波に揺られて、知らず識らずに押し流されている私自身を、どう取扱ってよいのかと反省する余裕さえも私は持たなかったのである。

 太陽が、西の水平線の向う側に隠れてから二十分以上たっていた。

 西の空は、まだ昼間と変らぬくらい明るかったが、潜望鏡を回して東を見ると、大きなうねりのある海上には、すでに南海のたそがれが、一秒毎に黒く覆いかぶさって来ようとしていた。

 目指す敵空母に潜望鏡を向けると、まだマスト煙突だけしか見えぬ。殆んど視線に直角になって、左の方に進んでいた。

 距離を測ってみると、三万メートルであった。

 このままの態勢で時間が過ぎれば、伊六潜にとっては、姿を見せてもらったというだけのことで、魚雷攻撃など思いもよらなかった。

 というのは、伊六潜が持っている魚雷の性能が、速力四十五ノットで、馳走距離は六千五百メートルであったので、三万メートルもの遠距離にはとどかないからである。

(中略)

 息のつまるような切迫した不安が、私以外の司令塔に充満した。

「魚雷戦ッ!」

 突如として、私は号令した。

「司令、こちらに変針しました」

 と胸を躍らせていった。

「ほう、よかったぞ。落ちついてやり給え」

 それには答えずに、私は発射準備の号令を次々と命じた。

 そして、やがて、照準発射を行なった。

「用意ッ」

「打てーッ」

 ズシーン。ズシーン。ズシーン。

 三秒ほとの間隔を置いて、三本の魚雷が発射された。快い振動が、艦を縦に流れた。時に一五時四〇分であった。日没後正に一時間を経過していた。

 発射管に故障があったので、前部発射管のうち三門しか発射できなかった。

(中略)

 方位角は八十度だったが、距離が四千三百メートルという、魚雷発射の上からいうと、大遠距離と考えられたからである。通常、潜水艦で魚雷を撃って、一発は必ず命中するという距離は、千五百メートル以内であった。四千メートルなどという距離で、大切な魚雷を撃つことは、平時ならば、上官から手荒く叱責される種にしかならぬものである。

「折角、こちらへ変針してくれたのですが、これ以上近寄ることは困難ですし、それに、もう西の空も暗くなって、これ以上待つわけにゆかなかったのです。運を天に委せるほかはありません・・・」

 と私は、半分弁解するように司令にいった。大遠距離の発射に対して、非常に気がひけていたからである。

(中略)

 見詰めていたストップウオッチの秒針から眼を外すと、航海長は失望に曇った顔を上げた。

「艦長、時間が・・・」

 といいかけたちょうどそのときであった。

 キン、グヮーン・・・

 キン、グヮーン・・・

 低くはあるが、明瞭な命中音であった。

 しかも、二つ。

 はっと息を詰めた航海長が、

「あっ・・・」

 と叫び声をあげると、急に眼を輝かせて。

「命中、命中!艦長、命中ですッ・・」

 同時に聴音室から、はち切れるような声が司令塔に飛んできた。

「魚雷命中っ!魚雷命中っ!二本です。魚雷命中ですっ!」

 艦内各区から、同時に起こった歓声。それが一つのおおきなどよめきとなって、艦内の空気を振動させた。

 司令が腕を伸ばして、ぐいと私の手を握ったのは、そのときであった。

「艦長!よかったネ。おめでとう」

 と眸を輝かせていった。その瞼には、心なしか感激の露た光っていたようにみえた。

「艦長、おめでとうございます」と航海長がいえば、司令塔にいた四、五人の下士官兵も口々に「おめでとうございます」と祝辞を述べた。』


 その後、伊六潜は爆雷攻撃に備えて、深度百メートルへの無音潜航に移り、最微速で戦場離脱を図った。敵駆逐艦の音源も遠ざかっていった。浮上した伊六潜は、戦闘報告を司令官と第六艦隊長官に打電した。その二日後、伊六潜宛てに電報が届いた。


『発軍令部総長、宛第八潜水隊司令

         伊六潜艦長

 伊六潜が、敵レキシントン型空母を攻撃せる情況を奏上せるに、陛下には、繰返し、繰返し、御嘉賞の御言葉を賜りたり。謹んで伝達す』


 米大型空母「サラトガ」を撃破したことは、まさに殊勲甲であった。「サラトガ」は満載時四万三千トン、全長二七〇・六六メートルであり、「赤城」が公試四万千三百トン、全長二六〇・六七メートルに比べ一回り大きい。

 「サラトガ」は左舷中央ボイラー室付近に命中し、防水隔壁が押し込まれてフレームや配管を損傷し、三つのボイラー室が満水となり、浸水量は千百トンに達したという。魚雷の衝撃は凄まじく、乗員は沈没に備えて救命胴衣を着用したという。

 「サラトガ」の行動を五月末まで封じたことは、米太平洋艦隊に衝撃を与えたことは確かであった。

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