第七章 中部太平洋方面と帝都空襲

第一話 ラバウル攻略作戦

 昭和十七年の正月をグアム島で迎えた南海支隊は、次の攻略目標であるラバウルに向けて準備をすすめていた。

 今一度南海支隊の編制については次のようになっている。


 支隊長  陸軍少将  堀井富太郎

  第五十五歩兵団司令部

  歩兵第百四十四連隊

  騎兵第五十五連隊第三中隊(一部欠)及

    同連隊の速射砲一分隊

  山砲兵第五十五連隊第一大隊

  工兵第五十五連隊第一中隊及機材小隊の一部

  第五十五師団通信隊の一部

  輜重兵第五十五連隊第二中隊

  第五十五師団衛生隊の一部

  第五十五師団第一野戦病院

  第五十五師団病馬廠の一部

  第五十五師団防疫給水部の一部

  野戦高射砲第四十七大隊⑵の一中隊


 南方カロリン諸島のトラック環礁が、日本海軍連合艦隊の重要前進根拠地であった。だが、その南方千五百浬に、豪州委任統治領であるビスマーク諸島のラバウルがあり、「空の要塞」B17をもってすれば、トラックがその行動範囲にあたり、脅威を与えるものと考えられた。これを防止するには、やはりラバウルを攻略しておくのは一番の方法であった。海軍としては、マリアナ諸島、カロリン諸島、ビスマーク諸島の南北のラインを縦軸の防衛線として構築しておくのが最善と考え、ラバウルを南方最前線の航空基地、艦隊の前進基地として整備するのが、今後にとって最善のものであり、米豪を遮断する役割をまた果たすものと考えた。

 陸軍側としては、海軍として陸上兵力の必要性は認めるものの、実際海軍陸戦隊を当てるのであれば、言い分は何もないが、陸軍兵を派遣することは、作戦運用の限界を越えるものであった。ただし、開戦前の作戦計画にはビスマーク諸島の占領すべき範囲に入っており、陸海軍協定により、ラバウル攻略後は南海支隊は蘭印作戦に転用することで調整がついた経緯があった。


 ラバウルとニューブリテン島についての地勢についてみてみよう。

 ニューブリテン島はニューギニア本島の東側に位置し、ほぼ三日月型の島で、面積は約三万七千八百平方キロ、縦長四百八十キロ、最大幅九十六キロに及ぶ。面積的には九州より少し広い。島の中央部は二千メートル級の山脈が縦走しており、未踏のジャングルに覆われている。

 ラバウルは島の北東部に位置するガゼル半島の北部シンプソン湾にある。ラバウル付近には標高六六四mのマザーと呼ばれる山と標高四八〇mのノースドーターと呼ばれる山がある。

 ラバウルは最大の都市であるが、昭和十二年に火山の爆発被害のためにニューギニア本島のサラモアに移転することになっていた。昭和十六年一月の推定人口は白人五百〜七百、日本人二十五、中国人約千二百、原住民約二千とされている。

 飛行場はラバウル市の南西約七キロにヌナカナウ飛行場(一二〇〇×八〇)と南約一キロに六〇〇×五〇があった。

 港湾は山に囲まれて強風からも守られ、水深一八〜三五mの良好な港であり、船着場は一万トン級の商船を横付けすることができた。

 最高気温は三七度程度、最低気温は一八程度度であった。


 一月四日大本営は、グアム島の南海支隊長に対し、攻略に関する命令を発令した。


     大陸命第五百八十四号  命令

一 帝国陸海軍の作戦は順調に進捗中なり

二 南海支隊長は海軍と協同し概ね一月中旬以降成るべく速かにRを攻略すべし

三 細項に関しては参謀総長をして指示せしむ


 翌日五日、井上海軍中将はラバウルおよびその周辺地域の攻略に関する作戦計画を発令した。

一 R攻略部隊

 1 本隊

  陸軍南海支隊と協力R方面を攻略し所在の敵を撃滅すると共に、航空作戦の

  根拠地を設定す

  ⑴ 陸軍の護衛

  ⑵ 陸軍と協力「ラバウル」攻略

  ⑶ R方面基地設営

  ⑷ R方面防備

  ⑸ R方面よりする航空作戦に協力

 2 支隊

  ⑴「カビエン」の攻略

  ⑵ 基地設営

  ⑶ 「カビエン」防備

  ⑷ 基地航空作戦協力


 この作戦計画に示されたR攻略部隊の海軍の編制は次の通りである。


 指揮官 海軍少将 志摩清英

 一 本隊

  指揮官 第十九戦隊司令官 志摩清英

  第十九戦隊  沖島  津軽  天洋丸 最上川丸

  第六水雷戦隊

    旗艦 軽巡 夕張

    第二十九駆逐隊 駆逐艦 追風 朝凪 夕凪

    第三十駆逐隊  駆逐艦 睦月 弥生 望月

  聖川丸

  金剛丸

  第五砲艦隊  日海丸 静海丸

  第五十六駆潜隊  第五寿丸 第八玉丸 第三利丸

  第十四掃海隊   玉丸 第二玉丸 羽衣丸 第二能代丸

  舞鶴鎮守府第二特別陸戦隊の一部 

  第七設営班  黄海丸 高端丸

  第五根拠地隊八糎高角砲隊(四門)

  第二海城丸  漁船若干

二 支隊

 指揮官 第十八戦隊司令官 丸山邦則

  第十八戦隊  軽巡 天龍 龍田

  第二十三駆逐隊  駆逐艦 菊月 卯月 夕月

  金竜丸

  五洋丸

  吾妻山丸

  舞鶴鎮守府第二特別陸戦隊の大部

  第五根拠地隊八糎高角砲(二門)

  鹿島陸戦隊一個中隊


 この日トラックにおいて、南海支隊の堀井少将と海軍の志摩少将との間においてR攻略作戦に関する陸海軍協定が締結された。


 「ラ」作戦に関する陸海軍協定覚書

     昭和一七、一、五 トラック軍艦鹿島

         南海支隊長    陸軍少将 堀井冨太郎

         第十九戦隊司令官 海軍少将 志摩清英

   一、方 針

 南海支隊及海軍R攻略部隊本隊(以下海軍と略称す)相協同して概ね一月二十三日「ラ」港付近に奇襲上陸し支隊主力を以て「ラ」市及付近軍事諸施設を有力なる一部を以て「ブ」飛行場を占領す

   二、指導要領

一、支隊及護衛隊は一月十日「大」に於て陸海軍協定を補備す

二、支隊は一月八日より十日に至る間「大」に於て乗船す

三、一月十一日より十二日に亘る間集合点訓練を実施す

  訓練は陸海軍綜合訓練殊に航行訓練に重点をおく

四、輸送船隊は一月十四日「大」発「ラ」に向い前進す

五、主隊は概ね二十三日未明上陸し主力を以て「ラ」一部を以て「ブ」飛行場を

 占領す

 海軍は一部の陸戦隊を以て「ク」島を占領し輸送船泊地を掩護す

六、「ラ」市占領後支隊は引続き付近の掃蕩を実施す

   三、輸送船隊区分及航行隊形

一、輸送船隊区分

  第一分隊   横浜丸 クライド丸  大福丸

  第二分隊   チェリボン丸 日美丸 チャイナ丸

  第三分隊   水戸丸  ベニス丸  門司丸

 (備考) 生駒丸は単独行動し概ねZ+五日迄に泊地に到着する如く行動せし

      む

二、航行隊形    別図(省略)

   四、泊地及上陸海岸

一、泊地及上陸海岸

 輸送船隊    泊地    上陸海岸

  Ⅰ 中崎東方三浬  主力 マッピ島付近

            一部(歩一中)

             中崎(砲台占領)

  Ⅱ 母山東北方  「ラ」東方海岸

      離岸三浬

  Ⅲ 南崎東方三浬  主力 火山島南方海岸

             一部(歩一小)

              南崎西側海岸

 ※ 海軍に於て「ク」島を占領

 但し天候不良の為上陸困難のときは第二分隊の上陸点を「ブ」湾内(Ⅰの後方

 火山島北側又は「ラ」港に直接)に上陸せしむ

 右変更は陸軍指揮官の決意に委するも泊地の変更を要する場合は陸海軍協議決

 定す

二、輸送船の泊地碇泊隊形  別図(省略)

   五 警 戒

一、集合点集合以後は非常管制とし航海中は艦尾信号燈を点出す

二、自衛兵器の使用

 1、対空射撃の実施は任意とす

   敵の空爆に対しては陸軍は各輸送船毎に其の高射砲及MGを以て射撃し之

  が撃墜に努む

  2、対艦艇射撃の実施は海岸より其の都度指示す

     六、海上護衛

一、会敵時に於ける輸送船隊の行動

 1、敵航空機潜水艦魚雷又は機雷の発見に際し急を要する場合は単独回避を行

  うものとす

 2、右以外の場合の行動に関しては海軍指揮官之を指令す

二、輸送船遭難の場合の処置

 輸送船遭難の場合は所要の通信を行いつつ隊列に混乱を生ぜしめざる如く機宜

 列外に出づ此の場合以後の行動及救助に関しては特令す 但し危険に頻せし場

 合は当該船長機宜の処置を採ると共に情況許す限り最寄艦艇之を救助す

三、輸送船の速力

  強速  九節  原速  八節

  半速  六節  微速  四節

   七、泊地進入及上陸並に輸送船の運用

一、泊地進入及上陸時刻

    二三〇〇     泊地進入

    〇一〇〇     上陸開始

    〇二〇〇     舟艇陸岸達着

二、泊地進入及上陸要領

 1、泊地進入は各輸送船分隊毎に嚮導艦の誘導に依り行う

 2、上陸は各輸送船分隊毎に☆(Ⅰ)⚑(Ⅱ)及⚐(Ⅲ)の命令に依り行う

三、輸送船運用

 1、揚陸の為の輸送船の進退は支隊司令部及海軍に連絡しつ森本少佐之に任ず

  敵情其の他の危険の顧慮上よりする輸送船の進退は所要に応じ支隊司令部及

  森本少佐に連絡しつつ海軍主として之に任ず

  輸送船分隊の進退は先頭船を基準として行う

 2、天明後陸上の砲火及機雷の状況之を許せば輸送船を陸岸近く推進っせしめ

  状況により「ラ」港に進入上陸せしむ

  〇四〇〇迄に敵砲台を占領し得ざる場合は輸送船を約六〇〇〇米退避せしむ

 3、時機を得るに従い速に輸送船を「ラ」港内に収容し敵潜水艦の襲撃を避く

  ると共に適宜疎開配置を取り且対空火器の使用を準備し以て敵の空襲に備う

     (以後省略)


 堀井支隊長はグアムに帰還し、旧政庁に設けられていた支隊司令部に、指揮下の大隊長以上、各独立隊長を集め、ラバウル攻略に関する支隊命令を下した。

 堀作命甲第三十四号

   南海支隊命令  一月七日一七〇〇「ガム」旧政庁

一 「ラバウル」に状況別紙第一の如く又其の実況空中写真の如し

二 支隊は「ラバウル」を攻略せんとす

 之が為主力を以て「ラバウル」市及「ラバウル」飛行場を攻略すると共に、有力なる一部を以て「ブナカナウ」飛行場を占領す

 1 上陸開始を概ね一月二十三日一時と予定し、其の作戦予定別紙第二の如し

 2 海軍部隊の一部協同す、其の兵力別紙第三の如し

 3 輸送船隊行動予定別紙第四の如し

 4 警戒航行序列別紙五の如し

 5 上陸要領別紙第六の如し

 6 作戦地に於ける日出、日没、月齢及潮汐表別紙第七の如し

三 楠瀬部隊及桑田部隊は別紙第八に基き行動すべし

四 揚陸作業隊(小発、装甲、高速乙各一を専用せしむ)は支隊主力の揚陸に任

 すべし 之が為左の如く揚陸を指導せしむ

 1 第一回及第二回上陸に関しては、輸送船分隊毎に関係揚陸作業隊をして、

  歩兵第一線部隊長(連隊長又は大隊長)の指揮を受けしむ

 2 天明後陸上砲火及海軍機雷の状況之を許せば成る可く速かに輸送船を「ラ

  バウル」港内に推進し且揚陸場を「ラバウル」町近く推進することに勉む

 3 各揚陸点は第一線の戦力を充当し得る範囲に於て適時之を中止し「ラバウ

  ル」に揚陸す

 4 第三回以後適時全舟艇を運用し揚陸効程の発揮に努む

五 騎兵隊(速射砲一分隊欠)は予備隊とす、主力を以て第二回及第三回に支隊

 司令部と同一海岸に徒歩上陸し、司令部に追及すべし

六 輜重隊は各一部を以て所要に応じ第一線の推進に協同すべし

七 野戦病院は各乗船輸送船毎に一組の戦闘救護班を歩兵第一線大隊の後方に

  跟随こんずいせしめ、患者の救護に任ぜしむべし

 「クライド」丸及「ベニス」丸に船内救護所を開設し、水際戦闘一段落後の患

 者収容を準備すべし

 「ラバウル」市占領後既設病院を利用する病院開設を準備すべし

八 衛生隊は第一線に引き続き上陸し患者の収容に任ずべし、患者集合所の掩護

 に関しては、歩兵大隊長と協定すべし

九 防疫給水部は所要の人員及器材を第一線大隊に続行上陸せしめ、第一線給水

 の為所要の準備を為すべし

十 病馬廠は馬の揚陸に伴い「ラバウル」市に上陸し、病馬救護に任ずべし

十一 第七乃至第十条に示す各部隊直接第一線の戦闘に必要なるものの上陸に関

  しては、関係歩兵連隊長の区処を受くべし

十二 歩兵大隊は本戦闘間、其の戦闘正面内に於て要すれば概ね左記正式装備外

  弾薬資材を使用する如く区処すべし

 1 歩工兵(歩兵一大隊の正面に於て使用し得る数量とす)

    小火焔発射器  二

    中浮嚢舟    五

    手投火焔瓶  一〇(外に中崎攻撃部隊 五)

    十年式擲弾筒信号弾  一〇

    発射発煙筒  五〇  

    破壊筒     五

    アカ筒   一〇〇 (別命ある迄

    手投瓦斯瓶 一〇〇    使用を禁ず)

 2 歩兵重火器、擲弾筒、山砲等の弾薬は全保有量の六分の一を限度とす

 3 右数量竝に授受の細部に関しては鶴見中尉指示す

十三 上陸部隊は左記糧食を船長より受領携行すべし

 1 携帯口糧乙二日分

 2 弁当二食分

 3 甘味品二回分

 4 中隊又は小隊毎に携行すべき規定外糧秣二日分

十四 合言葉

  南海  必勝

十五 第一回に上陸するものは夜間標識を左の如く実施すべし

  中隊長以上及連大隊副官  上体に白襷「X」型

  小隊長  上体に白襷一本左肩より右脇に

  分隊長  左腕に白帯(幅十糎)

十六 予は左の如く行動す

  1 旧政庁に在り一月十日十二時横浜丸に乗船す

  2 二十三日第二回に上陸し別紙第八に依り行動す

              支隊長  堀井富太郎


 一月十四日午後一時三十分、南海支隊は九隻の輸送船に乗り組み、海軍艦艇に護衛されて、グアム島アプラ港を出航した。

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