第十九話 戦訓と英海軍の動き

 南雲機動部隊は結局英軍の空母一、重巡二、駆逐艦一他を撃沈する戦果を挙げて作戦を終了した。

 特に艦爆隊の練度は優れてきて、最高の命中率を叩き出すほどであったが、艦隊の行動としては問題点となることもあり、それがのちにミッドウェー作戦の悲惨な状況を産むことにもなったわけであるが、空母「飛龍」の「戦闘詳報」の中に、作戦全般に関する反省点が記載されている。現場が考えて記述したことなので、参考になること大いにある内容であるので、ここで取り上げたい。

 飛龍の「戦闘詳報」第九号の印度機動戦の項の中に「九、戦訓」の項目が列挙してあり、この中に今回の戦訓が綴られている。


一、布哇空襲に於て検討し得ざりし九九式二五番通常爆弾の威力は今回の英大巡

 及「ハーメス」攻撃に於て遺憾なく之を発揮せり

二、九八式二五番陸用爆弾は敵艦船の高角砲機銃制圧上有効なりと認む 大巡空

 母攻撃に際し各中隊の先頭より三機は陸用爆弾を使用せるに弾着の后敵防空砲

 火は直に沈黙時后の爆撃を容易ならしめたり

 雷爆同時攻撃に於ても艦爆隊に陸用爆弾を使用せしむるは有効なるものと認む

(筆者註・航空爆弾は徹甲弾、通常弾、陸用弾とあり、徹甲弾は防御甲板を突き破って内部で爆発するもので、通常弾は薄いものならば上甲板を破壊する威力がある。陸用弾は着弾と同時に爆発し、付近一帯に断片を撒き散らして、対空砲火の破壊や人員などを殺傷するものなので、空母艦載機は、先頭の攻撃機が陸用で対空砲火の威力を減少させ、通常で構造物などを破壊するので、重巡クラスまでは十分使用可能である。徹甲弾は大型艦船の攻撃に使用し、機関室や弾薬庫などを破壊炎上させるものである)

三、通信技倆維持上卓上訓練室の新設

 長期間短波戦斗管制にて行動し後重要作戦を実施せらるること多き現状に於て

 通信技倆の維持は極めて困難なり故に搭乗員室に(又は専用)卓上訓練室の新

 設は極めて必要なり

四、新型航空写真機の必要

 現用F8にては形状重量共に大型にして小型機の狭き偵察席にては極めて不便

 を感ず又艦爆にてG(遠心力)をかけて撮影すれば「シャッター」破損するこ

 とあり 故に小型にしてf2.0又は2・8程度にて望遠レンズ附着のものを望

 む又赤外線写真の利用は烟霧ある場合等偵察及戦果の確認等に極めて必要あり

 と認む

五、今回の対空砲戦は所謂咄嗟砲戦にして射距離の遠大等の理由に依り真に対空

 砲火の威力を検討するに至らざりしも左記諸項目の戦訓を得たり

(筆者註・F値とはレンズの絞りの大きさの違いからくるカメラに取り込む光の量を数値化しかもので、f8は風景を撮る値として設定されるもので、f8〜f 11内である。中望遠レンズとしては2.8の設定のものが良い)

㋑現在の飛竜型の見張施設を以てしては五千米以上の高度目標の発見は極めて困

 難なり 当時機動部隊は広範囲に散開せるの対空警戒航行序列にて航進中にし

 て各艦は艦内哨戒第一配備にて警戒中なれしに拘らず航行序列の中央を同航の

 態勢にて后方より進入せる敵爆撃機隊を発見するに至らず赤城に対する爆撃水

 柱に依り始めて注意を喚起されたるもの多き状況なり 而も赤城に於ては数弾

 投下后始めて回避運動を開始し一発も発砲せざりし状況は目標発見遅れしと咄

 嗟砲射に間に合わざりしを物語るものと言うべし

 対策としては速かに対空見張用電波探信儀又は聴音器の装備を必要とす

㋺対空砲戦にては最初に目標を発見せし艦船は射距離の如何に拘らず総艦船並び

 に制空隊に警告を与えると共に速かに概畧目標の方向を指示する為め左記に依

 り射撃を開始するを可とす 射距離外に於ても一乃至二門の高角砲を以て射撃

 を開始す 情況に依り友軍被爆撃の危険寸前に在りと認めし場合には高角砲機

 銃の全砲火を持って射撃を開始す

六、略語信号に関し尚研究演練の要あり

 今次作戦に於ては機動部隊として略語信号を制定試行せられたるも略語の構成

 の不備訓練の不足等の為充分活用せられざりき信号速達夜間灯火曝露の機会短

 縮等の見地より略語信号は極めて必要なるを以て左の対策を講ずるを要す

(対策)

 ⑴信号略号の数を増加し機動部隊として使用する語句を極力網羅す

 ⑵信号略語を一層簡単とし作成翻訳に便なる如く編纂す

 ⑶略語信号教連を励行し幹部にも信号員にも常膾炙する如くす

七、敵機発見の場合の報告通報を一層迅速確実ならしむる為今回実施せられたる

 如き現行発見報告通報信号に左を併用する法は極めて有効なりしものと認む

㋑各隊艦一〇粁乃至二〇粁に分散し行動する場合

 警告時発砲

㋺各隊艦二〇粁以上に分散し行動する場合

 煤煙幕(触接機に対しては一連数機以上の飛行機群に対しては二連以上とし最

 初の発見艦のみ行う)及警告時発砲

八、情報通信中に使用する時刻には使用時を付記するを可とす

 実例

 「セイロン局は一〇四五空襲警報を放送せり」に於て時刻の地方時なりや中央

 標準時なりや疑義を生ぜり 之を「セイロン局は一〇四五(中央標時)・・」

 とせば極めて明瞭なかるべし

九、警戒航行中の曳航給油は母艦群の風下側に於て実施する如く計画するを可と

 認む 母艦は飛行機発着の為高速にて風上側に行動するを以て風上側に行動自

 由を得ざる艦船あるは飛行機発着艦作業を妨害することあればなり

一〇、航空母艦の風信儀は少くとも二組以上の予備品を有するを要す 湿潤なる

 地方に長期行動する場合電路関係の故障頻発するは予想せらるる処にして飛行

 機発着艦作業上欠くべからざる風信儀は故障の場合を考慮し予備品を必要とす

一一、補給船の曳航給油施設を各船相等しからしめ如何なる組合せ如何なる給油

 法に依る円滑に補給を実施し得る如く装備するを要す

 (実例)

 日本丸は曳索の「スリップ」は本艦の曳索に合わず「ストロップ」にて繋止せ

 る為放つ場合迅速を欠く又東栄丸には船内錘量なし

                    (以上)


 海戦後の戦訓調査では、索敵では艦型の誤認が作戦遂行に影響を与えること、高性能の索敵機を保有する必要があること、敵機来襲時に関しては高高度に対する見張能力の向上と眼鏡の視界が大きいもの、電波探信儀(レーダー)の装備が急務であること、対空砲火の威力増拡大と射撃式の訓練と要具の強化、飛行機の速度増加に対しそれに応じる射撃装置の改善などの所見が見られるが、今回重要な問題にならなかったが、魚雷装備から爆弾装備、またはその逆での換装に対する時間短縮がある。この問題はミッドウェーで明らかとなる。索敵の件もミッドウェー海戦では大きなミスとなって兵装転換に時間がかかりそれが被弾後の格納庫内の誘爆となったことは重要であり、その後のソロモン海戦では索敵方法は改善されている。どうも事が発生しなければ改善されない特徴を持っている。被害があってからでは遅いことに気がつくのが遅いのは弱点である。天佑という言葉で片付ける傾向がありがちであった。



 英海軍のソマビル提督が日本海軍の機動部隊がセイロン攻撃に来襲することを聞いたのは三月二十八日であり、しかも攻撃日時は四月一日であることを。提督は麾下の艦隊をセイロン南方洋上に集結することとし、コロンボから飛行艇を飛ばして二千粁の地点まで哨戒することにした。セイロン島の指揮官レイトン提督は、港の艦船に戦闘態勢を取らせ、商船などは港外に退避させた。二日まで緊張した状態が続いたが、日本艦隊の発見には至っていない。しかし、R級の旧式戦艦四隻は水の不足を訴えたため、ソマビル提督は、このまま燃料不足により後退するか、日本艦隊来襲の情報が間違いであったかもと判断し、主力艦隊はアッズ環礁に引き揚げて行った。しかし、環礁に到着する頃に日本艦隊は現出したのである。

 ソマビル提督は、戦艦「ウオアスバイト」空母「インドミタブル」「フォーミタブル」に巡洋艦二隻、駆逐艦六隻を率いて、反転してセイロン島へ向かうと共に、コロンボにあった巡洋艦「ドーセットシャー」「コンウオール」に対し同港から出動して本隊に合流することを命じた。

 五日、日本の艦載機はコロンボを空襲し、二隻の巡洋艦は日本の索敵機に発見され、その後両艦は急降下爆撃機によって十五分程で撃沈されてしまった。

 さらにトリンコマリーが爆撃され、また同港を出た空母「ハーミス」と駆逐艦はこれまた急降下爆撃機の餌食となってしまった。日本艦隊の猛威に報告を受けたチャーチルは流石にルーズベルト大統領に救援を依頼した。「回顧録」にはその電報の内容が記されている。


 チャーチルよりルーズベルト大統領へ

一、情報によれば、十六インチ砲二隻を含む五隻あるいは六隻の日本戦艦が航空

 母艦五隻を伴って、インド洋上に軍事行動をとっています。われわれはこれに

 対抗できません。特にそれが集結しているとすれば、なおさらです。閣下はわ

 が艦隊の編成をご存じです。四隻の「R」級戦艦は、他のものと編成されれ

 ば、三隻の「金剛」に立ち向かうことができ、われわれに強味があるとすれ

 ばただそれだけです。この四隻は、もちろん現代的装備の日本戦艦には対抗で

 きません。情勢は甚だ不安であります。

二、敵が、ただインド洋でデモをやっているのか、あるいは、これがセイロン島

 への強行侵略をする前奏曲なのか、まだはっきりしません。現在のわが海軍力

 では、とてもこれに対抗できません。

三、今やアメリカは、太平洋においては日本軍よりも、はるかに優勢であるにち

 がいありません。強大な米国太平洋艦隊の出現によって、インド洋にある日本

 海軍は太平洋に戻るのではないでしょうか。これによって日本は、現在計画中

 の侵略方針をあきらめるか、あるいは少なくともこれ以上の援軍は送らないの

 ではないでしょうか。このようなチャンスはすぐに起こりそうに思われます。

 これはまことに重大なことであります。


 チャーチルはシンガポールで貴重な戦艦二隻を失い、コロンボでは巡洋艦二隻が急降下爆撃機により撃沈された。地中海での戦闘とは違う様相で撃沈されたことで、「ドイツとイタリア空軍を相手にしたわが地中海の戦争中には、こんなことはただの一度もなかった」と言わしめた。海軍省は艦隊を東アフリカまで後退させる許可をソマビル提督に与えたが、実際は中東からインド、セイロンの航路

を守るために戦艦一と空母二を以てインド洋方面で行動を続ける道を選択し、ボンベイを根拠地とすることに決定していた。

 四月十七日、ルーズベルト大統領からチャーチルへの返書が届いた。


『われわれは航空機を送ることにします。イギリス艦隊は当分の間はこの援護を

受けることになるでしょう。また、空軍を増やすことは、日本のセイロンやマドラス、あるいはカルカッタ上陸を食い止める役目を果たすことになるでしょう。つまり、われわれから送る航空機は、インド方面での戦況を断然有利にするでしょう。航空機を運ぶためには、航空母艦「レインジャー」を使います。しかし

「レインジャー」はあまり自慢するほど強い母艦ではありません。

 今、太平洋艦隊がとりつつある行動は、軍の機密ですので詳細にお知らせできませんが、今にわかるでしょう。私個人の考えですが、インド洋のイギリス艦隊はここ数週間は、まず大戦闘もないと思います。その間に大急ぎで、陸上を基地

とする航空部隊を編成すれば、日本の輸送船を食い止めることができると思います。』


 十八日、チャーチルはこの返書を受けて、さっそくウエーベル将軍に書簡を送った。


『われわれはインド洋に艦隊を集結する努力をしている。このわが方の艦隊の威力に対して、日本は相当の艦隊をインド洋に回さねばならないくらいにしたい。私はルーズベルト大統領に、「ワシントン」と合流するために「ノースカロライナ」を差し向けることを頼んだ。この二隻はアメリカの最新の戦艦である。そしてわれわれは今少しで、インド洋で高速主力艦三隻とイギリス最大の装甲航空母艦のうちの三隻を持つことになる。

 われわれは、航空母艦の航空機を積む能力を、できるだけ大きくする手段をこうじている。こうして、八週間か十週間以内に、次第に強化されていくソマビルの艦隊は、やがては強力なものになる。また、アメリカの主力艦隊の行動が今よりもはるかに活発になり、日本はいよいよこれに心を向けねばならぬようになろう。

 しかし、一方でもしセイロン、特にコロンボが陥落すればこの海軍力の集結は

むだになる。このためには高射砲と航空機によるコロンボ防衛は、カルカッタ防衛よりも急を要するし、これを第一の目的にしなければならない。

 近い将来に、セイロンとカルカッタの間の長いインドの海岸線に、敵の上陸を撃退し、あるいは海軍の行動を空中から援護するために、それだけの空軍力を用意することは不可能である。だが貴官は真実に日本がマドラス州を侵略するために、四個師団、五個師団を送る価値があると考えると思うか。セイロンを占領し、あるいは北方の中国に進入して蒋介石をやっつける方が、はるかに大きな収穫である。更に日本が一番解決をつけなければならないのは、中国である。コロンボの海軍基地とカルカッタを通じて、中国と連絡をつけておくことは、何よりも大切である。もし中国が敗れるならば、日本はそれによって十五個か二十個の日本師団を自由に他に向けられる、ということを考えなければならない。日本はもしこのとおりになるなら、やがて次はインドへの侵入を考えるだろう。』 

  (チャーチル著「第二次世界大戦回顧録・抄」毎日新聞社 一九六五)


 チャーチルの最後の方の言葉には、真実を突いている。日本軍のビルマ進攻は、ビルマから中国への援蒋ルートの遮断であったのは事実だ。日本軍が大戦前にインドシナに進駐したのも仏印からの物資搬入を防ぐためであった。ビルマの解放はそのためでもある。大本営はセイロン島の攻略も考えていたようであるが、陸軍の兵力からいって現状では無理であった。ドイツのエジプト攻勢が停滞していたことも関係している。その後は東京初空襲、ミッドウェー海戦、ソロモン海域と激戦が展開し、ビルマ方面はラングーンより北上してビルマ全土を掌中に収めることが作戦の重要なポイントであった。それよりも、英軍首脳部の考えは、インド人が反英に転じて日本軍に味方しないかという不安なものの方が重要な件であった。

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