第十四話 インド洋機動作戦

 南雲中将率いる第一航空艦隊はポートダーウイン空襲後、セレベス島のスターリング湾を拠点として、南方方面に作戦を掩護していた。インドネシアのオランダ軍が降伏すると、次の作戦は当然西のビルマ、インド方面へと注がれることになる。まだ、イギリス東洋艦隊の健在であった。セイロン島にある強力な艦隊は、ビルマ作戦を行う上で脅威であった。タイからビルマへは山岳地帯が国境にせまり、重装備の輸送はどうしても海上より輸送船で運ばねばならなかったからである。非力な輸送船団が襲撃を受ければひとたまりもない。

 南方部隊指揮官近藤中将は、南雲中将の機動部隊にセイロン島攻撃を命じ、また小沢中将の南方部隊にベンガル湾の掃蕩作戦を命じた。


 南雲部隊は、空母加賀が暗礁の触れて、艦底を損傷したため修理のため、内地に帰港し、空母五隻となっていた。三月二十一日スターリング湾を出港し、セイロン攻撃は四月一日と予定されていたが、米機動部隊の南鳥島空襲などによる動きのため、第五航空戦隊の復帰が送れ、出撃は三月二十六日となり、セイロン攻撃も四月四日となった。

 三月十六日の大本営海軍部からの機密情報が伝えられた。


航空兵力

(一)現在数(三月十日)

    セイロンを含む印度方面 二三〇

    ビルマ  八〇

増派兵力

    北阿、中近東から増派中 一五〇

    英本土より増派中    一〇〇

    同   準備中のもの   八〇

二、艦艇の動静(三月上旬現在)

インド洋所在艦艇は、コロンボ、ボンベイ、モンバサ、ダーバン等を基地として行動しつつある。主なものは

戦艦 リヴェンジ、ロイヤル・サヴァリン、ラミリーズ

空母 ハーミズ、インドミタブル

重巡 コンウオール、ロンドン、スーザン、キャンベラ

近く増派が予想される兵力

戦艦二、空母二

英戦艦キングジョージ五世およびウォースパイトは二月下旬以後、インド洋および濠州水域に回航した、という情報がある。 


 スターリング湾にあった第一航空艦隊司令長官の南雲忠一中将は三月十九日機動部隊命令第三十一号を発令した。

 

 機密機動部隊命令作第三十一号

   昭和十七年三月十九日「スターリング」湾旗艦赤城

           機動部隊指揮官 南雲忠一

    機動部隊命令

一、敵情

 諸情報を綜合するに印度洋方面には戦艦三隻空母二隻光甲巡四隻及乙巡約十一隻を基幹とする英艦隊行動し又印度方面(錫蘭を含む)には総計約五〇〇機の航空兵力存するものの如し

以上の件相当の兵力錫蘭島方面に配備せられ又一部ベンガル湾に行動するの算大なりと判断す 濠洲方面には英濠蘭米兵力の一部残存しあるものの如きも詳細不明なり

二、友軍の情況

 別紙南方部隊電令第一三九号の通


 (別紙電令第一三九号)

 南方部隊は左に依り第三次機動戦を実施錫蘭島方面の敵兵力を襲撃滅すると共に兼て緬甸作戦海上護衛の完璧を期す

 一、機動部隊は機宜「スターリング」湾発南方「スマトラ」南西方面海面を経

  て錫蘭島方面に進出四月初頭同方面の敵艦艇(航空兵力海軍基地施設其の

  他)を奇襲「マラッカ」海峡を経て南支那海に帰投すべし

 二、丙潜水部隊は大部を以て錫蘭島西方海面(「ラカデブ」「マルデブ」「チ

  ヤゴス」列島線)及「ボンベイ」方面の監視哨戒に任ずると共に一部を以て

  「コロンボ」「ツリンコマリ」等の隠密偵察(空襲二日前を標準とす)及天

  候偵察(空襲当日)を実施すべし

 三、航空部隊は現任務を続行すると共に機動部隊の行動に策応し「ココス」島

  「クリスマス」島の偵察及スマトラ島南西海面「ベンガル」湾方面の索敵制

  圧攻撃を実施すべし

 四、馬来部隊は現任務を続行すると共に敵情に応じ概ね「マドラス」「バビ

  エ」島西端を連ぬる線以北の「ベンガル」湾を機宜行動機動部隊に応じ策応

  すべし

 五、右以外の各部隊は現任務を続行せよ

 六、主隊(愛宕、4dg)は「マラッカ」海峡「アンダマン」諸島方面を機宜行

  動す


三、機動部隊は別紙南方部隊電令第一三九号に基き印度南方海面に進出し所在敵

 艦隊及航空兵力を捕捉撃滅せんとす

四、兵力部署

 空襲部隊 1AF(加賀欠)

 支援部隊 3S  8S

 警戒隊  1SD 、秋雲、2D|4dg

 補給部隊 第一補給隊 神国丸、健洋丸、日本丸

            東栄丸、国洋丸、旭東丸

      第二補給隊 日朗丸、第二共栄丸

            豊光丸

五、各部隊の行動要領

 ㋑ 空襲部隊支援部隊警戒隊及神国丸は0800|3・26「スターリング」湾出

  撃別図第一の通行動1006|3・31A点(南緯九度01、東経一〇六度0)

  に於て健洋丸、日本丸を合同B点(北緯一度〇、東経九〇度0)迄の間に補

  給を完了爾後敵艦隊の所在に応じC点(北緯八度0、東経八四度0)D点

  (北緯六度二〇、東経八二度四〇)E点(北緯四度四〇、東経八一度四〇)

  の内何れかに進出し錫蘭島空襲を決行す B点付近に至るも敵情不明なる場

  合は空襲を一日延期し8Sを進出概ね敵地四〇〇浬圏外より同隊は水偵を以

  て「トリンコマリ」及「コロンボ」の隠密偵察を実施す

  敵情の如何に応じ翌日更に空襲を反覆す 錫蘭島方面の攻撃終了後は「ベン

  ガル」湾付近の敵を捜索すつつF点に向う F点(北緯一〇度〇、東経九五

  度〇)到達時刻を1800|C+3と予定す

 ㋺ 第一補給隊(東栄丸、国洋丸欠)はB点付近に於て補給終了後F点付近に

  至り待機すべし

  東栄丸はF点に於て合同すべし 国洋丸はC+6日迄に昭南港に回航すべし

 ㋩ 第二補給隊

  日朗丸は「パラオ」に於て待機すべし 第二共栄丸及豊光丸は船体機関整備

  の上呉及横須賀に於て待機すべし

六、空襲計画

 ㋑ 敵艦隊の大部「ツリンコマリ」にある場合

 ⑴ 空中攻撃隊編制

  第一編制(制空隊各艦九機)とす

 ⑵ 攻撃目標

  第一集団 敵空母、戦艦、巡洋艦の順

  第二集団 敵空母、巡洋艦、戦艦、小艦艇の順

         但し第十四攻撃隊は敵飛行場格納庫

  第三集団 空地の敵機但し第六制空隊は第一集団直接掩護 

  攻撃目標敵艦艇予想より甚だしく少なき場合は機宜輸送船

陸上軍事施設等の攻撃を指向するものとす

 ⑶ 兵装

  第一兵装  艦攻八〇番五号(信管丙)

        艦爆九九弐二五番通(信管丙)

  第二兵装  艦攻八〇番 通(信管丙)

        艦爆九九弐二五番通(信管丙)

  第三兵装  艦攻八〇番 陸(信管丙)

        艦爆二五番 陸(信管乙)

  兵装種別は空襲前日下令す

  空襲前日迄及空襲終了後は艦攻雷撃艦爆二五番陸(甲)として準備すべし

 ⑷ 発艦時刻

  第一次艦攻艦戦隊の〇九〇〇第二次艦爆隊第一次発艦後三十分と予定す

 ⑸ 攻撃後の集合時刻集合点等

  集合時刻 突撃開始後四十五分

  集合点  Foul Ptの九〇度一〇浬高度二〇〇〇米

  電波輻射担任 第一攻撃隊

 ㋺ 敵艦隊の大部「コロンボ」にある場合

  右の他 ㋑に同じ

  攻撃後の集合点Gabbekku Ptの二七〇度一〇浬

 ㋩ 敵艦隊「ツリンコマリ」『コロンボ」に分泊する場合

 ⑴ 空中攻撃隊編制

  「ツリンコマリ」攻撃隊 第二編制(制空隊は第一、三、四制空隊各九機と

  す)「コロンボ」攻撃隊第三編制(制空隊は第五、六制空隊各十二機とす)

 ⑵ 攻撃目標及兵装

  右 外㋑㋺に同じ

  第二、第三編制共に艦爆隊の一部を以て所在敵飛行場を攻撃し、制空隊は直

  接掩護隊を分派せず

 ⑶発艦時刻

  第二編制  〇九〇〇  第三編制 〇九四五

 ⑷ 集合に関しては左の外㋑㋺に同じ

  電波輻射担任

    「ツリンコマリ」部隊  第一攻撃隊

    「コロンボ」部隊    第六攻撃隊

七、対潜対空警戒

  (省略・出港から攻撃日までの詳細な対戦対空の任務が

   書かれている)

八、不時会敵警戒待機

  (省略)


 一方、馬来部隊指揮官小沢中将は、南雲機動部隊の作戦に策応してベンガル湾北部機動作戦の計画を立案した。これは、ビルマ、印度、セイロン島間の敵商船の交通線を破壊撃滅することにあり、相当数の敵商船が航行していることを見越していたのである。これを阻止することは、ビルマ戦の様相にも影響を与えるからである。

 第七戦隊の「戦闘詳報」にある作戦計画命令には次のようになっている。


「馬来部隊命令に基き馬来部隊指揮官直卒の下に四月一日午後二時「メルギー」出撃「アンダマン」南方航路を執りて四月四日午後九時C点(N十六度〇、E八十六度四〇)に達し以後第七戦隊一小隊及駆逐艦白雲は北方隊となり第七戦隊司令官指揮の下に四月五日午前九時頃D点(N十九度二〇、E八十七度二〇)付近に進出別冊(北方隊命令作第一号)所定の飛行索敵を実施し主として「カルカッタ」南方よりE点(N十八度二〇、東経八十五度五〇)付近の敵海上交通線の破壌竝に敵艦艇の捕捉撃滅に任ず 

第七戦隊二小隊及駆逐艦天霧は南方隊となり四月五日午前九時F点(N十五度三〇、E八十三度二〇)に進出「マドラス」北方海域の敵海上交通線の破壌竝に敵艦艇の捕捉撃滅に任ず」


 この作戦に参加する馬来部隊の編制は次のようになっていた。

  中央隊  

    重巡 鳥海

    軽巡 由良

    第四航空戦隊

     空母 龍驤 

    駆逐艦 朝霧  夕霧

  北方隊

    第七戦隊第一小隊

      重巡  熊野  鈴谷

      駆逐艦 白雲

  南方隊

    第七戦隊第二小隊

      重巡  三隈 最上

      駆逐艦 天霧

  補給隊  

    駆逐艦 綾波  汐風

   給油艦  日栄丸

   警戒隊  第三水雷戦隊


 また、潜水艦部隊として乙潜水部隊のの伊七号、伊三号、伊二号、伊四号、伊六号が参加しいた。

 


 一方、英国では三月八日、チャーチル首相は海軍大臣パウンド大将から、セイロンが脅威にさらされ、マレー連邦と同様の事態が起る可能性があると報告を受けた。英国は、東洋艦隊司令長官の更迭を行い、艦隊の補強を決定した。レイトン提督に代り、ジェイムズ・ソマヴィル大将が司令長官に任命され、戦艦ラミリーズ、ロイヤル・サヴァリンと可能な限りの艦艇をコロンボに派遣し、セイロンの防衛を強化するよう措置した。

 サマヴィル提督は、この決定に反論した。

「あなたの決定は安直にすぎます。R級戦艦二隻に戦闘機の上空直衛をつけるだけでは、プリンス・オブ・ウエールズとレパルスの轍を踏むの愚をおかすようなものです」


 さらに、任地に向かう途中で書簡も送った。

「セイロン島は明らかに喪失の危機に曝されています。もし日本軍が全艦隊で同島の攻略を企図するなら、わが方にはほとんど打つ手がありません。これに反し、敵が攻撃兵力の出し惜しみをするようなら、東洋艦隊を温存するのが最良の策であると確信するものです」


 三月二十六日提督はコロンボに到着し、東洋艦隊の指揮権を引き継いだ。集まった艦隊は、空母三(インドミタブル、フォーミダブル、ハーミズ)、戦艦五(ウォースパイト、リゾリューション、ラミリーズ、ロイヤル・サヴァリン、リヴェンジ)、重巡二、駆逐艦十六、潜水艦七という、総合兵力では、南雲艦隊より優勢であったが、空母の艦載機は南雲部隊の三分の一にしか過ぎず、艦隊決戦がない限り、不利はいなめなかった。

 陸上基地の配備機も、長距離の哨戒機は数機しかなく、基地攻撃機や戦闘機も数が限られていた。提督は、艦隊をセイロン島ではなく、南西六百浬にあるモルジブ諸島のアッズ環礁に艦隊を置いた。ここは、まだ日本軍が知らない基地であった。

 英軍情報部の情報は、日本軍のセイロン攻撃は四月一日と確信していた。そして、日本艦隊を葬るべく艦隊を出撃させて、セイロン南方に集結した。しかし、南雲部隊は、前述の理由により、出撃が送れ、当初の予定攻撃日四月一日より四日も遅れることとなった。情報部による判断は正しいものといえたが、まさか米機動部隊による行動で、南雲艦隊の出撃が遅れたなど知る由もなかった。

 カタリナ飛行艇六機による索敵も何も発見できなかった。一日二日とむなしく時が過ぎていった。提督はセイロン攻撃が誤報であるか、計画が延期になり、もはや攻撃の脅威はないのではないかと判断せざるを得なかった。艦隊の燃料も心配になってきた提督はアッズへの帰還を決めた。コロンボから退避していた重巡ドーセットシャーを戻すとともに、コンウォールを到着予定の輸送船団の護衛に派遣した。さらに、空母ハーミズと駆逐艦一隻をトリンコマリーに向かわせた。

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