第十話 ラングーン占領後の作戦計画
ビルマの首都である「ラングーン」は占領したが、ビルマの国土は広く、中部、北部、西部と壮大な面積の地域が残っており、地勢的にも行動は難しく、北は中国軍、中部、西部は英軍、インド軍があり、かつ援軍が投入されてきており、攻略は今まで以上に激戦が展開される恐れが十分にあった。
南方軍総司令官寺内壽一大将は、三月七日第十五軍に対して中部ビルマ方面に関する攻略の命令を下した。
南方軍命令 三月七日
サイゴン
一 予は海軍と協同し「ビルマ」の敵を撃滅して中部「ビルマ」の要域を占領せ
んとす
海軍との協同に関して総協第七号及総協第八号に依るべし
二 第十五軍司令官は現任務を続行すると共に左記に準拠し「マンダレー」方面
の敵を求めて撃滅すべし
㋑進んで戦機を捕捉し且放胆果敢なる作戦を以て「マンダレー」方面の敵特に
中国軍に決戦を強要し務めて短期間に之を撃滅す
㋺前項作戦のため「ラングーン」地方に於ける攻勢準備の進捗に伴い増加兵団
の集結を待つことなく行動を発起し「マンダレー」方面の敵を同地付近又は
其の以南の地区に求めて撃滅す
㋩追撃に方りては遠く之を緬支国境に向い敢行し且「ビルマ」の敵を一掃す
㋥右作戦間「エナンジョン」付近の油田地帯及「バセイン」を占領す
㋭状況之を許すに至らば一部を以て速かに「アキャブ」飛行場を占領す
三 第五飛行集団長は第一南遣艦隊司令長官及第十一航空艦隊司令長官と協同し
左記に拠り現任務を拡充続行すべし
㋑特に敵航空戦力を撃滅し且第十五軍の作戦に直接協力す
㋺第十五軍輸送船団を掩護す
㋩機を見て特に中国軍後方連絡路の爆砕に努む
四 第二十一師団は現任務を続行すべし
五 船舶輸送司令官及南方軍鉄道隊司令官は第十五軍司令官及第五飛行集団長の
行う作戦に密に協力すべし
六 予は「サイゴン」に在り
南方軍総司令官 伯爵 寺内壽一
(第二十一師団は金沢で編成された三コ連隊の歩兵師団で主任務地としてインドシナの警備にあたった)
この南方軍命令に基づき、第十五軍は新なる二コ師団を加えた作戦計画を練り十五日決定発令した。
第十五軍は残置するビルマの敵情について次のように判断していた。
一 兵力
⑴ 残存兵 英、印、ビルマ軍
㋑英軍 約三大隊および一機械化旅団
㋺インド軍 約九大隊
㋩ビルマ軍 約一六大隊
計 約二万
二 重慶軍
㋑ ラシオ付近
第五軍(第二百師、新編第二十二師)
第六軍(第四十九師)
計 二・六万〜三万
㋺ ラシオ方面後続兵団
第五軍(第九十六師)
第六軍(新編第五十五師)
計 一・八万〜二万
㋩ ケンタン方面
第六軍(第九十三師)
兵員約八千
二 配置および企図
残存英印軍は主力をもってエナンジョンおよびメークテーラ付近に集結中なるものの如く、各一部をもってトングー、ニュアンレビン方面およびブローム、サラワジ方面に配置せるものの如し
第十七師団長は敗戦の責を負い、三月上旬罷免せられ、後任はユーワン少将なり
また敵の放送によれば、ビルマ軍司令官はすでにインドに後退して指揮しありと
英軍はインド軍、ビルマ軍および重慶軍を利用し、焦土戦術を採用して持久を策しつつインド防衛を企図するものの如く、ビルマに進駐せる重慶軍は最後の輸血路たるインドルート(インパール、マンダレー、ラシオ、昆明)を極力確保するに努むるならんも、英軍が万一インパール方面に退避する場合には、自軍のみ犠牲となることを警戒するに至るべし
第十五軍作戦計画
第一 方 針
軍は英蒋連合軍主力を概ね五月末迄に「マン」付近に捕捉殲滅し次で残敵を「ビルマ」領内より掃蕩す
主攻撃は英蒋両軍の内蒋軍に指向し之に対しては戦機を構成捕捉して決戦を強要し特に徹底せる打撃を与え再起の企図を完封す
第二 作戦指導要領
一 「マンダレー」付近会戦は第十八師団の一部を作戦の当初より参加さしむる
を基準とし概ね四月下旬より「タウンギー」「メークテーラ」「エナンジョ
ン」の線より発起し五月上旬乃至中旬の間之が終末を予定し爾後「ビルマ」領
内の掃蕩を実施し五月末頃迄に「ビルマ」戡定を概成す
状況に依り前項会戦発起位置に進出中敵と真面目の戦闘を惹起したる際は各
兵団毎に直ちに之に応じ軍は逐次到着する兵団を之に投入し敵の衝力を逆用し
て「マンダレー」南方地区に於て殲滅戦を遂行す
この場合に於ける会戦の発起は四月上旬乃至中旬と予想し初期に於ては第十
八師団の参加を胸算せず
「マンダレー」付近の敵にして退避の企図ある場合には当初現存する兵力を
以て敵に迫り敵を抑留しつつ之を捕捉するに努む
二 「マン」会戦に先ち「エナンジョン」「マグエ」付近の戦闘を一兵団を以て
行わしめ努めて之を殲滅して爾後の会戦参与に支障なからしむ
状況に依り「エナンジョン」付近の敵に対し本道方面の一部兵力をも併せ確
実に之を捕捉殲滅する如く指導することあり
又前号第二項の状況に於ては「エナンジョン」付近の戦闘を「マン」会戦中
に包括して実施することあるを予期す
三 「マン」会戦に方りては重点を右翼に保持し先づ神速に広く且深く敵の諸退
路特に自動車路を遮断し大包囲圏の完成を図ると共に敵を分断し然る後随所に
敵を撃滅掃蕩し地形の利と相俟って完全に之を殲滅す
遠大神速なる機動、要点の急襲占領確保、県敵必滅の意気を以て本作戦完成
の三要件となす
四 爾後の作戦は当時の状況に依り之を定むるも努めて速かに「ビルマ」領内よ
り英蒋両軍を一掃す
五 作戦の全過程を通し我が企図特に作戦方向及其の規模の秘匿に努む
六 会戦指導の方策は四月上旬迄に策定す
七 「バセイン」に対しては三月中旬第三十三師団の一部を以て速かに之を占領
す
八 「アキャブ」の処理は「マン」会戦終末と共に成るべく速かに実施す
第三 会戦場に到る各兵団の行動
九 第五十五師団は三月中旬頃現在地出発四月上旬迄に「ラングーン」ー「マン
ダレー」道に沿う地区の敵を撃砕しつつ「メークテーラ」付近に進出し軍主力
の集中を容易ならしむ
状況に依り一部を以て「エナンジョン」付近の敵の退路を遮断する如く行動
せしむることあり
特に「トングー」付近は速かに之を攻略し該地飛行場を確保し且後方交通路
の整備を容易ならしむ
師団が「メークテーラ」付近に進出中敵と真面目の戦闘を惹起したる時は直
ちに之を猛攻し敵を抑留して軍全般の捕捉作業を容易ならしむ
敵退避の企図ある場合には直ちに敵を攻撃せしむるも主力を以て「タウンギ
ー」方面に転進し該方面より攻撃せしむることあるを予期す
十 第三十三師団は三月下旬行動を開始し四月中旬迄に「プローム」及「エナン
ジョン」付近の敵を撃砕して「エナンジョン」北側地区に進出し爾後の会戦を
準備す
「プローム」及「エナンジョン」付近に於ては敵を捕捉するに努む
十一 第五十六師団は上陸に伴い「ラングーン」ー「トングー」道を経て「タウ
ンギー」に向い努めて企図を秘匿すつつ前進し四月中旬迄に該地付近に進出し
て「タウンギー」飛行場群を確保し該地より北方若くは東北方に向う爾後の作
戦を準備す
十二 第十八師団は快速輸送の処置を講じ上陸後速かに企図を秘匿しつつ「タウ
ンギー」を経て其の北方若くは東北方に向い機動す
会戦発起迅速なる場合には初期第二線兵団たらしめ爾後所要の方向に使用す
ることあり
第十五軍マンダレー作戦兵站計画
一 兵站は軍主力が四月中旬「メークテーラ」付近より「タウンギー」付近を経
て神速に「ラシオ」方面に突進し敵の退路を遮断し且遠く緬支国境方面に進出
する場合に即応せしむ
之がため現地資源を極度に活用して追送品の縮滅を図ると共に各種交通機関
を整理し不可欠軍需品を事前に充足するに勉む
二 軍の作戦と併行し占領地に於ける国防資源の獲得還送に勉む
第二 要領
三 第一線兵団の「メークテーラ」東西の線に進出する迄は一部の不可欠軍需品
を補給するに止め其の間極力兵站施設及所要軍需品を推進し以て第一線兵団の
同線発起後に於ける作戦に支障なからしむ
四 兵站施設の重点を「トングー」ー「メークテーラ」ー「タウンギー」ー「ラ
シオ」道方面に置き爾他方面施設は之を最小限に止む
但し鉄道及「イラワジ」河の開拓に伴い速かに「マンダレー」を基点とする
兵站線を設定す
五 各部隊は極力現地物資を収集し且之が節約利用に勉め追送品の縮減を図る
六 軍の作戦と併行し国防資源特に必須鉱山及油田の確保に勉め爾後の操業を容
易ならしむ
(以後省略)
第五十五師団と第三十三師団の装備は越境当初は貧弱な武装での戦闘突入であったが、その後の後方からの銃火器、火砲の増強、英軍の鹵獲品によってかなり充実したものになってきたが、損耗した兵員の補充はできておらず、増援の二個師団の到着が必要不可欠であった。
陸軍航空部隊はラングーンの占領により、飛行場設営隊を派遣して飛行場群の整備を開始した。
大久保中佐率いる飛行場設営隊は九日にはレグー飛行場に到着して、飛行場の視察を行った。レグー飛行場は長さ千八百メートル、幅五十メートルの簡易舗装の主滑走路と八百メートルの副滑走路があった。飛行場周辺では燃料約八百本分のドラム缶が発見されたことは有意義であった。飛行場の完全整備には一ヶ月半を要すると判断されたが、現状での離着陸には問題はないと判断された。
ラングーン北方に位置するミンガラドン飛行場にも、設営隊の先遣隊が入り調査を行った。
滑走路は千二百メートルのものが三本あったが、数十箇所にわたり弾痕があり、格納庫三棟のうち一棟は倒壊していた。滑走路周辺には数十個の掩体と英軍の消失機があった。
早急に弾痕を埋め、消失機を撤去すれば小部隊の離発着は可能であると判断された。
大久保中佐の基地設営隊は其後本格的な整備作業に入り、十五日にはミンガラドン飛行場の整備は完了した。
開戦以来陸軍航空部隊は、マレー作戦、比島作戦、蘭印作戦、ビルマ作戦で二月までの三ヶ月間において、四百八十九機をも喪失しており、その間の補充機は四百三十六機であって、開戦時の数に五十機以上不足していた。
それにもまして搭乗員の喪失は大きく、開戦前の十一月十二日か三月十一日までの四ヶ月間に、将校八十二名、下士官兵は四百二十九名を失っていた。この間の補充人員は八十三名に過ぎず、搭乗員不足が懸念される問題が早くも噴出したといえる。但し、南方作戦の主要戦場がビルマ方面になったことで、分散配置をせず集中的に使用運用できることが幸いであった。
南方軍は三月七日、第三飛行集団に対して、次の航空部隊をビルマおよびタイに派遣するよう命じた。
第十五独立飛行隊
独立飛行第五十中隊 司偵
第十二飛行団
第一戦隊 九七戦
第十一戦隊 九七戦
独立飛行第四十七中隊 二式単戦
第七飛行団
第六十四戦隊 一式戦
第十二戦隊 九七重
第九十八戦隊 九七重
独立飛行第五十一中隊 司偵
第十八航空地区司令部
第十七、第二十三、第九十四飛行場大隊
第三十六飛行場大隊
第五飛行場中隊
第七輸送飛行隊
高射砲第二十連隊
第十五野戦航空廠の一部
独立自動車第二百八十中隊
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