第四話 国境を越えて

 飯田軍司令官は十二月二十日バンコクにて第十五軍命令を発し、第五十五師団に対しては、モールメンの攻略準備、沖支隊に対してはタボイ攻略の準備を命じた。


   第十五軍命令   十二月二十日

            バンコク

一 「ビルマ」に在る敵軍は総兵力約三万、飛行機数十機にして南部「ビルマ」

 には「モールメン」に五、六千「タボイ」及「メルグイ」に各一千あり

二 軍は速かに南部「ビルマ」を攻略せんとす

三 第五十五師団は鉄道輸送に依り「ビサンローク」に下車して「ラーヘン」付

 近に集中し速かに「コーカレー」付近に進出して「モールメン」攻略を準備す

 べし

四 沖支隊は鉄道輸送に依り「バンボン」に下車し「カンチャナブリ」に集結し

 次で「ボンデー」を経て西進し先づ「タボイ」を攻略すべし


 第五十五師団の師団長竹内中将は、部隊がバンコクに集結する状況を把え、二十二日作戦準備のために師団命令を発した。

   第五十五師団命令

一 敵情(史料記載なし)

二 師団は「モールメン」攻略の目的を以て速かに「ラーヘン」「メソート」の

 地区に兵力を集結し爾後の攻撃を準備せんとす

三 歩兵第百十二連隊は「バンコク」の警備を撤し鉄道輸送により「ビサンロー

 ク」に下車し「ビサンローク」ー「ラーヘン」ー「メソート」道を「メソー

 ト」に向い前進すべし

四 歩兵第百四十三連隊(宇野支隊配属外)は「バンコク」に兵力を集結したる

 後前項道路を「メソート」に向い前進すべし

五 山砲兵第五十五連隊は「バンコク」に於て装備を改編したる後第三項の進路

 を「メソート」に向い前進すべし

 (以下省略)


 後にまとめられた主要作業一覧表によると、第三十三師団の泰緬国境の自動車道整備は、一月十五日から二十七日までの二十三日間に亘り、二個中隊の兵員を使用して、十三粁余の岩石地帯を改修する難工事であった。さらに二十八日から二月十五日にかけての十九日間は一個中隊を使用して、架橋工事を行なっている。これを見ても五十五師団の自動車道造成は大変なものであったであろう。


 さて、「メソート」に向けての行軍については、同行した報道班員の手記があるので、その手記から見るのも当時の苦労が偲ばれるであろう。

 手記は一月十二日ラーヘンよりメソートに向けての行軍から始まっている。


『ラッエンよりメソードに向って出発。泰の工兵によって架橋されたメビン河の仮橋を渡ったのは、一月十二日の午後五時すぎだった。メビン河には白鷺が真白の姿を静かにうつしている。戦争は一体、どこにあるかといったような悠久な姿である。(中略)

 架橋を渡ると、いわゆる赤土地帯である。赤色砂岩が丘陵をつくっている。道は赤砂塵がつもり、靴はもぐってしまい、自動車が通ると、私たちはすっぽりと赤い埃につつまれてしまう。苦力は灼熱した赤い埃の道を跣足はだしで歩く。苦力の跣足の足跡を私たちの軍靴が踏みつける。道傍には、アメリカから悪疫のように渡って来て、印度支那半島の原野を、たちまちにして覆いつくしたというヤ・ファランセット(土語でフランス人の草)は可憐な淡紫色の花を埃にまみれたまま付けている。』


 山本記者は夕暮にはバンサア村という所に到着する。そこで砂丘にて露営をしている。十三日は竹藪や椰子の木がある平原を黙々と歩いた。十四日、徐々に標高が高くなってきた。


『寒い、寒い。露営ではなく、とにかく屋根と床のある家に寝ていたのだが、やはり寒い。星のきらめいているうちに、寒さのために目がさめる。熱帯に来て、内地の初冬のような寒さに会おうとは、つゆ知らなかった。寒さを噛みしめるように、自暴に煙草を喫う。

 午前九時二十分出発する。

 隊の先頭に、猿公が歩いている。みんなの気持は、たしかに明るくなる。この猿公は村西准尉が軍警から二バーツで買いうけたのである。美しい機転にちがいない。

 猿公を先に立てて、われわれの部隊は進軍する。(中略)

 美しい紅葉を眺めながらゆくと、十時半頃から、胸衝きの山険道にさしかかり出した。

 三キロばかり険しい山道が続く。林は疎林から大樹の茂る大密林に変り出した。いわゆるジャングルの地帯にはいったのだ。先頭の猿君は元気に歩く。時々、後をふりかえり悲し気に啼く。(中略)

 ぐっしょり汗をかいて山を二つばかり過ぎた。百二十米の山を越したのである。山がけわしく、軍馬が、谷へ転がり落ちた。朝は寒いが、太陽が登り出すと、俄に炎熱にかわる。兵も馬も、苦しみと喘ぎの真只中を藻掻きながら、ビルマへビルマへと東洋の本当の平和を獲得するために、すべてを捧げて奔流のように、つき進んで行く。

 険山をようやく、すり抜けて、午後一時半頃、ホッとした気持で、山麓の渓谷にさしかかる。清洌な水でぐっしょり濡れた汗の肌を洗い、岩山のカブチャン山(九九〇米)らしい山は、何時の間にか見えなくなっていた。(中略)

 午後五時半頃、バン・オン・ロン山の麓にさしかかる。

「これから、本当な難険路だぞ」

 という声が伝わる。

「ひぇー」

 と、みんな目をみはる。

 すぐ前にせまった山は千米と九百米の二つである。海抜はさほど驚くに足らないとしても、心配なのは道のありようである。どうやら難路らしい。英気を養う意味で、山麓に宿ることになる。早速、苦力を指揮して四十五度の傾斜を持つ速製の藤棚のような山小屋をつくらせる。(中略)

 一月十五日。

 バン・オン・ロン山麓を午前八時過ぎに出発。(中略)

 九百米の山を過ぎた時に、忽然として、ジャングルが消え、赤色の崖の上にさしかかった。豁然として展望が開けた。足もとに、熱帯の樹海が眺められた。腕時計をみると十二時五分である。樹海の彼方、はるか天表に白い雲を巻いた紫の山がそびえている。山の首を巻いた白い雲も、われわれの足もとにあった。』


 描写だけ読んでいると、戦争に同行する手記とは思えない。が戦争でなければ、この辺境の地に来ることも記者とて来ることもないであろう。彼らはこの後バンサンという部隊に到着する。ここで、ビルマから来たという盗賊を思わせるような一隊に出会い、彼らから情報を得た。

「イラクにあった印度第二Dはビルマに向け輸送中で、先頭は既にビルマに到着した。ビルマ軍の歩兵の帽子は中折帽で、カーキ色。リボンの結び目には隊符号がついている。上衣はカーキ色のシャツ。下衣は半ズボンで、靴下は黒い。但し巻脚絆はカーキ色である」と。

 一月十六日、バンサンを出発して、メラマオという町につく。この町をすぎるとまたもや山岳地帯の難路を進んでいた。

 十七日、ようやくメソードの町に到着した。六日間に亘る走破であったが、これでようやくビルマ国境の手前に着いたのであった。ここまでの距離およそ八十キロであった。


 第五十五師団の各部隊は国境を越えるために前進を開始した。飯田中将は十七日、軍命令を発した。

 『第五十五師団は一月二十日泰緬国境を突破して先づ「コーカレー」付近に進出し爾後「モールメン」攻略を準備すべし』

 メソードから移動を開始した第五十五師団の各部隊は、軍命令に従い、二十日早朝国境を突破した。

 その模様は前掲書により見てみよう。報道班員らは各部隊に配属されて行動を共にすることになる。十九日行動開始である。


『午後六時半、部隊の出発準備は完了した。部隊は天幕を畳みこみ、チーク林をあっさり捨てた。いよいよ、ビルマ国境にその巨歩を刻み込もうというのだ。荷物運搬の背に瘤のある黄牛が吼える。軍馬はいななく。

 メソードの町から四キロばかり西へ進むと、メトーという聚落がある。この聚落はサルウィン河の支流で、北の方に向って流れているムヲイ河畔にあった。ムヲイ河は泰国とビルマとの国境をつくっている。対岸にはミャワディという小さな町がある。ミャワディはビルマの町である。モールメン街道はこの町から発する。私は約一時間の後に、メトー村の近くの林の中へもぐりこんだ。

 暫くすると太陽は真赤に輝いて林を明るくし、兵隊の顔を赤らめたり、くっきりとシルエットを描き込んだりした。この何時もの遊戯をすませると、ビルマ国境に立ち並ぶ山の背に去って行った。(中略)

 一月二十日。

 午前四時、部隊は林の中の道路を粛々と動き出した。巨大なる一頭の猛獣のように南十字星が心もち左へ傾いている。繊月の光は淡い。地上には厚く、この国独特のミルク色の霧がたれこめている。河畔に近づくと、いよいよ霧は濃くなる。

「この霧の晴れぬうちに」

 と、いう快音が、兵隊の心から心へ、波をうって伝わる。河畔に近づくと岸に立ち並んでいる大樹が、煙のように、ぼんやりと、まるで墨絵のように、朧気にうつる。

 敵前渡河は、午前五時すぎから開始された。私は大陸馬に鞭をあてて部隊本部の中にまじっていた。河は霧の海に見える。頬を霧が流れる。

 ムヲイ河は北へ流れる。ビルマ兵の持っている軍用地図には Thanuygin R. とある。水深は場所によってちがうが、一米程度である。佐々木正典隊の渡河した地点は腰まで、近藤部隊の渡渉点は乳まで没する深さがあった。水の流れる幅は三十米から四十米。岸と岸の間は四十米のところもあれば、八十米のところもある。

 この河を、部隊が渡渉するまでには神出鬼没の将校斥候幾組かが、河の深さを量るために渡河するばかりか、ビルマ領へ深く侵入していたことは言うまでもない。

 ある日の将校斥候は、大胆にも敵の監視所をさえ襲ったところ、敵の装甲自動車で追っかけられ止むなく応戦さえしている。それだけの周到なる偵察が行われているから、いざ鎌倉!という場合には、真暗闇でも行動と連絡は、敏速に行われた。渡河に際しては、○○部隊大藤隊が、筏まがいの仮橋を、出来得れば架橋する筈であった。併し、残念なことには、二十五米ばかり架橋したが、瀬の流れが速いために、計画は挫折してしまった。それで歩兵は、ざぶざぶと霧の中で水沫をあげ、お互いに援け合いながら渡った。熱血のたぎる南国のつわものたちは、文字どおり破竹の勢を以てムヲイ河と渡河した。というよりも、ムヲイ河を切断した。

 ○○部隊佐々木隊は泰国のラフエンーメトーの街道と、ビルマ領ミャワディーモールメンの街道とが接続する順当な地点から腰の上に水沫をあげながら進攻し、渡河が終ると隊伍を整え、磧の白砂を踏みしめて、ミャワディの町の東南の一角を占領、息をもつがずに事前に偵察して置いた敵の監視所に銃剣を擬して飛び込み、日本武士道の見事な華を咲かせた。これは、先遣部隊たる○○部隊の初の血祭であった。敵監視哨の番兵は六名だったが、すべて、日本刀の錆と化した。

(中略)

 「渡河に成功せり」

 の信号は後方に向けて発せられた。

 私にとって敵前渡河は最初のことである。危険の刺戟とロマンチックな快い勇壮感に充たされた。ところが、暫くして、

「架橋は不成功、乗馬及び駄馬は他の地点を選べ」

 という声がした。その声につづいて、

「この対岸は三米以上の崖である。馬は登れぬ」

 と鋭い声もした。本部には馬が多い。それに私たちも馬を持っている。本部の徒歩兵が渡るのを私たちは見送りながら、馬首を左に曲げた。そして、それから馬を持った私たちは、渡河点を探して、河岸の霧を吸いながら、チークの林を過ぎ、椰子の木のトンネルをくぐり、砂丘を抜けて歩き続けた。

(中略)

 私たちは、掃蕩の済んだミャワディの町にはいった。ビルマへはいったのだ。私の足跡は、ビルマの土にくっきりと印されているのだと思う。

 道傍には紫を帯びた美しい紅の花が咲いている。紙花である。家は閉ざされ、ある家には、大きな南京錠が蝶のように止まっている。ミャワディは、無人の町に見える。

 閉ざされた家の前に敵の死骸が転がっている。

 ミャワディの町を三百米ばかりすぎると、左側がジャングル、右側が竹藪の地点で、道路が左へ三十度位の角度を持って曲る。

 其処を通りかかったとき、とたんに、鋭い銃声がし、私たちの身近にもキュンキュンと弾が飛んで来た。

「止れ、危い」

 という声がした。道路は八米くらいの広さであり、左側には細い電柱が走っている。

 この鋭いしかも間近の銃声は、既に渡河した近藤隊が敵と遭遇して、激戦を交えているのであった。私たち軍馬を持った一隊が、渡河点を探しもとめているときー七時頃だったろう、対岸に銃声が聞えたが、あれから戦闘は継続されているのだった。敵は左側のジャングルの中に潜んでいて、執拗く抵抗を繰り返している。

 私たちは、傍の林や竹藪の中に馬を潜めた。

「敵は退路を断たれたから死物狂いだ」

 というものがある。

「どのくらい居るんだ」

「ジャングルの中だから見当がつかん」

 私の前を機関銃を抱えた合田隊の兵隊がすり抜けて行った。そのすぐ後には、祖先伝来した家宝の大業物を構えた合田東市大尉が頑張っている。

 まわりには、鋭い気魄の旋風が巻き起っている。これは支那大陸においては、奮迅の勢を以て歴戦し、存分に血を吸っている業物であるという。

 この戦闘は霧の朝あけにはじまったのであった。

「十米先は見えぬほどの霧でした」

 と兵隊はいう。

 北岸に不敵な渡河を敢行した近藤隊は、東南岸を占拠した筈の佐々木隊に連絡をとろうとして、ミャワディの町へ将校斥候を出した。しかし、それでは、不十分だと、更に軽装した偵察隊を派遣した。その連絡のための偵察隊が、道路上で、敵に遭遇したのであった。敵は軍帽こそちがうが、皇軍の服装に近いのだ。淡い霧だったが、部隊では同志討ちを避けるために、合言葉を用意していた。

(中略)

 戦闘は午後三時頃にようやく終った。敵はようやく退路をみつけて、続くジャングルを縫って逃げのびたのである。神は彼等を援ける筈はないのだが、心なき愚鈍なジャングルが彼等の姿を呑んだのだ。敵が逃亡した直後、敵のひそんでいた陣地へ、私はいそいだ。装甲自動車二台、トラック一台が迷彩されたまま放棄されている。何れもフォードである。頑丈で優秀な奴だ。

「装甲自動車の蔭にかくれて敵さんが射撃したのです。所置なかったですね」

 と本部の藤本薫中尉が撫然として語る。敵の散兵壕は木の枝で偽装されているが単純なものである。傍に薬莢が散乱している。口径は八ミリ、チェッコ機銃であろうか。(中略)

木の葉のかげにはガソリンがふんだんに積まれていた。遺棄された装具から推定して、敵は約五十名いたにちがいないと思われた。

 私たちが陣地を点検しているうちに、部隊は、更に敵を求めて街道を駆けていた。それで、私たちは動き出した鹵獲装甲自動車に飛び乗った。もう夕暮は近づいている。』


 一月二十一日、彼等は「シンガニナウン」という町に着いた。日本軍機の爆撃でくすぶっていた。捕虜の証言では、四、五百の兵がいたが、爆撃を受けたのち、雑踏の如く逃亡していったという。二十二日は再び険しい山道を歩き続けた。

 二十三日、ようやくモールメン街道の要衝「カウカレイ」の町に入る所であった。

『朝飯をすますと、私は○○部隊へ連絡に行った。久利中尉に状況を聞くと、すぐに、自転車部隊の将校斥候を出して、敵情を偵察する。部隊の出発は、その情報によって決定するという。暫くすると自転車隊は砂埃を巻きながら出発して行った。私は初野君とすぐ出発の用意をした。久利中尉は私たちの身を慮って、極力ひきとめる態度なので、尖兵の出発を知らせてくれないかも知れない。それで初野君と私は駄馬を兵隊に頼み、弁当を背負って、村の入口の木陰で頑張ることにした。尖兵が村を出発したら、すぐ木蔭から飛び出そうというわけだ。』


 報道班員の二人は眠ってしまったが、まだ尖兵隊は出発していなかった。暫くすると、尖兵隊が動き出したので、山本は初野を起こして、尖兵隊を追いかけた。道は幅十メートルほどもある自動車道だった。午後五時半頃尖兵隊と共に、カウカレイの市街にはいった。一部は火災を起こしており、市民は避難して空であった。姿を見るのは人の財産を盗む泥棒だけである。


 山本は本社に報告する文書を書いていた。

『・・・二十三日、すなわち、国境突破より四日目の午後五時四十分(日本時間)○○部隊尖兵(宮脇隊)はモールメン街道の要衝でありカウカレイ県の県庁の所在地カウカレイ市の東端に突入、更に市街に入った。午後六時過ぎ同市の警備を完了した。われわれは尖兵と共に同市に飛び込んだが、市街のメインストリートの一部は火災をおこした他、破壊されずして皇軍の掌中に落ちているのを見た。皇軍は直ちに精米所その他の敵産を確保した。市内並びにその郊外には装甲自動車、迫撃砲、その他弾薬等武器多数が遺棄されており、椰子の梢には敵の遺棄死体をもとめて群鳥が無気味に啼き続けている』

  (文化奉公会編 「大東亜戦争陸軍報道班員手記」より)


 部隊の戦闘詳報があまり遺されていないビルマ戦において報道班員の記録が頼りとなる貴重な証言でもある。


 二十二日、飯田中将はビルマ国民に対して声明を発している。日本語文は以下のようである。


『親愛なるビルマ一千五百万の民衆に告ぐ。日本帝国の大東亜建設方針竝に帝国のビルマ民衆に対する期待は一月二十一日帝国政府の声明により更に明瞭に諒解されたであろう。即ち日本軍のビルマ進撃の目的は最近百年間搾取と圧政とを事とするイギリス勢力を一掃に、ビルマ全民衆を解放して、その宿望たる独立を支援し以て東亜永遠の安定確保と世界平和に寄与せんとするに外ならぬ。抑々ビルマ人は日本人と等しく東亜民族であり、熱烈なる仏教徒である。況んやわが軍はビルマ解放のため進攻せるものなるを以てわが軍に対してその身分職務の如何を問わず、各々その分に応じ協力の誠を致すべきである。日本軍またわれに協力するものは誰人たるを問わずこれをわが味方とし或いはこれに保護を加え、或いは共に相携えて目的の達成に努力するであろう。これに反しわが軍に反抗し或いはわが軍の軍事行動を妨害するものは悉く東亜の敵として取扱い、断乎として膺懲の鉄槌を加えるであろう。即ちビルマ人といえどもわが方の軍事行動を阻害するものは東亜を裏切るものとしてこれを容赦せず、これに反し東亜民族にして従来已むを得ずイギリス軍隊にありしもの、イギリス政権及び蒋政権と関係ありしものといえども、過去の一切の関係を断ちて来るものはこれをわが同志として迎え保護を加えるものである。今や東亜民族解放戦は開始された。東亜の同志、民衆よ、敵側の宣伝や無根の謠言に惑わされて軽挙妄動することなく安居楽業するとともに東亜民族たる自覚の下に一斉に起ってわが軍の作戦に協力せよ。しかして勇敢なるビルマ独立義勇軍諸士よ、今こそ祖国の独立と栄光のために蹶起すべきときなるぞ。必勝不敗の大日本帝国軍は諸士とともに進軍す。進め必勝の信念の下に。

         一月二十二日午前十一時

     大日本帝国陸軍ビルマ作戦軍最高指揮官』

     (同盟通信社編纂 「大東亜戦史 ビルマ作戦」より)


 これらの報告を読むと、日本軍は慎重に事前の斥候を行い、作戦実行に備えていたことがよくわかる。しかし、よく未踏の山地、ジャングルを一週間かけて踏破し、貧弱な装備でビルマの緒戦を戦ったものである。

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