第二話 英軍のビルマ防衛計画

 ビルマの英軍司令部は、日本軍はマレー半島に殺到しており、その進攻作戦が一段落するまでは、ビルマへの攻撃はないのではないかと甘い見込みを立てていた。それよりも、北アフリカでのロンメル率いるドイツ軍に対する大規模な反撃を実施している状況において、ビルマの防衛計画は二の次であった。

 といっても、重要な援蒋ルートもあり、強引に無視して何もせずに失うわけにもいけない事情もあった。中国に対しては見捨てたという印象は与えたくない。

 ビルマはイギリスの植民地であり、この地を簡単に失えば、西の隣国インドでも反英感情が爆発して一大事になるかもしれないのだ。


 ビルマには元々英軍は二個大隊しか駐屯していなかった。首都ラングーンを守備するグロスターシャー第一大隊であり、あと一つは北部ビルま方面を治安するキングス・オウン・ヨークシャー軽歩兵第二大隊だけであった。他には現地兵編成の四コのライフル大隊と少数の国境警備隊だけという貧弱なものだけであった。

 日本との関係悪化に伴い、ライフル大隊は八コに増加され、開戦前には十二コに増強されたが、訓練が未熟であった。そこで、インドから第十三インド旅団がラングーンに輸送され、第十六インド旅団も輸送途上にあった。


 蒋介石もビルマルートを守るために遠征軍を派遣することを決めていた。

 英空軍はバッファロー戦闘機を中心とする三十機程度であり、米国義勇軍のシェンノート空軍の一個中隊がビルマに駐屯協力することになった。

 英軍は日本軍がタイ国内から進入するのであれば、唯一道路が開通している南部のテナセリウム地方からだと考え、兵力を南へと移動していた。


 ラングーンの東を守る都市モールメンには、第二ビルマと第十六インド旅団の一部だけであり、ビルマ軍司令官ハットン中将はウエーベル大将に援軍を要請したが、英軍はシンガポール防衛に頭を抱えており、ビルマに必要な第十六インド旅団の残り部隊をもシンガポールに送らないといけない状況であった。

 オーストラリア軍の第七師団を送る算段もしたが、オーストラリア側に拒否され、結局インドから三コ旅団を派遣しなければならなかった。英軍の機甲部隊は北アフリカ戦線から抽きだすことは現時点では不可能であった。

 後任のハットン中将はどう考えても三万の弱小兵力で日本軍を迎え撃たなければならなかった。


 防衛計画を立案するにしても、余りにも兵力は少なすぎた。ただ、日本軍は当分はマレー半島、シンガポール攻略に力点を注いでいるので、しばらくはビルマは大丈夫であろうという楽観的考えであった。その間に印度もしくは本国より増援部隊が到着すれば、日本軍の進攻を防御できると思っており、日本軍の装備資質は二流であるという思い込みもあった。

 進攻する日本軍も当初は五十五師団の歩兵五コ大隊、後続する三十三師団も二個連隊程度の兵力しかなかったのが現実でああった。


 後に入手した資料から英軍の十二月開戦時頃の編制は次のようであった。


 英ビルマ方面軍

  司令官 ディ・ケー・マクレオド中将

      後任 トーマス・ハットン中将  ラングーン

  第一ビルマ師団

   第一旅団  ケンタン付近

    長 A・L・ハーウェル准将

     キング・オーン・ヨークシア

      軽歩兵第二大隊

     緬甸小銃第一大隊

     緬甸小銃第五大隊

     第一戦隊

     第三戦隊

  第十三印度旅団 タウンギー

     第一「バンジャブ」連隊第五大隊

     第七「ラジプット」連隊第二大隊

     第十八「ロイヤル・ガルワル」小銃連隊第一大隊

     第四戦隊

     第五戦隊

  第二旅団  「テナセリウム」地区

    長 A・J・H・ブールク准将

     緬甸小銃第四大隊

     緬甸小銃第八大隊

     緬甸小銃第二大隊

     緬甸小銃第六大隊

     第二戦隊

  軍直部隊

     「グロスターシア」連隊第一大隊

     緬甸小銃第三大隊

     緬甸小銃第七大隊

  第十六印度旅団  「マンダレー」

    長 F・K・ジョーンズ准将

     第九「ジャート」連隊第一「ロイアル」大隊

     第十二国境軍連隊第四大隊

     第七「ゴルカ」小銃連隊第一大隊


 また、英国の極東総指揮官ウェーベル大将と蒋介石との間に英支軍事協定が結ばれ、蒋介石は援支ルートを守るために遠征重慶軍を組織し、ビルマに派遣した。

 日本軍は支那の派遣軍に対する交渉の書簡を入手していて、それが翻訳され遺されている。

 

  支那軍入緬に関する交渉の一節

一九四一年十一月十七日附在重慶英国大使館附陸軍武官エル・イー・デニス少将発重慶政府軍事委員会軍政部長何應欽宛書簡


一 昨夜緬甸軍司令官「マクレオド」将軍に架電し昨夜の会議に於ける閣下の御

 提案を通告せり 一定作戦区域を付与し英軍又は印度軍と混同せざることを条

 件に緬甸防衛の為第五軍及第六軍の全部を緬甸に派遣せんとする蒋委員長の寛

 大なる御申出を移牒せり 

 軍司令官に於て右軍隊を必要とするに於ては左記二種の方策に就き考慮された

 き旨を要請せり 即ち

1、閣下の御提案通り右軍隊は北部戦線(「ケンタン」)全部を担当し我軍は交

 代して南部の戦闘に赴くか或は

2、泰国に対し英支共同攻勢を取り先づ最初に重要なる着陸場を有する「チェン

 ライ」ー「チェンマイ」の線を獲得する右の件に関し軍司令官と詳細討議の為

 明日発の国立中華航空公司機により幕僚一名を緬甸に派遣せんとしあり

二 其の間に於て緬甸増援応急手段として速かに第六軍全部を要請し同軍を左記

 の如く任用を可とする旨「マクレオド」将軍に進言したり 即ち第九十二師は

 協定通り「モンヤウン」を基地とし日本軍「ケンタン」又は同以北に進入せば

 其側背を攻撃する特別任務を担当す

 第六軍残部は緬甸軍右翼に戦線を展開以て我軍の一部を交代せしめ他方面に於

 ける戦闘に赴かしむ

 右案に依れば我軍の右翼を担当する第六軍残部と連絡なき左翼地区を第九十三

 師に担当せしむることとなる事は承知しあるも第九十三師の任務は独立したる

 最も重要なる任務にして然も現在これを変更するは遅きに過ぐる感あり 「モ

 ンヤウン」地区には一箇師以上を充当することは不可能なり

三 以上記述したることは勿論「マクレオド」将軍の同意を条件とすることなる

 も第六軍全部を緬甸に増援されたき要請は当然あるものと期待し左記の如く閣

 下に要請せんとす

1、「マクレオド」将軍の要請あり次第第六軍暫編第五十五師を自動貨車に依り

 「ワンチン」移動せしむる手配をされたし

 三乃至四日以前に御通知あれば「パオシアン」に四百台の自動貨車を集結し同

 地より緬甸領迄の軍隊輸送に協力する用意あり

2、第四十九師残部を可及的速かに集結せしめ自動貨車に依り「ワンチン」に派

 遣されたし「パオシアン」以後の輸送に就き協力することを得

四 既述の提案に就き閣下は御同意下さるや御通知願いたし


   写書送付先

 緬甸軍司令官「デイ・ケー・マクレオド」中将

  印度「ニューデリー」印度軍総司令部参謀総長


 この交渉案について英支両国が共同して泰国に進入して飛行場を占拠することも提案していたことがわかる。当時の英国の考えがわかる事案でもある。


 重慶のビルマ遠征軍は、支那第九戦区の主将羅卓英を総司令官とし、第五軍、第六軍、遊撃軍の三個軍からなり、第五軍は杜聿明麾下の第二十二、第九十六、第二百の三個師団、第六軍は関麟徴麾下の第四十九、第五十五、第九十三師団の三個師団、遊撃軍は第二十八、第二十九、第三十八の三個師団から編成され、総兵力約十万であった。

 まだ、日本軍はこれほどまでに大部隊が集結していることは、知らなかったが、敵無線傍受による情報では、支那軍がビルマ国境を越えて流れ込んでいることは把握していた。

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