第三六話 世界情勢判断

 連絡会議で決定された世界情勢判断は次のようにまとめられた。


    世界情勢判断

第一、米英側の執るべき方策

 米英は今後軍事的経済的財政的其他各方面に於ける協力を益々緊密化し一体となりて枢軸側戦力の低下に努めつつ他面自己戦力の急速増強を図り先づ其の対枢軸戦争指導の重点を欧州に置きソ連と相提携して該方面の戦局を有利に展開せしむると共に対日反撃進攻拠点の確保強化に努め優勢なる兵力を保有するに至らば一挙対日反攻を企図すべし即ち

一、差当り英は米ソと相携えて先づ速に独伊戦力の撃破を図ると共に地中海及西

 亜方面を確保し日独伊の提携阻止に努むべし

  尚英は東洋方面に於ては対日反撃竝に英帝国結合保持の為極力印度洋の制海

 権及印度竝に濠洲の確保に努むべし

二、差当り米は英ソと相携えて先づ速に独伊戦力の撃破を図ると共に濠洲及印度

 洋方面に於ては対日反攻拠点の確保強化に努め且有力なる海上及航空兵力を太

 平洋方面に集中し其の一部を以て我が海上交通の妨害日本の中枢地区に対する

 奇襲其の他各種ゲリラ戦の実施に努むべし

三、米英は援「ソ」援蒋に力を尽すべく他方その対日牽制行動乃至は参戦に多大

 の期待を掛け極力之が実現に努めつつ差当り密かに東部「ソ」領に対日進攻拠

 点の獲得を策すべし

四、米英は戦力向上の時機を見て対枢軸大規模攻勢に転ずべく之が為日本に対し

 てはソ支と提携して大陸方面より直接我中枢部を衝くに努めつつ主力を以て濠

 洲及印度洋方面より逐次戦略要点を奪回反撃し来る算大なり

  而して其大規模攻勢を企図し得べき時機は概ね昭和十八年以降なるべし

(参考)

一、濠洲(新西蘭ニュージーランドを含む)の情勢

 ⑴ 濠洲は専ら米及英の援助に頼りて戦力の増強に努め執拗に対日抗戦継続を企

  図すべし

 ⑵ 濠洲戦力増強の程度は濠と米英間の交通路の状況に依存すべく若し交通路の

  遮断長期に亘らば増強は不可能となるのみか戦力は低下すべし

 ⑶ 濠洲は漸次対英関係に於ては自主的となるべきも対米依存の度を増すべし

 ⑷ 濠洲国防力の隘路は人口の少きこと及工業殊に重工業生産能力貧弱なること

  に在りて其の強味は衣食に関しては如何なる長期戦にも対処し得る点に在り

二、印度の情勢

 ⑴ 英米は印度の防衛を強化すると共に印蒋関係の緊密化を図り抗戦体勢の保

  持に努むべし

 ⑵ 今后印蒋関係は援蒋ルートの開発計画竝英印妥協に関する蒋の仲介等に関

  連し漸次緊密化すべし

 ⑶ 英は印ソ・印蒋関係を利用し米の支援を得てあらゆる手段を尽して印度民衆

  をして対枢軸戦争に全面的に協力せしむることに努むべし

 ⑷ 印度に於ける反英運動は枢軸側の戦果の拡大特に帝国のビルマ占領竝日独

  の印度孤立化方策実現するに於ては枢軸国の対印内部工作と相俟って其の積

  極化を見るの可能性あり

第二、「ソ」連邦の採るべき方策

 一、ソ連邦は世界長期戦化を目途としつつ米英との提携協力を強化し対独抗戦

  に専念するに努むべし

   此間「ソ」連邦は差当り帝国に対し現状を維持せんことを努むべし然れど

  も米英の強要に依りては対日参戦の虞無しとせず

   特に春季独ソ戦がソ連に有利に進展したる場合には帝国の対米英戦の推移

  に伴い帝国の戦力が低下し又は其の弾撥力だんぱつりょくを失うに於ては米英と連繫するソ

  連邦の対日参戦を誘発するの算大なり我が対ソ武力行使必至と判断せる場合

  には米に軍事基地を供与すると共に彼より進んで機先を制し奇襲的攻撃を敢

  行するの虞尠おそれすくなからず

 二、東部ソ領に於ける現兵力(狙撃師団約二〇戦車約一、〇〇〇飛行機約一、

  〇〇〇)は日ソ間の現状変化なき限り本春以降に予想せらるる独ソ戦況の推

  移如何に拘らず大なる変化なかるべし

 三、ソ連邦は援蒋行為を続行するの外我領導下の諸民族に対し主として思想戦

  に依り撹乱を策すべし

 四、現情勢に於ては独ソ和平の可能性なかるべし

第三、独伊の採るべき方策

 一、独軍は本冬季間概ね対「ソ」攻勢準備を整え得べく本年春夏の候に於て対

  ソ攻勢を再興すべし但し本年中にソ連兵力を徹底的に潰滅するは至難なるべ

  く又之に依りスターリン政権崩壊の可能性は見込なかるべし此間速かに高架

  コーカサスの占領と企図すべし

 二、独は其の高架索作戦の進展に伴い西亜に於ける英勢力の一掃を企図し帝国

  との連繋に努むべし

   右作戦の規模及進展の態様は一にソ軍抗戦力の快復程度及独軍の攻勢準備

  完整程度竝土国の向背如何に繋るものにして今遽に予期し難し

 三、対英本土上陸作戦準備は依然之を整えつつあるも英の屈服崩壊のきざし到来せ

  ざる限り当分進で之を敢行することなかるべし

   但大西洋方面に於ては依然対英封鎖に重点を置きつつ逐次対米海上交通破

  壊戦を強化すべく其効果は相当に期待し得べし

 四、仏国に対しては逐次之を枢軸陣営に抱擁するに努むべし

 五、現情勢に於ては独ソ和平の可能性なかるべし

第四、重慶政権の動向

 一、重慶政権は逐次抗戦力を低下し且其財政経済状態は逼迫しあるも尚党及軍

  の威力を背景として靭強なる抗日意識を堅持し反枢軸陣営の最後の勝利を期

  待しあるを以て未だ抗戦意志を放棄するに至らざるべし而して此間益ソ連と

  の提携強化及印度民族との接近を計ると共に抗日陣営の統一に努力するもの

  と認めらる

 二、米英の援蒋ルートの遮断、枢軸側戦果の拡大其他米英「ソ」依存の頼み難

  き情勢現出し且我国力逓増するを見るに至らば遂に其の抗戦体制の崩壊を招

  来すべし

第五、中立諸国の動向

 一、仏国の動向

  仏国は依然灰色的態度の持続に努め対独協力の積極化は尚躊躇ちゅうちょすべし

 二、葡国の動向

  ボルトガルは現情勢に於ては其領土権が尊重せれるる限りなるべく長く中立

  的態度を維持するに努むべし

 三、拉米ラテンアメリカの動向

  アルゼンチン、チリーは差当り中立的態度を維持すべき早晩米に追従するの虞

  大なり

 四、トルコの動向

  依然中立を堅持するに努むべきも本春以後独軍の高架索作戦順調に進捗する

  に於ては枢軸側に参加するに至るの公算多し

 五、西国の動向

  西班牙スペインは今直ちに枢軸側に参加し得ざる状態に在り

第六、彼我国力推移

其の一 米英の戦争遂行能力

 一、米国

  米国は専ら生産部門の隘路是正及国家総力戦態勢の確立に努力し概ね一九四

 四年末期に至る間其の軍備及軍需生産能力は飛躍的に上昇すべし

  然れども爾後は対外依存資源、労力、輸送力等の不足により生産力の増勢漸

 次停滞の傾向を示す可能性あり

 二、英国

  現情勢を以て推移せば今後尚若干の戦力を増加すべし

  然れども英本国は人的資源に於て殆んど限度に達しあり物的資源亦海外特に

 米に依存せざるベからざる状況にあるを以て制海権竝属領植民地の喪失に伴い

 逐次其の戦争遂行能力は低下し傾向を示さざるを得ざるに至るべし

 三、米英戦争遂行能力の綜合的観察

  米英合作の綜合戦争遂行能力は強大にして我に対し優勢なる戦力を急成し且

 長期に亘り戦争を遂行し得る能力を有す

  其の戦意も亦一般に旺盛なるものありと雖も左の如き幾多の脆弱点を包蔵し

 あり

 ⑴ 人的戦力は物的戦力に伴わざるべし

 ⑵ 物的戦力膨大なるも米英特に米の政治経済機構は今尚国家総力戦に必要な

  る臨戦態勢を整備し居らず之が確立には今後幾多の摩擦紛糾を生ずべし

 ⑶ 優勢なる軍備を有するも之が進攻拠点の喪失は其の価値を大いに減殺す

 ⑷ 英の戦争遂行能力は海上輸送力に依存するところ極めて大なり

 ⑸ 米の海上輸送能力は国力に比し貧弱にして援英に徹底し得ず

 ⑹ 米英の遮断分離が其の戦争遂行能力に及ぼす影響は日独間遮断分離の比に

  あらず

 ⑺ 英国は自治領植民地等との遮断分離により遂に崩壊を来す虞あり

 ⑻ 米英国民は生活程度高く之が低下は其の頗る苦痛とすることにして戦捷せんしょう

  希望なき戦争継続は社会不安を醸成し一般に士気の衰頽すいたいを招来すべし殊に英

  の敗戦が米に及ぼす影響は極めて大なり

 ⑼ 米英の結合は自然なるも米英ソの提携は不自然にして其間幾多の矛盾を有

  す

 ⑽ ルーズベルト、チャーチルの政策は動々ややもすれば投機冒険に堕し国民必ず

  しも其の指導に悦服し居らず

其の二、ソ連の戦争遂行能力

 一、現状に於ては低装備の狙撃約二〇〇師団を以てする東西両正面同時作戦の

  遂行は可能なるべし

 ⑴ 人的資源豊富なり

 ⑵ 今春頃の軍需工業能力は独ソ開戦前の約五割なり

 ⑶ 糧食は十分あり

 ⑷ スターリンに対する信望厚く軍民共に目下のところ抗戦意識旺盛なり

 二、高架策の喪失はソ連の物的抗戦力に大なる低下を来すべきも差当り本年対

  独戦の遂行は支障なかるべし

 三、若しソ軍にして長くレニングラード、モスクワ付近竝高架策を確保するに於

  ては本年秋頃迄に其の能力を若干(今秋頃には開戦前の七割程度)向上すべ

  きも爾後の増勢は極めて緩慢なるべし

其の三、独伊の戦争遂行能力

 一、独国

  現国力を概ね維持し得べし

 ⑴ 対ソ攻勢作戦遂行には差当り支障なし然れども本年度内にコーカサス作戦

  終結せざれば爾後大規模なる作戦を実施するためには石油資源不足する虞あ

  り

 ⑵ 人的資源及軍需工業能力は十分なり

 ⑶ 糧食は勢力圏内の需要を概ね充実し得

 ⑷ ヒットラーに対する信望厚く軍民共に戦争意志旺盛なり

 二、伊国

  伊の戦争遂行能力は独に依存する所少なからず

  独伊間の交通確保せらるる限り伊は其の戦力維持に大なる困難なかるべし


第二問題 

  米濠並英印濠間の相互依存関係並之が遮断に依る影響

第一 米濠間の相互依存関係並之が遮断に依る影響

  濠洲は従来対英依存関係大なりしも今後に於ては軍事及政治的に対米依存関係漸次強化すべし

  米濠間の完全遮断の継続に依り

 一、濠洲は今後米国の援助に依り抗戦力の増強不可能となるべし

 二、米国は南太平洋に於ける対日反攻拠点を失い且つ太平洋を通ずる米英の連

  繋は不可能となるべし

 三、米濠間の物質依存関係は別紙の通り(第一及第五の項)にして之が遮断の

  影響は米濠の経済力に対し決定的ならざるも濠の国防生産力の増強は不可能

  となるべし

第二 英濠間の相互依存関係並之が遮断に依る影響

 英濠間の完全遮断の継続に依り

 一、濠洲は英国よりの軍事的其の他の援助の途を失い抗戦力の低下を来たすべ

  し

 二、英国は太平洋を通ずる米英連繫の拠点を失うと共に東亜に於ける有力なる

  反攻拠点を失い且つ印度に対する遮断と相俟ち大なる心的打撃を受くべし

 三、英濠間の物資依存関係は別紙の通り(第三及第六の項)にして之が遮断の

  影響は戦争遂行上英に対し必ずしも決定的ならざるも濠は国防生産力の増強

  不可能となると共に遮断長期に亘るときは濠の経済困難深刻となるべし

第三、英印間の相互依存関係並之が遮断に依る影響

 英印間の完全遮断の継続に依り

 一、大英帝国構成の支柱たる印度を孤立化し其の印度統治の直接圧力を稀薄な

  らしめ之が離反の傾向を与え且つ英帝国の権威を失墜せしめ英国の戦争遂行

  能力に深刻なる打撃を与うべし

 二、英米は印度洋方面に於ける対日反攻拠点を失うべし

 三、英印間の物資依存関係は別紙の通り(第四及第八の項)にして之が遮断は

  英国の物資調達力に直接且つ致命的影響を与えざるも西南太平洋地域よりの

  物資供給遮断と相俟って其の追加的影響は少ならず

 四、印度は経済的に孤立し貿易の杜絶に伴う経済的不安を招徠しょうらいすべし

 五、印度が濠洲阿弗利加西亜方面に対し有力なる人的物的資源の供給基地たる

  に鑑み之が遮断は此等諸地域に対し軍事及経済上相当大なる影響を与うべし

 六、重慶と米英間の完全遮断を招徠し物心共に重慶に与うる影響大なり

第四、前各項の影響は完全遮断か長期に継続せらるることに依り累加顕著となる

 べし

第五、米濠並英濠間完全遮断は帝国の西南太平洋諸地域の確保と相俟て其の米英

 に与うる物的心的影響は極めて大なるものあるべし

  別紙其の一

第一 米国の対濠物資依存関係

 物資名   依存度   転換方向

  羊毛    中   アルゼンチン、ウルグワイ等南米

             へ一部転換可能

            国内過剰綿花の利用により代替可能

第二 米国の対印物資依存関係

 物資名   依存度   転換方向

  黄麻    大   綿に利用により代替可能

  マンガン  中   国内貧鉱開発

            南米(ボリビア)、アフリカ(黄金

            海岸)へ一部転換可能

  高級雲母  大   国内開発と低級雲母の利用による代

             替可能

            カナダ、アフリカ(マダガスカル)

             へ一部転換可能

  茶     大   転換不可能

第三 英国の対濠物資依存関係

 物資名   依存度   転換方向

  羊毛    中   南米、南亜へ一部転換可能

            米棉、南米綿、南亜棉の輸入による

             代替可能

  小麦・大麦 小   カナダ、米国、南米へ一部転換可能

  肉類    中   米国、南米へ一部転換可能

  バターチーズ類 中 同右

  砂糖    中   中米へ転換可能

  鉛     大   カナダ、メキシコ、南米へ一部転換

             可能

第四 英国の対印物資依存関係

 物資名   依存度   転換方向

  黄麻    大   輸入綿の利用により代替可能

  棉花    小   米棉、南米棉、南亜棉に転換可能

  マンガン  大   アフリカ(黄金海岸)ロシア、南米

             に一部転換可能 

  タングステン 大  南米に一部転換可能

  グローム  小   アフリカに転換可能

  高級雲母  大   カナダ、アフリカに一部転換可能

  米     大   

  植物性油類 大   中南米に一部転換可能

  茶     大   転換不可能 

 (註)前諸表中大中小とは夫々依存率五〇%以上、二五%以上同上以下とす

第五 濠洲の対米物資依存関係

  米国より従来石油類を筆頭に、自動車及部分品、トラックター類、煙草を主

 とし輸入し居り輸入遮断に依り蘭印よりの石油杜絶と相俟ち長期に亘るときは

 産業生産力に深刻なる影響あるべし

第六 濠洲の対英物資依存関係

  従来全輸入の約半は英本国よりにして自動車及部分品、設備機械類、化学製

 品、綿製品及人絹製品、紙類を主として輸入し居たるが機械類綿製品等の輸入

 杜絶長期に亘るとき此等の自給生産力弱き為め深刻なる影響を受くべし

第七 印度の対米物資依存関係

  従来全輸入の約二割は米国よりなり、自動車及部分品を筆頭に、石油類、各

 種機械類を対米輸入の主たる品目とす

  ビルマ、蘭印よりの石油輸入杜絶と相俟ち相当の経済不安をもたらすべし

第八 印度の対英物資依存関係

  英本国より輸入は機械類を筆頭とし化学製品、鉄製品、車輌類を主たる品目

 とす、之等輸入の杜絶は戦時生産力の拡大を困難ならしむべし

第九 米英の対濠印投資関係

 一、米国の濠洲に対する投資関係

  濠洲に対する投資は一九三八年の調査に依る外途なきも米国の対外投資総額

 の約二%に過ぎす此れを喪失するも影響なかるべし

 二、英国の濠洲に対する投資関係

  濠洲に対する投資は一九三六年の調査に依る外なきも英国の対外投資総額の

 約二〇%に当り、全南米に対する投資と共に最大の投資先なりしに鑑み之が喪

 失又は不安は英国経済の蒙る打撃少からず

 三、英国の印度に対する投資関係

  印度に対する投資は一九三六年の調査に依る外なきも英国の対外投資総額約

 一三%に当る

  之を要するに濠洲、印度への投資を喪失すれば全対外投資の三割内外を失う

 こととなり、英国の信用経済機構に対する影響は極めて大なるべし


 第三問題

  初期作戦の実績は予定計画に対比し軍事的政治的経済的に如何なる差異あり

 しや

第一、軍事

 一、対米英蘭

  初期作戦に於て陸海軍共に予期以上の大戦果を収めたる結果差当り米英をし

 て守勢に堕せしめ我国土の防衛、主要交通線の確保等に関し有利なる情勢とな

 りたる外現戦勢を活用せば長期戦完遂の為め従来は守勢的戦略態勢を採るの已

 むなきを予期せしめたるに反し今や攻勢的戦略態勢に転じ得るの機運となれり

  説 明

 ⑴ 陸軍作戦は比島方面に於て若干遅滞を見あるの外全般に約一ヶ月の作戦期

  間を短縮進展せしめたり尚我が兵力の損耗に於ても予想外に軽微なり

   殊に南方作戦の一段落後に予想せしビルマ作戦は南方に於て早期に得たる

  余力に依り既に之を開始し得るに至りたり

 ⑵ 海軍作戦は緒戦に於て太平洋方面所在の米英艦隊の主力に対し大打撃を加

  えたる外在東洋敵海上兵力を殆んど撃滅したるに対し我が兵力の損耗は予期

  以上に僅少にして太平洋竝に印度洋方面に於ける彼我の兵力関係は当分の間

  攻守互に其の所を変じ得るに至りたり

 ⑶ 陸海軍航空作戦を亦我が損耗比較的僅少且多大の敵航空兵力を撃破し予期

  以上の戦果を収めつつあるを以て今後太平洋及印度洋方面に於ける敵大航空

  兵力の展開を封じ得るに於ては敵航空兵力の急速増勢に対処し得る情勢とな

  れり

 ⑷ 米英は将来其の戦力向上せる暁に於て尚残存せる反攻拠点を利用し大規模

  攻勢を企図し得べし

 ⑸ 特に緒戦に於て敵軍に与えたる心的打撃は甚大なるべし

二、対重慶

  重慶側に対しては初期作戦の大戦果就中予期以上に迅速なるビルマルートの

 遮断に依り其の抗戦力に相当の影響を与うべきを予想せしむるに至れり

三、対ソ連

  我が初期作戦の大戦果は北辺防衛の措置と相俟ち今日迄の処対日ソ関係の静

 謐維持を容易ならしめつつあり

四、対独伊

  初期作戦の大戦果を独伊に与えたる心的影響は極めて大なるものあり我が印

 度洋方面作戦と相俟て枢軸側の作戦に活を入れたる効果は予期以上なり

第二 政治

  帝国を中心とする現下の世界政治情勢を開戦前の予想と比較するに概ね当初

 期待せる推移と些したる相異なきも其の大勢は予期以上帝国にとり有利に展開

 し居れり

   説 明

一、対米英

  米英は初期作戦に於て意外なる惨敗を喫したる為め相当狼狽せること疑なく

 特に英政府は苦境に陥りたる模様にて世論の糾弾を蒙り改造に次ぐ改造を以て

 するの已むなき状態にあり米国に於ても亦政府に対しかねて内燃し居りたる不満

 の表面化するもの散見し始めたるが米英両国共猶最後の勝利を期待し戦意動揺

 するに至らず

二、対重慶

  重慶政権の抗戦意識未だ衰退せず重慶側統一戦線の分裂の如きは尚容易にな

 らずと認めらるるもビルマルートの予期以上迅速なる遮断は相当の痛手なるも

 のの如し

  尚蒋は印度と所謂反侵略戦線の結成に腐心し居る処其今後の発展は注意に値

 すべし

三、対ソ連

  ソ連は西方に多事なるのみならず我が施策と相俟ち初期作戦の進捗極めて順

 調なりし為容易に米英の使嗾しそう(註、けしかけること)に乗ぜられず反日軍事同

 盟締結乃至対米英軍事基地提供等も之を差控え居りて今日迄の所日ソ関係は静

 謐維持を容易ならしめたり然れども独蘇戦の推移思わしからざりしは我にとり

 注意を要す

四、対独伊

  独伊との関係は対米宣戦、単独不媾和取極及軍事協定の締結等何れも何等の

 困難なく予期以上の約諾を為さしめ得たる外日独間には目下経済提携の具体的

 商議進行中なる等日独伊三国の協力関係へ逐次強化せられつつあり特に帝国の

 緒戦に於ける大戦果は独伊の士気を振起せしむるの効果大なるものありたり

五、其他

  泰及仏印に対する我方軍事的政治的経済的施策は予期以上順調に進展し其結

 果我方の南方経略を容易ならしめたり

  南米に於ては緒戦の大戦果と我方施策と相俟ち米国の執拗極まる圧迫にも拘

 らず亜智両国は依然実質的中立を維持し居り今日迄の所我方としては予期以上

 の成果を収めつつあり

第三 経済

 緒戦の大戦果に依り

 一、既定計画の地域に於ける資源の確保並に米英に対する重要物資の供給遮断

  を早期に構成し得たり

 二、海上輸送力は概ね予定の状態を維持し在り

 三、物資取得特に石油取得に付ては予定に比し極めて良好なる成果を挙げ得る

  見込確実なり

   右に依り一般に物的戦争遂行力は予定以上の強化を予想せらると雖も食糧

  確保に付ては尚考慮を要する情況に在り

  説 明

一、船舶輸送力

  船腹量算定に関する各要素に付ては多少の異動あるも全体的には概ね既定計

 画通りなり

  即ち拿捕船の利用減、徴傭船及修繕船の増等は外国傭船の増、喪失大破(C

 船)の減等に依り相殺せられ今後の引揚船は其のまま船腹量の増加となるべし

二、鋼材

 ⑴ 既定計画(昭和十六年十一月五日御前会議に於ける企画院総裁説明)

  ① 十六年度鋼材生産量は物動計画策定時の計画量四七六万瓲に対し開戦時の

   計画量四五〇万瓲とす

  ② 十七年度に於ては南方作戦間は年換算三八〇万瓲程度に低下す

 ⑵ 現状に基く見込

  ① 十六年度鋼材生産量四六五万瓲にして既定計画に比し一五万瓲増なり

  ② 十七年度に於ては船舶輸送力を既定計画通りとして屑鉄回収強化貯礦ちょこうの使

   用増加等により五〇〇万瓲の生産を確保し得べき見込なり

三、米

 ⑴ 十七米穀年度の当初需給計画は

    内地     五、九一三万石

    台湾より   約 三一〇万石

    朝鮮より   約 六二八万石

    泰 より   約 三〇〇万石 但し船腹荷役能力に

    仏印より   約 七〇〇万石 より実現困難

  計  約七、八五一万石

  十六年度よりの持越七〇七万石

  十八年度への持越約六〇〇万石

 と既定せる処

 ⑵ 泰仏印よりの分は十六年十一月以降十七年二月末日迄初期作戦中僅かに一

  〇〇万石を輸入し得たるに止りしと共に内地米及台湾米の生産減並代用食等

  の供給減に因り需給関係逼迫するに至り左の如く修正需給計画を確定するの

  要あり

   内地     五、五四六万石

   朝鮮より     七〇〇万石

   台湾より     二一五万石

   泰

   仏印

   ビルマ

     三国より   九九四万石

   計      七、四五五万石

 泰仏印よりの分は現地荷役能力の限度を考慮し定めたるものにして今後之が輸送を確保すると共に止むを得ざるときは十八米穀年度への予定持越六〇〇万石を減少せしむることに依り緊急処置するを要するに至るべし 

 尚十七年十一月以降十八年三月迄の外米輸入予定数量は四四八万石とす

第四 南方地域よりの取得可能物資(石油を除く)

 既定計画を概ね達成し得べし

第五 石油

 ⑴ 既定の南方地域よりの取得見込量(十一月五日御前会議に於ける企画院総裁説明)

       第一年    第二年    第三年

 ボルネオ  三〇万竏  一〇〇万竏  二五〇万竏

 スマトラ

   南部   ー     七五    一四〇

   北部   ー     二五     六〇

   合計  三〇    二〇〇    四五〇

 ⑵ 之に対し十七年度取得見込量

   英領ボルネオ     七〇万竏

   タラカン地域     二五〃

   サンガサンガ地域   三〇〃

   スマトラ       五〇〃

    計        一七五〃 

                     (次話に続く)

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