第二五話 バタビア沖海戦

 第三護衛隊指揮官である第五水雷戦隊司令官の原少将は、二月二十八日の二三五〇時、輸送船入泊後の部署を下令し、各部隊は担当の哨戒区域に向かい、第七戦隊第二小隊である重巡三隈と最上はニコラス岬の一〇度二〇浬付近に向かった。船団はメラク方面、バンタム湾方面に無事入泊を済ませていた。

 第三護衛隊の第十六軍主力に関する行動は、次話のジャワ攻略で説明する。


 第十一駆逐隊の「吹雪」はバンタム湾東方地区の哨戒区にあった。〇〇〇九同艦は八五度方向一万米に黒影を認め、直ちに第三護衛隊宛に

『バビ島ノ北東ニ敵ラシキ艦影二ツ見ユ』

 と報告し、数分後その黒影は巡洋艦二隻と判断した。

『敵巡洋艦見ユ 我ガ位置バビ角ノ西二浬 敵針二四〇度』

 と続報した。

 旗艦「名取」と第十一駆逐隊の駆逐艦三隻は、ニコラス岬の北八浬付近にあり、〇〇一八に一一五度方向約二万メートルに怪しき艦影を認めた。駆逐艦「吹雪」はこの艦影を島影に隠れながらこの艦影の後方について敵情を探った。

 〇〇二九駆逐艦「春風」も六〇度方向距離八千メートルに巡洋艦らしき二隻を認めた。

 これらの報告により原少将は船団の安全確保のために第七戦隊の重巡二隻、と駆逐艦「敷波」を合同して、視認した敵を撃滅する必要を決意し、第七戦隊および第五駆逐隊に対し、集結するよう命ずると共に、第十一駆逐隊には「魚雷戦用意、第十一駆逐隊は後に就け」と命じた。


 指揮官原少将は「戦闘詳報」によれば次のように決心した。

「敵は我が有力なる第七戦隊の出現を見ば遁走を企てる虞あり 我は之を捕捉殲滅するの機を失うの算あるを以て先づ名取、駆逐隊などの兵力を以て之を成るべく広き海面に誘致機雷に対する危険海面を避け且我が輸送船団泊地より遠ざかりつつ敵をして戦斗に深入りせしめたる後第七戦隊を合せて一挙に之を撃滅するを最良と思考し名取駆逐隊を水雷戦隊の如く第七戦隊を主隊の如く行動せしめ互に緊密なる連繫を保ちつつ敵に近迫協同攻撃を実施せんとせり

当夜は満月に近き(月齢一三.三)月明にして視界広大なりしを以て殆んど昼戦の要領と異るところなく此の方策を採り得るものと判断す」


 現れた連合国巡洋艦は、豪の軽巡「パース」と米重巡「ヒューストン」でスラバヤ沖海戦を逃れ、バタビア港からチラチャップ港に移動する途中を発見されたのであった。

「ヒューストン」は米アジア太平洋艦隊の旗艦であり、昭和八年には横浜港にも寄港している。排水量九、〇五〇トン、速力三三ノット、八インチ三連装三基、五インチ単装砲四門、二一インチ三連装魚雷発射管二基、水上機四機という要目である。

しかし、二月四日鹿屋空の陸攻による爆撃で三番砲塔が被弾大破して使用不能の状態のままであった。

 「パース」は排水量六、八三〇トン、速力三二・五ノット、六インチ連装砲四基、四インチ単装砲四門、二一インチ四連装魚雷発射二基が主要要目であり、日本の軽巡よりも強武装の艦であった。


 〇〇三五駆逐艦「春風」は、

「七〇度方向に敵巡二隻見ユ バビ島の南東」

 と報告したあと、〇〇三七には敵艦隊が輸送船団に対して砲撃を開始したので、「春風」は敵と輸送船団の間に煙幕を展張した。敵艦隊の後尾にいた駆逐艦「吹雪」は〇〇四三に敵艦隊が右に変針した好機に際して、敵二番艦に対して距離約二五〇〇メートルから魚雷九本を発射するとともに、砲撃を加えた。魚雷二本命中を認めたが、詳細はわからない。しかし実際は命中した魚雷はなかった。一番艦は「吹雪」に対して砲撃を加えてきたが、命中弾はなかった。

 原少将は船団の危急を感じ、駆逐隊に対して

「突撃せよ」

を命じた。


 駆逐艦「旗風」は〇〇五二敵一番艦に対し、距離三五〇〇米にて砲撃を加え、「旗風」は敵からの反撃の砲撃を受けたが、被害はなかった。

 第十一駆逐隊の駆逐艦は、〇〇五六より敵艦隊に対し、突撃を開始し、〇一一〇距離三五〇〇米にて魚雷を発射。煙幕を展張して離脱。第五駆逐隊も突撃を開始し、魚雷発射地点に達したところで、敵艦隊からの砲撃により、「春風」が被弾して舵故障。「旗風」も至近弾により発射できず、「朝風」だけが六本の魚雷を発射できただけであった。

 旗艦「名取」も〇一一三には敵の一番艦に対し砲撃を開始、〇一一四には同航で四本の魚雷を発射したしたのち、煙幕を展張しながら北方へ退避した。


 第七戦隊の重巡「三隈」「最上」は〇一一九に距離一一二〇〇メートルより敵一番艦に対して魚雷六本ずつを発射し、左に反転した。そして、〇一二二照射砲撃を開始し、敵艦は火災を起こし、速力が低下してきた。第七戦隊へも敵からの砲撃を受けたが、有効な射弾は皆無であった。〇一二五には「三隈」は故障により探照灯と主砲の使用が不能になったため、「最上」だけが照射射撃を続行し、〇一二七には魚雷六本を発射した。


〇一三〇「三隈」は故障が復旧し、「我今ヨリ敵ノ止メヲ刺ス」

と打電して、敵二番艦に対し距離九千米にて砲撃を開始し命中弾多数を認めた。

 駆逐艦「春風」「旗風」は敵艦隊に接近し、それぞれ魚雷を発射し、「春風」は魚雷命中の水柱を認めた。


 敵一番艦は大火災を起こしており、二番艦も左舷に傾斜していた。第十二駆逐隊の各艦は、敵艦隊に対し各艦九本の魚雷を発射し、両艦に魚雷命中を確認した。


 〇一三五第七戦隊はほとんど停止状態にあった敵一番艦を認め、砲撃を再開したが、〇一四二に敵一番艦の沈没を認め射撃を中止した。〇一四六には敵二番艦を確認し、砲撃を開始したが、敵は戦闘力を喪失しており、〇一五六射撃を中止し、駆逐艦「敷波」に対し敵艦の処分を命じ、〇一五九同艦は魚雷一本を発射し、「ヒューストン」は〇二〇六姿を海中に没した。


 「パース」魚雷四本、砲弾多数を受け、ウオーラー艦長以下三百五十二名が戦死し、三百二十九名が救助され捕虜となった。「ヒューストン」は艦長ルックス大佐いか六百四十名が戦死、三百六十八名が救助捕虜となった。「ヒューストン」は魚雷四本以上、五〇発以上の砲弾を受けて沈没したが、沈没直前まで残っていた機銃で応戦していたという。


 第七戦隊と第五水雷戦隊は、二艦の攻撃に際して八十五本もの魚雷を発射している。敵艦にも命中したが、その一部は遠く日本輸送船団に達して、輸送船にも命中してしまった。

 駆逐艦「敷波」は至近弾により推進器故障が生じている。駆逐艦「白雪」は艦橋左舷に被弾し、戦死三名、重傷三名、軽傷三名の被害を受けた。「春風」は艦橋と機械室右舷その他に被弾し、戦死三名、重傷五名の被害を受けた。


 第二号掃海艇はバンジャン島の南方において輸送船団警戒中、三月一日〇一三五、右舷缶室に魚雷が命中して船体が切断して沈没し、戦死三十五名、重傷一名、軽傷七名を出した。碇泊中の輸送船も被害を受け、佐倉丸(九、二四六トン)が沈没。龍城丸(七、一〇〇トン)、蓬莱丸(九、一九二トン)、龍野丸(七、二九六トン)が大破した。龍城丸には軍司令部が乗船しており、今村軍司令官も重油に塗れながら約三時間海面を漂ったのち、救助された。当初は敵魚雷と思われたが、実際は第七戦隊による魚雷が輸送船団に達し命中したものであった。海軍は今村軍司令官に謝罪し、公には味方魚雷によるものとは発表されなかった。


 この海戦の戦訓所見は第五水雷戦隊の「戦闘詳報」に記されているので、これも紹介しておく。


一 作戦の実施は当面する敵情の変化に応じ適時適切なる処置を採るを要し、立案より長時日を経たる計画に固執すべからざる場合多し。上陸作戦に於て必至の条件たるべき敵航空兵力の未だ撃破せられざるとき輸送船団の進出竝に上陸の実施も亦之に伴い適時の変更を要すること今回の「ジャバ」島上陸作戦に於けるが如し。特に基地航空部隊の作戦は前進基地の状況に関して未知数なる点多く航空撃滅戦の実施を予定計画通進捗せしめ得ざることあり。故に現地指揮官の敵情判断は之を尊重し其の基本計画に拘泥せず最前線の作戦実施を適確、容易ならしむる如く指導を要す

二 敵情に対応して支援兵力を増強せらるることは切要なれども折角の増援兵力も戦闘に間に合わざれば役に立たず、今回の龍驤の派遣増援の如きは其の好適例なり。即ち適当の時機に、適当の場所に、適当の兵力を配備することに深甚の考慮を要するものと思考す

三 「バタビヤ」沖海戦は輸送船団泊地至近の海面に於て行われ護衛隊の戦闘として極めて我に不利なる状況なり。之が生起の原因を考うるに第一は敵の有力なる水上兵力の所在海面近距離に上陸を強行せること、第二は此の敵に対し攻撃を実施しつつ上陸を行うの兵力に余裕なかりしことなり。当時我が護衛隊兵力を以てしては事前に敵水上兵力を撃破して付近の制海権を獲得するに不充分にして且時間的に余裕なく間接護衛兵力を更に一層進出せしめ航空撃滅戦と相俟て之が活動を図り、局所優勢を堅持して事前に局所の制海権を獲得しあること必要なりしなり。「バタビヤ」沖海戦に於て敵にして更に積極的意図を有せしならんには彼は地の利を活用して更に有効なる攻撃をなすこと可能なるべく将来の上陸作戦実施上好参考事項と認む

四 夜戦に於ける各隊(艦)の過集中攻撃は各隊(艦)の連続せる命中弾魚雷命中の水柱或は敵発砲の閃火等に依り対勢の判断、弾着の観測竝に魚雷の効果判定等を極めて困難ならしむること多し、又敵の被害状況例えば速力の低下、火災等を報告するは極めて必要なるも、敵付近の味方弾着に依る水柱又は黒烟等を見て各隊(艦)過早に自己の射撃の効果、魚雷の命中等を報告し士気は大いに鼓舞し得るも通信を輻輳ふくそうせしむるのみならず却て指揮官の判断を誤しむるが如き結果となる憂あり

五 対巡洋艦戦に於ける魚雷深度、余剰射程の問題は従来研究され来りたる処なるも、今回「バタビヤ」沖海戦に於ても突撃中の駆逐隊至近も我が巡洋艦の魚雷と思われる航跡多数通過し危険を感じたり

六 巡洋艦以下の敵に対しても中口径砲の砲撃のみを以てしては敵の戦闘力は撃破し得るも之を撃沈せしむるに至らず全く沈没せしむる為には雷撃を必要とする場合多し。今回の如く輸送船団泊地至近の海面に於ける戦闘にして而も多数の夜戦隊挟撃の対勢に於ける魚雷戦に於ては射線方向に対して特に深甚の注意を要す

七 特型駆逐艦の戦闘力は優大にして特に夜戦に於ける主兵たるの面目は今回「ジャバ」方面数次の海戦に於て確認せらるるところなり。将来ますます水雷戦隊の夜戦訓練を重視し其の特徴を活用すると共に特型駆逐艦の性能を益改善し乗員は艦長以下幹部は勿論重要配置にある兵員迄も従来通特選して適任者を充当し名実共に我が海軍の国宝的精鋭たらしむる必要あると共に名取型巡洋艦の雷装は極めて貧弱にして速に九〇又は九三式に改装せざるべからざるを痛感す

(筆者註・名取型装備の魚雷発射管は八年式六一糎で従来の空気魚雷であり、片舷連装二基の合計八門装備であった)

八 味方識別信号は確実に且迅速に行うを要す

 夜間彼我混沌しある時は之が確実を要すべきは勿論なるも、哨戒配備に在りて警戒せる時は哨戒線に近づくは味方なるべしと速断せる為か、迅速を欠くものありて応答若干時遅れたらんには不幸同志討ちにならんとせることあり

 信号員は論を俟たず哨戒配備にて艦橋に在る者総て総員熟知しあるを要す

  (以下省略)


 スラバヤ沖およびバタビヤ沖海戦は、日本の巡洋艦部隊と水雷戦隊の本格的水上戦闘となり、連合国巡洋艦部隊とのほぼ同じ戦力による戦闘となった。ただ、連合国艦隊は、英、米、蘭、豪の寄せ集め的艦隊であり、その統合されが戦闘力を発揮することは当然訓練自体未実施であるため、充分な力を発揮することなどできなかった。だが、その各艦に於ける戦闘力は優れたものをもっており、度々日本艦隊を夾叉するほどの砲戦力をもっていた。そして精度を高めるために各艦が弾丸に染料をつけて識別できたことも、日本側にとっては興味深いものであり、二万メートルの遠距離砲戦がいかに難しいものであるか、考えさせられた海戦であった。日本艦隊は砲撃に際して、砲撃内容を再度計測を防止するために、砲戦中は回避することは避けるが、連合国巡洋艦は、左右に転舵ながらも、日本艦隊に砲撃を続行していた。そのためにより日本巡洋艦の砲撃はなかなか有効な射弾を送ることができなかった。

 後にソロモン海で、日本巡洋艦が米艦隊を撃破するのは、その距離が数千メートルであったからである。 

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