第二四話 スラバヤ沖海戦⑶

「各隊速やかに兵力を結集、夜戦準備をなせ」

 第五戦隊司令官高木少将は午後八時五分、全軍に命令を下した。


 那智・羽黒は昼戦に使用した飛行機を二〇二七時より二〇五五の間揚収作業をしていて、二水戦「神通」から九八式夜間偵察機を発進させた。そして、この偵察機は再び連合国艦隊の接近を知らせてきた。

 午後八時五十五分、敵巡洋艦四隻より突然集中射撃を受け、急遽増速、煙幕を展張して避退した。第二水雷戦隊旗艦神通は、夜間偵察機を発進、敵巡洋艦部隊に触接させたので、飛行機は敵の頭上に吊光弾を投下して、敵の位置を報告した。


 ドールマン少将は、損傷した「エクゼター」とその護衛の「ヴィテ・デ・ヴィット」を分離すると、三度北上してきたのである。

 二〇五二時、偵察機は連合国艦隊の位置を打電すると、九〇式吊光弾を敵の頭上に投下した。ドールマンも、日本艦隊の位置を探るため星弾を発射した。慌てたのは第五戦隊だった。搭載機の揚収に手間がかかり、照明弾で照らされた。敵との距離は一二〇〇〇メートル。二一〇二には敵の発砲光が認められ、近くに着弾が認められた。第五戦隊の重巡二隻は二八節に増速し煙幕を張りつつ戦闘体制を整えた。その間、第二水雷戦隊は間に割り込み、魚雷四本を発射したが、二万メートルもの距離からでは当たらなかった。ドールマンは奇襲が失敗したことを感じ離脱を図った。離脱後、燃料と魚雷を使い果たした駆逐艦四隻を分離し、沿岸に沿って西進したが、その途中二二五五時、英駆逐艦「ジュピター」が、突然大爆発を起こして沈没した。数時間前に味方が敷設した機雷に、触れてしまったのであるが、その事実を知らないドールマンは敵潜水艦の攻撃と勘違いし、北上を始めた。


 第五戦隊の重巡二隻は敵を求めて南下していたが、丁度連合国艦隊の正面へのコースをとっていた。二十八日〇〇三三時、第五戦隊は距離一万五千で連合国艦隊を発見した。

 高木少将は、反転して針路を零度にとり、三三ノットの高速で、同航戦の態勢に入った。

 ドールマン少将は、駆逐艦は分離して同伴していなかったので、「デ・ロイテル」を先頭に、「パース」「ヒューストン」「ジャワ」の順に単縦陣の隊列で進んだ。

 〇〇五〇時、一万二千の距離、月齢十二日の明るい月の下で最後の戦いの火蓋は切って落とされた。〇〇五三時、「那智」は八本、「羽黒」は四本の魚雷を発射した。

 魚雷は発射から約十五分後、「デ・ロイテル」と「ジャワ」に命中した。


 再び、「那智」高角砲分隊長田中常治少佐の手記から引用する。

『二月二十八日の午前零時三十三分、一路南下中の第五戦隊は、左舷前方一五二度方向に敵影を認めた。距離一万五千メートル。

「敵らしき艦影四隻、左三〇度、一五〇」

 見張員の報告に、艦橋は緊張した。

「配置につけ」

 けたたましいラッパの音、仮寝の夢を結んでいた乗員は一斉に総員配置についた。薄明るい月光を浴びて、夜目にもクッキリと四隻の敵巡洋艦が白波を蹴立てて近づいてくる。

「砲雷同時戦用意」

 友軍は二隻、敵は四隻の巡洋艦同士、砲戦では敵が優勢だが、闇夜の鉄砲は恐ろしくない。敵巡洋艦には魚雷はないが、わが巡洋艦には世界に誇る酸素魚雷を準備している。

 今度こそこっちのものだ。

 敵味方は互いに速力を増して、反航態勢で近接した。このまま経過すれば、一瞬火花を散らして行き過ぎてしまう。このとき、司令官は大きく片手を右に振った。

「艦長、面舵反転」

 自信満々、敵前一八〇度の大回頭である。

「おもーかーじ」

 艦は大きく傾いて、右に一回転して敵と同航態勢となった。二番艦羽黒またこれに随う。

 各艦はここを撃てとばかり、敵にわが胴腹を示した。敵はエタリとばかり、一斉に砲口を開いた。キラリと光る発砲の閃光、頭上に注ぐ照明弾の炸裂。まるで両国の花火をみるような美しさだが、凄愴の気が一面にみなぎっている。

「射撃目標、敵の一番艦」

「無照射射撃」

「撃ち方はじめ」

 令によって那智も主砲の射撃を開始した。那智初弾発砲、午前零時五十二分、照尺距離一万三千三百メートル。ついで羽黒初弾発砲、午前零時五十八分、照尺距離一万二千メートル。探照灯をつければ、測距儀によって敵から正確な距離をはかられ、たちまち有効な一斉射撃をうけるから、滅多なことはできない。両軍とも無照射のまま、闇夜に鉄砲の探り撃ちである。

 敵は主砲だけが攻撃兵器だから、照明弾を打上げてこちらを照らしながら、しゃにむに撃ちまくる。こちらは主砲は誘いの手に過ぎないから、思い出したように撃ちながら、敵に悟られないように魚雷戦用意を完成した。

「発射目標、敵巡洋艦戦隊」

「右魚雷戦同航」

 発射管は一斉に敵方に旋回した。昼間のミスを挽回せんと、水雷長堀江大尉は真剣である。

「水雷長、落ち着いて」

「よーくねらって射てよ」

 司令官が注意を与えている。

「敵の方位角八〇度、距離九千五百メートル」

「よしッ、発射はじめ」

 命令一下、魚雷は舷側を離れて水中に踊りこんだ。那智八本、羽黒四本。時に零時五十三分。敵はまだわが魚雷発射に気がつかず、四隻がきれいに目刺のように並んで、おあつらえ向きの発射目標を示しながら、直進している。

 こちらは、敵を真っすぐに走らせて、まんまと魚雷を命中させるために、気の抜けた主砲砲戦のお相手をしている。魚雷の到達はまだか、まだか。

 一分、二分、三分・・・何と待ち遠しいことよ。やがて到達予定時刻になった。午前一時六分。

 ピカリ。敵方に命中したらしい閃光がひらめいた。つづいてボーッと真っ赤な火炎が天に沖して、敵の一番艦は大爆発を起こした。

「ウァーッ、ヤッタゾッ」

 思わず上がる喊声、望遠鏡に映った敵の旗艦デロイテルは、巨体を棒立ちにして海中に没した。

「一番艦轟沈」

 臍の緒切ってはじめて見る壮絶な光景に、乗員一同思わず唾をのみ、手に汗を握った。ついでまたピカリ、敵の四番艦に命中の閃光がひらめいた。時に一時十分。

 間もなく、猛烈な火炎がドッとあがって、これまた海中にその巨体を没した。

「四番艦轟沈」

 引き続く天下の奇観に、乗員一同、手の舞い足の踏むところを知らず、ただ茫然としてこれに見とれていた。』


 第五戦隊の「戦闘詳報」に曰く。

「魚雷到達予定時〇一〇六頃火焔天に柱する大爆発あり、我魚雷敵艦に命中之を轟沈せること確実にして尚も注視中〇一一〇頃更に火焔一個昇騰爆発し我魚雷敵の他の一艦に命中大火災を生ぜしめたるを確認せり」


 艦尾を吹き飛ばされた「ジャワ」は轟沈する。「デ・ロイテル」も弾薬庫の誘爆のために全艦炎に包まれ、沈没していった。ドールマン少将は

「ヒューストン、パースは我が生存者にかまわず、バタビアに退避せよ」

との命令を下し、艦と運命をともにした。

 日本側は残りの二艦を見失い、長い海戦は一旦幕を閉じた。


「ヒューストン」と「パース」はバタビア湾のタンジュンプリオーク港に入港し、「ヒューストン」のルックス艦長は、ヘルフリッヒ中将に海戦の結果を報告した。しかし、長いはできないので、若干の補給と休養をとったのみで出港せねばならなかった。

 一方、損傷した「エクゼター」は入港して応急修理を済ませると、駆逐艦「エンカウンター」「ポープ」と共にセイロンへの脱出を図ることとなった。


 第五戦隊の重巡二隻その後の敵情不明のまま天明を迎え、二水戦と共に、〇七三〇時に主隊と合同した。主隊は蘭印部隊指揮官高橋中将の重巡「足柄」と「妙高」であった。「妙高」は比島作戦の折に爆撃により損傷し、修理が完了して合同したものであった。

 護衛部隊は、輸送船団を警戒しながら航行していた。船団は敵爆撃機約一〇機の爆撃を受け、「徳島丸」は至近弾により浸水激しく海岸に擱座、「じょほーる丸」は命中弾により約一五〇名の死傷者を出した。他にも軽微な損傷を受けた船があったが、三月一日〇二三五予定通りクラガン泊地に進入した。


 第五戦隊は一日午前バウエアン島の西方約九〇浬を警戒航行中、一一〇三時に六四度方向に西行する敵巡洋艦一、駆逐艦一を発見した。同部隊は主砲弾のほとんどない状態であるので、「足柄」「妙高」に対して通報して攻撃に加入させた。

 この発見した敵艦は、離脱を図る「エクゼター」と「エンカウンター」「ポープ」の三隻であった。

 日本の重巡四隻は挟撃する形で敵艦隊に詰め寄った。主隊は二三、五〇〇米から射撃開始。第五戦隊は残弾が少ないために一八、〇〇〇米から射撃を開始。「エクゼター」は砲弾多数を受けて火災を発生して速力も低下した。最後にとどめの魚雷を受けて、ついに沈没した。ドイツのボケット戦艦を自沈に追い込んだ殊勲艦「エクゼター」はジャワ海に沈んだ。

 

 日本艦隊は残った二隻の駆逐艦を追撃し砲撃を加え、「エンカウンター」を撃沈。「ポープ」はスコールを利用して逃走したが、日本艦隊はさらに追撃。丁度、第四航空戦隊の空母「龍驤」がボルネオ南西にあった。

 一日午後一時、九七式艦攻六機を発艦させ、この逃れた駆逐艦を発見との報により二時間後に発見し、二五〇キロ六発、六〇キロ二十四発をもって爆撃をかけたが、全て回避されて命中弾はなかった。が、至近弾により後部機関室が浸水し、遠方には日本の艦隊が迫るのが見えた。

「総員退艦せよ」

 乗組員はボートに移り脱出した。重巡「足柄」「妙高」から発射された主砲弾により駆逐艦「ポープ」は沈没した。

 この海戦における主隊の主砲弾は一、一七一発を消費。第五戦隊は二八八発を消費していた。これを見ると、いかに遠方距離での砲撃が当たらないかわかるのである。

 後日談となるが、「エンカウンター」の生存者約二百四十名は漂流しているところを駆逐艦「雷」に救出された。

 戦後、この艦の乗員員だったサムエル・フォールは一九八七年に米海軍機関誌に「武士道」を投稿し、「雷」艦長工藤俊作の敵兵救助に対する感謝の文を捧げた。この事により、英国の対日感情は和らいだものになったという。


 こうして、日本の巡洋艦隊と水雷戦隊は連合国艦隊との艦隊戦闘において結果的には勝利を導いたが、大きな戦訓を残した戦いともいえた。二〇糎主砲と酸素魚雷によるアウトレンジ戦法がそう簡単には勝利をもたらすものではないことを知ったのである。その戦訓は各隊でよく述べられている。


第五戦隊の戦訓所見から

1 大型黒灰色水柱に関し

  二月二十七日「スラバヤ」沖海戦昼戦に於て多数に出現せる超大型黒灰色水

 柱に関し当時の戦場(「スラバヤ」北口の北西約五〇浬最寄陸岸の北二〇浬付

 近)に徴し敵の管制機雷なるべしと推察 其の旨戦闘概報にて電報報告せしが

 其の後他隊の報告に之を魚雷の自爆と為す所あり

 然るに三月一日対英艦「エクゼター」との本戦闘に於て敵の弾着とほぼ

 同時機同所に前記超大型黒灰色水柱(記憶推量による)に(計器を利用計測せ

 しものに非ず)幅約五ー六米、高さ約七〇ー八〇米昇騰 消散秒時約三〇秒)

 の混入するを三回確認せり

 之れ敵が弾着観測を容易ならしむる為特に試射の時機に実施せる手段なるか又

 は威嚇遮蔽等の目的に利用せるものなるか二月二十七日の戦闘に於ては敵は我

 の全軍突撃に際し自艦より噴射する薬煙幕の外直衛駆逐艦を以てする煤煙爆薬

 煙幕にて自隊を包みたる上更に我が駆逐隊の前路の特殊弾と思しきものを以て

 黒色大水柱の壁を構築せるものと認めたるも唯二十糎砲弾程度のものを以てす

 る水柱としては余りにも超大型にして技術常識上多大の疑存しあり

 而して其の後更に飛行機搭乗員の観測記憶を綜合するに此の大水柱の発生する

 直前には何等弾丸落下の波紋らしきものを認めず 此の大水柱は落下せるもの

 の爆発によりて生ずるものならずして直接水中より昇騰隆起するものなるに一

 致しあり 更に二月二十七日昼戦に参加せる他隊関係者(未だ機会を得ざるた

 め充分なる研究を遂げしものに非ず)数名及本戦闘に参加せる友隊関係者の談

 を綜合判断するに味方魚雷の自爆に非ずやとの疑濃厚となれり

 魚雷の自爆なりとすれば由々敷ゆゆしき重大事なるを以て速に徹底的研究

 を遂げ対策を講ずるを要す

 但し当隊(妙高欠)の魚雷発射時自己の魚雷の爆発に非ずやと認められたるも

 のは二月二十七日、二十八日、三月一日の四回の発射を通じ僅かに一回只一本

 夜間発射に認めたるのみにしてこれも明ならず

2 二十糎砲試射弾着観測用弾丸に関する着想

  二十糎砲の遠距離砲戦に於て実艦的炸薬弾なりと雖も弾着艦上観測の容易な

 らざるは従来唱えられたる処と何等変りなし

 本戦闘に於て示唆を得たる大型水柱発生の着想を二十糎砲煙弾に応用し一般弾

 着水柱より更に大なる弾着水柱類似の煙水柱を発生する特殊の二十糎砲煙弾を

 研究実現し試射(又は確実に弾着遠近を観測せんとするとき)の際之の煙弾を

 一部に混入発射するときは飛行機観測なき場合と雖も弾着の遠近観測は容易な

 らしめ得ること確実なるを以て砲戦実施上有利なること明かなり

 速に観測用特殊煙弾を研究実現の要ありと認む

3 咄嗟砲戦に関し徹底的訓練と練磨を要す

  二月二十七日の戦闘及三月一日の本戦闘に於て見たるが如く敵は大規模に煙

 幕を展張し巧に之を利用煙幕裡に隠現しつつ砲戦し我が方よりは敵の視認困難

 なること多きが故に煙幕裡に隠現する目標に対する咄嗟砲戦に関し徹底的訓練

 と伎倆向上を図るを要す 従来の戦技訓練に実施されたる如き程度のものにて

 は未だ物足らざること遥かなり 尚一層「シヴィアー」なる訓練を必要とす

4 包囲攻撃を行う場合敵の反対側よりする友軍の発射魚雷が味方艦艇に及ぼす

 危害防止に関し技術上并に戦術運動実施上充分なる対策を講ずること絶対必要

 なり

 本戦闘に於て一三一五頃山風より通報あり 第五戦隊にて急遽大回避せる通過

 魚雷は敵の魚雷に非ずして敵の北側より発射せる友軍魚雷(一三〇〇足柄発射

 射線方向一三〇度)駛走し来りしものなるべしと判断せらるる節あり

 戦務上「発射時刻、発射時の敵との関係位置射線方位」を反対側にある友軍に

 速報確達せしむること絶対必要なるを痛感せり

5 敵に与えたる被害を速に判知して適時砲戦目標を変換し戦闘力を喪失せる敵

 艦に対し必要以上の射撃を継続することなく弾薬の有効使用と必要以上に一目

 標に拘泥し他の敵を逸することなき着意を必要とす

 戦場に於て敵が戦闘力を全く喪失せるや否やの判知は至難なり 本戦闘に於て

 「エクゼター」が戦闘力を失い各砲塔の旋回及仰角度が不揃いとなり発砲せざ

 るに至らざるに至れるを確認せるは敵巡が戦闘力を喪失せる実際時機よりは相

 当の経過時ありしものと推定せられ又敵巡を連続攻撃中敵駆一隻遁走し後刻之

 を捕捉するため長駆追撃せざるべからざるの情況となれり

6 損傷艦の減速率は予想外に大にして敵損傷艦の速力減退艦上看破は困難なり

 本戦闘に於て一二五〇頃我射弾の苗頭右偏弾連続せしことなるは敵速急激に基

 くもの(後刻判明)にして飛行機観測によれば一二五六頃には既に敵は殆ど全

 く停止状態にありたるが如し

 飛行機観測并に艦上観測(砲戦測的関係者以外にて観測し射撃指揮官、測的指

 揮官に助言するを要す 砲戦当事者は容易に気付かざるものなるが如し)共に

 特に留意すべき点なりと認む

                       (以上)


 第四水雷戦隊の戦訓所見には次のように報告されている。

1 速力僅々きんきん八節を出でざる大輸送船団を伴い船団と敵との距離一〇〇浬内外に過ぎざる特異の状況に於て而も克く本作戦を成功せしめたるは勿論旺盛なる士気と練達せる術力に負うと雖も就中左の諸項に依る処極めて大なり

 ⑴ 制空権は殆んど我に帰し敵は輸送船団を攻撃せるも一機も戦闘に参加せざり

 しに反し我は陸攻并に艦載機を最善に活用し常に敵情を明かにし敵の機動奇襲

 を封ずると共に我は先制兵力を集中し或は対勢観測砲戦観測に又は夜間接触に

 遺憾なく全飛行機の一方的善用に終始せり

 更に之を検討すれば敵残存兵力には飛行艇あり陸上機ありていずれも至近の距離

 に夫々基地を有し多少の障碍はありたるにもせよ相当善用し得る情況に在りし

 と認めたる敵にして若し此等を活用し我ど同様偵察対勢観測(砲戦観測)夜間

 接触等を敢行せしならんには我としても相当の困難を伴いしものと思考す 而

 して敵をして斯く実施し得ざらしめたる原因には連合軍なる弱点と平素の訓練

 (飛行艇に対する訓練も左程大なるもの無きが如く陸上機に対しては勿論実施

 されあらざるべし)と戦法の貧弱等種々ありと雖も我が適切なる艦載機活用に

 因る処極めて大なるものあり 然るに対A(米国)洋上戦闘等を考うる時今回

 の如き完全なる艦載機の活躍を期待するには相当の妨碍を伴うべきを以て艦載

 機の空戦性能及航続時間并に速力或は搭載機数爆風対策又は連続使用法等に関

 し一層研究向上の要ありと認む

 ⑵ 二十六日午后軽巡二隻を基幹とする敵艦艇数隻「スラバヤ」港外遊弋次で

 同港に入港せし際第一護衛隊が第四水雷戦隊を以て敵攻撃に分離したる場合の

 警戒要領を定め既に随時出撃の準備を為し在りしは二十七日敵有力艦隊発見の

 第一報により直に第四水雷戦隊を集結急速第五戦隊第二水雷戦隊と合同先制兵

 力を集中し戦勢の優位を占め得たる一因たるのみならず輸送船団を一糸乱れず

 適切に行動し得しめたるものと認む

 ⑶ 敵は 

  ① 昼戦第一次襲撃後(魚雷到達時)の敵の支離滅裂なる壊走

  ② 夜戦に於て「デロイテル」「ジャバ」を失いたる時の「ヒューストン」

   「パース」の逃走

  ③ 連絡のため「ヒューストン」の信号兵を「デロイテル」に派遣勤務せし

   め居たる点(捕虜の調査にて判明す)等連合軍の弱点を遺憾なく暴露せり

 ⑷ 敵は駆逐艦使用に於て頗る消極的なるに反し我は其の伝統の如く全く積極

 的なるに加うるに其の魚雷力及砲力を始め性能極めて優秀にして敵駆逐艦の如

 き問題に非ず「ロンボック」水道第八駆逐隊の奮戦にも鑑み我が駆逐艦の持つ

 優大なる威力は本戦闘に於ては遺憾乍ら魚雷威力を充分に発揮し得ざりしとは

 謂え敵に与えたる戦闘指導并に精神的効果甚大なるものありしと認む

2 昼戦に於て当隊の第一次発射は絶好の射点を占得し敵速も飛行機よりの通報

正確なる等頗る好条件に在りしに拘らず魚雷威力を充分に発揮し得ざりし原因は多数の自爆魚雷ある為にして甚だ遺憾とする所なり 九三式魚雷の用法は帝国海軍必勝の一戦法たるに鑑み自爆は決戦上由々しき問題なるを以て速かに爆発尖の改造を行い不安なからしむるを要す 後に捕虜となれる「エキゼター」水雷長の言に依るに雷跡を認め回避中同艦航跡(二十五節)にて自爆せるものありたりと云う

3 昼戦は敵巡五隻(内 二十糎砲艦に席)駆逐艦十隻に対し我は重巡二隻、軽巡二隻、駆逐艦十四隻にして勢力略同等なりしも実情は敵巡洋艦戦隊五隻に対し我が巡洋艦戦隊二隻と二個水雷戦隊を以て戦闘し水雷戦隊突撃時の情況は若干決戦の対勢に似たる点あり 此の情況に於て第五戦隊は敵巡洋艦戦隊と概ね二六、〇〇〇乃至二一、〇〇〇米の距離に於て砲戦し「エキゼター」(二番艦)に落伍する程度の損害を与えたる外他の艦には左程大なる損害も与えずして既に搭載弾薬の大半以上を使用し水雷戦隊突撃時敵陣形支離滅裂に乗じ追撃戦に移りたる際にも徹底的効果も挙げ得ざりしは敵の巧妙なる避弾運動に因る処ありと思考せらるるも砲戦距離大なりしに依るものと認む

 有効砲戦距離の決定に関しては猶若干の考慮の余地あるやに望見せり 而して緒戦期砲戦「アウトレンヂ」戦法等各種砲戦術の問題は今回の戦闘より主力会敵の決戦時を想起するに搭載弾薬数等に関し各種戦闘推移の状況に就き猶再検討の余地あるやに思考せらる

4 左の事項に関しては速に研究対策を講ずる要ありと認む

 ⑴ 敵が巧妙大胆なる避弾運動を行う場合の射撃指揮法

 ⑵ 避弾運動法と砲戦威力の極度発揮法とを彼此検討し適切なる避弾運動法を

  研究すること

 ⑶ 照明弾を大規模に使用する敵に対する夜戦に於て我が現行夜戦要領を検討

  すると共に照明弾の活用法に関し研究すること


 第二水雷戦隊の戦訓所見は次のように記されている。

1 巡洋艦戦隊に対する昼間一側突撃は敵の回避自在なること彼我の速力差無きこと等の理由に依り極めて困難なり

好機に乗じ直に発射可能なる二段斜進(終期渦巻式)魚雷の必要を痛感せり

 速に水雷戦隊に対しても右魚雷の配給を要す

2 優勢なる敵は緒戦期に於て急速に進撃し来るを以て巡洋艦戦隊に対しもS発

 射(遠距離発射)は有効なり

 本海戦に於ても緒戦期当隊は敵に対する占位位置良好にして神通及駆逐隊の一部を統一し実施したらんには其の効果大なるものありしを確信す

 従来S発射は水雷戦隊に於ては排斥すべきもの特に巡洋艦戦隊に対しては実施すべきものに非ざるが如き先入主あるも好機あらば之を敢行するを得策とす

 即ち本海戦に於て惹起せし如く勝敗の岐路は転瞬裡に決するを以て好機魚雷戦決行の必要を痛感せり 之が為水雷戦隊にてもS発射の研究訓練を要するものと認む

3 艦速同一回避自在なる敵巡洋艦戦隊に対する夜戦(特に視界大なる場合)は頗る困難にして本夜戦に於て追撃不徹底に陥りしも此の為なり 従って視界限度付近に触接し敵針判明せる際O発射(隠密発射)を行うことは巡洋艦戦隊に対しても必要なることを痛感せり

 水雷戦隊にS、O発射を決行するとせば駆逐艦の現有雷数は不足するも実射雷数を減ずるか或は一部の駆逐艦をして好機之を決行するは大局上有利と認む

 又今回第五戦隊に於て実施せるが如く砲雷同時戦を以て行うO発射は極めて有効なり

4 前三項に関連対巡洋艦戦隊戦法の徹底的研究訓練を最急務と認む

5 「ジグザグ」回避敗走する敵巡洋艦戦隊に対する昼間発射は開角を大とせる無射角発射を可とすべし

6 本海戦に於ける九三式魚雷の自爆は其の後の調査に依り確実と認めらる

 昼戦に於ては少くも数十本の自爆魚雷ありし勘定にして第一次夜戦に於て神通発射直後認めたる大水柱も恐らく魚雷自爆なるべし

 「敵の懐に飛び込み発射」せる魚雷が自爆する如きにては士気にも影響するものなるを以て緊急対策を講ずるの要あり

7 本海戦に於ける日没後の警戒配備は北方より第二水雷戦隊第五戦隊第四水雷戦隊とするを可としたるべし

 蓋し敵何れの方向の船団に来襲するも水雷戦隊の何れかは敵の前程に進出すること容易なるを以て第五戦隊砲戦中突撃の機会あればなり 優勢なる敵巡戦隊を撃滅せんが為には味方巡洋艦砲戦中水雷戦隊(駆逐艦)は神速敵の前程に進出好機突撃に転ずるを定石と認む

 第一次第二次夜戦共に水雷戦隊は突撃位置に進出するの暇あらざりき

8 本作戦中に於ける敵潜撃滅戦は掃蕩隊の配備位置適当なる事月明の為早期発見可能なりし事連日連夜の掃蕩に依り敵は疲労困憊しありし事浅海の為爆雷威力大なりし事等の為稀有の成果を挙げ得たり

 「獲物を前に見せ密集し来る敵潜」を昼夜問わず徹底攻撃し就中日没一時間付近に於ける浮上時機に於て高速掃蕩を実施するは極めて有効なり

9 敵潜水艦には何等の統制なく単に船団を目標とし渭集し来りしものの如く統制ある配備とは認められず且つ其の雷撃○と拙劣にして雷跡顕著雷速亦三十五節程度と認む

⒑ 敵巡洋艦艦隊の砲戦能力は優秀にして距離二十粁付近四乃至六発斉射の散布界は一五〇乃至二〇〇程度なり

 我散布界の縮少に関し速に研究対策を要す

⒒ 敵駆逐艦は単に主隊の直衛及び煙幕艦として之に随伴せるのみにして積極的魚雷襲撃(突撃)は昼夜戦共に企図なきが如く其の魚雷戦力亦低劣なるが如し

⒓ 敵は昼間着色弾夜間照明弾(英米)を使用せり 然れども照明弾の射程は我と略同様なるベク対五戦隊夜間砲戦(十八粁付近)に於ける照明弾の破裂点は大近にして却て視認を妨げ居るには非ざるかと思考せられ敵弾は全部近弾のみなりしを視認せり

⒔ 視界の良好なる場合の砲戦は無照射射撃に依るを可とす

 対潜水艦射撃に於て特に之を痛感せり

 又「ロンボック」海峡に於ける第八駆逐隊の先例に徴し明なる如く暗夜に於ても探照灯の使用は却て不利を伴う場合あり

 寡を以て衆中に突入近迫猛撃するが如き場合に於て特に然り

 今後水雷戦隊の無照射射撃訓練は大に励行の必要ありと認む

                     (以上)


 巡洋艦の遠距離砲戦については、結局この戦訓はあまり生かされなかったようだ。のちのアッツ島沖海戦でも砲撃戦は不手際もあり全くパッとしないものとなった。

 魚雷の早発問題も、艦政本部で調査委員会を設置して原因究明にあたったが、なんら問題なく馳走していくが、残された魚雷を試験してみると、波浪の衝撃で爆発してしまった。結局、人為的な問題であることが判明した。命中しても作動し爆発しなくては大変と爆発尖(信管)を軽めに調整したため、波の衝撃で爆発してしまったのであった。良いと思ったことが、思いがけない事故を起こす。よく見受けられる事象である。人間の頭脳が自然の力の影響を知らざるの事故となったわけである。

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