第十三話 マカッサル・バンジェルマシン攻略

 マカッサルの攻略はマニラ協定の際に、海軍単独の作戦として二月九日が攻略日とされていた。

 これに伴い一月二十四日蘭印部隊指揮官高橋中将は、マカッサル攻略に関する作戦実施要領を発した。


一 攻略部隊

  指揮官 第一根拠地隊司令官 久保少将

  第一根拠地隊の大部

  第二十一駆逐隊

  第二水雷戦隊駆逐隊一

  佐連特の大部

  第三設営班

二 協力部隊

  第二航空部隊(第十一航空戦隊基幹)

三 行動要領

 1 第一根拠地隊ケンダリー攻略部隊は作戦終了後、逐次バンカ泊地に引き揚

  げる。

 2 第二水雷戦隊駆逐隊一、第二十一掃海隊、第一駆潜隊は、アンボン作戦概

  成後バンカ泊地に復帰。

 3 マカッサル攻略部隊はバンカ泊地に集結のうえ、二月五日発セレベス海を

  西航、マカッサル海峡を南下して二月九日マカッサルを攻略する。

 4 第二航空部隊はアンボン作戦概成後、バンカ泊地に復帰マカッサル作戦に

  協力する。

四 その他 (省略)


 マカッサル方面の敵情の判断は、マカッサル海峡方面には敵潜水艦出没の情報が頻繁に寄せられ、掃蕩を実施してもなおその出没の行動は見られ、低速船団の航行は相当危険であるとし、ケンダリー方面もスターリング湾口付近も敵潜水艦の出没があるものと見られ、日本軍部隊の監視攻撃の機会を狙っているものと思われた。また、マカッサル付近の敵陸上兵力は開戦前には千五百名前後と見られていたが、現状は不明である。 


 上陸部隊の佐世保特別陸戦隊の計画は、

一、二個中隊半からなる奇襲隊は、第一号、二号哨戒艇に分乗して、主力部隊よ

 り先にアエンバトバト海岸に上陸前進して、飛行場及びマカッサル市街に通じ

 る要地であるベーラン河の橋梁を速やかに確保して、主力の前衛としてマロス

 飛行場に進出してこれを占領すること。

二、主力部隊は、奇襲隊に続きアエンバトバト海岸に上陸、奇襲隊の前進を掩護

 しマロス飛行場を占領する。

三、分遣隊(佐世保第一の残部)は主力とともに上陸後、ベーラン河通過後スン

 グミナサ方面に向かい、マカッサル市街に突入して占領掃蕩する。

四、部隊は爾後マカッサル付近の戡定及警備に任ずること。


であった。


 マカッサルの偵察は一月十七日が三空の陸偵が、二十四日に台南空の陸偵が実施したが、敵機の姿はなく制空権は蘭軍の手にはないものと判断できた。

 マカッサル攻略部隊は、続々とスターリング湾に集まり始めていた。出撃予定は二月六日となっていたが、四日夕刻に駆逐艦「涼風」が米潜水艦「スカルピン」の雷撃で魚雷三本の内一本を右舷前部に受けて、前部缶室浸水したため、湾内で応急修理をうける被害を受けた。


 六日夕刻攻略部隊が出撃したが、七日〇一四〇に護衛の駆逐艦が浮上する潜水艦を発見した。この潜水艦は前日に涼風を雷撃したスカルピンで、〇八四五駆逐艦「満潮」がこの「スカルピン」を探知して爆雷攻撃を行い、効果確実を報告したが、潜水艦は被害を逃れている。


 攻略部隊は八日正午にはセレエル島南方を過ぎて、針路を北西に転じてセレベス南西に向けていた。午前中は風波とも穏やかであったが、午後には天候が悪化し視界も不良となってきた。船団は霧雨の中を泊地に進入していく。第一哨戒艇が予定泊地に進入し、掃海しながら進み、各艦信号を識別灯を点灯してマカッサル港に向かっていた。

 二二一五梯団の後方を警戒しながら進む駆逐艦「夏潮」に魚雷が右舷後方に命中して水柱が上がった。場所から機械室が浸水し航行不能となった。「夏潮」は浸水の防水処置にあたり、「親潮」と「黒潮」が敵潜の制圧をとするが、発見できなかった。雷撃したのは米潜水艦「S37」であった。

 「夏潮」は沈没の虞なしとの判断で、「黒潮」は「夏潮」を曳航してケンダリーまで航行することにしたが、九日〇七〇〇過ぎに風向が変わり、急速に浸水が進行して、船体が中央から折れ〇八四三沈没してしまった。乗組員は「親潮」と「黒潮」に収容された。「夏潮」の戦死者八名、重傷者六名と記録されている。


 奇襲隊の第一回上陸部隊は二三四〇にアエンバトバト海岸に上陸成功、第二回上陸部隊は九日〇〇五〇上陸し、主力部隊も〇三四〇頃に上陸した。部隊は一一三〇頃にマカッサル市街に突入し、一二三〇頃には市街を占領。一九〇〇にはマロス飛行場も占領した。陸上による戦闘は敵の遺棄死体七七、捕虜八五名であり、陸戦隊の損害は戦死四、負傷五名であった。

 掃海艇は湾内の掃海を実施したが、機雷の存在はなく、輸送船は碇泊地から港内に移り、荷揚げ作業を実施し、一部の陸戦隊は次期作戦のためにケンダリーに向かった。


 バンジェルマシン攻略にあたっては、バリックパパンを攻略占領した坂口支隊の次の攻略地であった。バンジェルマシンはジャバ攻略に際しての制空権獲得のための飛行場の確保にあった。


   第一 方針

一、速かにジャバ攻略の為の飛行場を占領する目的を以て主力を以てタナゴロゴ

 ッド付近より陸路を経、一部を以て舟艇機動に依りバンゼルマシン南方地区に

 上陸し夫々バンゼルマシン地区を奇襲し之を占領す

二、兵力輸送及海上機動は夜間のみ之を実施し企図の秘匿に努む

三、バンゼルマシン攻略部隊は同地攻略後逐次警備其の他一切を海軍部隊に引継

 ぎジャバ攻略の為出発を準備す

   第二 兵力部署

 陸上機動部隊 

   長 山本 大佐

     歩兵第百四十七連隊(第一第二大隊欠)

     砲兵一中隊

     工兵一中隊(一小隊欠)

     無線一小隊

     衛生隊

     輜重一中隊

 海上機動部隊

     歩兵一中隊

     工兵一小隊

     独立工兵一小隊

     無線一分隊

  第三 作戦指導要領

一、作戦準備

 1、バリックパパン攻略中より原住民、捕虜、現地日本人嘱託等により努めて

  現地につき情報の収集を実施す

 2、海軍航空部隊の偵察に依り作戦地域の偵察を実施す

二、陸上機動部隊の行動

 1、昭和十七年一月三十日夕バリックパパン出発三十一日払暁前タナゴロコッ

  ド上陸直ちにジャングル地帯及山地踏破を準備す

 2、ジャングル地帯通過に当りては一部を以て主力の南方地区を前進せしめバ

  ンゼルマシン平原進出後の戦闘を容易ならしむ

 3、ジャングル地帯を通過せば部隊全力の集結を待つことなく一挙に南下を開

  始す 特に敵の退却に方り橋梁破壊を困難ならしむる如く急進す

 4、バンゼルマシン攻略に当りては努めて海上機動部隊を掌握す

 5、給養は努めて現地調弁に依るものとし携帯口糧は九日分とす

三、海上機動部隊の行動

 1、海上機動部隊より数日早くバリックパパン出発陸上機動部隊と緊密に連繫

  してバンゼルマシンを攻略せしむ

 2、海上機動は大小発動艇のみを使用し企図の秘匿に絶対の注意を払い海上機

  動を終了する迄一切昼間の行動を禁ず

 3、昼間の休止点は空中捜索に絶対秘する如く河口より若干遡行し河岸に船を

  繋留し部隊は森林内に於て休養す

 4、タウト島西方海峡の日本船通過を安全ならしむると共に機動部隊の糧食補

  給を容易ならしむる為同島コタバルを夜襲し軍需品の獲得、情報の収集を実

  施す

 5、上陸後の給養は現地物資に依る

 6、上陸後はマルタブラ飛行場に向い急進す


 計画により、海上機動部隊は一月三十日夜大発動艇四、小発動艇二に分乗し、バリックパパンを出発し、三十一日払暁タナゴロコッドに到着し、さらに南下を続けた。部隊は行動予定の如く、夜間だけ機動し、昼間は河口のマングロープに舟艇を引き入れ偽装工作をした。そのためか連絡の為に海軍機が派遣されたが発見することができなかった。


 二月十日ラウト島北端のコタバルを占領して、さらに南下してマルタブラ東南海岸に上陸した。だが、同地は陸上機動部隊が先に襲撃して敵は逃亡していたため、戦闘を交えることなくマルタブラに到着した。

 陸上機動部隊は一月三十一日朝バリックパパンを出発し、同日二〇〇〇アデン湾に上陸して陸路進軍して、翌二月一日一〇三〇タナゴロコッドを占領し、其後はジャングル地帯をマルタブラ目指した。ジャングル故に道路なく、木々雑草を払いながら、そして蚊の群れ、山ヒルに襲われながら、山を這い上り、川を渡り、苦難連続で進んだ。道なきため自動車など残置し、代わりにと自転車を六〇〇台用意したが、その自転車でさえ、遺棄せざるを得ず、最後まで担いでいたのは工兵隊の一名だけだったという。ジャングル地帯を抜けると蘭軍と交戦したが、蘭軍は後退していったため、急追しようとしたが、自転車なく疲労とマラリヤのために前進すること困難であった。尖兵中隊と工兵中隊が、原住民の協力を得て、十日〇九〇〇マルタプラ飛行場を占領した。


 陸路部隊の移動距離は約四〇〇キロ、その内ジャングル地帯は四分の一程度を占め、戦闘により死傷者はいなかったが、マラリヤによる戦病死が九名にも達し、大半の将兵がマラリヤにやられていた。今後のジャングル戦に貴重な戦訓を残した。


 山本連隊長はマルタブラにおいて陸路部隊を掌握し、同日夕刻バンジェルマシン市街を占領した。蘭軍部隊の守備隊が強力であったならば、疲弊しきった将兵の戦闘能力は相当低下していたから、苦戦したであろう。

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