第八話 ケンダリー・アンボン攻略

 ケンダリーはメナドと同じセレベス島にあり、メナドから南に位置する都市であり、アンボンはセレベス島と西部ニューギニアの中間に位置する島であり、ここを占領して航空基地を設ければ、オーストラリアからのルートを遮断できるから、海軍にとっては必要不可欠な基地であった。


 ケンダリー攻略部隊は一月二十日作戦準備を完了させ「バンガ」泊地に集結し、支援隊は「ダバオ」にて準備を整えていた。

 ケンダリー攻略作戦の指揮は他の水雷戦隊司令官ではなく、重巡部隊の第五戦隊司令官の高木武雄少将が指揮をとった。

 攻略部隊 指揮官 高木武雄少将

  支援隊 第五戦隊 重巡 那智 羽黒

      駆逐艦 雷

  第一根拠地部隊

      軽巡 長良

      哨戒艇第一号 二号

      佐世保海軍陸戦隊

        輸送船 南海丸

        輸送船 畿内丸

        輸送船 北陸丸

  第二航空部隊

    第十一航空戦隊

      水上機母艦 千歳 瑞穂

      哨戒艇第三十四号、三十九号

 

 二十一日攻略部隊はバンカ泊地を出撃し、千歳、瑞穂による対空、対潜哨戒警戒の中航行を続け、二十四日未明ケンダリー沖に到着した。〇四三〇「ケンダリー」北方サンパラ河口に上陸成功。

 上陸した佐世保陸戦隊司令官森岡浩大佐は二十五日〇三〇五に「二十四日一七〇〇飛行場占領」を報告し、飛行場の状態は極めて良好で、

「戦闘機三〇直ちに使用可能、飛行場極めて良好にして中攻の使用にも差支えなし」とも報じた。陸戦隊の被害は負傷者二名だけであった。

 敵の遺棄死体は五〇、俘虜は四〇名であった。


 飛行場状態良好の報告を受けて二十五日午後には第一空襲部隊の三空の戦闘機隊(戦闘機二五、陸偵五)がケンダリーに進出した。二十七日には第二十一航空戦隊司令部と鹿屋空の陸攻二十七機が進出してきた。


 順調に見えた作戦に見えたが、二十五日早朝に事故が起こった。海軍の軽巡長良と第二十一駆逐隊の「初春」が衝突したのである。「第二水雷戦隊戦闘詳報」を見ると。二十五日の〇九二〇の報告で、〇五五八「ケンダリー」湾口マヌイ島の48度二三浬に於いて、驟雨しゅううで視界極めて悪く、初春が長良の右舷中部付近に衝突した。初春は前部砲塔から前方が潰れ、長良は舷側水線上一米に破孔を生じ、発射管防雷具機銃各一基と外舷電路を損傷した。人員は長良に重傷者二名を生じた。このために、長良を旗艦としていた第一根拠地隊司令官久保少将は「初霜」に移乗し、長良は単独でダバオに回航、初春は「子ノ日」と「若葉」に護衛されてダバオに回航された。


 第五戦隊の戦闘詳報の「所見」には次にように記されている。

(所見)

⑴直接協力部隊たる第一空襲部隊との連繋従来の作戦に於て兎角不如意なりしも本攻略作戦に於ては索敵警戒竝に通信共極めて緊密適切に連繋保持せられ本作戦の進展極めて順調なりしは之が第一因なりと認む

⑵本作戦概成時に於て速に次期作戦の為一部海上兵力を転用せざるべからざるは本作戦遂行上最も苦心せる処なると共に補給船の配当不足の為作戦行動に制肘を受けたる処大なるものあり小艦艇兵力の急速転用により次々と作戦を進捗せしむる為補給船の補給要領は概ね左に依るを肝要と認む(図省略)

中継補給船は搭載量約四千乃至五千屯とし第一線に対し二隻を配し交互に第一線にありて随時補給に任じ比較的近距離にあるべき補給基地補給船に往復補填するものとす


 洋上における支援艦艇の燃料等の補給問題は十分考慮すべき問題である。時に日本海軍は広大な太平洋を作戦海域としているために、相当量の燃料消費が考えられ、それに伴う油槽船の不足で制限が考えられ、作戦行動に支障をきたすことは明らかで在り、この所見が開戦早々に取り上げられていることは、特筆すべきことである。



 アンボン攻略について、陸海軍は一月下旬アンボン島の攻略を作戦計画に立案していた。アンボン島はオランダが一五九九年に基地を建設し、香料の要地として東印度北東部の中心地であった。港は水深深く火山によって形成されているので、要害の軍港ともなっていた。


 アンボンの攻略は、香港攻略作戦を完了した第三十八師団を今村第十六軍の戦闘序列に編入し同師団に対して、東方支隊の編成を命じ、佐野師団長は東方支隊を編成した。

 東方支隊

  長 第三十八歩兵団長 伊東武夫少将

  第三十八歩兵団司令部

  歩兵第二百二十八連隊

  軽装甲車隊

  山砲兵第三十八連隊第二大隊

  工兵第三十八連隊第三中隊(一小隊欠)

  第三十八師団通信隊の一部

  輜重兵第三十八連隊の一小隊

  第三十八師団衛生隊の一部

  第三十八師団第一野戦病院(半部欠)

  第三十八師団病馬廠の一部

  高射砲第二十三連隊の第三中隊

  野戦高射砲第四十四大隊の第一中隊

  独立速射砲第二大隊の第二中隊

  独立工兵一中隊

  防疫給水部

  碇泊場司令部の一部


 アンボン攻略についての海軍の支援は、ケンダリー攻略に続いて、第五戦隊の高木少将が指揮をとった。

攻略部隊 指揮官 高木武雄少将

  支援隊 第五戦隊 重巡 那智 羽黒

      駆逐艦 雷

  第二護衛隊 指揮官 田中頼三少将

    第二水雷戦隊 旗艦 軽巡 神通

     第十五駆逐隊

     第十六駆逐隊

     第八駆逐隊

    呉鎮守府第一特別陸戦隊

       輸送船 霧島丸(八、二六七トン)

    第六設営班 

       輸送船 山霧丸(六、七七七トン)

       輸送船 山福丸(四、九二八トン)

  第二航空部隊

    第十一航空戦隊 水上機母艦 千歳、瑞穂

    哨戒艇第三十四号、第三十九号

    佐世保特別陸戦隊二ケ小隊


 令達

  3F密第八八九番電

    一月十九日二三四〇

     発蘭印部隊指揮官

     「アンボン」攻略日を一月三十一日に改む


 一月 日陸海軍協定が締結された。

  第十六軍伊東支隊長

  第二護衛隊指揮官   協定

     伊東支隊長    陸軍少将 伊東武夫

     第二護衛隊指揮官 海軍少将 田中頼三

    第一 集合地出発日時

 第一梯団  一月二十七日 一六〇〇(ダバオ)

 第二梯団  一月二十九日 〇〇〇〇(バンガ泊地)

    第二 上陸点及其の偵察

 上陸部隊       上陸点

  陸軍主力    「ローテン」東方海岸

  陸軍の一部及海軍陸戦隊

          「ヒトーラマ」西方海岸

 偵察

  上陸点の事前偵察は之を行わず

    第三 上陸軍の兵力

  (前掲参照)

   第四 上陸開始期日及時刻

一 上陸開始期日

 一月三十一日(第二航路に依る場合は一日遅れとす)

 但し航空作戦の進捗状況に鑑み相互協議の上変更することあり

二 上陸開始時刻

 上陸部隊   泊地付近漂泊時刻   上陸開始時刻

「ローテン」上陸部隊  〇一〇〇    〇四〇〇

「ヒトーラマ」上陸部隊 〇〇〇〇    〇三〇〇

 (揚陸作業)

揚陸作業は先づ差当りの戦斗遂行に必要なる人員物件を揚陸し爾余はアンボン湾から揚陸

   第五 輸送船隊区分輸送船隊行動竝に指揮官所在

一 輸送船隊区分

 第一梯団

  山浦丸(六、七九八トン)

  あふりか丸(九、四七五トン)

  善洋丸(六、四四一トン)

  三池丸(一一、七三八トン)

 第二梯団

  霧島丸(八、二六七トン)

  山福丸(四、九二八トン)

  山霧丸(六、七七七トン)

  りおん丸(七、〇一八トン)

  第五日の丸(二、七二五トン)

  葛城丸(五、八四一トン)

(備考)

 良洋丸は列外とし第一梯団と同時に出港

 適宜の速力を以て第一梯団に追及するものとす

二 輸送船隊の行動

 ㋑航路別図第一及第二の通

  特令なければ第一航路とす

 ㋺航行速力

   強速力   十一節

   原速力    十節

   半速力    八節

   微速力    六節

 ㋩指揮官所在

   伊東支隊長   三池丸

   護衛隊指揮官  神通

   第六 海上護衛

一 方針

 直接護衛兵力を付し護衛す

二 護衛兵力

 護衛隊

  指揮官 第二水雷戦隊司令官 田中頼三少将

   軽巡 神通

   駆逐艦  一二

三 航行隊形 (省略)

四 輸送船自衛兵器の使用

 輸送船団航行中の対空射撃は護衛艦射撃開始後輸送船指揮官の所信に依り之を

 行い其の他の場合に於ては自衛兵器は之を使用せざるを例とす

五 敵飛行機潜水艦を発見したる場合の処置

 敵飛行機潜水艦を発見したる場合は輸送船隊運動竝に通信規程に依る信号及本

 協定別冊に依る特約信号を行う

 護衛艦は敵飛行機(潜水艦)を攻撃す

 輸送船は嚮導艦の嚮導に依り運動す

 但し緊急の場合に於ては単独回避を行うことを得

六 敵水上艦艇を発見したる場合の処置

 機宜輸送船隊を非敵側に避退せしむると共に指定艦艇は敵を攻撃す

七 輸送船故障又は遭難時の処置

㋑輸送船遭難せる場合は速に列外に出で護衛指揮官所定の艦艇之が救難に当るも

 のとす

㋺故障落伍船は極力応急処置を以て輸送船隊に追及するを原則とす

 故障復旧に長時間を要する場合は間接護衛の下に単独上陸点に直行せしむるを

 例とす

㋩特令又は事故に依り列外に出でたる船ある時は順次其の空位を充たすものとす

 落伍船追及したる場合は特令に依り固有位置に復旧するものとす

八 溺者ありたる船は輸送船隊運動竝に通信規定

 第五十五条に依り付近の護衛艦に報告し其の侭航進を続くるものとす

 溺者の救助は護衛艦之に当るを建前とす

   第七 牽制陽動

特に実施せず

   第八 飛行機の使用

神通水上偵察機を以て偵察攻撃を行うことあり

   第九 碇泊隊形泊地進入隊形及泊地進入要領

一 碇泊隊形  別図(省略)

二 泊地進入隊形

 各梯団警戒航行隊形に於ける各輸送船間の距離を八〇〇米とす

三 泊地進入要領

㋑各嚮導艦は「泊地進入隊形制れ」を令す

 各船は泊地進入隊形を制る

㋺次で各嚮導艦は各梯団を嚮導し泊地に進入す

 各船は特に隊形の保持に努むると共に一層警戒を厳にす

 次で各嚮導艦は「入港用意」を下令す

㋩各嚮導艦は適宜速力の逓減を行い各輸送船隊を所定泊地に漂泊せしむ

四 入泊時輸送船速力の逓減標準を左の通定む

   三〇〇〇米  入港用意

   一八〇〇米  半  速

   一二〇〇米  微  速

    六〇〇米  停  止

   第十 上陸戦闘上陸掩護及揚陸作業援助

一 上陸は奇襲を本則とするも状況已むを得ざる場合は強襲上陸を敢行す

 其の転移は伊東支隊長の命に依る

二 上陸掩護射撃は伊東支隊長の要求に依り之を実施す

三 揚陸作業援助

 輸送船泊地付近の海軍艦艇は陸軍の要請ある場合戦況之を許さば舟艇の応急修

 理を援助す

   第十一 上陸後に於ける輸送船の行動

一 「アンボン」湾掃海終了後特令に依り第一梯団は「アンボン」市街正面 第

 二梯団は「ラハ』陸上飛行場正面(何れも錨地適宜)に入泊せしむ

二 帰還輸送船は間接護衛とし情況之に依り直接護衛することあり

三 輸送船「アンボン」湾を出入港する場合は海軍艦艇より航路の指示を受くる

 ものとす

四 輸送船は揚陸作業終了後特令に依り「メナド」(バンガ泊地)に回航せしむ

  (以後省略)


 アンボン攻略に際し、海軍航空隊はアンボンの偵察および爆撃を開始した。

 一月十四日三空の陸偵下田一飛曹機がアンボン偵察を行い、飛行場に大型機六機、小型機二機があることを報告した。

 翌十五日、鹿屋空二十七機(ダバオ基地発進)と三空の零戦十八機と誘導の陸偵一機(メナド基地発進)して、アンボンを攻撃した。


 〇七四〇田中大尉率いる陸攻二十七機はダバオを発進、〇九五〇メナドで同基地を発進した黒沢大尉率いる零戦十八機、陸偵一機と合同し、アンボンに向かい、零戦隊は迎撃してきたP35二機を撃墜し、地上銃撃に移り、二機を炎上、大破二機の戦果を挙げ、ドラム缶四〇〇本炎上を報告した。被弾機三機。鹿屋空の陸攻隊は六〇キロ爆弾一六二発を投下し、飛行場を使用不能にしたと報告し、全機無事帰還した。

 翌十六日も、田中大尉率いる鹿屋空陸攻十六機と、零戦四機(赤松飛曹長指揮)、陸偵一機がアンボン攻撃に向かい、陸攻隊は港にある敵船に対し、二五〇キロ十六発、六〇キロ三十二発を投下したが、至近弾一があった以外、命中弾はなかった。全機帰還した。

 その後も数日にわたり偵察を行ったが、敵航空機の進出した形跡なく、一月二十二日、第一空襲部隊指揮官多田少将は、第二航空戦隊の山口司令官宛に次の旨報告した。


「アンボン」状況左の如し

一 一月中当部隊にて七日、十四日、十五日、十六日、十八日、二十一日攻撃竝

 に偵察を実施 十五、十六日計七機を撃墜破せるも其の後敵機を見ず 但し軍

 用飛行場は「ラハ」にありて時々中継程度に利用しあるものの如し

二 十六日迄敵軽快艦艇及商船数隻入泊せるも最近敵艦を見ず

 昨二十一日中型商船二隻入港せり

三 軍用飛行場及飛行艇基地の外 「アンボン」島東端に飛行場建設中なるも未

 だ使用に適せず

四 「アンボン」占領後の利用を考慮せば敵艦船飛行機なき場合の攻撃目標は左

 に選ぶを可と認む

 ㋑ 「アンボン」湾西口両側砲台

 ㋺ 「アンボン」市南西方砲台


 「アンボン」攻略作戦に協力する第二航空戦隊の空母「蒼龍」「飛龍」は、一月二十三日、飛龍飛行隊長楠美正少佐指揮の攻撃隊五十四機(飛龍隊 九七式艦攻九、九九式艦爆九、零戦九、蒼龍隊 九七式艦攻九、九九艦爆九、零戦九)は、アンボンに向かったが、天候不良の為に目標をテルナテに変更したが、攻撃目標がなく攻撃を中止して帰還した。

 翌二十四日、蒼龍の江草隆繁少佐指揮の攻撃隊五十四機(機種は前日と同)を率いて再びアンボン攻撃に向かったが、飛行場、港には飛行機艦船とも認めず、南西部にある兵舎及砲台を爆撃して、全機帰還した。二航戦はダバオに引き揚げた。


 二十七日一五三〇、第一梯団はダバオを出港し、南下していった。二十八日〇二〇〇駆逐艦朝潮と第一号掃海艇は第一梯団に合同すべくバンカ泊地を出撃し、一四〇〇第一梯団に合流。ケンダリーにあった第十五駆逐隊の駆逐艦二隻と第二十一掃海隊はケンダリー作戦を打ち切り、二十八日〇七〇〇ケンダリーを出発して、第二護衛隊に合同すべくセラム海に向かった。


 二十九日午前零時、第十六駆逐隊と第二梯団がバンカ泊地を出撃し、〇九一五旗艦「神通」と会合し、第一梯団の後方二五浬を続行し南下した。

 船団は航行中一四二六に第一梯団の駆逐艦荒潮が敵潜水艦を探知、一六二三には第二梯団の駆逐艦天津風が探知、一七〇三にも第一梯団の駆逐艦早潮が敵潜を探知して、爆雷攻撃を行なったが、いずれも効果は不明であった。同船団には日中戦闘機と水上機の対空、対戦警戒を行なっていた。敵機の来襲はなかった。


 三十日早朝、船団はスラ諸島とオビメイヤー島の間を抜けてセラム海に入った。〇七一五ケンダリーから向かっていた第十五駆逐隊と第二十一掃海隊が合流し、船団の前方を警戒しながら南下した。

 〇七四五には敵のロッキード型爆撃機の接触を認めたが、間もなく雲中に見失ったが、こちらの全貌が察知されたものと判断された。 

 一二〇〇本隊は第二支隊と分離して西方に向かった。一三二〇再び敵爆撃機が船団に触接し、これを上空を警戒する観測機三機が追ったが、雲中に逃げられた。


 一九五〇第十五駆逐隊はアンボン湾口に達し、

『「アンボン」市街付近及「ラハ」飛行場付近の重油タンク炎上中」と報告した。天候は風速六米、風向〇度、驟雨であった。

 二二一六第二梯団の輸送船「第五日の丸」から敵潜の雷撃を受けたが、幸い三本の魚雷は前方を通過していき、被害は生じなかった。護衛隊は敵潜制圧にあたったが、効果は認められなかった。

 二三〇〇第二梯団は予定時刻よりも一時間早く泊地に進入し、第一梯団も〇〇二〇予定より四〇分早くヒトラマ泊地に進入した。


 第二梯団は三十一日〇一〇〇上陸用舟艇の準備が整い上陸地点に向かい出発した。海岸には木杭や鉄条網、水中障害物が設置されており、かつ海岸のトーチカより機関銃、迫撃砲の猛射を浴びたために、上陸部隊は海岸で身動きが取れなくなり、

「上陸困難なり」「抵抗あり」

 と報じた。それでも海軍陸戦隊は突進してトーチカを制圧して上陸地点を確保し、ヒトラマ一帯を占領した。だが、車両の揚陸は困難を極めたために、一部の兵力を先行して飛行場攻撃に向かわせ、後続主力は揚陸を待って、飛行場攻撃に向かうこととなった。

 ローテンに入泊した第一梯団は〇二四五に何らの抵抗も受けずに上陸に成功した。

 陸軍部隊は抵抗もほとんどなく三十一日二四〇〇にはアンボン市内に突入していた。


 二月一日、第十六駆逐隊は陸戦隊一コ小隊を編成して、陸戦隊の前線との連絡及び弾薬、糧食補給のために派遣した。これは陸戦隊が豪雨と悪路に悩まされながら進軍したが、無線機が故障したために連絡不能となり、本隊と前線部隊との連絡が不通になってしまっていたからであった。

 陸戦隊前線部隊と若林中隊は、敵の猛射撃により足止めをくっていたのであり、部隊は斥候を放って情況分析を行なった。

  「第一特別陸戦隊」の戦闘詳報には珍しく斥候報告が記載されている。斥候報告自体なかなか見られないので二月一日の分を紹介する。


  斥候報告第一   海軍兵曹長 長田周造

    将校斥候報告(二月一日〇四〇〇)

一、敵防御線ハ「ラワ」川ニ沿ヒ鉄条網ヲ二重ニ展張シソノ前方ニ進撃阻止木材

 ヲ置キアリ

二、「タウリ」部隊東端縁線ニ沿ヒ哨兵ヲ配シ厳重ニ警戒中

 我鉄条網付近ニ近付ケバ射撃ス

三、敵ノ警戒厳重ニシテ鉄条網内ニ近付キ得ズ

四、敵陣地内ハ哨兵ノ外極メテ静穏ニシテ敵陣地ヲ出撃我ヲ反撃スルノ企図無キ

 モノノ如シ


  斥候報告第二   陸軍少尉 竹内廣一

一、「アンボン」飛行場東北部方面ハ稍々高地ヲナシオレドモ密林甚ダシク行路

 困難北部方面高地ニハ短時間ニシテ近接シ得ズ 且敵陣ノ見透シ困難ナリ

二、敵防御線ハ「ラワ」川ニ沿ヒ鉄条網ヲ張リ且飛行場北部高地ニハ円形「トー

 チカ」十以上アリ「ラウ」川西側線ニ哨兵ヲ配シ警戒シアリ

三、我斥候ニ行動ニ依リ立木動ケバ敵機銃射撃ヲナシ鉄条網付近迄ハ近接シ得ズ


 その後の数回に亘り斥候を出して敵情を探らせ、一部は敵兵を捕虜として連れ帰り、敵情を尋問している。

 陸戦隊指揮官畠山少将は斥候及捕虜尋問をうけ次の命令を下した。

  

 陸戦隊命令

一、昨日迄の戦闘並に本日我将校斥候の偵察に依れば敵飛行場東方面防御線には

 数条の鉄条網を張り壕を設け「トーチカ」に拠り極めて堅固なる陣地を構えて

 厳重なる警戒をなしあるものの如し

二、我陸戦隊は今夜夜襲を以て敵東部方面陣地を占領せんとす

三、陸軍若林中隊は二一〇〇出発敵北部高地の陣地背後(北方)に迂回該陣地を

 占領すべし

 夜明に至るも占領不能の際は昼間強行攻撃を中止し更に北西方面に迂回二月三

 日〇三〇〇を期して突入せよ

四、㋑通信隊長は軽便無線電信機一電信員二を陸軍若林中隊に派遣その命を承け

   しむべし

   通信連絡に関しては通信隊長の所定とす

  ㋺医務隊長は里中看護兵曹長及看護兵一を陸軍若林中隊に派遣その命を承け

   しむべし

五、㋑陣地占領の際は信号拳銃青を連続三発打ち挙ぐべし

  ㋺合言葉を「オワリ」「ナゴヤ」とす

  ㋩夜間視覚通信は青燈により最初味方識別として陸軍は「リクリク」陸戦隊

   は『ウミウミ」と発信するものとす

六、陸戦隊指揮官は今夜二二〇〇突入部隊を指揮し「タウリ」部落北方陣地に突

  入占領 爾後北方高地方面に進撃の予定


 暗くなるのを待って行動を開始した。二一〇〇陸軍の若林中隊(香港戦で活躍した若林中尉)を「アンボン」飛行場北方高地陣地占領の任務を与えて出発させ、二二〇〇には鉄条網切断に成功して敵防御線を突破突入し、二二三五突入隊の斥候隊は敵の砲銃撃を受けるにいたった。第二中隊、本隊と突撃に移った。敵砲撃が注ぐなか、〇四三〇第三小隊長は「タウリ」北部林縁のトーチカを占領し、その後日没まで激戦を演じた。ここでの戦死二名、負傷者八名。


 第二小隊はタウリ村北方の敵陣地に迫り、迫撃砲一を潰し、戦車一を撃破したが、長田兵曹長他八名が戦死、四名が負傷した。

 〇五〇〇第二中隊は山手方面に突入し、鉄条網を切断突破し日没まで敵と対峙した。吉原兵曹長以下四名戦死。負傷者七名。

 〇五一五阪本特務中尉率いる後続隊は鉄条網付近に進出し、指揮官との連絡のため斥候三組を派遣したが、その中敵の砲撃を受けて、大きな損害を蒙り前線視察中の家木中佐、井上兵曹長他十九名が戦死。阪本特務中尉他三十六名も負傷する被害を受けた。

 〇六〇〇畠山大尉率いる突入隊本隊は、敵迫撃砲陣地に突入し、途中敵の装甲車を含む部隊と交戦したが、これを撃退し日没まで現場にふみとどまった。戦死二名。負傷者一名。

 二月三日〇二一五頃、敵陣に対し夜間攻撃を実施。払暁には全軍突入を命じ、〇五三〇に敵陣地に白旗が掲げられた。若林中隊は行手をジャングルに阻まれて到着が遅れたが、同じ頃に飛行場に突入した。

 〇六三〇飛行場を完全占領したことを報告した。


 敵のアンボン飛行場周辺の敵兵力は、オランダ軍約七百名、オーストラリア軍約四百名であった。

 アンボン市街に入った伊東支隊長は、南西の丘陵地帯の敵陣地を攻撃し、二日早朝までにはアマホウソウ及ノナ山を占領、翌三日にはエリ方面の敵を降伏させた。

 伊東支隊の損害は戦死五十五名、戦傷百三十五名。呉一特の損害は戦死四十名、戦傷六十五名であった。

 陸戦隊の戦闘報告では、敵の遺棄死体百五十、重軽傷者一〇〇名、捕虜二百五十名と記録されている。

 占領した飛行場は、陸戦隊と基地設営隊が復旧作業を行い、四日には戦闘機が使用可能までになった。


 海上では一日以降、掃海艇隊が湾内の掃海作業を実施して、設置されていた機雷の処分を開始していた。二日一二〇〇までに十五個の機雷を処分したが、一三三〇に掃海艇第十一号、十二号の防雷具展開器に触接爆発して、第十二号は後部に浸水、第十一号も機械故障で航行不能となった。ついで一四〇〇には第九号が機雷に触れ沈没してしまった。三隻の掃海艇を一挙に失ってしまった第二護衛隊指揮官田中少将は、掃海艇の機雷処分の作業を中止し、大発を利用した機雷処分にきりかえた。駆逐艦は短艇を降ろしての掃海作業を実施した。機雷は広範囲に存在しており、その掃海完了は八日にようやく完了したのである。


 二水戦の戦訓並に所見は次のように記されている。

㋑本作戦は味方航空部隊の協力極めて密接適切にして航空撃滅戦の成果充分なりし為敵機の反撃を受くる事なく経過せり

㋺陸上戦斗に対する掩護射撃及爆撃は味方打ちの虞ありて困難なるも敵の与うる心的打撃は甚大なり 従て頑強なる敵に対しては充分の余裕と区域を明示して味方打ちの懸念を除去し積極的に之を行うを要す

㋩敵地掃海波先づ特殊舟艇(吃水〇・五米以内)を以て掃海を実施せる後掃海艇に依る清掃を行う如くするを要す

之が為速に馬力大なる高速特殊掃海艇の建造並に之が掃海具(切断式及対艇式共)の研究を要す

㋥対空警戒は直衛戦斗機と艦船の密接なる協力を最も必要とす

一般に直衛戦斗機の見張力は劣悪なるを以て艦船の有力なる見張に依り発見せる敵機を速に直衛機に通ずるを最肝要とす

而して之が最良最確実なる方法は艦船の射弾を以てする方法なり「ホロ」及「アンボン」作戦共に之を痛感せり

従て味方戦闘機ある場合に於ては射程の如何に拘らず神速数斉射の射弾を以て敵機の位置及進行方向を指示する如くするを要す

 呉第一特別陸戦隊の戦訓には次のように記されている。

⑴戦勝は常に攻撃するものの手に帰することを今更ながら痛感す 「ヒトラマ」上陸点及「アンボン」飛行場の敵防禦は厖大なる兵力を擁し其の施設は三重四重に人力と資力の限りを尽し別図(省略)の如く堅固無比なりしにも拘らず敵は防禦に専念し反撃逆襲又は攻勢防禦等の積極的企図なく我は彼に対し兵力極めて寡少然も殆ど小銃のみに等しき武装なりしも積極果敢猛烈に肉弾的攻撃を続行し逆に戦勝栄冠を得たり

⑵攻撃は正面背面と包囲攻撃に依り効果著大なること確認す

二月二日未明の戦闘に於て決死突入隊は勇猛に敵陣突破其の背後に突き抜け後続隊は敵正面攻撃と教範型通り攻撃法となり其の効果実に偉大にして遂に敵戦意を失わしむるに至りたり

⑶濠蘭軍との戦は夜戦に依り戦勝を得る如く指導すること殊に陣地攻撃に際しては夜戦に依ること

彼等の陣地防禦に為しある施設は全く至らざるなしと言うを得べく之に拠る敵を昼間攻撃するは犠牲多くして容易に抜き難し

本戦闘に於て一月三十一日午後及二月一日の昼戦に於て相当攻撃を加え損害を与えたりと思わるるも最終の目的は二月二日三日に至る夜襲及払暁戦に於て之を達したり

夜戦に於て彼の連絡充分ならず我の最も乗ずべき時機なり

               (後略)

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