第七話 バリクパパン攻略

 バリクパパンはボルネオ島東南部に位置する石油の積出港である。東部にあるサマリンダ、サンガサンガ地区の油田から送油菅でバリクパパンに集め貯蔵され輸出される重要な拠点であり、バリ、ジャワへの航空攻撃も可能な飛行場も有していた。

 タラカンの占領により飛行場の確保が出来たものの、設営隊の急場の造成では中攻隊の使用には適せず、戦闘機が辛うじて使用可能の程度であり、ジャワ海方面への航空戦を展開するには、どうしてもバリクパパンの早期攻略が今後の作戦を遂行する上で重要な事項となった。


  機密蘭印部隊第一護衛隊命令作第三号

   昭和十七年一月十八日タラカン旗艦那珂

          蘭印部隊第一護衛隊指揮官 西村祥治

    第一護衛隊命令

第一 敵情竝に友軍の情況  

  機密蘭印部隊命令第三号の通

第二 第一護衛隊は陸軍坂口支隊を「バリックパパン」に急襲上陸せしめ飛行基

  地の整備確保、重要資源地帯の確保に任ずると共に付近海面の警戒に任ぜん

  とす

第三 軍隊区分

 主隊

  第四水雷戦隊 旗艦 那珂

 掃蕩隊

  第二駆逐隊  駆逐艦 夕立、五月雨、春雨、村雨

  第二四駆逐隊 駆逐艦 海風、江風かわかぜ

  哨戒艇 藤、菱、蓮

 輸送船隊

  第九駆逐隊 駆逐艦 朝雲、夏雲、峯雲

  第一分隊

    輸送船 敦賀丸(六、九八八トン)

    輸送船 りぱぷーる丸

    輸送船 日照丸(五、八五七トン)

    輸送船 愛媛丸(四、六五四トン)

    輸送船 朝日山丸(四、五五〇トン)

    輸送船 日帝丸(二、七二八トン)

    輸送船 球磨川丸(七、五一〇トン)

    輸送船 須磨浦丸(三、五一九トン)

  第二分隊

    輸送船 はばな丸(五、六五一トン)

    輸送船 漢口丸(四、一一二トン)

    輸送船 帝龍丸(四、八六一トン)

    輸送船 呉竹丸(五、一七五トン)

    輸送船 金耶魔山丸(七、六一七トン)

    輸送船 藤影丸(四、〇〇四トン)

    輸送船 辰神丸(七、〇七〇トン)

    輸送船 南阿丸(六、七五七トン)

第四 各隊の作戦要領左の通定む

 一、タラカン出撃要領

  二十一日一七〇〇掃蕩隊、主隊、輸送船隊の順に「タラカン」を出撃し水道

  通過後第二警戒航行隊形を制形するものとす

  但し掃蕩隊は水道通過後予定航路上を第一警戒航行隊形の配備に在りて特令

  ある迄微速力にて航行しつつ水道外方海面を聴音探信し敵潜を掃蕩、日没時

  第二警戒航行隊形に占位す  

 二、護衛要領

  ㋑予定航路  別図第一の通(省略)

  ㋺航行速力

    原速力   九節

    半速力   八節

    微速力   六節

  ㋩警戒航行隊形

   昼夜間警戒航行隊形の変換時機は特令なければ日出三十分前及日没時とす

  第一警戒航行隊形(昼間)  省略

  第二警戒航行隊形(夜間)  省略

  ㋥対潜水艦護衛

   ⑴敵潜水艦に対しては探信儀、聴音機の活用を図ると共に見張を厳にし探

    知(聴音)発見せば徹底的に攻撃し之が撃滅を期するものとす

   ⑵輸送船隊航行中は令により之字運動を行う

  ㋭対航空機護衛

   ⑴対空防禦砲火の発揮は各艦艇長の所信に依る

   ⑵敵機の大空襲に対して輸送船隊の分散を令することあるも単機又は数機

    の空襲に対しては各艦艇の防空砲火の発揮に依り之が撃攘に努むるもの

    とす

  ㋬対水上艦艇護衛

   敵水上艦艇の来襲に対しては主として那珂及駆逐隊之に当る

   輸送船隊は哨戒艇之を嚮導し機宜非敵側に回避したる後成し得る限り予定

   の航行を続行するものとす

  ㋣輸送船故障又は遭難時の処置

   ⑴輸送船遭難せる場合は速に列外に出で護衛隊指揮官指定の艦船之が救難

    に当るものとす

   ⑵故障落伍船は極力応急処置を以て輸送船隊に追求するを原則とし故障復

    旧に長時間を要する場合は間接護衛の下に単独上陸点に直行せしむるを

    例とす

  ㋠対機雷防衛

   各艦は令なくして水深一五〇米に入る前に防雷航行と成し水深一〇〇米と

   ならば避雷航行を行うものとす

 三、泊地進入要領

  ㋑二三〇〇令に依り夏雲は解列先行し別図(省略)目標艇となり付近海面の

   警戒に任じ輸送船隊通過後原隊に復帰するものとす

  ㋺泊地及碇泊隊形 別図(省略)

    本隊   二十四日〇一〇〇

    別働隊  二十三日二一〇〇

四、警戒

 輸送船隊泊地進入後各艦艇は別図第三の哨区に在りて海上警戒竝に対空警戒に

 任ず 

 探掃区域の探掃は二十四日早朝より第九駆逐隊特令に依り之を実施す

五、別働隊

 特令に依り解列はばな及漢口を護衛し概ね別図第一の航路により第二泊地に嚮

 導二一〇〇頃投錨せしめ上陸部隊発進後第一泊地に回航す

 (第一泊地に於けるはばな及漢口の錨位左側列殿船とす)

六、第三掃海艇は特令に依り第一泊地内方海面の掃海及別図第四及第五の掃海を

 行う(別図省略)

七、呉鎮守府特別陸戦隊(一個小隊)第二設営班及第一防衛班は坂口支隊と協力

 し飛行基地の整備確保及重要資源地帯の確保に任ず

第五 通信(以下省略)


 第四水雷戦隊司令部が把握していた敵軍の情勢は

⑴水上艦艇については

 蘭印艦艇及米国極東艦隊は我が作戦の進展に伴い漸次南方に圧せられ特に「タラカン」「メナド」作戦の成功に伴い概ね我が航空機の攻撃圏外に南下し「ジャバ」海方面に在り 出撃の気勢殆んど無きが如きも一部哨戒竝に防備兵力を「マカッサル」海峡方面「スンダ」海「フロレス」海方面に行動せしめあるものの如く潜水艦は「タラカン」沖に常時出没しあり 味方飛行機の偵察報告によれば「バリックパパン」港内外には駆逐艦高速魚雷艇其の他の哨戒艦艇及敷設艦らしきものを配し哨戒竝に防備を実施しあるものの如く又兵力も偵察の都度若干変化あり 一月十四日大海特務班長より『多数の哨戒艦「ボルネオ」南東海岸に沿い「バリックパパン」に向け哨戒航行中(十一日付)』の電報あり又一月十八日偵察機の報告に依れば「バリックパパン」には飛行場沖に潜水艦一隻小型汽船一隻港内に砲艦一隻汽船一隻ありたり 之を要するに敵が有力なる兵力を揃え「ジャワ」海方面より北上し我が「バリックパパン」攻略部隊の攻撃に出ずる算小なりと雖も「バリックパパン」に日本空軍進出する時は「ジャワ」海のみならず「ジャワ」島迄直接脅威を受くることなるを以て潜水艦其の他の艦艇を以て為し得る限りの抵抗を試むべしと想像せらるる情況に在り

⑵航空機については

 敵航空機の数は左程大ならざるが如きも味方航空機の攻撃圏は未だ及ばざるに乗じ「ボルネオ」「セレベス」「ジャバ」方面の各飛行場を利用 特に我が方未知の所謂秘密飛行場を活用し相当積極的攻撃に出ずる算尠からず

「タラカン」作戦の成果にも照らし蘭印空軍は戦闘意識旺盛にして敢闘する勇敢なるものもあり又爆撃術かも相当見るべきものありし一概に侮り得ざるものなり 四発爆撃機は開戦以来の経験に徴するも明かなる如く搭載力大にして爆撃精度極めて良好 其の防禦力亦優秀にして味方戦闘機を以てしても之が撃墜は容易ならざるものあり 又遠く我が「ホロ」を夜間爆撃せしこともあり 最も警戒を要す

敵基地の関係等を考慮せば攻撃圏小なる敵急降下爆撃機戦闘機等の来襲も充分予期せざるべからざるべし 要するに航空撃滅戦未だ成らず味方航空基地彼に比し不利なる現状に於ては敵航空機に対し最も警戒を厳にするを要す

⑶潜水艦

 「タラカン」作戦の前後より敵潜水艦の「ダバオ」沖「セレベス」海「モルッカ」海峡「マカッサル」海峡方面に於ける活動は急に活発となり其の隻数も漸次増加の趨勢に在り 其の攻撃又「バシー」海峡菲島方面の作戦に比すれば攻勢的にして且攻撃法回避法も漸次巧妙となりつつあり

駆逐艦其の他の軽快艦艇に於ても油断を許さず特に「タラカン」沖及「タラカン」より「バリックパパン」に到る「マカッサル」海峡には連日二、三隻敵潜水艦を方位測定しあり「マガリハット」付近等最も警戒を要すべく偵察機よりは「バリックパパン」港外警戒中の敵潜水艦の発見報告ある等本作戦に於ては潜水艦戦に対し警戒を要する情況に在り

⑷防備施設

 蘭印が機雷戦を重視せることは周知の事項なるも「タラカン」「リンカス」港内の其の徹底せる敷設情況に鑑み「バリックパパン」に機雷敷設に関しても最も厳重なる警戒を要するものと認む

「タラカン」防備施設を見るに其の最も重視する地点に対しては彼等の為し得る最大の防備施設を施しあるも次第以下の地点に対する防備施設は極めて貧弱にして殆んど問題とする価値無き実情に鑑み「バリックパパン」は陸岸付近一帯に水深浅く機雷敷設可能なりと雖も其の敷設面は概ね「バリックパパン」港口及港内に限定しありと予想せるも捕虜の言もあり「バリックパパン」飛行場沖泊地に対しては相等数の機雷を敷設しあるやも知れざる情況なり 又水際障碍物陸上防備施設等に関しても概ね右同様に推定し得べし


 日本海軍としてはやはり警戒すべき点は敵航空機の少数機による爆撃と潜水艦による攻撃警戒を注視していたことがこの戦闘詳報からも伺うことができる。

 

 今回の作戦では陸軍としては「特殊工作」の案を採用した作戦を計画した。それは、重要資源の施設の破壊を防ぐために捕虜となっていた蘭人の「タラカン」守備隊副官兼バターフシエ石油の支配人であったコーレン大尉に同参謀であったレンデルボ大尉を、バリクパパン守備隊司令部に派遣して、無駄な抵抗及び破壊活動をしないように交渉するために送り込む作戦を考えた。さらにもう一つの作戦は、原住民をバリクパパンに潜入させ、水路導灯をつけて、二コ中隊からなる別働隊を舟艇により河川を遡行してバリクパパン北方の貯水池付近に上陸させ、主力部隊の上陸に呼応して背後より蘭印婦女子収容所を包囲して婦女子の哀願により資源諸施設の破壊を阻止するとともに、蘭軍に対し投稿勧告を行い市内を占領する作戦である。

 少し卑怯なる作戦ではあるが、重要資源を破壊から阻止するために止むを得ざるものであったのであろう。

 持参した告知文は次の通りである。


   通告文

「バリックパパン」守備司令官

  昭和十七年一月十一日

      大日本「バリックパパン」攻略軍司令官

「バリックパパン」守備軍にして同地及其の周辺に於ける各種資源及機材を破壊したる場合は司令官以下蘭人軍人及之れに関係せる蘭人全部一人残らず皆殺にす

細部に関しては「コーレン」大尉及「レンデルホ」大尉の派遣し伝えしむ


 このうち「特殊工作」は失敗に終わった。捕虜の蘭人軍使を載せた汽船は二十日〇七〇〇サマリンダ沖でオランダの飛行艇に発見され、飛行艇は着水して蘭人を連れ去った。汽船は二十日スンボジャに到着し、同地にてバリクパパン司令官からの回答を待った。夕刻白旗を掲げた軍使が到着し、敵司令官からの返書を受け取った。

「重要施設は日本軍からのメーセッジを受け取る前に焼いてしまった」

 この時点で工作は失敗したことが明らかになった。汽船は翌日〇二〇〇に上陸地点標示の任務員を上陸させたのち、帰途につき、二十二日正午ごろ攻略部隊船団に遭遇し、四水戦司令部も工作が失敗したことを知ったのである。


 一月十九日坂口支隊長は帝龍丸に各部隊長を集合させ左記の訓示を行った。


     訓示

支隊の作戦は逐次進捗し今将に赤道を越えて南進せんとす。

今日迄累次の戦斗に於て幾多貴重なる経験を積みし諸子と共に南海の波濤はとうを越えて前進するは本職の欣快きんかいとするところなり。

従来本職の要望事項は概ね充足され赫赫たる戦果を挙げ得たるも尚細部の点に於ては改善の余地すくなしとせず。

一、更めて今次作戦の特異性を熟慮せよ。

今次作戦の主目的は資源確保に在り諸子深く思いを此に致し資源の確保愛護に徹底すべし 特に補給容易ならざる現況に於て長期に亘る作戦に必須なる資源の節用に関しては万全を期するを要す 戦斗間困苦欠乏を超越して奮戦せる兵が敵撃滅後市街地の豊富なる物資を得て之が濫費らんぴに陥るは堕し易き現象なりと雖も斯くては後日物資欠乏を招来し後悔臍を噛むも及ばざるべし。

二、過去に於ける戦斗の経験を生かせ。

戦史の示すが如く戦斗は錯誤の連続なり 然して此の錯誤と誤謬ごびゅうを転じて赫々たる戦勝を得るものは実に指揮官以下不絶必死の努力と旺盛なる協同一致の精神の発露に外ならず 諸隊は愈々連絡を緊密にし旺盛なる志気を以て其の任務に邁進し常に清新溌剌機眼を養い過失をも転じて戦勝の端緒を開くの概あるを要す。

三、軍紀風紀。

今後の作戦地は戦斗後支隊自ら軍政のみちに当る処なる故戦斗実施の方法精神共に従来と趣きを異にするものあり 将校以下愈々操守を堅くし更に自粛自戒するを要す。

四、次期作戦の準備

「バリックパパン」を占領するも支隊は該地に停止するに非ず

 輸送船は給水給炭を実施し一部は更に「バンジェルマシン」の攻撃に向う予定なり 戦斗終了後気分を緩むが如き事なく次期作戦の準備の完璧を期するを要す。

五、給養

時日の経過と共に給養は逐次低下するは必然なるを以て資源を極力愛護節用し苟くも濫費に陥らざる事に関し一兵に至る迄徹底すべし。

六、報告

戦陣の業務は多端なれ共戦斗指導を適切にし爾後の行動を迅速ならしむる為機を失せず諸報告を実施する必須の要件なり 然るに従来稍もすれば報告円滑ならざるもの多し 其の原因理由は種々あらんも想を大局に致し万難を排して報告を迅速適確ならしむるを要す。

以上数項に亘り訓示せるも要は今次作戦の特異性に対する将兵の認識自覚と愈々諸子の奮励努力を望む

  昭和十七年一月十九日

            支隊長  坂口静夫


 坂口支隊長は一月二十日支隊命令を発した。

 坂作命甲第十九号

   坂口支隊命令     一月二十日 〇八〇〇

              帝 龍 丸

一、「バリックパパン」の敵は「オーハンバンツ」中佐を長とする歩兵第六大隊

 を基幹とする部隊にして未だ同地資源、工場施設等は破壊しあらず 我海軍航

 空部隊は主力を以て「ホロ」飛行場一部戦斗機を以て「タラカン」飛行場を基

 地として我作戦に協力す

二、支隊は明二十一日一七〇〇「タラカン」を出港し海軍艦艇及航空部隊の護衛

 を受け「バリックパパン」付近に上陸し同地及其周辺要域を戡定し航空基地及

 石油資源諸工場を占領確保せんとす

三、諸隊は別冊第一号「バリックパパン」攻略要領並別冊第二「バリックパパ

 ン」上陸計画に準拠し「バリックパパン」及飛行場其の他要地の攻略に任ずべ

 し

四、日愛丸(乗組部隊を含む)は当分の間現泊地に留まり待機すべし「タラカ

 ン」出港は別命す

五、細部に関しては参謀をして指示せしむ

六、予は帝龍丸に在り

                 支隊長 坂口静夫

坂作命甲第十九号別紙

   軍隊区分

急襲隊

  長 歩兵第二大隊長  陸軍少佐 金氏堅一

    歩兵第二大隊(第七中隊欠)

    同 連隊砲一分隊

    同 五号無線二分隊 六号無線三機

    工兵約一小隊(爆薬投擲、火焔放射等を主とす)

    司令部三号無線一分隊

    衛生隊の一部

飛行場攻略隊

  長 歩兵第一大隊長 陸軍中佐 久米本三中佐

    歩兵第一大隊(第二、第四中隊欠)

    五号無線一分隊 六号無線二機

    装甲車一小隊(飛行場占領迄)

    野砲兵一中隊(飛行場占領後一小隊欠)

強襲隊

  長 歩兵第百四十六連隊長 陸軍大佐 山本恭平

    歩兵第百四十六連隊

      欠如部隊

       第一大隊(第四中隊欠)

       第二大隊

       連隊砲一分隊

       五号無線四分隊

       六号無線六機

    装甲車隊(一小隊欠)

    野砲兵第一大隊(一中隊及五号無線一分隊欠)

    工兵一小隊

    司令部三号無線一分隊

    飛行場占領後飛行場攻略隊を「スンボヂヤ」攻略隊の各一小隊欠を増加配属す

「スンボヂヤ」攻略隊

    歩兵第二中隊

    装甲車一小隊

    砲兵一小隊(一門)

戦場物資整理隊

  長 高射砲第四十四大隊長 陸軍少佐 高木猛雄

    司令部各課将校 各一

    高射砲大隊将校  一

    輜重兵中隊将校  一

    独立無線第六小隊長

    下士官、兵約百名

    配属憲兵

直轄部隊

    司令部(三号無線二分隊欠)

    歩兵第七中隊

    五号無線一分隊 六号無線一機

    高射砲第四十四大隊(一中隊欠)

    工兵第一中隊(二小隊欠)

    独立工兵第一中隊(二小隊に欠き五号無線一分隊を属す)

    輜重兵第二中隊

    独立無線第六、第七小隊

    第二十三固定無線隊

    船舶通信小隊

    衛生隊(一部欠)

    第一野戦病院

    第四十五碇泊場司令部の一部


坂作命第十九号別冊第一

  「バリックパパン」攻略要領

   第一  方 針

一、支隊は一部を以て「バリックパパン」北方地区より不意急襲せしめ主力を以

 て飛行場東西の海岸に上陸したる後「バリックパパン」東方各陣地を逐次撃破

 前進し同市街地区を占領す

二、「バリックパパン」占領後は対空警戒を厳にしつつ諸資源の整理を実施し根

 拠地を設定すると共に次期作戦を準備す

   第二 指導要領

三、支隊は一月二十一日一七〇〇「タラカン」を出港し海軍艦艇並に航空機護衛

 の下に自らも亦特に対空対潜警備を厳にして一路蘭領「ボルネオ」「バリック

 パパン」沖に到る

四、急襲隊は一月二十三日日没後「バリックパパン」西南方十五粁「リーフ」南

 方泊地に於て舟艇に移乗し極力企図を秘匿し陸岸に沿い敵探照燈照明の間隙を

 縫い偽装を施し高潮に乗って隠密に「ワイン」河を遡江し水源地を占領確保し

 たる後機を失せず敵の避難所を急襲し避難婦女子及鹵獲自動車を利用し一挙に

 「バリックパパン」守備軍指揮中枢たる司令部に殺到し爾後各兵営砲台を奇襲

 し敵を潰乱に陥入れ且資源の燼滅を防遏ぼうあつ

五、飛行場攻略隊は一月二十四日未明飛行場東方泊地に於て舟艇に移乗し飛行場

 東北方約八粁付近に上陸して天明と同時に砲兵射撃に膚接ふせつして飛行場に突入し

 之を占領確保したる後強襲隊長の指揮下に入る

 飛行場には約一小隊の兵力を残置之が警戒に任ぜしむ

六、強襲隊は飛行場東方泊地に於て舟艇に移乗し「マンガル」河口西南方約四粁

 付近に上陸し一部を以て飛行場の攻略に協力し主力は上陸点付近に於て態勢を

 整えたる後「バリックパパン」に至る各陣地を強襲突破して「バリックパパ

 ン」に突入し急襲隊を併せ指揮し「バリックパパン」資源の確保並に警備に任

 ず

 飛行場占領後飛行場攻略隊を併せ指揮す

 「バリックパパン」占領後各配属部隊を原所属に復帰せしむ

七、「スンボヂヤ」攻略隊の飛行場攻略隊上陸点に於て上陸し飛行場攻略後「ス

 ンボヂヤ」に向い海岸道に沿う地区を前進し速かに「スンボヂヤ」を占領確保

 したる後約一小隊を残置し主力は原所属に復帰す

八、戦場物資整理隊は一部を以て急襲隊と共に行動し主力を以て強襲隊と共に前

 進し「バリックパパン」及其の周辺地区に於ける無線電信所、水道、電燈、工

 場、燃料、小船艇及各種生産工場、物資収集地に於ける資源の整理確保に任ず

九、支隊司令部は強襲隊と共に行動す

十、俘虜収容班は俘虜及白人を一地若くは数地に監禁して之が取締給養其の他の

 業務に任ず

十一、装甲車隊は「バリックパパン」及「スンボヂヤ」占領後一地に集結し待機

 す

十二、砲兵隊は「バリックパパン」占領後敵砲兵兵営に集結し戦場物資整理隊よ

 り鹵獲火砲(機関砲を含む)を引継ぎ将校の指揮する各一部を以て爾余の鹵獲

 兵器の収集整理に任ず

十三、高射砲大隊は船上に在りて泊地の防空に任ず

十四、工兵隊は飛行場付近重材料の揚陸施設及飛行場「バリックパパン」間道路

 並に橋梁の補修整備に任じたる後「バリックパパン」に集結す

十五、輜重兵中隊は主として強襲隊上陸点に上陸し爾後「スンボヂヤ」飛行場

 「バリックパパン」間の兵員並に軍需品の輸送に任ず

十六、通信に関しては別計画す

十七、衛生隊主力は強襲隊の後方を前進して患者の収容送致に任ず

十八、野戦病院は主力を以てBPM病院に開設す

十九、各隊は戦場物資整理隊の要求に応じ之が行動を援助す

二十、「バリックパパン」及其周辺地区戡定終らば「サマリンダ」攻略隊(歩兵

 約一大隊、装甲車一小隊、砲兵一中隊を基幹とす)を派遣し「サンガサンガ」

 「サマリンダ」「テンガロン」付近を戡定す

二十一、夜間に於ける合言葉を山、川とす


  坂作命甲第十九号別冊第二

  「バリックパパン」上陸計画

   第一  方 針

一、支隊は一部を以て「バ」市北方地区に奇襲上陸し之を急襲占領せしめ主力は

 飛行場東西の海岸に上陸を敢行し飛行場を占領確保したる後「バ」市及「スン

 ボジヤ」を攻略戡定す

二、飛行場及「バ」市占領後は特に対空警戒を厳にし部隊の疎開に注意しつつ諸

 資源の整理を実施し根拠地を設定すると共に「サマリンダ」攻略並に次期作戦

 を準備す

   第二 上陸点並に其の偵察

三、上陸点

 主力 飛行場西南方約四粁及東北方八粁

 一部 「ワイン」河水源地付近

四、偵察

 上陸点の事前偵察は之を行わず

   第三 上陸開始日時及泊地投錨時刻

五、上陸開始日時及泊地投錨時刻は一月二十三日夜とし其の時刻左の如し

   上陸部隊  投錨時刻  上陸開始時刻  泊地

   急襲隊  23日二一〇〇  二二三〇   第二泊地

   主力   24日〇一〇〇  〇二三〇   第一泊地

  備考

   主力の一部は上陸開始を勉めて速かならしむ

六、揚陸日程  

  別に示す

   第四 上陸戦闘部署

七、附表第一の如し (省略)

   第五 輸送船の船隊区分

八、(前掲海軍命令を参照)

   第六 輸送船隊の行動及非常処置

   (以下省略)


   


 さて、日本軍攻略部隊は一月二十一日一七〇〇出撃した。

二十二日午前中攻隊の哨戒任務で二機が飛来したが、天候が悪化したために一時間で切り上げて帰還していった。陸上の「タラカン」飛行場はスコールにより離陸できず、船団の周辺も天候不良のために飛行機による哨戒は実施できないまま航行した。その状況は二十三日も続いた。

 二十三日一〇五〇以降攻略部隊は数次に亘り敵少数機の襲撃をうけた。一二二〇敵飛行艇一機が触接し、その報告によるものか、一六二五双発爆撃機九機、急降下爆撃機四機が来襲し「辰神丸」が小型爆弾一発を受け重傷二名、軽傷一名の他、船体に軽微な損傷を受けた。一七五〇に双発爆撃機一機が来週し「南阿丸」が艦尾に爆弾を受け、火災発生して機関故障で航行不能となり乗組員は駆逐艦峯雲に収容し、同船はその後放棄された。


 別働隊は二十二日一八〇〇駆逐艦海風、江風に守られ主隊から離れて輸送船「はばな丸」「漢口丸」は先遣していったが、二十三日〇〇〇五海風は敵潜水艦の雷撃を受けたが、魚雷は命中せず、三本は艦底を通過し、一本は前方を通過していった。魚雷の深度調整を間違えたため運良く被害を免れた。海風は潜水艦を制圧して航行を続行。この潜水艦は米軍の「スタージョン」である。一六〇二には今度は江風が敵潜水艦を探知し、爆雷攻撃制圧。その後一時間ほどにわたり爆撃機九機、急降下爆撃機六機の攻撃を受けるが被害はなし。


 主隊は二三〇〇に泊地に到着。

 二十四日〇〇三〇旗艦那珂が敵潜水艦の雷撃を受けたが命中せず、その魚雷は「敦賀丸」に命中。この潜水艦はオランダのKー一四であった。この潜水艦はその後爆雷攻撃により損傷し、かろうじてスラバヤに帰投している。

 〇二四〇第一次上陸部隊の上陸は成功した。

 其後〇四二〇頃、突如として怪しき艦影を南方に発見、五分後にはその艦影は四本煙突の敵駆逐艦と判明。其の数は三隻もしくは四隻からなっていた。〇四三二には船団の北方に位置する「須磨浦丸」が大爆発を起こして沈没した。続いて〇四三五には「辰神丸」が被雷し沈没。

〇四四〇には

「四本煙突の駆逐艦船団の北方に現る」

と報告し、「球磨川丸」はその内の一隻の駆逐艦と砲戦を始めたが、同船も一〇発被弾し、戦死二、重傷四名を出した。〇四四五には「呉竹丸」が魚雷を受け沈没、哨戒艇三十七号は駆逐艦二隻と交戦中に魚雷三本が命中し大破炎上した。機関室が浸水して機関が使用不能となった。重傷者五名、軽傷者十二名を出した。朝日山丸は敵弾を艦尾に受けて戦死十六名、重傷者二十七名、軽傷者八名を出した。その後敵艦隊は戦場から離脱していった。


 米国艦隊の駆逐艦四隻はどれも旧式の四本煙突のものだった。突入した駆逐艦は「ジョン・D・フォード」「ポープ」「パロット」「ポール・ジョーンズ」の四隻であった。カタリナ飛行艇が日本軍の攻略部隊を発見し、それを阻止するために派遣されたものだった。当初は軽巡「ボイス」と「マーブルヘッド」が酸化する予定であったが、前者は座礁し、後者は機関故障で離脱し、結局駆逐艦四隻のみとなってしまった。

 駆逐艦「ジョン・D・フォード」のポール・タルボット准将は、全駆逐艦に命じた。

「魚雷戦用意!魚雷発射まで砲戦は控えよ。各個判断して、最大限攻撃を実施せよ」

 旧式のため速力は最大で二十七ノットであった。遠望すると日本軍部隊の艦艇輸送船は投錨しており、なお有利だったのは陸上の施設が放火による火災で炎上しており、夜間にも日本艦隊は浮かび上がって見えていた。攻撃は米国艦隊の奇襲となった。アメリカ軍にとってのこの「マカッサル海戦」は勝利の戦いとなったが、大きな損害を与えたものの、日本軍の進撃を阻止するにはならなかった。


 一方、〇二四〇に順調に上陸を果たした坂口支隊は、強襲隊の山本部隊は飛行場と橋梁を占領した。だが、進撃する海岸道の橋梁は破壊されており、進撃は停滞気味になり、バリクパパン市の北側に到着したのは日没となっていた。オランダ軍守備隊は撤退しており交戦することなく二十五日〇四〇〇同市街に侵入した。

 急襲隊の金氏部隊は原住民の表示灯を頼りに河口から遡江し、二十四日一七三〇部隊は予定の上陸地点に到着し、一部を水源地施設占領に派遣し、一部を送水管に沿ってバリクパパンに向かわせ、本隊はパトアンバルからバリクパパンへの街道を前進した。途中、一四四〇頃オランダ軍装甲車を先頭とする約百両からなる部隊に遭遇し、これを攻撃して撃破して同市街に進入していった。

 支隊司令部も二十五日朝バリクパパンに入った。坂口支隊は二十六日から周辺の戡定を実施し、海軍の飛行場設営作業に協力した。

 この攻略作戦での坂口支隊の戦死者は海上で三十九名。陸上で八名であった。


 攻略部隊は輸送船「南阿丸」「敦賀丸」「呉竹丸」「須磨浦丸」「辰神丸」に五隻が沈没。輸送船「球磨川丸」「朝日山丸」損傷。海軍艦艇は哨戒艇第三十七号が大破し、重傷五名、軽傷十二名、行方不明十六名。二十七日空襲により水上機母艦「讃岐丸」が浸水中破した。四発重爆撃機五機が来襲し、左舷及右舷に十発の至近弾を受け、直撃はなかったものの、甲板上の零式観測機が損傷、船体も水線下に破口を生じて浸水し、重傷三名、軽傷四名を出した。

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