第二話 第十六軍の作戦計画

 陸海軍協定は整ったが、開戦後の快進撃により作戦が順調に進行したこともあった中で、第十六軍の作戦計画が立案された。特に香港作戦従事の第三十八師団とマニラ攻略担当の第四十八師団を振り向けることになっていたから、作戦開始の日程は予定通りの攻略が必要であった。そんな状況で、その作戦計画が策定されたのは十二月二十一日頃であった。


   第十六軍作戦計画

    第一 方針

 第十六軍(第三十八、第四十八師団、南海支隊などが配属された後は人員九七、八〇〇名(他に航空部隊の地上勤務員一〇、〇〇〇名)、馬匹一一、七五〇頭)は、海軍と協同し、坂口支隊(人員五、九八〇、馬匹八六〇)をもって、ダバオ、ホロ攻略に続いてタラカン、バリクパパンを攻略し、さらに一部をもってパンジェルマシン、バリ島を攻略、乙支隊(第三十八師団の二大隊基幹、人員三、三〇〇、馬匹五六〇)をもってアンボン、クーパンを攻略するとともに、陸軍航空部隊、海軍部隊と協力して第三十八師団主力(四大隊基幹、人員一二、三六〇、馬匹一、九一〇、ほかに航空の人員一〇、〇〇〇)をもってバンカ、パレンバンその他の南部スマトラの要地を攻略し、資源、航空基地を占領確保しつつ、軍主力のジャワ攻略を準備する。ダバオ、ホロ、タラカン、アンボンは占領後警備を海軍部隊に委譲する。

 軍主力は、集中成るや、第二師団基幹(人員二七、七三〇、馬匹四、九七〇)と軍直部隊の主力をもって西部ジャワに、伊東支隊(第三十八師団歩兵団長の指揮する一連隊基幹とし、人員五、九一〇、馬匹九一〇)をもって中部ジャワ北部に、第四十八師団基幹部隊(人員二四、六〇〇、馬匹一、二一〇)をもって東部ジャワに、同時ごろ相呼応して上陸し、バタビア、スラバヤ、バンドンを攻略し、引き続き全島を戡定する。

 南海支隊(人員四、四七〇、馬匹一、〇九〇)は、ジャワ本土に使用を予定するが、状況により乙支隊に代わりアンボン、クーパン攻略に任じさせることがある。

 輸送は、南部スマトラの攻略に任ずる第三十八師団主力基幹部隊を先遣隊と主力とに区分し各一回の輸送とし、東部ジャワを二次の輸送に区分実施し、西部ジャワを、軍隊輸送は三次に、軍需品輸送は四次に区分実施する。その他の輸送は各一回の輸送とする。

   第二 南部スマトラ作戦

 第三十八師団主力(四大隊基幹)の南部スマトラ作戦要領は、おおむね次のとおり。

一 先遣隊(二大隊基幹)を空海の掩護下に航進させ、その一部をもってムント

 クを急襲攻略させるとともに、主力をもってムシ河その他を舟艇で遡江し空挺

 部隊と呼応してパレンバンを攻略し石油資源を確保させる。

二 主力は先遣隊に続行してパレンバン地区の石油資源と飛行場の占領確保を確

 実にするとともに、すみやかにタンジュンカラン飛行場を占領整備し、じ後南

 部スマトラを戡定させる。

   第三 坂口支隊の作戦

岩国で協定した第十六軍・蘭印部隊間協定と坂口支隊・現地海軍部隊間協定による。

  第四 アンボン・クーパン攻略作戦

一 乙支隊(状況により南海支隊)

二 アンボン攻略作戦は、同等東岸に上陸して、アンボン市街とラハ飛行場に向

 かわせる。クーパン攻略作戦は、南岸に上陸してクーパン市街と飛行場に向か

 わせる。

  第五 ジャワ攻略作戦

一 すみやかにバタビア、スラバヤ、バンドンを攻略し、引き続き全島を戡定す

 る。

二 第四十八師団は、レンバン地区に上陸し、レンバンを根拠としてすみやかに

 スラバヤを攻略した後、スラバヤを根拠として軍主力方面の作戦に策応させ

 る。

三 軍主力方面においては、すみやかにバタビアを攻略した後、バタビヤを根拠

 としてバンドン要塞を攻略する。これがため

 1 第一次上陸部隊を、野口支隊(捜索第二連隊基幹、人員二、七〇〇、馬匹

  一〇〇)第二師団(野口支隊欠、人員一八、八八〇、馬匹一、八七〇)伊東

  支隊(第三十八歩兵団司令部、第三十八師団の歩兵一連隊基幹、人員五、九

  一〇、馬匹九一〇)に区分し

 2 野口支隊は、チャリタ付近に上陸後ボイテンゾルグ方面に突進させ、第二

  師団主力のバタビア攻略を容易にさせると共に次期作戦を有利にするように

  行動させ、

  第二師団は、主力をもってメラク、アニエールロール付近、一部をもってマ

  ウク付近に上陸後すみやかにバタビア、タンジョンブリオク港を占領させ、

  伊東支隊は、チラヤマ付近に上陸後カリヂャチィ飛行場を占領確保させ、な

  お、軍主力のバタビア占領を容易ならしめるとともにじ後の作戦を有利にさ

  せる。

 3 じ後第二師団は、その主力をもってボイテンゾルグに進出させるととも

  に、その一部をもって伊東支隊に策応してバタビアからチカンベック方面に

  進出させる。

 4 軍主力は、じ後ボイテンゾルグーブルワカルタースパンの線(バンドン要

  塞の西正面から北正面にわたる線)で攻撃準備を整えたのち、主力をもって

  ボイテンゾルグ方面からバンドン要塞を攻略する。状況によっては、主力を

  もってスパン方面から南面して攻略する。

 5 この間丁支隊(南海支隊ー南海支隊にアンボン、クーパンの攻略を実施さ

  せる場合は第三十八師団の乙支隊)をチェリボンに上陸してチラチャップに

  向かい挺進させ、連合軍の印度洋からの増援路、印度洋への退路を遮断させ

  るとともに軍の作戦を有利にさせる。

 6 第二師団の第二次上陸部隊(人員六、一五〇、馬匹三、〇〇〇)その他の

  諸隊は、上陸に伴い軍主力の作戦に加入させる。また、第四十八師団は、ス

  ラバヤ攻略後スラバヤを根拠として中部ジャワに反転させ、状況に即し軍主

  力の作戦に策応させる。

 7 軍主力方面兵站の主線は、頭初メラクーバタビア、じ後タンジョンブリオ

  クーバタビアーボイテンゾルグーバンドンとする。

 8 バンドン要塞攻略に引き続き全島を戡定する。

                    (以上)


 軍司令官の今村均中将について述べておこう。今村中将は明治十九年(一八八六)六月二十八日宮城県仙台区外区丁に生まれる。外区丁の土地名は政宗公の時武勇伝を残した斎藤外記の功績を讃えて地名として残すことを許されたものである。今村家の菩提寺は、宮城県遠田郡美里にある興安寺で、伊達家の家臣であった今村長門守が開山した寺である。

 父虎尾は判事であり、各地を転勤して十四歳の時に新潟新発田に転勤。新発田中学を首席で卒業するが、父寅尾が急逝する。このことで経済的に一高か高等商業に進学することが厳しかった。時あたかも日露戦争が始まった中、母の思いを受け、観兵式を見学したことで、陸士受験を決める。受験の際に隣で受験していたのは後の本間中将であった。陸士に合格し十九期として卒業、其後大正四年陸軍大学校二十七期を首席で卒業。同期は東條英機(十一番の成績)や本間雅晴(三番の成績)。大正十一年少佐に進級。昭和五年大佐に進級。翌年参謀本部作戦課長となる。昭和七年歩兵第五十七連隊長。昭和十年少将に進級し、歩兵第四〇旅団長。昭和十一年には関東軍参謀副長。昭和十三年陸軍省兵務局長となり中将に進級。同年十一月に第五師団長。昭和十五年教育総監部本部長。昭和十六年六月第二十三軍司令官。十一月に第十六軍司令官。

 今村中将には戦時中の逸話は多い。それはまたその時に述べたいと思う。


 さて、十二月二十九日陸海軍はカムラン湾に停泊中の南方部隊旗艦「愛宕」において、寺内南方軍総司令官と近藤第二艦隊司令長官が会談して、「カムラン」協定なる新たな陸海軍協定が締結された。

 この締結の変更点は、攻略日程の繰上げで、スマトラ・パレンバンなどがX+六〇日、ジャワ攻略がX+七〇日に作戦開始を繰上げられたのである。これは、シンガポール攻略が予想より約一ヶ月早まるものとみられるからで、特にスマトラはジャワ作戦を進める上での航空基地の確保とパレンバン油田の早期確保であった。

 カムラン協定後、蘭印を支援する第三艦隊司令長官の高橋中将は、作戦計画を発令した。


 そのうち作戦要領については

一 特に友軍航空部隊と緊密なる協同連繫を確保し勉めて制空権下の進撃を期す

二 敵の潜水艦戦、機雷戦に対しては有力なる直接護衛兵力を配し之と根拠地部

 隊及航空部隊との緊密なる協同に依り海上護衛及上陸掩護の万全を期す

三 敵水上兵力に対しては先づ所在護衛兵力を以て之を撃破し得る如く兵力を部

 署する外 有力なる支援隊及友軍航空部隊の索敵攻撃と呼応して之が捕捉撃滅

 に努む

四 蘭印各要衝の攻略は主として敵重要基地の覆滅攻略を主眼とし概ね左の順序

 及日程を以て東西並順に進撃するを目途とす

 イ、「セレベス」東側及「バンダ」海方面

  海軍単独 「メナド」(一月十日頃)→「ケンダリー」(一月二十日頃)

   → 「マカッサル」(一月二十五日〜二月十四日頃好機に乗じて攻略)

  陸軍単独 「アンボン」(一月二十五日頃)→「クーパン」(二月五日頃)

   ロ、「マカッサル」海峡方面及爪哇東部

  陸軍と協同 「タラカン」(一月十日頃)→「バリクパパン」(一月二十日

  頃)→「バンジェルマシン」(一月三十日頃)→「スラバヤ」方面(二月十

  六日頃)状況に依り陸軍と協同二月五日頃「マカッサル」を又「スラバヤ」

  攻略とほぼ同時に「バリー」島を攻略す

 ハ、爪哇西武

  陸軍と協同 「バタビア」方面(二月十六日頃)

 軍隊区分

  主隊 第十六戦隊主力

  西方攻略部隊

   第一護衛隊   第四水雷戦隊主力

   第二根拠地部隊 第二根拠地隊主力

   第一航空部隊  特設水上機母艦山陽丸、讃岐丸

   第三護衛隊   第五水雷戦隊

  東方攻略部隊 

   支援隊     第五戦隊

   第二護衛隊   第二水雷戦隊主力

   第一根拠地部隊 第一根拠地隊主力

   第二航空部隊  第十一航空戦隊

 

 主隊はマララグ湾(ダバオ)に警泊、敵情によりセレベス、マカッサル海峡方面に出動、主として西方攻略部隊を掩護

 第一護衛隊は坂口支隊を護衛。一月七日頃ダバオ発。一月十日未明タラカン湾バツー岬東方海面に投錨、支隊を上陸させ協同攻略し航空基地を確保、第十一航空艦隊の部隊を進出させ、呉第二特別陸戦隊を陸軍に代わらせ、坂口支隊を護衛一月十八日ごろタラカン発、二十日ごろ未明バリクパパン方面に上陸させ、こちらに協同して航空基地と資源地を占領し第十一航空艦隊の航空隊を進出させる。ついで二十八日頃坂口支隊の一部を護衛してバリクパパン発、三十日頃未明バンジェルマシンに進入、敵航空基地を確保する。一〇〇一部隊(空挺隊)の協力がある時は特令する。

 第二根拠地部隊はタラカン、バリクパパンの防備その他。

 第一航空部隊は第一護衛隊の対潜警戒と上陸戦闘に協力。

 

 第三護衛隊は馬来部隊から復帰後高雄に回航、同地から第十六軍主力を護衛、一月三十日高雄出発、カムラン湾に回航、二月十一日同地発二月十六日バタビア付近に上陸させる。南遣艦隊兵力の一部が協力する。

 東方攻略部隊の支援隊は、メナド、ケンダリー、アンボン、マカッサル、クーパンなどの攻略を掩護支援、豪州方面に警戒。

 第二護衛隊は、一月八日ダバオ発、十日メナドを急襲攻略し第十一航空艦隊航空隊を進出させ、次いで一部兵力を第一根拠地隊司令官指揮下に二十日頃未明ケンダリーの急襲に参加させ、大部の兵力を以てこれを掩護したのち、メナドから乙支隊を護衛、アンボンに送り、二十五日ごろ同地を攻略し飛行場を確保する。次いで、さらに乙支隊を護衛し、これと協同、おおむね二月五日クーパンを攻略するよう準備する。一〇〇一部隊(空挺隊)使用は後令する。

 第一根拠地部隊は、メナド攻略後バンカ泊地を防備し、次いでその大部を挙げ、第二護衛隊の一部兵力をあわせ指揮し、第二護衛隊の掩護下に一月二十日未明ごろケンダリーを急襲し、航空基地を占領し第十一航空艦隊の航空隊を進出させる。状況によりマカッサルを攻略させる。

 第二航空部隊は第二護衛隊の対潜と上陸戦闘に協力。

                               (以上)

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