第四章 香港・グアム・ウエーキ攻略

第一話 香港攻略計画

 香港は中国広東省の沿岸にある小さな小島である。天然の良港であったことから、十九世紀香辛料の積出港として栄え、英国はアヘン戦争の結果香港を植民地として、貿易の拠点として東洋の繁栄の基地としていた。アヘン戦争については、カクヨム拙著「波濤の世紀」の「第三章アヘン戦争」を参考にしてください。日中戦争が長期化してくると、海外から中華民国政府への援助物資の基地としても利用され、日本軍としては、どうにか策を練らねばならなかったが、英国の植民地下にある以上、攻略すれば対英戦争ともなり、熟考する必要があったが、対米英戦の現実味が帯て来ると、香港攻略は必要度を増してきたのである。


 香港では、対日戦に備えて、昭和十年~十一年の二年間をかけて九龍市北側の高地一帯に一連の要塞陣地が構築され、ついで昭和十四年の日本の海南島占領以降は香港島の沿岸備砲の近代化を主とする各種防衛設備が急ピッチで増強された。

 これに対し、日本陸軍は昭和一三年秋の広東占領後、たまたま香港駐在の第三国外交官から香港の防衛設備に関する「情報図」を入手し、これによって、「香港近傍防御設備図」と題する兵要地誌図を調製した。それは詳細な陣地配置図で、九竜北側高地帯に一五五箇のトーチカが連接して注記され、一見して巨大な要塞地帯の存在を誇示していた。他方、香港島には四周の永久砲台のほか一連の陣地帯はなく、全島まばらに八〇箇のトーチカが散在して注記されていた。

 この特製情報図は各大隊長クラスまで配布され、作戦計画に大いに寄与した。


 九龍要塞を攻略し、香港島の砲台を砲撃する手段として、大本営は二十四センチ榴弾砲八門、十五センチカノン砲十六門を基幹とする第一砲兵隊(司令官北島中将)を動員して派遣していた。

 作戦の師団は第三十八師団(師団長・佐野忠義中将)が昭和十六年九月に指定され、訓練に明け暮れていた。ただし、秘匿のため「昆明作戦」と呼んでいた。

 第三十八師団は、昭和十四年十月に南支に上陸して、諸作戦を実施していた。師団の戦闘詳報によると、上陸以来開戦前までの戦果は、敵遺棄死体九、四六一。俘虜八三五名となっており、師団の戦死四百四十三名、戦傷九百三十八名となっている。


 十一月六日、南方軍の戦闘序列が令せられ、第二十三軍司令官だった今村均中将は第十六軍司令官に転出し、近衛師団長だった酒井隆中将は新たに軍司令官として親補された。

 第二十三軍の新陣容は次のような顔ぶれとなった。


 軍司令官   中将 酒井 隆

 参謀長    少将 栗林 忠道

 参謀副長   少将 樋口敬七郎

 作戦参謀   少佐 椎崎 二郎

 情報主任参謀 少佐 下田千代士

 後方主任参謀 中佐 釘宮 眞石

 政務担任参謀 中佐 多田 叡知

 航空主任参謀 少佐 衣川 悦司

    (他 省略)


 酒井中将は明治二十年(一八八七)生まれ。明治四十一年陸軍士官学校(二〇期)を卒業。昭和九年から十二年にかけて支那駐屯軍参謀長に任命され、昭和十一年歩兵第二十三連隊長。翌年少将となり歩兵第二十八旅団長。昭和十四年に中将に昇進。戦後、中国国民党政府に戦犯容疑で逮捕され、死刑判決、銃殺刑となる。

 

 酒井新軍司令官は十一月十五日広東に着任した。三十日に

なってようやく、酒井司令官は兵団長会合を開催し、第三十八師団長、第一砲兵隊司令官、その他の部隊長を招集して軍の敵情判断を説明し、作戦計画を示した。

 軍が把握している敵情判断は次のようであった。

一、敵は小部隊を以て英支国境を確保せしめ、其の掩護の下の後方の戦闘準備を

 完成するならん。

二、敵は九龍半島に於ける本防禦線(城門川ー城門貯水池当座の線の意)に於て

 真面目なる抵抗を行い、極力我が戦力の消耗を企図するならん。

三、九龍半島を喪失せる敵は、爾後大なる抵抗を為すこと無からん。従って香港

 島の攻略は容易にして、或は我が砲撃のみに依り降伏することあるべし。

    (「戦史叢書 香港・長沙作戦」朝雲新聞社 より)

 そして、軍は作戦計画の骨子を提出した。


 第二十三軍香港攻略計画

   第一 作戦方針

 軍は其の一部を以て第二遣支艦隊と協同して主として陸正面より速かに九龍半島及香港島を攻略す

   第二 作戦指導要領

一 作戦の機切迫するや軍は各兵団の対支警備担任に所要の修正を行いつつ逐次

 予定攻略部隊を抽出し之を隠密裡に英支国境線に転用集中す

 右集中諸部隊は少くも有力なる一部を以て随時国境線を突破進撃し得る如く速

 かに態勢を整えしむ

二 作戦開始は馬来方面我軍急襲上陸(先制空襲)確認後とし別命す

 当方面に敵の先制攻撃(空襲)を受けたる場合に於ても自衛の外積極的作戦開

 始は別命す

三 開戦劈頭航空部隊を以て香港付近敵航空勢力を撃滅し且在泊艦艇及軍事中枢

 機関を撃破す

四 航空部隊の第一撃と概ね同時に攻略部隊(少くも其の有力なる一部)は国境

 線を急襲突破し敵前進部隊を勉めて捕捉撃滅し逐次抵抗の企図を挫折せしめ一

 挙に大帽山東西の要線に進出す

五 攻撃部隊は城門貯水池東西に線に在る敵主陣地に対し攻撃準備を整えたる

 後、攻撃の重点を城門貯水池西南側高地方面に指向し、一挙に敵陣地を突破し

 九龍北端に進出す

 此の場合一部を以て沙田方面より攻撃す

 又要すれば一部海上移動部隊を以て青依島方面より主力の攻撃を容易ならしむ

六 別に一部の兵力を沙田海を越えて上陸せしめ馬鞍山西南地区より九龍市東北

 地区に指向し主力の攻撃を容易ならしむ

七 沙田海東方半島の敵守備薄弱なる場合主力を該方面に転用することあり

八 九龍半島を攻略せば速かに香港島の対する攻撃を準備す

 之がため青衣島、「ストンカッター」島等島嶼の諸施設を速かに撲滅占領す

九 香港島に対しては強襲に依り北岸に上陸し逐次戦果を拡張す

 此の際一部船舶を以て香港島南岸に陽動を行い敵を欺瞞するに努む

十 状況に依り香港島を攻略することなく封鎖に依り作戦の目的を達成すること

 あり

十一 状況に依り他方面に作戦中の陸海軍航空部隊の一部を以て地上作戦に協力

 することあり

十二 本作戦間軍は概ね現占拠地域を確保す

 又香港を攻略せば第三十八師団は第五十一師団の一部(淡水地区占領部隊)と

 其の守備を交代し速かに南部九龍半島に集結し爾後の転用を準備す

十三 本作戦間淡水地区占領部隊は努めて兵力を集結し随時支那軍の攻勢に対処

 し得るの態勢にあらしむ

   第三 兵団の部署

    其の一 軍隊区分

 別紙第一の如し

  別紙第一

   佐野兵団

    長 第三十八師団長  佐野中将

     第三十八師団

     独立速射砲第二、第五大隊

     独立山砲兵第十連隊

     独立山砲兵第二十大隊

     迫撃砲第二十一大隊

     野戦瓦斯第五、第十八中隊

     独立工兵第十九、第二十連隊

     軍無線一小隊

     第九師団第一、第二架橋材料中隊

     独立輜重兵第三連隊の三中隊

     独立輜重兵第十九、第二十、

              第二十一(一部欠)中隊

     兵站自動車第百八十七中隊の一小隊

     第五十一師団衛生隊の約三分の一

     第十二師団第一建築輸卒隊の一部

     第十七防疫給水部

   北島部隊

    長 第一砲兵隊長 北島中将

     第一砲兵隊

     野戦重砲兵第十四連隊(一大隊及連隊段列

                  二分の一欠)

     独立臼砲第二大隊

     第五十一師団の工兵一中隊(一小隊欠)

     軍無線一小隊

     独立輜重兵第三連隊の一中隊

     南支那防疫給水部の一部

   荒木支隊

    長 歩兵第六十六連隊長 荒木大佐

     歩兵第六十六連隊(一中隊欠)

     野砲兵第十四連隊第一大隊

     工兵第五十一連隊第三中隊(二小隊欠)

     輜重兵第五十一連隊の輓馬一中隊(一小隊欠)

           及自動車一小隊

     第五十一師団衛生隊三分の一

     第五十一師団第一野戦病院  

     南支那防疫給水部の一部

     第五十一師団病馬廠の一部

     軍無線二小隊

     南支那野戦兵器廠の一部

     南支那野戦貨物廠の一部

     南支那派遣憲兵隊の一部

     第二百五野戦郵便局

   軍飛行隊

    長 飛行第四十五戦隊長 土生大佐

     飛行第四十五戦隊

     独立飛行第十中隊の二編隊

     独立飛行第十八中隊の三機

     独立飛行第四十四戦隊の直協一隊

     第四十七飛行場大隊

     第六十七飛行場中隊

     第五十七飛行場大隊の一部

   北澤部隊

    長 南支那碇泊場監 北澤少将

     南支那碇泊場監部の一部

     独立工兵第十四連隊の一中隊

     第十四碇泊場の主力

     其の他南支那碇泊場監指揮下の部隊中

            所要の船舶部隊及人員資材

   軍通信隊

    長 電信第十四連隊長 都築中佐

     軍無線二小隊

     有線一中隊

   小林部隊

    長 独立輜重兵第三連隊長 小林大佐

     鉄道第五連隊第四大隊(一部欠)

     自動車三中隊

   佐藤直部隊

    長 第五兵站地区司令部付 佐藤直中佐

     歩兵第六十六連隊の一中隊

     第五兵站地区隊の一部

     第八師団第八陸上輸卒隊の一部

     深圳分院

     第七患者輸送部の一部班

     軍病馬廠の一部

     各補給諸廠の一部

     第二百十三野戦郵便局

   其の二 攻略兵団の集中

一 先遣部隊の推進

 開戦の機切迫するや佐野兵団長をして有力なる一部を以て先づ速かに之を石

 龍、虎門寨付近に先遣集結し、爾後更に企図を秘匿しつつ陸路之を深圳、寶安

 付近に推進し第一砲兵隊と連携して英支那国境線に展開、随時国境線を越えて

 前進し得るの態勢を整えしむ

二 主力の集中

 前項先遣部隊の推進に伴い佐野兵団の主力(新配属部隊を含む)及軍直轄部隊

 を佐野兵団長の指揮又は区処下に先づ新塘、石灘、石龍及虎門寨付近に集結せ

 しめ爾後機を見て同地より陸路深圳付近に進出せしむ

   其の三 攻略兵団の集中に伴う配備変更

一 占領地区は概ね従前の通りとす

二 荒木支隊は在汕尾在平海半島の兵力を撤去し其の兵力を淡水付近に集結す

三 基兵団(第五十一師団)及菰田兵団(第百四師団)は勉めて多くの機動兵力

 を集結し支那軍の攻勢に対し警戒す

   其の四 作戦初頭の行動

一 航空部隊は開戦劈頭敬徳飛行場を攻撃して敵航空勢力を撃滅す。且在泊艦艇及

 軍事中枢機関を撃破す。次いで地上作戦の進撃に伴い地上兵団に直接協力す

 航空部隊の爆撃に方りては香港市街の無差別爆撃は別命なきに限り之を行わず。

 又将来我軍に於て利用すべき桟橋、埠頭等の爆撃は之を避くるものとす

 航空部隊の根拠飛行場は天河及白雲飛行場とし機動飛行場として寶安、淡水飛

 行場を使用す

二 第三十八師団は其の集結し得たる兵力(少くも先遣隊の兵力)を以て一挙国

 境線を越え各道路を□く利用しつつ数縦隊となり所在の敵を奇襲撃破しつつ大

 帽山東西の線に進出す

 此の際特にてき前進部隊を捕捉撃滅する如く行動すると共に機動部隊を大帽山

 系の東西に通ずる二主要幹線に途め破壊の余裕を与えざる如く之を確保するに

 努む

三 第一砲兵隊は機を失せず前進の準備を整え第一線の進出に伴い主力を以て大

 埔付近一部を以て錦田付近の地区に陣地を占領せしむ

 此の際なし得れば其の陣地を更に前方に進出することに努む

四 荒木支隊は一部を深圳北方地区に主力を淡水、平山圩付近に集結し北面して

 支那軍に対し警戒す

五 軍司令部は広東に位置す

   其の五 主陣地に対する攻撃準備

一 航空部隊は主として地上作戦に協力す 特に敵主陣地の状態を偵察す

二 第三十八師団は其の先遣進出部隊を努めて前方に推進し師団主力の展開を掩

 護せしむ

 敵主陣地に対する攻撃の重点は之を城門貯水池南側高地方面とし一部の兵力を

 以て沙田方面より攻撃する如く準備す

 此の際一部を以て大埔付近より沙田海を越えて馬鞍山付近に進出せしめ敵陣地

 の右側に向う攻撃を準備す

 又要すれば一部の兵力を以て海上機動に依り青衣島方面より主力の攻撃を容易

 ならしむ

三 第一砲兵隊は攻撃準備間敵主陣地線の「トーチカ」を破壊すると共に「スト

 ンカッター」島の砲台、香港島東西の砲台等を砲撃し攻撃準備を促進すると共

 に敵戦意の喪失に努む

四 攻撃準備間適時軍司令部は其の戦闘司令所を深圳に推進す

   其の六 攻撃実行

 攻撃準備完了せば主陣地特に城門貯水池南側「トーチカ」群沙田平地側防「トーチカ」群に対する航空部隊の爆撃砲兵部隊の準備砲撃に引き続き其の歩、工兵は敵火力組織の弱点を縫う近迫接敵に依り一挙に敵主陣地を突破し九龍市北端の線に進出す

 此の際一部を以て青衣島を攻略せしむることあり

馬鞍山西側地区に進出せる部隊は水牛山西側地区より敵主陣地線の右側方面を攻撃し九龍市東北端に進出せしむ。爾後引き続き九龍市の掃蕩を実施し同市南端に進出す。此の際要すれば荒木支隊の主力又は一部を本攻撃に使用す

   其の七 主力を沙田海東方半島に転用する場合

 別に計画する所に依る

   其の八 香港島に対する攻撃

一 航空部隊は香港にある敵の砲台其の他の軍事施設を爆撃す

二 砲兵隊は其の陣地を九龍北側付近に推進し主として香港島の砲台を砲撃す

三 第三十八師団は「ストンカッター」島等敵諸施設を速かに占領すると共に所

 要の準備を整えたる後、鯉角門付近に敵前上陸を行い敵を索めて攻撃し香港島

 を占領す

   第四 宣伝謀略

    (省略)

   第五 通信

    (省略)

   第六 補給

    (省略)

         ( 前傾 「戦史叢書 香港・長沙作戦」より)


 海軍としては第二遣支艦隊の新見海軍中将が軽巡五十鈴以下の艦艇を率いて作戦に協力参加することになった。

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