第三八話 コレヒドール島上陸戦闘

 軍は四月二十八日〇八〇〇、コレヒドール島に関する攻撃実施命令を下した。

 それにより、第二十二飛行団では二十九日より本格的なコレヒドール島に対する爆撃を開始した。


 第十六戦隊は延三十三機を六次にわたって五〇㌔爆弾百九十八発を以てコレヒドールを爆撃した。一機が被弾のため大破する損害を受けた。

 第六十戦隊は延五十機にて一〇〇㌔二一一発、二五〇㌔三〇発、五〇〇㌔一六発を投下した。


 三十日は第十六戦隊が延十六機で、第六十戦隊が延三十五機で、カバロ島とコレヒドール島を爆撃、五〇㌔四十五発、一〇〇㌔百四十五発、二五〇㌔三十六発、五〇〇㌔十二発を投下した。


 月が替わり五月一日、十六戦隊は延二十三機、第六十戦隊は延四十五機を繰り出し、コレヒドール島、フライレ島を爆撃。五〇㌔三十六発、一〇〇㌔百八十発、二五〇㌔六十発、五〇〇㌔十五発を投下した。


 二日、第十六戦隊は延二十機、第六十戦隊は延三十五機でコレヒドール島、カバロ島を爆撃。一〇〇㌔百五十九発、二五〇㌔四十五発、五〇〇㌔十二発を投下。


 三日、第十六戦隊は延十六機、第六十戦隊は延四十四機でコレヒドール島を爆撃。一〇〇㌔百七十八発、二五〇㌔五十七発、五〇〇㌔十五発を投下した。


 四日、第十六戦隊は延二十五機、第六十戦隊は延三十六機でコレヒドール島を爆撃。五〇㌔七十四発、一〇〇㌔九十五発、二五〇㌔四十八発、五〇〇㌔十一発を投下した。


 之に加え、砲兵隊の重砲群が連日数千発の砲弾を見舞った。

北島砲兵隊がコレヒドール戦に使用した砲弾は記録によると、各種砲弾五九、〇一一発となっている。同部隊が第二次バターン戦で使用した砲弾数が三九、九三二発となっているから、一、四八倍の砲弾を消耗したことになる。

 米軍の反撃の砲撃は徐々に沈黙するに至ったが、占領後の調査では、半分程を使用不能にしたに過ぎなかったことが判明した。永久陣地の強靭さと、砲爆撃の無力さを証明するものともなった。一部では米軍施設の火薬庫や燃料庫を爆発炎上させた効果もあったのは確かだったが、米軍施設の大部分はまだ生き残っていたのだった。最大の爆弾と砲弾を吸い込んだ島は強靭に耐えていたのだった。


 まずは北島砲兵隊の戦闘詳報よりコレヒドール戦を見てみたい。

 砲兵隊の陣地設備については、米軍が三十糎級の重砲を保有しているために、我が陣地への妨害射撃を実施していた。

「我は其の観測所を海岸縁辺に放列陣地を其の直後に占め、彼若し此の正面に射弾を送り来らんが其の被害常に大なるべきは当然なるを以て戦力消耗を極限する目的を以て時日を許す限り陣地を構築し其の強度を増大するに勉めたり」

 という進捗であったが、部隊もまたマラリヤ、デング熱などにより工事の進捗は遅れ気味になっていた。


 砲兵隊は敵砲兵陣地並びに永久陣地の捜索に勉め、航空写真と地上からの観測により、敵情の判断を正確なものにしていった。司令部での情報の記録は大きな作業だった。

「各隊標定したる目標を情報記録として提出するの外各々予め提出しある写景図に記録す

二万分の一空中写真に合一すべき透明紙上に記入せるものを連日提出し且最初のものに補給記入す

以上は各隊別に別帳として綴込式となしあり

之等統合整理の結果は司令部の地上写真引伸(約五千分の一)空中写真及四千八百分の一地図に記入せられたるも部隊に配布せられざる為各隊は単に出席者の能力に応じて自ら記録して帰還するに止まりたり」

 という状況で進んでいた。


 目標の標定地に関してその判断をしていく上で、苦慮したのは次のようであったという。


⑴空中写真の梯尺稍々過小なりしを以て判読の結果は特に目標状態、真偽の判定等に於て、疑問の点少からざりしを以て各標定所より之を確認せしめたるも攻撃準備の当初は偽装並に森林等の為明確を欠き、其の発表慎重を要するの状態なりしを以て時機を失するが如き感を抱かしめたり

⑵「ジャングル」地帯内に在りし為視界広濶ならず勢い標定所は綜合視界を以て之を補うの貌となりし為精度に対し多分に懸念を持ち之に反して各部隊は自己の租界内は海岸に於て地上標定隊の有する眼鏡と同一のものを以て仔細に探求しある為局部的には部隊の認識を優れりとす

⑶空中写真に依る測地と長距離道線法を以て各基準点を測定しあり為精度上の信頼乏しかりしは当時の状況上真に已むを得ざるものと思考す

⑷人員の欠くること甚だしき為敵活動状況を的確に捕捉し之を日々発表するの運びに至らず且又戦闘指揮の資料として綜合的に記録発表するの余裕なかりしはうらみとす

⑸軍砲兵司令部と殆んど 同一地に在りしを以て適時連絡を保ち情報に関する司令官の企図を知り又具申する所ありしは断片的事項に関し大いに裨益ひえきする所ありしも更に一歩之を情報収集審査整理の一機関として運用せば情報連隊長以下の活躍は一段光彩を発つものなり


 射撃の成果についても、戦闘終結後にまとめられているのを見ると、防禦施設で発見していたものは直接射撃で破壊しているが、小火点については残存していたもの多く、上陸部隊に対して損害を生じた結果となったとしている。高射砲や高射機関砲に関しては、多くは破壊もしくは損傷を与えている。

 探照灯についてはほぼ全部を破壊している。だが、移動加納な砲については、結構残存していたという。


 敵砲兵の反撃についても、第二次バターン戦の頃であるが、四月十三日一四〇〇頃に敵三十糎の榴弾が、日本軍の砲列を敷いている陣地に落下し、弾薬に引火して炎上爆発、弾丸九十五発、装薬百六十八発が一気に消失したことがあった。

 また、砲兵隊も病には勝てず、マラリヤ及デング熱で冒され、四月中旬で四〇%、下旬で五〇%、五月初旬で六〇%を超える人員が欠け、部隊によっては使用する砲は半減するほどで、大隊本部から各中隊に人員を派遣する状況にも陥った。軍の砲兵司令部に至ってはマラリヤ患者九六%にも及び、健康なる人員は数名に過ぎなかったと報告されている。

 そのような苦労の中、大砲撃戦を演じたことも特筆すべきことである。


 五月五日夕刻、第四師団の左翼隊はリマイ北方地区とラマオ付近で舟艇に乗艇し、カブカーベン沖で整列して態勢をとった後、コレヒドール島尾部予定上陸地点に向けて前進を開始。

 之に合わせて軍砲兵隊は上陸地点の目標を表示すべく、二二三〇より五分間にわたり、インファントリー岬とノース岬付近に発煙弾と榴弾射撃を加え、二二四五から二三〇〇に亘り、全火砲を以て上陸支援射撃を行った。


 中島軍参謀の話。

「乗艇終わって沖合に舟艇群を編成したが、一〇〇隻以上の上陸用舟艇がマニラ湾海面をおおったのが薄闇を通して目に見える。この間も軍砲兵隊の砲撃が絶え間なくとどろいている。

 矢はもう弓を離れている。ただ弓矢八幡に二三時の上陸部隊の達着と、その成功とを祈るほかない。万一にも失敗したらどうしようか。いや、第一線部隊の勇戦に信頼し、優秀な砲兵で必勝を信じうる。夜が明けたら、絶対優勢の航空部隊もいる。落付いて、時計の針とコレヒドール島を見つめていればよい。

 上陸予想地点に対する砲兵の上陸支援射撃は始まった。猛烈な砲撃である。お玉杓子頭部は大した活動はしない。正二三時、砲兵射撃は計画どおり中止した。上陸成功の青信号はなかなか上らない。上陸海岸付近は何の変りもなく、静寂そのものである。上陸部隊は一体どうしたのだろう。まさかコレヒドール島を見失った迷っているはずもない。落付こうとして落付きえない。一五分程経過した後に俄然、上陸海岸で盛んに曳光弾の飛びかわすのが眼鏡に写った。達着が遅れてわが砲撃におさえられていた米軍が上陸部隊に火力を浴びせる姿と推察したが、砲兵射撃は友軍に危害を与える虞れがあるのでどうしようもない。第一線部隊の勇戦に頼るのみだが青信号は上らぬ。せめて上陸地に足場をえたいと、心はやっきになる。時刻でいえば二三二〇過ぎであろう、ついに「青信号が上がった」と観測手は叫ぶ。何とこの二〇分は長く感じられたことであろう。」


 左翼隊の上陸地点が潮流に流されて予定地点よりも少しずれたため、一五分ほど遅れて海岸に着いたが、そこの前面海岸は砲兵隊の射撃着弾位置ではなかったために、反撃を受けて上陸部隊は手痛い損害を受ける結果となった。


 第四師団吉田参謀長の話。

「コ島の防御施設は、ほとんど完全なものはなかったといっても過言ではない。砲台を始めとして重要施設は破壊され、少なくも機能を喪失していた。しかし、水際戦闘用軽砲、自動火器ならびにその陣地は大部残存しており、特に火力を向けなかった左大隊の上陸正面には残っていた。そのため左大隊は、水上から水際にかけて既に甚大な損害をうけた。上陸後のものを加え、左翼隊方面死傷約九〇〇と記憶するが、その大部は左大隊の損害で、実戦闘参加人員の二分の一弱に当る。

 左翼隊第一回上陸部隊の上陸点は、予定より左(東)に偏し、左大隊の予定地に右大隊が達着し、左大隊は全く予定しなかった尾部断崖下に達着した。そのおもな原因は、

一 潮流の関係

二 実行部隊特に舟艇部隊の未熟

三 上陸点の右側に阻止射撃を実施したので、右偏するのは危険との心理作用


 一については、わが方の岸で、調査研究の結果、上陸実施日時には干潮時で、潮流は湾外に向って南流することが判明していた。敵岸の方は、企図秘匿上偵察を避けていたが、当然わが岸同様南流するものと推論されていた。事実は湾内に向い一応北流し、ついで東流していたことが海没者の漂流経路によって証明された。この予期に反した潮流と三の心理的影響とが重なってますます左偏させる結果を招いた。

 左大隊の達着遅滞は、主として前記二の原因によるものと思考する。元来、上陸部隊は、リマイで乗艇し、二縦隊となり陸岸沿いに南下し、カブカーベン沖で変針して一路上陸点に突進する計画であったところ、リマイ乗艇後、左大隊舟艇群は、全舟艇群長たる独立工兵連隊長の掌握下について入ることができないまま、時刻切迫したため出航した。カブカーベン沖において変針後、全舟艇群長は左舟艇群が右側にあることを発見し、これを左側に移転させるために、特に左舟艇群の達着は予定時刻より遅れる結果となった。

 右舟艇群(右大隊)はおおむね適時に達着し、奇襲に成功し、海上および水際ではまったく無血で、その損害はすべて島上の戦闘で生じた。しかし、左舟艇群(左大隊)は達着が遅れたため米軍は既に準備を整えており、海上と水際で早くも大損害をうけたのみでなく、払暁まで左翼隊長の掌握下に入ることができず、右大隊をして久しく孤立戦闘させる結果を招いた」


 左翼隊は手痛い被害を受けたのだった。事前による上陸構想よかったが、実際では予期せぬ潮流の読み違いで、少し上陸点がずれただけで、大損害を受けたのだった。

 左翼隊に属していた工兵第四連隊の戦闘詳報があるが、その記述は生々しい。


「潮流激しく為に達着点著しく東方に偏位せるのみならず左第一線は右第一線に比し十数分間遅れて達着せり。而も達着正面は水際に屹立きつりつせる断崖絶壁にして連日実施せられし我が猛烈なる砲爆撃の成果も比較的及ばざる地域なりき。従って敵の防禦施設は殆んど大部現存し達着前五、六百米の海上より機関砲、機関銃の猛射を受け舟艇及人員資材の損失続出するの状況なりしも敢て屈せず二二三五海岸に上陸せり。

工兵隊長は上陸と同時に障害物破懐班(茂野兵長以下三名)をして水際障害物(屋根型鉄条網に帯)の鋏断作業を強行せしむ。該破懐班は敵火を冒して破懐口の開設に着手し第一帯をが概成し第二帯の作業を強行中班長以下悉く中途にして戦死す。

依って小隊長は〇三二〇多田軍曹以下四名をして該作業を続行せしむ。

班長は敵銃砲火を冒し逐次破懐点に近接し先づ赤井上等兵をして第二帯、残存せる半部を又上田、林上等兵をして概成破懐口の拡張作業に着手せしむ。〇四一〇幅二・五の突撃路を開設し作業成功を小隊長に報告すると共に破懐口前端付近に進出し之を占領確保す。

此時班長は右前方十数米に掩蓋機関銃座厳存し中隊主力方面に対し熾し猛射を集中せるを目撃し独断を以て之を肉薄攻撃するに決し部下三名を率い高さ十三米の断崖を攀登はんとうして台端に進出す。

敵は破懐班の台上進出を察知し熾烈なる銃火を集中せるも班長以下巧みに地形を利用し該機関銃座前五、六米に近迫することを得たり。茲に於て班長は赤井上等兵をして五瓩梱包爆薬を以て銃眼部を上田上等兵をして破甲爆雷を以て入口部を攻撃せしめ班長は林上等兵と共に正面掩体に拠れる敵を制圧するに決し折柄の月明を利用し機関銃座付近台上を透視せんとするや機関銃並付近自動小銃の急射を受けたるを以て暫く遮蔽して機を窺わんとせり。

然るに破懐班の近接を察知せる敵は猛烈なる射撃を開始し就中機関銃よりの集中射撃も熾烈を極め〇四五〇赤井、上田上等兵相次いで戦死す(上田上等兵は陛下の万歳を唱えて絶命す)るに至る。敵の射撃は益々激しく集中し来れるを以て班長は林上等兵と共に付近凹地に入り約三十五分間好機の到来を待ちありしが〇五二〇頃敵は台地後方に於て動揺しあるを察知し機を逸せず林上等兵と共に該機関銃座に匍匐近迫し班長自ら梱包爆雷に点火して銃眼に投入し遂に之を完全に破懐したる後所在の敵に対し破甲爆雷手榴弾を投擲し之を混乱に陥し攻撃成功を小隊長に報告すべく反転せし際班長の後頭部穿透性骨折貫通銃創を受け壮烈なる戦死を遂ぐ。当時工兵中隊主力は断崖下に在りしが突如右側方に一大爆音(多田肉薄攻撃班爆破音)を聞くと共に猛威を振いありし敵機関銃声は一時衰えたるを以て中隊長歩兵及機関銃小隊長連絡し独断を以て付近に生存ありし歩兵全部を掲げ〇六〇〇を期し突撃を決行。〇六一五飛行場東南側地区に進出之を占領確保し以て頭部及び尾部の連絡を分断し全米比軍をして全面的に抵抗を断念せしむ流の端緒を拓けり」


 工兵肉薄攻撃班の犠牲によって部隊は上陸地点を確保したのであった。

 同じように工兵第一中隊第一小隊も総員三十六名のうち、戦死一〇名、負傷九名を出した。工兵隊はそれこそ歩兵の前面に立って鉄条網を開き、機関銃座を破壊しならが後続の歩兵に託すという激戦の真っ只中でその職務を果たしていたのである。


 六日の午前中は米比軍の反撃により各所で激戦が展開された。日本軍も必死に防禦し、砲兵隊の掩護射撃を受けつつ米比軍の攻撃を撃退していた。まだまだ戦いはこれからだった。主力部隊の上陸は今夕であった。だが、午後一時白旗を掲げた米軍の軍使が左翼隊の前に現れたのである。

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