第三六話 コレヒドール島攻略作戦計画

 コレヒドール島は東西六・五粁、南北は最広部で二粁、最狭部で〇・六粁、面積六平方粁、周囲十七粁、最高標高部一六四米の小さな島である。

 コレヒドール島に関して日本軍が知り得た情報は次の通りであった。

⑴ コレヒドール要塞に撤退した兵力は概ね五千から一〇、〇〇〇名と予想され

 た。

⑵ コレヒドールには要塞砲が次のように装備されていた。

    チェニー砲台 三〇糎カノン砲  二門

    グラブス砲台 二五糎カノン砲  二門

    ウェイ砲台  三〇糎臼砲    四門

    ホイラー砲台 一五糎カノン砲  三門

    ゲーリー砲台 三〇糎臼砲    八門

    クロケット砲台 三〇糎臼砲   二門

    ラムゼイ砲台  一五糎カノン砲 三門

    モリソン砲台  一五糎カノン砲 二門

    ジェームス砲台 七五粍カノン砲 四門

    ロック岬砲台  一五糎カノン砲

    リッチ砲台   一五糎カノン砲 二門 

 これに加えて移動式の一五糎級や高射砲など多数を装備していた。


 軍はコレヒドール島に対する上陸について攻略計画を策定したが、その時期については二つの案が考えられていた。


 A案  バターン半島占領の戦勢に乗じてなるべく速やかに上陸作戦を敢行す

    る案

 B案  十分な準備を整えて決行する案


 があったが、A案については、「コ」島は海上要塞であり、防備は強靭堅固であり、通常の状況では攻略は困難であろうと予測された。しかし、米軍の志気は阻喪しておりわが軍の戦勢が振っている混乱に乗じて上陸作戦を敢行すれば、攻略できる可能性は高いと考えた。

 B案については、コ島攻略に対する準備の不足が考えられることと、島の防備状況が不詳であること。攻略作戦を担当する第四師団が攻略に対する研究準備がない。そして、何よりも要塞設備の破壊による機能の喪失には時日を要するであろうという、ことであった。

 検討の結果としては、準備不足が目に見えており、即作戦実行は不可能であり、必然的にB案で行くことになった。


 軍の中島作戦主任参謀は攻撃計画を練るにあたって、第四師団の準備完了などを考慮し、当初予定していた四月二十三日の作戦開始を五月五日に変更した。この変更は月齢の関係上から上陸戦闘に不適当と判断し、月明が程よい五月五日頃と判断した。


 中島参謀の回想によれば

「攻撃計画を作るためカブカーベン付近に進出して、上陸海岸や米軍配備の状態を偵察した。上陸海岸は北水道に面する島の北岸となるのが自然である。要塞の永久防備はお玉杓子型の島の頭部の所に集中されている。頭部と尾部の接際部はサンホセという昔の漁村のあったところだが、今は取払われて船舶接着の埠頭設備がある外、棲息、貯蔵、病院などの設備があるらしい。そこの防備は主として応急の野戦築城で小口径火砲、機関銃、散兵壕などが設けられ、水中障害物はないが、水際には所々鉄条網がある。上陸海岸はサンホセの西方、お玉杓子の頭部と、尾部の中央部である。主力の上陸点としてはあごの西のところがよいが、尾部から背射される。尾部の上陸点は上陸後の地域が狭く、大きな兵力も指向するのに適当でない。両上陸点に一挙に大兵力を指向することは上陸用舟艇の数に制限されて実行できない。結局第一夜に一部の兵力で先づ尾部に上陸して、サンホセ付近までの尾部を確保し、第二夜に主力をもってあごの付近に上陸し、第三日朝から全力を挙げて頭部の永久防御施設を攻略しよう。上陸第一日は五月五日とする。以上のような方針が立った」   

(防衛庁防衛研修所戦史室 戦史叢書「比島攻略作戦」より)


 第十四軍は四月十七日コレヒドール島攻撃に関する攻撃準備を命令出した。


渡集作命甲第四四九号

   第十四軍命令      四月十七日二二〇〇

               バランガ

一、「コレキドール」要塞の活動は活発ならざるも依然抵抗を継続せり

 「ビサヤ」方面に於ける我が川口、河村両支隊の戡定作戦は順調に進展しつつ

 あり

二、軍は「コレキドール」要塞に対する攻撃準備を続行せんとす

三、第四師団、軍砲兵隊、第二十二飛行団は現在任務を続行するの外別冊「コレ

 キドール」要塞攻略計画の大綱に準拠し攻撃準備を続行すべし

 軍砲兵隊は所要に応じ第十六師団の陽動に協力すべし

四、第十六師団は現任務を続行すべし 陽動実施上の準拠別冊「コレキドール」

 要塞攻略計画の大綱の如し

五、予は「バランガ」に在り

     第十四軍司令官    本間中将


渡集作命甲第四四九号別冊

   「コレキドール」要塞攻略計画の大綱  四月十七日

                      バランガ

     第一  方 針

軍は海軍と協同し速かに準備を整え砲飛威力の統合発揮に依る緊密なる協力下に先づ「コ」島尾部に急襲上陸して地歩を獲得したる後「コ」島頭部に上陸し一挙に「コ」島を攻略す

「カバロ」「フライレ」「カラバオ」諸島は「コ」島攻略後要すれば上陸を強行して之等を攻略す

     第二  兵団の任務及行動

一、第四師団は一部を「シシマン」湾付近より「カブカーベン」付近に亘る間の

 要点に配置して「コ」島を監視せしめ主力は「カブカーベン」以北の地区に集

 結し穏密に「コ」島上陸を準備す

二、第四師団は速かに準備を整え軍砲兵隊第二十二飛行団及海軍協力の下に先づ

 一部を以て「コ」島尾部に急襲上陸して地歩を獲得したる後主力を以て「コ」

 島頭部に上陸し一挙に「コ」島を攻略す

 状況に依り主力を以て「コ」島尾部より戦果を拡張することあるを予期す

三、攻撃準備間軍砲兵隊は好機を捕捉し敵高射砲近戦砲台、照明機関、側防機能

 艦艇を破壊す

 軍砲兵司令官はXー三日より師団砲兵の指揮を統一し第二十二飛行団の爆撃と

 強調して攻撃準備射撃を行い「コ」島及「カラバロ」島に於ける主として近戦

 砲台及側防機能を破壊し一部を以て我行動を妨害する敵砲兵を制圧撲滅す

 上陸部隊上陸せば爾後戦闘に直接協力すると共に海上交通を掩護す

四、第二十二飛行団は攻撃準備間一部を以て適宜爆撃す 上陸前全力を以て特に

 海軍航空部隊と協同しXー六日より主として「コ」島及「カバロ」島の対北方

 遠戦砲台及「コ」島北岸の近戦砲台其他の諸施設を破壊して敵を厭倒震撼す

 上陸部隊上陸せば爾後の戦闘に協力す

五、爆撃及攻撃準備射撃の実施に方りては特に上陸時機の欺騙に著意す

六、最初の上陸部隊の「リマイ」付近発進の時機はX日(五月五日)薄暮と予定

 す

七、第十六師団主力は成るべく速かに「キャビテ」州に転進し所要の兵力を以て

 南方より「コ」島其他に上陸する如く陽動す

   第三 第四師団配属部隊及軍砲兵隊の編組

一、別紙第一第二の如し

 別紙第一

   第四師団

    配属部隊

      戦車第七連隊

      山砲兵第五十一連隊第三大隊

      独立山砲兵第三連隊(一大隊欠)

      独立臼砲第二大隊

      独立臼砲第十四大隊

      独立臼砲第十五大隊

      迫撃第三大隊

      工兵第十六連隊(一中隊欠)

      独立工兵第二十三連隊(一中隊(一小隊欠)欠)

      陸上勤務隊の一部

    上陸用舟艇「マニラ」湾内に集結後左記部隊を配属す

      独立工兵第二十一連隊(一中隊(一小隊欠)欠)

      独立工兵第六連隊の一小隊

      独立工兵第十連隊の一中隊

      独立工兵第二十三連隊の一小隊

      独立速射砲第三中隊

      独立速射砲第九中隊

      野砲兵第二十二連隊の二中隊

      独立山砲兵第三連隊の一大隊

      野戦高射砲第四十七大隊の一小隊

      第三海上輸送監視隊

 別紙第二

   軍砲兵隊の編組

     第一砲兵司令部

     野砲兵第二十二連隊(四中隊欠)

     野戦重砲兵第一連隊

     野戦重砲兵第八連隊

     重砲兵第一連隊

     独立重砲兵第九大隊

     独立重砲兵第二中隊

     第三牽引自動車隊

     気球第一中隊

     砲兵情報第五連隊

     軍無線の一部

   第四 上陸点

先づ有力なる一部を以て「インファントリイ」岬東方海岸に上陸す 次で主力を以て概ね「モリソン」岬「バッテリー」岬付近に上陸す

   第五 上陸準備

一、軍砲兵隊は主力を以て「カブカーベン」西方地区に一部を以て「マラゴンド

 ン」付近に陣地を占領す

二、海軍護衛の下に上陸用舟艇をまづ「バタン」西南岸に至らしめ次で舟艇独力

 を以て「コチノス」岬南端を経由「バタン」半島海岸に近く海上機動せしめ先

 づ「キャビテ」付近に集結整備す

 軍砲兵隊第二十二飛行団は舟艇の海上機動を容易ならしむる如く行動す

三、独立工兵第二十一連隊は其の砲艦隊を以て十四日夜以降舟艇の海上機動を掩

 護すると共に所要の兵力を以て「コ」島東南方地区に行動し該方面に敵を牽制

 せしむ

四、第四師団は主として「キャビテ」付近海岸に於て上陸訓練を行う

五、軍砲兵隊は上陸準備期間好機を捕捉し敵高射砲、近戦砲台側防機能、照明機

 関、敵艦艇等を求めて破壊すると共に随時上陸時機竝に地点を秘匿する如く砲

 爆撃す

六、第十六師団主力は成るべく速かに捜索第十六連隊の警備地区に転進し捜索第

 十六連隊を併せ指揮し所要の兵力を以て南方より「コ」島其の他に上陸する如

 く陽動す

七、軍砲兵隊及第二十二飛行団は前項第十六師団の陽動に策応し一部を以て「カ

 ラバオ」「フライレ」「カバロ」島及「コ」島南岸を砲爆撃す

八、諸隊は「キャビテ」半島方面より上陸する如く敵を欺瞞するに努め特に企図

 の秘匿に注意す

九、攻撃準備間に於ける各部隊の行動別紙第三の如し

    第六  上陸実施要領

一、第二十二飛行団はXー六日よりX日に亘り主力を以て「コ」島北岸の近戦砲

 台、対北方遠戦砲台(「カバロ」島のものを含む)特に「マリンタ」高地を爆

 撃して破壊し且つ敵を震撼す

二、軍砲兵隊はXー三日よりX日に亘り攻撃準備射撃を実施し主として「モリソ

 ン」岬「カバリイ」岬間の残存せる近戦砲台、側防機能、照明期間等を破壊

 す、又適時「マリンタ」高地に火力を集中し特に之を破壊震撼す、本攻撃準備

 射撃は間断を与え又攻撃準備射撃間所要の兵力を以て夜間要点に急襲的に火力

 を集中し上陸時機の秘匿に勉む

 一部を以て「カバロ」島を制圧す

 攻撃準備射撃に於ては第四師団砲兵の指揮を統一す

三、第四師団長の独立工兵第二十一連隊、独立工兵第二十三連隊を基幹とする部

 隊及上陸用舟艇を以て編成する海上作業隊の編成表別紙第四の如し

四、「マリンタ」高地上陸部隊(歩兵約二大隊、戦車一中隊、山砲一中隊、所要

 の臼砲、迫撃部隊等)(甲上陸部隊と謂う)はX日夕「ラマオ」「リマイ」付

 近海岸にて乗艇し、艇隊群を編成し薄暮(概ね二十時)海上機動を開始し「カ

 ブカーベン」付近に於て隊勢を整えて発進し二十三時頃「インファントリイ」

 岬以東の海岸に一斉に上陸す

 上陸部隊上陸せば主力を以て「マリンタ」高地に突進し払暁頃迄に之を占領確

 保するに努むると共に特に北岸の近戦砲台、側防機能を撲滅す又X+一日夜の

 「サンホセ」付近の掃蕩「サンホセ」西方台地に対する夜間攻撃を準備す

五、軍砲兵隊及第四師団砲兵は軍砲兵司令官統一指揮下に甲上陸部隊達著前約三

 十分間「インファントリイ」岬東方上陸海岸付近の敵に急襲的に火力を集中し

 上陸を支援し上陸直前射的を延引し引続き之に協力す

六、X+一日軍砲兵隊は甲上陸部隊の戦闘に直接協力し特に「カバロ」島を制圧

 すると共に「バッテリイ」岬「モリソン」岬付近及其の南方閉鎖曲線高地「ラ

 ムサイ」砲台の高地の敵術工物の破壊制圧を行う又X+一日夕特に「サンホ

 セ」西方台地に火力を集中し、甲上陸部隊の攻撃を容易ならしむると共に該方

 面に敵を牽制す

七、「バッテリイ」岬「モリソン」岬付近上陸部隊(歩兵四大隊、戦車一、二中

 隊、山砲二中隊、所要の臼砲、迫撃砲等)(乙上陸部隊と謂う)は、X+一日

 夕より甲上陸部隊に準じ行動し二十三、四時頃主力を以て「バッテリー」岬付

 近より「モリソン」岬の間に、一部を以て「モリソン」岬「ロック」岬に上陸

 す

 又戦車の主力を基幹とするものは「コレギドール」湾底部付近に強行上陸す

 上陸部隊上陸せば砲兵営の方向に突進し少くも払暁迄に射撃場南方砲台「バッ

 テリー」砲台西南方閉鎖曲線高地の線に進出し爾後砲兵営高地に戦果を拡張す

八、軍砲兵司令官は軍砲兵隊及所要の第四師団砲兵を統一指揮し乙上陸部隊上陸

 直前約三十分間上陸海岸の敵を急襲射撃し上陸を支援し上陸直前射程を延伸し

 引続き之に協力す

九、第二十二飛行団はX+一日甲上陸部隊に協力すると共に「コ」島頭部を爆砕

 震撼す

十、甲上陸部隊はX+一日薄暮と共に実施さるべき砲兵射撃の効果を利用して

 「ラムセイ」砲台高地を攻撃す

十一、爾後甲乙上陸部隊は協同して「コ」島頭部の地上の敵を殲滅したる後地下

 施設内の敵を掃蕩す

十二、師団予備たる歩兵三大隊は要すればX+二日以降適宜上陸戦斗に加入せし

 む

十三、上陸部隊は特に敵火点に対する肉迫攻撃の準備を十分ならしむ又歩砲共に

 煙の利用に遺憾なきを期す

十四、各上陸部隊は約一週間分の糧秣、燃料、特に水を携行す

   第七 砲兵弾薬の使用 (以後表につき省略)


 各部隊は本格的攻撃準備に入っていたが、悩まされたのはマラリヤの蔓延であった。特に作戦主担当である第四師団で多数のマラリヤ患者が発生したのであった。部隊によっては半数以上の将兵がマラリヤとなったため、一時期は作戦の延期も考えなければならなかったが、軍はキニーネの集積と給養食を配慮したり、軍医部、主計部など各種対策を講じた結果、その流行も四月末には鎮静化していった。

 当時マラリヤは特効薬もキニーネ以外はなく、重篤化すれば死亡率も高かった。軽症者といえども一週間ぐらいで解熱したものの、体力は低下し作戦実行ができるかどうか不明な状態が続いたのである。病には日本兵とて勝てないのである。

 戦争を遂行するにあたり、病魔も大いなる敵となり、その克服には多大な犠牲と労力を要し、作戦遂行にも支障をきたすことになりかねなかったのである。


 第十六師団の軍医部の業務詳報によると、四月の気象表を見ると、バタン半島西海岸「ビヌアンガン」河谷での測定では、

朝六時気温が二十二度から二十六度。十四時の気温が、三十四度から三十七度。十八時でも三十度から三十三度であり、最高気温は三七・五度から四一・五度という過酷な環境下であった。

 野戦病院などへ病気により収容される患者は多く、業務詳報によると、四月中の患者はマラリヤが二、六五二名、治癒した者九二九名。急性腸炎が二百八十七名、治癒二百三十二名。病名未定が一、八二八名もあるのが、戦闘による疲労症であろうか。いずれにしても一ケ月間で六千名近い兵員が患者として記録されているのであるから、部隊としての実質戦闘能力は大いに減少していたのである。

 敵は米比軍だけでなく、マラリヤとも闘いながら、最後の作戦を迎えようとしていた。

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