第三二話 第二次バターン攻撃の準備

 第十四軍は三月二十三日、次期作戦に対する攻撃準備を命じた。この時の軍命令には、敵将マッカーサーのコレヒドール脱出を発表している。脱出から十日以上が経過していた。


  第十四軍命令    三月二十三日 〇八〇〇

            サンフェルナンド

一、敵主将は「コレキドール」より脱出し敵軍一般は志気沮喪しあり  

 「バタン」半島に於ける敵情友軍の状態軍情報記録第十七号及第十八号の如し

 軍飛行隊は海軍と協同し重爆戦隊を以て明二十四日より約一週間「マニラ」湾

 口要塞を爆撃す

二、軍は「バタン」半島及「コレキドール」要塞に蟠踞する敵を攻撃して之が殲

 滅を期す

 之が為攻撃の重点を第四師団右翼正面に保持し「パンティンガン」河より「サ

 マット」山東麓に亘る第一陣地帯を突破し先づ「サマット」山南麓東西の線に

 進出せんとす

三、第十六師団は敵を「バタン」西海岸方面に牽制し軍主力作戦を容易ならしむ

 る目的を以て三月三十一日より当面の敵陣地に対し主として火力を以てする陽

 攻を行い得る如く準備すべし

 第六十五旅団右翼と密に連繫すべし

四、第六十五旅団は四月一日迄に「テイアヘル」河左岸台端付近の攻撃準備位置

 に就き重点を左に保持し当面の敵陣地を突破して「バンチンガン」河右岸台上

 を先づ「サマット」山西南側地区に進出し得る如く攻撃を準備すべし

 攻撃前進の時期は四月二日夜以降と予定す

 第十六師団左翼及第四師団右翼と密に連繫すべし又独立速射砲第九中隊を速か

 に第四師団長の指揮に入らしむ

五、第四師団は四月一日迄に第六十五旅団に連繫し「ティアベル」河左岸台端付

 近の攻撃準備の位置に就き当初重点を右翼に保持し「カルノ」川左岸大地及

 「サマット」山北麓の敵陣地を突破し同山東南麓地区に進出し得る如く攻撃を

 準備すべし

 攻撃前進は四月二日夜以降と予定す

六、永野支隊は三月三十一日頃一部を以て「カロンニュサン」川の線を占領し軍

 の左翼を警戒せしむると共に主力は同日頃迄に「アフカイ」付近に集結し軍予

 備隊たるべし

 軍主力の攻撃進捗に伴い随時第四師団左翼方面又は「オリオン」方向に進出し

 得る如く準備すべし

七、作戦地境を左の如く変更す

   第十六師団

             X八一九〇の線

   第六十五旅団    カピタンー(X八二一・五ー

             Y一八六九)ー(X八二二・〇ー      

             Y一八六七)ーX八二二・〇の線

   第四師団

             X八二七・〇の線

   永野支隊の一部

八、第一線兵団攻撃準備の位置に就き又は之を推進するに方りては厳に企図を秘

 匿すべし

九、軍砲兵隊は軍主力方面に於ける第一線兵団の攻撃準備に協力し特に之を妨害

 する敵砲兵を求めて制圧撲滅すると共に四月二日迄に主力を以て「バランガ」

 西方より「ナチブ」山東南麓に亘る間の地区に展開し軍主力の攻撃に協力し得

 る如く準備すべし

 厳に企図を秘匿すべし

十、軍飛行隊は敵情の捜索に任ずると共に敵戦力要素の破壊特に我第一線兵団の

 行動を妨害する敵砲兵を制圧すべし

十一、予は「サンフェルナンド」に在り

 三月三十日「オラニ」に戦闘司令所を推進する予定

        第十四軍司令官  本間中将


 そして本間中将は作戦その他の注意事項について和田参謀長を通して次のように指示を与えた。


一、抑々今次「バターン」「コレキドール」作戦の意義は大東亜戦争内に於ける単なる局部的掃蕩作戦に非ず。即ち馬来緬甸及蘭印等に於ける疾風迅雷的なる皇

軍作戦の進展中に在りて本戦線のみ約三ヶ月に亘り辛うじて存続し得たるを以て敗戦にあえぐ反枢軸陣営に於ては之を唯一の希望戦線と宣伝せるため世界の視聴は今や悉く蕞爾さいじたる一小半島の攻防戦に集中せられある状況なり。従って軍が今次作戦に於て快勝を博すると否とはのみならずに比島鎮定の目的を達成するに止らず、実に米英の戦争継続意志に大なる影響を与うべく特に米国にとりては今次比島米軍の運命は即ち明日の濠州派遣部隊の運命なるべく延ては彼をして全的に大東亜より敗退の余儀無きに立ち到らしむべく其の影響する所極めて大なりと謂うべし。

是大本営及総軍に於ても今次作戦を特に重視せられ軍の作戦兵力及資材の増強を図り以て万全を期せられある所以なり。

二、翻て作戦地域たる「バターン」半島は千古の大密林地帯にして僅に東海岸方面に若干の開濶地を存し此の間「マリべレス」山頂より四方に流るる峡谷連恒れんこうし作戦必ずしも容易なる地形に非ず。

此の天険に遁入せる敵は一部米軍を除き大部は土民軍にして訓練装備共に十分ならざるとは云え地形の利と砲兵の優勢とを頼み然も背水の陣に在りて必死の抵抗を試むべく其の戦力未だ必ずしも蔑視するを許さず。

従て之が攻略は十分なる準備を整え周到なる計画の下着実に一歩一歩之が蚕食さんしょくを図り遂には全面的に敵抵抗中枢を崩潰ほうかいせしむる如く指導するを要し無暴なる攻撃に依り思わざる損害を招き延いては軍の全般作戦の進捗に影響を与うるに至るが如きは最も慎しまざるべからざる所とす。


以下作戦に関する着意事項を若干補足して申し述れば左の如し

⑴ 諸兵種の戦力統合発揮に就きて

本件に関しては今更事新しく申す迄も無き事乍ら今次作戦必勝の鍵は実に戦力の統合発揮に在りと云うべく軍に於ても作戦計画に於て十二分に考慮しある所なり即ち之が為航空に爆撃戦隊或は大威力重砲部隊を敵第一線陣地に指向する等原則を超越する攻撃方法を採用し以て物質威力偏重の敵軍に物心両面の大打撃を与え第一撃に於て敵に震撼的打撃を与えんことを企図しあり。

従て各兵団に於ても自隊の計画に於て又相互の連繫に於て戦闘の焦点に時期的且地域的に各種戦力の統合集中に関し特に着意を周密ならしめ百雷一時に落つるのいきどおりを以て一拠其の要域を粉砕攻略せらるる様指導相成度。

⑵ 密林地帯其他地隙ちげき断崖等地形の特性に基く戦斗指導に就きて

密林地隙及断崖地帯の戦斗特に近接戦斗に関しては曩に第一線両兵団の実戦より得たる体験に基く戦斗の教訓を参考の為配布せるも其の戦法は一般平地の戦斗に比し自ら特異なるを免れず従て各兵団に於ては攻撃の準備実施を克く地形の特性に即応せしめ典則の妙用を図り鮮血を以て得たる貴重なる体験を生かし以て之等特殊地形に於ける作戦実施に遺憾なからしめんことを切望す。

⑶ 敵は本来火力万能の思想を有し特に火砲装備準備弾薬数等に於ては蔑るべからざるものあり。

我本格的攻撃に会するや或は后図なき狂熱的射撃を加え来る惧無しとせず。然れ

ども砲兵火力に対して適切機敏なる行動と機に適したる工事の実施とを以て其の損害を皆無ならしむること敢て困難ならざることを銘肝し特に工事の実施を嫌忌けんきすること無く隊長以下一兵に至る迄器具を手離さずいやしくも駐止若干時に及ぶ時は必ず工事を実施し以て無益の損害を避くる如く着意するを要す。是延いては我戦力の減退を防ぎ最后の関頭に勝利を確保し得る所以なりとす。

⑷ 空地連絡に就きて

作戦地一般の特性上空地連絡の確保は困難なるを免れず、而して之を克服するの

途は一に懸りて空地両部隊の精神的連繫に存ず。

各兵団は空地連絡の方法に就き布板展示発煙風船の利用等各種方法を講じて余す所無からしむると共に其の実施要領に創意工夫をこらし之が連絡に万全を画す如く配慮せられ度。

特に航空砲兵等の戦力統合発揮の近路は実に第一線先頭部隊の己れの所在を明かならしむることに存するを銘肝せしめ敵と呎尺せきしゃくの地に見えつつ尚良く全般的着意を忘れざる如く特に指導相成度あいなりたし

⑸ 交通整理に就きて

交通整理の適否は直に軍の戦斗力が発揮に影響することの大なるは茲に喋々ちょうちょうを要せず本作戦に於ける道路は臨機に構築せられ又は戦斗しつつ構築せざるべからざる関係上勢い不十分なるを免れずして各部隊の之が利用は大なる困難を伴うを予期せらるる所なり。従て各部隊は交通整理に関する注意を倍蓰ばいしして臨機適切なる処置を講じ以て交通の整々を期し所望の時機に所望の部隊又は資材を戦線に進出せしめ得る如く特に考慮相成度。

⑹ 各兵団の態勢報告に就て

適時各兵団の態勢を承知するは軍司令官の戦斗指導上極めて緊要なり日没時に於ける態勢或は戦斗一段落を告げたるときの態勢を速かに報告するは勿論戦斗中の場合に於ても随時必要と認むるときは其の都度報告せられ度之が為部下部隊の態勢報告の出揃うを待つことなく不十分なるものにても可なるを以て報告呈出の時機を誤らざる如く特に指導せられ度。


作戦以外の事項に就き配慮せられ度若干事項に就き申し述ぶれば左の如し

⑴ 兵器装備の強化に就きて

大部の兵器資材は逐次補給充実しつつあるも追送量に限りあると軍保管数量並に現地生産能力の関係上各兵団各隊の要求に副い得ざるものあるを遺憾とす。従て各隊自ら創意工夫以て装備の強化に努め以て兵器戦力の拡充培養に努めら度。

⑵ 適正なる教育に依る応用資材の活用に就きて

各種応用資材は急造にして之が性能形式に於て制式品に比し遜色あるを免れず是現況上止むを得ざる所なるを以て適切なる教育の成果に依り之を補い其の使用に方りては遺憾なく其能力を発揮せしむる様努められ度。

⑶ 危険防止に就きて

急造兵器特に爆薬填実応用兵器等を多数交付しあるを以て之が使用法を適正にし以て危害防止に万全を期せられ度(使用法は各兵団に送付済に付十分利用せられ度)

⑷ 兵器の亡失毀損の防止に就いて

兵器の亡失毀損は戦況に依り止むを得ざる場合あるは察せらるる所なるも皇軍の歴史に顧み戦斗間に於ても兵器を尊重愛護するの精神に徹底し幹部の適切なる監督指導と相俟ち極力之が防止に努められ度。

⑸ 兵器情報の蒐集に就きて

各兵団は特種兵器の現出に際し速に之を封殺し得んが兵器情報の蒐集に努め適時之を報告せらるると共に鹵獲せる特種兵器等は破壊又は散逸せしむることなく為し得れば速に送致することに努められ度。

⑹ 被服糧秣其他の散逸防止に就きて

被服糧秣等にして内地貴重資源にて作られあるもの

例えば鉄帽被甲軍靴等は作戦行動上止むなく残置する場合に在りても努めて之を取纏め其所在を明記する等に依り后続部隊又は貨物廠等をして適宜后方に遞送する等の方法を講ぜられ度。

⑺ 台湾労務奉公団及高砂義勇隊の取扱に就きて台湾労務奉公団は本島人の精神的団体にして自発的に軍に従い又高砂義勇隊は山地作戦の特性に鑑み特に招致したるものなるを以て給養取扱に就ては注意を加え爾后の利用に遺憾無からしむる如く配慮相成度。

⑻ 戦場給水に就きて

戦斗間に於ける給水の適否は将兵の戦力に及ぼず影響特に大なるを以て各兵団は計画的に給水機関を十分活用すると共に新に増加配属せる瀘水機搬水具を活用し戦場給水の万全を期せられ度。

尚「バターン」半島の小流は一見清澄なるが如きも之が飲用に依り急性腸管伝染病多発せるに鑒み注意せられ度。

⑼ 「マラリヤ」予防に就きて

「マラリヤ」は近時多発の傾向に在り、之に依る戦力低下兵員の消耗は作戦上最も苦痛とする所なるを以て各級幹部を督励し防蚊覆面同手套しゅとうを装着せしめ併せて予防内服の実行を一層監督指導せられんことを望む

⑽ 傷病者の収容后送に就きて

作戦地の状況は患者の収容后送極めて困難なるを以て之を医する為先般新に人員資材を増加配置せり。

各兵団は右人員資材を以て患者収容隊の増強又は新に編成し可及的速かなる収容后送を実施し以て初療の普及徹底に努められ度。

⑾今次作戦に於ける馬匹の重要性並に補充の困難なる現況にかんがみ可及的損耗防止に配慮相成度。


之を要するに今次作戦の成否は啻に軍の面目に関するのみならず又以て帝国作戦指導の全局に影響する所極めて大なるを銘肝せられ将兵一体協力同心頑敵覆滅に邁進し以て皇軍の澶烈たる武威に全比島のりょう状を招来せるは勿論驕慢なる米国をして畏怖戦慄以て其の継続意志を喪失するの契機たらしめんことを期せられ度。

(筆者註・蕞爾さいじは小さいこと。倍蓰ばいしは数倍に増えること。)

 

 興味深いのは、作戦に参加した高砂義勇隊の取扱について注意するよう促していることだ。


 第十四軍の各部隊は攻撃発起点への準備を整えていた。一方、地上部隊の損害を最小限に抑えるべく、陸軍航空隊と海軍航空隊の掩護を受け、特に爆撃隊は爆弾を装備して敵砲兵陣地と敵陣地、そして要塞島であるコレヒドールへの爆撃を敢行していた。


 第六十戦隊と第六十二戦隊の重爆を南方軍は抽出して比島作戦に転用することを決定し、第六十戦隊は三月十六日にサイゴンからクラーク飛行場に進出。第六十二戦隊は三月十四日プノンペンからクラーク飛行場に進出した。第六十戦隊は昭和十三年八月北支で編成された歴戦の部隊であり、第六十二戦隊は昭和十六年十一月に開戦に備て仏印で編成された。

 第六十戦隊、第六十二戦隊共に九七式重爆の装備であった。前者は三十五機、後者は二十五機を以て進出した。


 比島には爆弾は、一〇〇粁が三〇〇〇発。二五〇粁が二〇〇〇発。五〇〇粁が二五〇発集積されていた。重爆二個戦隊の三十出撃分に相当する。

 展開の終わっていた両戦隊は、二十四日総攻撃の始まる十日前に出撃した。第六十戦隊は二十六機、第六十二戦隊は十九機が出撃した。別に海軍の高雄航空隊の陸攻十七機が作戦に協力した。


 第六十戦隊は高度七千三百メートルから降下してコレヒドール島要塞に二五〇粁十八発、一〇〇粁八十八発、五〇粁六発を投下、第六十二戦隊は二五〇粁一八発、一〇〇粁八八発を投下した。要塞島からは数カ所から炎上しているのを確認、一箇所は大爆発を起こしたことを確認した。対空砲火は激しく被弾機が出たが、全機帰還した。

 高雄航空隊は第一次から第四次まで攻撃隊を発進させた。第一次は陸攻九機を以てクラークフィールドを発進し八〇〇粁爆弾八発をコレヒドール要塞に投下した。第二次攻撃隊は陸攻八機で八〇〇粁八発を投下した。第三次攻撃隊は陸攻九機で二五〇粁十八発、六〇粁四十九発を投下。第四次攻撃隊は陸攻七機で二五〇粁十四発、六〇粁四二発を投下した。それぞれ命中弾を得て地上施設に被害を与えたものと判定した。

 第十六戦隊は軽爆延五十四機を出撃させ、五〇粁爆弾三百二十三発を第十六師団と第六十五旅団正面の敵陣地を爆撃した。


 二十五日も第十六戦隊は延五十七機で以て地上部隊の正面の敵陣地や砲兵陣地を爆撃した。

 第六十戦隊の重爆十八機は昨日に引き続きコレヒドールの爆撃を行った。

 高雄空は第一次陸攻九機でコレヒドールを爆撃し、二五〇粁十六発、六十粁三十二発を投下した。続いて第二次攻撃隊の陸攻七機は二五〇粁十四発、六十粁三十八発を投下した。第三次攻撃隊は陸攻九機で二五〇粁十八発、六〇粁三十五発を投下した。

 このように重爆隊はコレヒドール島要塞を重点的に爆撃し、軽爆隊はバターン半島の米比軍を爆撃した。

 三月二十六日から四月二日まで、陸軍航空隊は、バターン半島の敵陣地と砲兵陣地、飛行場そしてコレヒドール島を執拗に爆撃した。

 軍飛行隊は二十九日以降の攻撃目標、兵力などに関し次の様に指示を与えた。


 「コレヒドール」要塞攻撃に対する方針

 少数機を以て昼夜連続神経戦を続行すると共に要部に対し必中破壊を期す之が為海軍と協定し概ね左の如く実施す

 ⑴ 時間及機数

   二ー三時間毎に一ー三機を以て昼夜爆撃を実施す

 ⑵ 目標

 「コレヒドール」西部内主目標破壊を主とするも「コレヒドール」東部又は「カブカーベン」飛行場に行うことあり

 

 高雄航空隊も三月二十六日、二十七日、二十八日、三十一日、四月一日、二日と頻繁に出撃しコレヒドール島に爆撃を加え続けた。

 三日からバターン半島の総攻撃開始に伴い、爆撃隊の主目標も日本軍部隊の正面敵部隊に加えられることになる。

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