第三十話 第四師団の攻撃計画と北島重砲隊

 第四師団は二月十日第十四軍への編入を受けて、上海付近にあった同師団は二月下旬から三月にかけて順次フィリピンに進出して、バターン半島北部に移動を開始していた。

 第四師団は軍の方針が発表された同じ三月二十二日に攻撃計画を立案していた。


  第二次バタアン半島攻略戦に於ける第四師団攻撃計画

    第一 方針

一、師団はX日攻撃を開始し先づ一部を以て「リアング」東南方「カトモ」川左

 岸高地を奪取したる後重点を右翼に保持して一挙に「サマット」山北麓の敵陣

 地を攻略し引続き戦果を東南方に拡張して「サマット」山の敵根拠を覆滅し爾

 後機を失せず「オリオン」山西方地区に突進して東正面の敵を撃滅す

   第二 指導要領

二、Xー三日迄に主力を「アボアボ」河畔に集結しXー二日「チアウエル」川北

 岸地区の敵前進部隊を駆逐しXー一日「チアウエル」川「アボアボ」川の線に

 展開して爾後の攻撃を準備す

三、X日払暁一部を以て攻撃を開始し同日「チアウエル」川南岸の敵陣地をX+

 一日「リアング」東南方「カトモ」川左岸高地の敵陣地を攻略し同日夜攻撃準

 備位置を「リアング」東南方地区より「オールドマルヤ」付近に亘る「カト

 モ」川及「タリサイ」川の線に推進し当面の敵陣地に対し攻撃を準備す

 右一部攻撃の際所要の攻撃準備射撃を行う

四、X+二日天明後二時間砲兵の攻撃準備射撃を行いたる後攻撃前進を起し重点

 を右翼隊正面に保持して一挙に「サマット」山北麓の敵陣地を攻略す

五、「サマット」山北麓の敵陣地を攻略せば速かに態勢を整理したる後一部を以

 て「サマット」山噴火口北側稜線同山頂を経て其の南方「ピラール」川の線に

 向い主力を以て「サマット」山東中腹を同山東南側「ピラール」川の線に向い

 戦果を拡張し「サマット」山の敵拠点を覆滅す

六、「サマット」山の敵根拠を覆滅せば機を失せず「ピラール」川上流右岸道路

 集合点付近に進出し爾後東正面の敵の退路を遮断する如く一部を以て六号道路

 主力を以て五号道路を「オリオン」山西方地区に突進し敵を求めて覆滅す

七、軍砲兵隊及軍飛行隊は主力を以て師団の戦闘に協力す

   第三 部署

    第一期 サマット山北麓陣地の攻略

     其の一 軍隊区分及戦闘地境

八、軍隊区分別紙第一の如し

九、第一線両翼隊戦闘地域の境界はX八二三ーY一八七一、X八二三ーY一八六八、カトモ川タリサイ川合流点、小禿(X八二四・四ーY一八六四・八)西端を

 連ぬる線とし上は左翼隊に属す

     其の二 各隊の任務及行動基準

十、攻撃準備

 1 右翼隊はXー五日頃より逐次其の宿営地を発しXー三日夜迄に概ね「アボ

  アボ」川「カプラン」間の地区に集結しXー二日夕一部を以て当面の敵前進

  部隊を駆逐して「チアウエル」川北岸の線を占領しXー一日夜所要の兵力を

  同線に展開して「リアング」北方「チアウエル」川南岸の敵陣地に対する攻

  撃を準備す

  前進路はB道とし「アブカイ」「アブカイハシエング」の線以南夜間行動に

  依る

 2 左翼隊はXー三日頃より逐次其の宿営地を発しXー一日夜迄に「アボア

  ボ」川より「バニ」付近を経て其の北方地区に亘る間に集結し爾後の攻撃を

  準備す

  前進路はA道として「アブカイ」「アブカイハシエング」の線以南夜間行動

  に依る

 3 砲兵隊はXー五日頃より逐次宿営地を発し一部を以てXー三日迄に福山橋

  (X八二二ーY一八六八・四)付近に主力を以てXー一日迄に「バニ」付近

  に陣地を占領し攻撃を準備す

  前進路は其の陣地に応じ夫々A、B道とし「アブカイ」「アブカイハシエン

  グ」の線以南夜間行動に依る

 4 工兵隊は「アブカイ」西南方地区に位置し爾後の交通作業を準備すると共

  に一部を以て砲兵の陣地進入を援助す

 5 予備隊は其の宿営地に在りて前進を準備す

 6 師団戦闘司令所をXー五日「バルト」高地に開設す

十一、攻撃実施

 1 「リアング」付近「チアウエル」川右岸「カトモ」川左岸高地の攻略と

  「カトモ」川及「タリサイ」川右岸敵陣地の攻撃準備

 ⑴右翼隊は一部を以てX日払暁砲兵の攻撃準備射撃に引続き「リアング」北方

 「チアウエル」川南岸の敵陣地を攻略し同線に於て更に爾後の攻撃を準備した

 る後X+一日払暁砲兵の攻撃準備射撃に引続き攻撃前進を起し一挙に「カト

 モ」川左岸高地の敵陣地を攻略し同日日没後主力を同高地付近より「チアウエ

 ル」川「カトモ」川合流点に亘る「カトモ」川の線に進め当面の敵陣地に対し

 攻撃を準備す

  奈良兵団と密に連絡す

 ⑵左翼隊はX日一部を以て当面の敵前進部隊を駆逐しX+一日日没後主力を

 「チアウエル」川「カトモ」川合流点付近より「オールドマルヤ」付近に亘る

 「タリサイ」川北岸の線に展開し当面の敵陣地に対し攻撃を準備す

 ⑶砲兵隊は所要の兵力を以てX日天明後約一時間三十分「リアング」北方「チ

 アウエル」川南岸の敵陣地に対しX+一日天明後約二時間「リアング」東方及

 東南方高地の敵陣地に対し効力射撃準備を行いたる後一部を以て右翼隊の戦闘

 に所要に応じ左翼隊の戦闘に協力す

 ⑷工兵隊は主として右翼隊後方の交通作業に任ず

 ⑸予備隊はX+一日夜福山橋北側地区に前進す

 ⑹師団戦闘司令所を「バルト」高地に開設す

 2 「カトモ」川及「タリサイ」川右岸敵陣地の攻撃

 ⑴右翼隊はX+二日払暁砲兵の攻撃準備射撃に引続き攻撃前進を開始し重点を

 右翼に保持して「カトモ」川右岸高地の敵陣地を突破し一挙に「サマット」山

 北麓敵陣地の後端に進出す

 「カトモ」川上流地区の敵に対し特に警戒す

 ⑵左翼隊はX+二日払暁砲兵の攻撃準備射撃に引続き攻撃前進を起し一挙に当

 面の敵陣地を突破して小禿(X八二四・四ーY一八六四・八)南側稜線「オヨ

 ング」東南一粁閉鎖曲線高地の線に進出す

 ⑶砲兵隊は天明後約二時間効力射撃準備及攻撃準備射撃を行いたる後主力を以

 て右翼隊一部を以て左翼隊の戦闘に協力す

 ⑷工兵隊は砲兵隊推進の為両翼隊後方の交通作業を行い又「アボアボ」川以南

 の交通統制に任ず

 ⑸予備隊は第一線の前進に伴い「リアング」付近に前進す

 ⑹師団戦闘司令所は依然「バルト」高地に位置す

   第二期 「サマット」山敵根拠の覆滅迄

     其の一 軍隊区分

十二、軍隊区分別紙第二の如く

     其の二 各隊の任務及行動基準

十三、「サマット」山北麓陣地を攻略せば諸隊は速かに態勢を整備し爾後の突進

 を準備す

 1 右翼隊は小禿(X八二四・四ーY一八六四・七)X八二三ーY一八六六を

  連ぬる線(含まず)以西の地区に於て速かに態勢を整理し「サマット」山頂

  に向う突進を準備す

 2 左翼隊は小禿(X八二四・四ーY一八六四・八)西方閉鎖曲線高地(X八

  二四ー一八六四・七)X八二三ーY一八六六を連ぬる線(含む)以東の地区

  に於て速かに態勢を整理し「サマット」山東南側地区に向う突進を準備す

 3 砲兵隊は速かに「オヨング」西方地区に陣地を推進し左翼隊の戦闘に協力

  を準備す

 4 工兵隊は先づ砲兵隊の陣地変換及進入を援助したる後交通路の整備強化に

  任ず 交通統制に任ずること依然故の如し

 5 予備隊は依然「リアング」付近に位置し爾後の前進を準備す

 6 師団戦闘司令所を速かに「リアング」東方地区に推進す

十四、諸隊前進準備を完了せば重点を左翼隊正面に保持して「ピラール」川上流

  の線に向い戦果を拡張し「サマット」山の根拠地を覆滅す

 1 右翼隊は「サマット」山噴火口北側稜線を同山頂に向い突進し当面の敵を

  撃破して山頂を占領し引続き其の南方「ピラール」川の線に進出す 「サマ

  ット」山頂進出時以後特に西南方に対し警戒す

 2 左翼隊は「サマット」山東中腹を東南方に向い戦果を拡張し同山東南麓

  「ピラール」川上流の線に進出す

  特に「カポット」台の敵に対し警戒す

 3 砲兵隊は主として左翼隊正面及「カポット」台の敵を制圧し専ら左翼隊の

  戦闘に協力す

  第一線の前進に伴い逐次陣地を前方に推進す

 4 工兵隊は左翼隊後方の交通作業及交通統制に任ずると共に砲兵の推進を援

  助す

 5 予備隊は左翼隊の前進に伴い其の後方を前進す

 6 師団戦闘司令所を小禿南側稜線に開設す

    第三期「オリオン」山西方地区に向う突進

十五、第一線「ピラール」川の線に進出せば機を失せず同川南岸地区に進出し引

  続き一部を以て四号道路を主力を以て二号道路を「オリオン」山西方地区に

  向い突進し東正面の敵を捕捉撃滅す

   部署の細部は当時の状況により定む

別紙第一

     軍隊区分(第一期)

 右翼隊

   長 第四歩兵団長  谷口少将

     第四歩兵団司令部

     歩兵第八連隊の一大隊

     歩兵第六十一連隊

     戦車第七連隊(二中隊欠)

     独立山砲兵第三連隊第二大隊(一中隊欠)

     独立臼砲第二大隊(一中隊欠)

     独立臼砲第十五大隊

     迫撃第三大隊(一中隊欠)

     工兵第四連隊(一中隊(二小隊欠)欠)

     師団無線一分隊

     第二十五野戦防疫給水部の半小隊

 左翼隊

   長 歩兵第八連隊長  森田大佐

     歩兵第八連隊(一大隊欠)

     独立山砲兵第三連隊第二大隊の一中隊

     独立臼砲第二大隊の一中隊

     工兵第四連隊の一中隊(二小隊欠)

     師団無線一分隊

 砲兵隊

     野砲兵第四連隊

 工兵隊 

     独立工兵第二十三連隊(二中隊欠)

 予備隊

   長 歩兵第三十七連隊長  小浦大佐

     歩兵第三十七連隊(一大隊欠)

 輜重隊

     輜重兵第四連隊

 師団直轄部隊

     師団通信隊(一部欠)

     軍無線小隊

     兵器勤務隊

     衛生隊

     第一野戦病院

     第四野戦病院

     勤務隊

     師団防疫給水部

     第二十五野戦防疫給水部の一小隊(二分の一欠)

     病馬廠

別紙第二

     軍隊区分(第二期)

 右翼隊

   長 歩兵第六十一連隊長  佐藤大佐

     歩兵第六十一連隊(一大隊欠)

     迫撃砲第三大隊の一中隊

     工兵第四連隊の一中隊(二小隊欠)

     師団無線一分隊

     衛生隊三分の一

 左翼隊

   長 第四歩兵団長  谷口少将

     第四歩兵団司令部

     歩兵第八連隊

     歩兵第六十一連隊の一大隊

     戦車第七連隊(二中隊欠)

     独立山砲兵第三連隊第二大隊

     独立臼砲兵第二連隊

     独立臼砲第十五連隊

     迫撃第三大隊(二中隊欠)

     工兵第四連隊(一中隊(二小隊欠)欠)

     師団無線一分隊

     第二十五野戦防疫給水部の半小隊

 砲兵隊

     野砲兵第四連隊

 工兵隊 

     独立工兵第二十三連隊(二中隊欠)

 予備隊

   長 歩兵第三十七連隊長  小浦大佐

     歩兵第三十七連隊(一大隊欠)

 輜重隊

     輜重兵第四連隊

 師団直轄部隊

     師団通信隊(一部欠)

     軍無線小隊

     兵器勤務隊

     衛生隊(三分の一欠)

     第一野戦病院

     第四野戦病院

     勤務隊

     師団防疫給水部

     第二十五野戦防疫給水部の一小隊(二分の一欠)

     病馬廠


 歩兵の補充準備は着々と進められていた。問題は米比軍を制圧する日本軍の砲兵隊の準備である。

 中国大陸から、本土から、そして最も期待を寄せられたのは香港攻略を終えて待機していた二十四糎の榴弾砲である。

 しかし、この二十四糎砲は野戦砲ではなく、堅固要塞の対しる攻城砲であり、用法を間違えてはその威力を発揮しない。マニラ湾のコレヒドール島などの要塞島に対しては絶大な威力を発揮するであろうが、バターン半島の縦深陣地に対する砲撃は、十糎あるいは十五糎級の砲撃が有利であることには間違いない。


 北島中将は、重砲隊のほとんどを指揮下に掌握して運用することができた。これが運用面で大いにその実力を発揮できたともいえる。ただし、北島中将もバターン半島の現状を見聞し憂慮しなければならないことを感じた。

 北島はその著書の中でこう回想している。

『バターン半島の敵陣地は、ほとんど半島の全部にわたって縦横に陣地がつくられており、一見、ひじょうに堅固に思われるが、その大部分は米軍が逃げこんでからつくったものだ。だから野戦築城に毛の生えたくらいのもので、二十四榴の相手としては、もとより不足である。

 そのため私は、

「二十四榴はバターン作戦からのぞいて、コレヒドール作戦まで戦力を温存すべきだ」

 と意見具申を軍司令官に申し出した。軍の幕僚は、

「第一線兵団の懇望だからまげて同意ありたい」

 と拝みたおしてきた。

 どこへいっても、大砲に理解のないおえらい方がいるものだと、つくづく悲観したものである』

   (北島驥子雄著「バターンに炸裂した巨弾の大鉄槌」

      丸エキストラ版第五十三集所収 潮書房)


 二十四糎榴弾砲は、北島中将によると、一門の重量が約三十三トンあり、之を運ぶには五トン積みトラック四台、一・五トン積十台を必要としたそうである。野戦の場合は陣地変換が必要となり、これだけの巨大な砲は陣地構築と移動に多大の準備と車両を有するのだから、当然使用はマニラ湾に浮かぶ要塞島に対する砲撃に使用する方がいいに決まっている。単に発射される砲弾の爆発威力からいったらその効果は抜群であるに違いないから、当然バターン半島の前線へ使用してもらいたいという発想からであったのであろうが、実際に活躍したのは十五糎榴弾砲であった。前線では二十四糎のものか、十五糎のものか分からなかったのが本当のようである。


 「砲兵操典」という砲兵のための教科書がある。その中に野戦砲兵、重砲兵の項目がある。その中にその種類によって特性が異なることが記載されている。


輓馬野砲は運動軽捷、弾道低伸、射撃速度大にして暴露せるか又は掩護不十分なる各種活目標を殺傷し或は障碍物を破壊するに適す

十榴は野砲に比し運動性及射撃速度共に稍々小なるも弾道湾曲し弾丸の威力大にして概ね野砲と同一の任務に服するの外特に野砲の死角内に在るか又は掩護下に在る目標を射撃するに適す

騎砲は野砲に比し一層運動軽快なり

山砲は野砲に比し運動速度及射距離共に小なるも弾道比較的湾曲し且各種の地形に於ける運動容易なるのみならず地形の利用に便にして第一線歩兵と共に行動し或は特殊の地形に於て使用するに適す

輓馬十五榴は野砲に比し運動性及射撃速度共に小且方向移動稍々困難なるも弾道湾曲に弾丸の威力強大にして野、山砲の死角内に在る目標又は稍々堅固なる術工物を射撃し或は野、山砲、十榴と併用して射撃効果特に精神的効果を増大するに適す

自動車野砲は輓馬野砲に比較射距離長大なり

自動車十五榴は輓馬十五榴に比し射距離稍々長大且方向移動容易にして概ね輓馬十五榴と同一の任務に服すると共に遠距離の対砲兵及其の他の遠戦を行うに適す

十加は射距離長大にして遠距離の対砲兵戦及其の他の遠戦を行うに適す

前条項の自動車砲兵は輓、駄馬砲兵に比し遠距離の運動迅速なるも局地に於ける運動性を制限せらるることあり

十五加は射距離長大且弾丸の威力強大にして遠距離の対砲兵戦及其の他の遠戦竝に堅固なる術工物の破壊を行うに適す

二十四榴は弾道湾曲し弾丸の物質的及精神的威力特に強大にして堅固の度甚大なる術工物の破壊を行うに適す

   (「砲兵操典」昭和十六年、尚兵館・国会図書館蔵)


 砲兵隊の準備も四月三日の攻撃初日に向けて着々と進められていた。

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