第二五話 ナチブ山陣地の攻略

 一月十九日奈良旅団長は戦局を一気に打開すべく、攻撃地点の変更を試みた。為に左記命令を下した。


  夏作命甲第八二号    一月十九日十八時

    第六十五旅団命令    「サマル」

一、当面の敵は今尚退却の模様なく特に平地方面に於ては鉄条網を有する数線陣

 地に拠り頑強に抵抗しあるも山地方面にありては一般に戦況我に有利に進展し

 あり

 敵陣地の後端は未だ判明せざるも「カピタンガン」川北側の線にあるものの如

 し

 迂回隊は「ツーヨ」西方七粁付近に進出し歩兵第百四十一連隊当面の敵左側背

 を攻撃中なり

 木村支隊(歩兵第百二十二連隊主力の外歩兵二大隊を基幹とす)は目下「モロ

 ン」付近に進出し当面の敵を攻撃中なり

二、旅団は部署の一部を変更し重点を右翼に保持し山地方面より敵を東南方に圧

 倒殲滅する如く速に攻撃準備を完了せんとす

 攻撃開始は一月二十一日正午と予定す

三、迂回隊は依然前任務を続行し旅団当面の敵背後を席捲する如く主力を以て

 「カピタンガン」川に沿い東面して攻撃し一部を以て「バランガ」方向に進撃

 す

四、右翼隊は概ね「サリアン」川左岸地区を攻撃前進する如く現在地付近に東南

 面して攻撃を準備すべし

五、左翼隊は右翼隊に連繫し重点を右に保持して攻撃前進する如く概ね現在線付

 近に東南面して攻撃すべし

六、両翼隊の捜索地境は「サクラ」ー「キリ」ー「スギ」を連ぬる線とし線上は

 左に属す

七、砲兵隊は主力を以て「サンジュアン」西南方地区に一部を以て同地東南方地

 区に陣地を占領し主力を以て右翼隊の一部を以て左翼隊の戦闘に直接協同する

 の外尚一部を以て対砲兵戦を準備すべし

 旅団司令部と砲兵隊間の通信連絡は自隊に於て担任すべし

八、工兵隊は依然前任務に基き加藤村より「カメ」ー「マツ」を経て「ハト」付

 近に先づ駄馬道を構築し次で自動車道に改修すべし

九、赤木隊は明二十日夜暗を利用して現在地を撤し「サマル」西側地区に集結し

 たる後「サマル」ー加藤村道を経て二十一日十二時迄に「マツ」付近に到り歩

 兵第百四十二連隊第五中隊は旅団予備隊に其の他は原所属に復帰すべし

 移動に方りては特に歩兵第百四十二連隊第二大隊と連絡を密にするを要す

一〇、歩兵第百四十二連隊第二大隊(一中隊欠)は明二十日夜暗を利用し現在線

 を撤し「カラギナン」川の線に集結したる後二十一日十二時迄に旅団司令部の

 位置に到り予備隊たるべし

一一、通信隊は旅団司令部と両翼隊、歩兵第百二十二連隊、軍司令部、軍飛行隊

 間の通信連絡に任ずべし

 新旅団司令部を基点とする両翼隊間の有線通信網は之を二十一日十二時迄に完

 成すべし

一二、第十六師団衛生隊三分の一は右翼隊方面の患者収容に任ずべし

 又為し得る限り迂回隊の患者収容に協力すべし

一三、野戦病院は「サマル」に在る半部を明二十日速に加藤村に前進せしめて開

 設する外目下「ヘルモーサ」に開設中の半部は速に患者を兵站病院に引継ぎ爾

 後の前進を準備すべし

 担架班をして左翼隊方面の患者収容に任ぜしむべし

一四、独立自動車第二百五十九中隊竝に陸上勤務第百十中隊は別に指示する所に

 従い輸送に任ずべし

一五、各部隊は攻撃準備間後方に控置しある火砲の推進或は残置兵力の招致等部

 隊戦力の最高度発揮に関し万遺憾なきを期すべし

一六、予は「サマル」に在り

 明後二十一日朝出発「マツ」三叉路に到る

          旅団長   奈良中将


 編制替になった区分は次のようである

  

    軍隊区分

迂回隊

  長 歩兵第九連隊長   武智大佐

  歩兵第九連隊(第一及第十中隊欠)

  旅団工兵一小隊

  旅団無線一分隊

  第十六師団衛生隊三分の一の担架半数

右翼隊

  長 歩兵第百四十一連隊長  今井大佐

  歩兵第百四十一連隊(野砲中隊欠)

  歩兵第九連隊第十中隊

  独立速射砲第三中隊

  旅団工兵隊(三小隊欠)

  旅団無線一分隊

左翼隊

  長 歩兵第百四十二連隊長  吉沢大佐

  歩兵第百四十二連隊(第二大隊(一中隊欠)及野砲中隊欠)

  独立速射砲第九中隊

  旅団工兵一小隊

  旅団無線一分隊

砲兵隊

  長 野戦重砲兵第一連隊長  入江大佐

  野戦重砲兵第一連隊(第二大隊及連隊段列二分の一欠)

  野戦重砲兵第八連隊(第一大隊及連隊段列二分の一欠)

  野砲兵第二十二連隊第二大隊(二中隊を欠、歩兵第百四十一連隊及歩兵第百

  四十二連隊の各野砲兵中隊を属す

工兵隊

  長 工兵第十六連隊長  加藤中佐

  工兵第十六連隊(約一中隊半欠)

予備隊

  長 歩兵第百四十二連隊第二大隊長  鎌田少佐

  歩兵第九連隊第一中隊

  歩兵第百四十二連隊第二大隊(一中隊欠)

通信隊

  長 旅団通信隊長  小野中尉

  旅団通信隊(無線四分隊欠)

  電信第二連隊の一小隊(二分の一欠)

直轄部隊

  第十六師団衛生隊三分の一(担架半数を欠、患者輸送第五十三小隊の二分の

  一を属す)

  野戦病院(患者輸送第五十三小隊(二分の一欠)属)

  独立自動車第二百五十九中隊

  陸上勤務第百十中隊主力


 この命令を下しても、第一線にある部隊の部署変更はそう簡単にできるわけはなかった。その動向を察知されれば、逆襲もしくは敵部隊の攻勢に繋がりかねないのだ。しかも第一線部隊の正確な位置も正確に把握できていないのが現状だった。

 この命令を遂行するために二十日と二十一日の二日を費やした。

 二十日に奈良旅団長は「ムラウイン」を経て二十一日「マツ」に移動して、ここに第一線部隊長を集合させ、第一線の状況を詳細に聞き、爾後の作戦攻撃について披露して攻撃完遂の決意を諸子に示した。

 飛行機隊より投下された戦場の概要と空中写真を受取り、付図を共に各諸隊に交付し、爾後の戦闘行動に便宜を与えた。


 右翼隊から迂回隊に変更になった第九連隊の武智大佐は、

前面の敵情をこう見ていた。

『「アブカイ」西方付近の敵は今尚退却の模様なく特に平地方面に於ては鉄条網を有する数戦陣地に拠り頑強に抵抗しある者の如し

其の後方「ツーヨ」及「バランガ」西側付近には砲兵陣地及後方陣地らしきもの点々となるも何れも軽易にして且守備兵は所々移動しあるを見る』


 このことから迂回隊は

「正面の敵に介意することなく敵陣地の間隙より速に「ツーヨ」西側高地に向い進撃中なり」

 迂回隊に対する敵兵力は第三十一師団第五十一連隊のおよそ三〇〇と思われた。

 十九日二〇〇〇時に「テナヘロス」西方高地付近の敵を撃退した後、反転して「ツーヨ」西側高地に向い前進し旅団前面の敵の背後に進出すルべく二十日一一〇〇時に出発し、ジャングルの中を切り開きながら前進、二十一日一六三〇頃に「ツーヨ」の西方三粁高地に敵陣地を発見し、尖兵隊は直ちに奇襲攻撃をかけて一七三〇にこの敵陣地を占領した。この地から「バランガ」「ツーヨ」を眼下に見渡すことができた。

 ここで迂回隊は第二大隊を第一線として当高地陣地を確保し、他の敵情地形の捜索に努めた。

 ジャングル内の行動で、連隊は極度の食糧不足を生じていた。

 二十二日飛行機隊との連絡を確保し、糧秣の飛行機からの投下を受けたが、密林地帯の為にその収集は四二〇食分を確保下に過ぎなかった。

 この日の一五〇〇頃には約百名からなる敵が第二大隊の左翼に反撃してきたが、第二大隊は全力で邀撃しこれを撃退した。

 この攻撃開始前に旅団命令が発せられ、迂回隊は速やかにえ現在地を出発して東北方に向い転進し、敵の側背部に向い攻撃せよとの命令を受けた。

 この陣地攻略において第九連隊は下士官兵八名戦死、負傷者同十一名であった。


  第六十五旅団命令 

三、迂回隊は依然北方に向い敵の背後を席捲し其の退路を遮断して敵を包囲殲滅

 する外所在の敵砲兵陣地を蹂躙すべし


 第九連隊が迂回する先には敵兵約三百が存在すると見られ、後で判明したことには野砲兵第百五十連隊のターキー少佐指揮の砲兵隊と歩兵第五十一連隊の歩兵が陣を敷いていた。

 迂回隊は旅団主力の攻撃に応じて側面から襲撃すべく前進中二十三日一五三〇頃に「ツーヨ」西方高地にてこの敵が一軒家と竹林内に露営中なるを発見し、薄暮を利用してこの敵部隊を急襲すべく武智大佐は麾下部隊に対し命令を下した。


  迂回隊命令    一月二十三日 一六四〇

            「ツーヨ」西側高地

一、迂回隊は前面の敵露営地を急襲し露営地北側凹地に進出線とす 攻撃の重点

  を第三大隊方面に指向す

二、第二大隊右第一線道路より右に展開

  第三大隊左第一線現在地付近に展開

  両隊の戦闘地境は前進路と露営地北側方約一・五粁自動車道上の明瞭なる一

  本木を貫ぬる線とし線上は右大隊に含む

三、速射砲中隊は第二、第三大隊の中間地区に陣地を占領し主として左大隊の戦

  闘に協力すべし

四、予備隊は第三大隊の後方を前進すべし

五、通信中隊は連隊本部と第一線両大隊間に通信網を構成すべし

六、本夜の合言葉は山川とす

七、攻撃前進の時機は一八〇〇と予定するも別命す

八、予は攻撃の初「ソーヨ」西側高地に在り爾後戦闘の進捗に伴い第三大隊の後

  方を前進す

    迂回隊長     武智大佐


 迂回隊は粛々と敵露営地に迫り、一八〇〇時を以て第二、第三大隊同時に攻撃を開始すると、敵は虚をつかれて狼狽し右往左往の末、武器弾薬も放棄して逃走した。

 この攻撃での戦死者一名、負傷者一名であった。

 迂回隊はさらに戦果を拡大すべく、東北にすすみ旅団の攻撃を支援すべく敵の背後に回るべく前進した。が、旅団の左翼からの攻撃と迂回隊の背後からの攻撃で、敵は抵抗を断念して南方に撤退していった。

 迂回隊は任務を解かれ反転して今度は右追撃隊となって「カポット」高地方面へ向かうべく準備を開始した。


 一月二十三日奈良旅団長は山地方面に重点を置いて敵陣地を突破することを実施することを決意し、新たなる命令を下した。

二十三日の薄暮を迎え左翼隊は転進を開始し、右翼隊と連繫して展開を完了し、両翼隊は協同して攻撃を開始した。

 砲兵隊は掩護射撃を開始して歩兵の前進を助けたが、弾薬の貯蔵数も少なく猛撃を与るほどとはいえなかった。

 それを補ったのが飛行機隊により敵の第一線陣地に対する爆撃を実施し、地上部隊を掩護したのである。

 両翼隊は敵陣地からの銃砲火が激しい中、攻撃前進を続けたが日没になってもその勢いは止まらない。敵の砲撃は旅団司令部も標的となり、およそ千発もの集中射撃を受け、旅団長の側近にあった衛兵及び当番兵などにも死傷者を生じ、奈良旅団長自身は負傷はなかったものの、血飛沫を浴びた。

 両翼隊は夜に入っても攻撃の手を緩めず、一九三〇に至りて右翼隊は敵陣地に突入し、敵は敗走に移ったので、そのまま休むまもなく夜間追撃に入った。

 これに呼応するようぬ迂回隊が先に現した如く、敵後方部隊を撹乱に陥れた。

 両翼隊が敵陣地を占領すると、その陣地内には、遺棄死体、弾薬、武器等が散乱していた。

 二十四日夜には敵陣地を撃破占領した両翼隊は追撃行動に移った。

 砲兵隊は残弾少ない中、残数を撃ち放ったが、敵部隊を逸したのであった。各追撃隊は、途中敵と衝突したが、敵部隊の抵抗は少なかった。

 長期間に亘る「ナチブ」山麓陣地の敵は後方に敗走し、ようやく日本軍の手に落ちたのである。


 一月九日から二十四日までの第六十五旅団の損害は大きく、

参加人員将校二五〇名、下士官兵六、四〇一名、馬(ポニー含む)七〇〇頭の内、戦死将校二十六名、下士官兵六七五名、馬八六頭、負傷者将校四一名、下士官兵一、一一〇名、馬一〇六頭となっている。

 死傷者率は将校二六・八%、下士官兵二七・九%となっている。馬は二七・四%である。部隊の死傷率が三〇%を超えると部隊としての機能が大幅に低下するから、交代が必要とされ、全滅に等しい判定となる。二週間の戦闘がいかに激しいものであったかわかるであろう。大きい損害は二コの歩兵連隊であった。右翼隊、左翼隊といっても正面攻撃だったわけで、敵からは砲兵観測により集中射撃を受けての死傷者が続出したのである。


 歩兵第百四十一連隊と歩兵第百四十二連隊の損害が大きく、歩兵第百四十一連隊は将校六四名の内、戦死八名、負傷者十二名、死傷率三一・二%。 下士官兵一、八五五名の内、戦死三二七名、負傷者三五二名、死傷率三六・六%。歩兵第百四十二連隊は将校六四名の内、戦死十三名、負傷者十四名、死傷率四二・二%。下士官兵一、八五五の内、戦死二一三名、負傷者三七三名、死傷率三一・六%。


 二つの連隊はその戦闘能力を失ったといえるほどの損害を蒙ったのである。

 さらに第六十五旅団に配属された第九連隊の損害もあるから、わずか二週間での戦闘の損害は予想していなかったであろう。


 第九連隊の参加人員は将校九七名、下士官兵二、八三五名、馬四六五頭であるが、九日から二月三日までの累計死傷者を見ると、戦死将校八名、下士官兵一七二名。負傷者将校一〇名、下士官兵八三三名となっている。死傷率は将校一八・五%、下士官兵三五・四%となっており、第九連隊も大きな損害を蒙っている。

 第六十五旅団と第九連隊の損害を合計すると、将校戦死三十四名、下士官兵八四七名。負傷者将校五一名、下士官兵一、九四三名の多くに達した。

 この数字を見ると、第九連隊の参加人員が消滅したほどの損害だったのがわかる。日本軍部隊の奮戦も悲惨を極めることとなった。米比軍の損害がどれほどであったか正確にはわかっていない。米比軍の奮戦を讃えるべきともいえる。だが、これはほんの序章に過ぎなかった。


 第六十五旅団の「戦闘詳報」の第五追撃戦闘の項目の最後に

『激闘実に十有七日「ナチブ」山付近の天嶮に寡兵克く衆敵を撃破せる旅団諸隊の戦力は此の頃に至り漸く低下し特に常に敵と近く相接し昼夜不断の戦闘を交えたる歩兵部隊に於て其の消耗甚だしきものあり一ケ中隊の戦力は平時の一小隊以下となり殊に率先陣頭に立てる中隊長以下中堅幹部大部の喪失は遂に下士官にして中隊長の指揮を採る者あるを生じ部隊の疲労其の極に達するに至れり』

 と記録されている。

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